信じるあたし
「ねぇ、明菜さん、美味しい?」
「美味しいよ、とっても」
「ほんと? 嬉しいな」
明菜さんは夕食には普通に来てくれたし、美味しいと言ってくれたけど、何だか変な感じ。
なんだか、何かいいたげな顔をしてる。恐いな。テンションがあがって勢いで言って、冷静になって嫌になった? そんなこと、あるわけないよね?
「沙耶」
「なに?」
名前を呼ばれてどきりとする。何を言われるんだろう。明菜さんはあたしのことどう思ってるの? 今も好き?
「沙耶ってブスだよね」
「え…」
ぶす? ぶさいく、って? そりゃ、そりゃあさ。明菜さんに比べてあたしなんかブスだよ。でも、可愛いって言ってくれたのに。あんなに、優しく抱き締めてくれてたのに。全部嘘だったの? 気まぐれ? それとも飽きたの?
絶望し、目の前がまっくらになりそうだった。なんと言えばいい? そんなこと言わないで? 泣いちゃだめだ。どうしよう。死ぬ。
「うそ」
え?
明菜さんの軽い調子にはっと意識が戻る。明菜さんは笑っていた。
「沙耶は可愛いよ」
「は…」
え? なに? え? じょ、冗談? な、なん、なんだ、なんだ。なんだ。よか、よかったーー。
「な、なによ、明菜さんの馬鹿っ」
「ごめんごめん。ちょっといじめたくなって」
なによ、なによもうばか! ああもう好きだ! そんな性格悪いとこも好きだよこんちくしょう! めちゃくちゃ傷ついたけど明菜さんに嫌われたんじゃなくて嬉しすぎていっそ惚れ直すよ!
「もう、明菜さんだから許すけど、でもそういうのはやめて。びっくりするし、さすがに傷つく」
でももうほんとやめて。心臓に悪いから。あたしが本気で嫌がると、明菜さんは苦笑するように眉尻をさげて微笑んで頷いた。
「うん、ごめん。もう言わない。沙耶は本当に可愛いよ」
「……ほんとに、そう思ってくれてる?」
「うん。私、沙耶の顔、世界で一番好き」
「明菜さん…」
世界一か。うん、えへへ、嬉しい。我ながら単純すぎるけど、嬉しい。さっきブスって言ったのももういいよ。また言われても許す。明菜さんが何て言おうが、本心では本気であたしのこと世界一可愛いって思ってくれてるって、信じるよ。
「えへへ、うん、明菜さんがそう言ってくれるなら信じるよ」
「沙耶、ご飯の途中だけどキスしたいからちょっとこっち来てくれない?」
「あ、うん!」
やった! キスだ! 席を立って近寄り、あたしはまた明菜さんの機嫌を損ねないよう目を閉じてキスを待つ。
「ん、いい子ね」
明菜さんはキスだけじゃなくて頭も撫でてくれた。やったー!
「えへへ」
「さ、ご飯食べようか。戻っていいよ」
「うん。どんどん食べてね」
「太っちゃうでしょ」
戻りながら決まり文句を口にすると、明菜さんが意外なことをいう。体重とか気にするんだ。明菜さんは無駄な脂肪とか全然なさそうなのに。
「大丈夫、明菜さんは太っても素敵だよ」
「馬鹿か」
「馬鹿じゃないもん」
怒られて罵倒されても、全然イヤじゃない。だって明菜さんあたしのこと好きだもん。顔笑ってるし。明菜さんてば顔にでやすいんだから。可愛い人だなぁ。
「ねぇ、沙耶」
「なに?」
「いや、なんでもない。どのタイミングで見ても沙耶は可愛いなあと思ってね」
「えへへ、明菜さんも美人だよ。世界一、大好き」
明菜さんは多少大袈裟に恋人補正で世界一と言ってくれてるんだろうけど、あたしのは本気だ。絶対明菜さんは誰から見ても、世界一可愛いに決まってる。こんなに美人があたしの彼女とか、自慢したくてしかたない!
あーー! 嬉しい! しゃーわせ!
○
不満だ。
「おはよう」
「おはようございます」
何が不満って、明菜さんが連れない。昨日はベッドにいれてくれないし、おやすみのキスもしてくれなかった。うー、なんでおはようのキスもしてくれないのさ。
「明菜さん」
「なに?」
「なにか忘れてない?」
「……? あ、おはよう?」
「いやそれは言ってます」
「じゃあなに」
「おはようのちゅーです」
ちょっと不機嫌になった明菜さんにびびりつつも、あたしは背伸びして目を閉じる。
「……しない」
「えー!? やだ。してくれなきゃ、明菜さんのお弁当捨てるよ」
「…ちっ」
舌打ちしながらもしてくれた。えへへぇ、そんな態度してるけど、キスしてくれてからちょっと唇が笑ってるよ。指摘して直されたらイヤだから言わないけど。
「ほら、さっさとご飯食べてでるよ」
「はーい」
席につく明菜さんにお味噌汁とご飯をよそう。この瞬間は朝も夜もいつも、新婚さんみたいでテンションがあがる。うへへ。
明菜さんは何気に食べるのゆっくりだ。多分だけど、寝坊しようがなんだろうが急がないからマイペースだったんだろう。そんな明菜さんを見つめつつご飯を食べ終わる。
着替えてからソファでごろごろしながらニュース番組を見てる明菜さんを横目に洗い物と片付けを済ます。
「よし、明菜さんお待たせ」
「ん」
エプロンを脱いで椅子にかけながら声をかける。テレビを消して立ち上がり振り向いてから、すぐにぷいっと顔をそらして部屋をでる明菜さんを慌てて追いかける。
待っててくれるくせに、つれない態度。まるで猫みたい。孤高っぽくて格好いい。
「沙耶」
「な、んっー、ん!?」
玄関で座って靴をはいていると先に靴をはきおわって前に立ってる明菜さんに呼ばれ、顔をあげるとネクタイをひっぱられた。
首がしまるので思わずうめいたけど、文句を言う前に口は塞がれた。もちろん、明菜さんの口でだ。
「……」
一瞬のキスが終わってからも明菜さんは腰をまげて私のネクタイを引っ張ったままで、少し息苦しいけどそんなのは気にならない。もう一度キスしてほしいな。今度は息ができないくらいに。
「ん」
「ん、じゃ、行こうか」
だけど明菜さんはあたしに軽くだけちゅっとしてから、手を離して起き上がった。
うー、嬉しいけど残念。でも仕方ないか。朝だしね。むしろ今日一日のパワーもらえただけ今日はラッキーdayだ。
あたしは上機嫌で、明菜さんとの登校を楽しんだ。といっても、一緒なのは最寄り駅までだけどね。
○