のろけるあたし
「で?」
「で、明菜さんたら不安そうな顔して、すごく可愛いの」
「ふぅん」
「だから手を握って、大丈夫って言ったら、キスしてくれてきゃー!」
「うるさい」
「最後まで聞いてよ」
「すでに三周目なんだけど?」
「周回プレイ系ゲーム好きじゃない」
「全然違う。自分の話が売り物になるくらい面白いとかうぬぼれすぎ」
「いや、そんなこと言ってないし」
「言ってるも同然だから」
むー。だって、何回だって言いたいんだもん。あの明菜さんと、憧れ続けた明菜さんと恋人になれたんだよ? そりゃはしゃぐよ。自慢したいよ。毎日自慢するよ。
だっていうのにみっちゃんは、呆れたみたいにあたしを小馬鹿にしたみたいに、ひるむあたしをはっと鼻で笑う。
「うぅ、さすがに傷つく。なんで幸せいっぱいのあたしのテンションわざわざさげるのさー」
「うざいから」
「ひどい」
「いやほんとに。あんた、そうとううざいよ」
いっそ心配顔で言われた。ちょっと今日の言動を振り返ってみる。
「おはよ」
「おはようみっちゃんん!」
「うわっ、急に抱きつくな。なに?」
「聞いて聞いて! あたし、ついに明菜さんと付き合うことになっちゃった!」
「おお、すごいじゃん。おめでと」
「褒めてー! もっと褒めてー!」
「……。やったじゃん。あの人を手懐けるとか、ほんと頑張ったね」
「やーん、照れるー。聞いて、馴れ初め聞いて。出会いはそう、私がまだ小学」
「それその場に私もいたし。あとすでに100回くらい聞いたし」
「いいから聞いて! ここから今日までダイジェストにするから」
「…今日だけ特別だからね」
「みっちゃん大好き!」
ここまではまだいい。みっちゃんもなんだかんだ言いながら聞いてくれた。多少浮かれてるけど、あたしの状況なら当然のテンションだ。
「で、明菜さんが」
なんとかお昼休み中に恋人になったとこまで話せたので、ダイジェストにしすぎたぶんちょっと遡って明菜さんの素敵っぷりを語る。
「そしたら明菜さんが」
そして放課後の今、あ、駄目だ。一番盛り上がってたとことはいえ、さすがに二回も言われると、うん、うざいかも。
「うー…ごめんなさい。反省します」
「わかればよろしい。のろけも大概にしなさいよ」
「うん…でもね、みっちゃん」
「なによ」
「ほんっとー、に、明菜さんがあたしの恋人になってくれたんだよ?」
「別に疑ってはいないから」
「だって、だって自分でもいまだに夢みたいだし」
「殴ってあげようか?」
「バイオレンスすぎるよ」
さすがにね、夢かも、と不安になる時間はもうすぎてるけど、でも嬉しすぎて夢みたいだし。はー、言いたい。そしてみっちゃんにも喜びを分かち合ってもらいたい。
「沙耶さ、嬉しいのはわかるけど、喜びすぎて肝心の恋人にもうざがられないように気をつけなよ」
「もー、いくらなんでも、そんなこと有り得ないもん」
あたしと明菜さんは今らぶらぶ真っ最中でお互い浮かれてるんだがら、クールなみっちゃんが引く程度のあたしのテンションをうざがるなんて有り得ないし。
「はいはい。ならいいけどね。そろそろ帰る時間じゃない?」
「あ、ほんとだ。んじゃみっちゃん、また明日ね」
今日の晩御飯はどうしよっかなー。
○
「ただいまー」
家に帰ると、明菜さんの靴は見えなかったから小さい声で挨拶する。誰もいなくても、ここは明菜さんが帰ってくる家だ。それだけで、昔と違って嬉しいんだから、我ながら単純だ。恋って素晴らしい。
「ふふふーん」
帰りに買ってきた食材などを片付ける。普段は日用品は休日にまとめ買いだけど、ストックを買い忘れてきらした歯磨き粉も買った。普通の値段だけど、微妙に損した気になる。
ま、そんな細かいことも気にしない気にしない。今日は明菜さんの好きなカレー。この家にきた最初の日につくって喜んでくれたし、そろそろ作ってもいいよね。
まず野菜類を下拵え。剥いて切って、チンして軽く熱を通しておく。その間に玉ねぎをいためて肉もいれて味付けて、と。
「ただいま」
「あっ、おかえりなさい、明菜さん。今日はカレーですから、楽しみにしててくださいね」
「…うん、ありがと」
あ、あれー? いつもはあたしのとこまできてくれるのに、明菜さんは入り口から声をかけただけで、部屋に行ってしまった。
せっかく学習して火をとめたのに。あたしは火をつけなおし、はっ!?
い、今のやっぱりへんじゃない!?
だって付き合いだしたばかりなのに、逆に構ってこないなんて……ま、まさかね。みっちゃんの呪い的にそんなことあるわけが…
「……」
あ、ああ明菜さーーん!? 学校行ってる間に冷めたり、あたしのことうざいことに気づいたりしてないよね!?
朝なんかおはようのちゅーと行ってらっしゃいのちゅーとバグまでしてくれたのに! おかえりなさいのちゅーはしてくれないの!? あ、あたしが先だからただいまか。ただいまのちゅーしようよ!
○