嫌いと言えない私
最近何とか話せるようになったみんなと別れ、上機嫌家に帰ると沙耶が料理をしてた。いつもながら、なんて可愛い後ろ姿だ。
「可愛いね」
振り向いておかえりと言う姿にむ、もといときめいて欲求のまま抱きしめる。
「あ、あの、明菜さん」
「なに?」
また邪魔って言われちゃうかな? でも離してって言いながら抵抗しない沙耶を、痛がるくらい抱きしめるのが好きだから逆効果だ。
「…す、好きです! 付き合って下さい!」
……え? な、なんで告白? あ、もしかしていい加減返事しろってこと?
「……」
どうしよう。好きだと言われて嬉しい。沙耶にキスしたい。でも、恋人になってもいいのか、私には判断がつかない。
「あ、あの、何かしら、答えてほしいのですが」
「…さ、沙耶」
上目遣いで私を見つめる沙耶。このままだとキスしてしまいそうで、私は沙耶を抱きしめるのをやめて少し離れる。
沙耶、可愛い女の子。めちゃくちゃに抱きしめて、泣くまでキスしたい。私だけのものにして、
部屋に連れ帰りたい。でも、そんなこと、できない。
私と沙耶が付き合っても、どうしようもない。そうだ、決めよう。今決めなきゃいけない。
私と沙耶はつきあうべきではない。家族で女同士で恋人なんて、未来のない不毛な関係だ。普通の恋人みたいに駄目になったら別れてはいお仕舞い、とはできないのに付き合うなんてできない。気まずくて会話できなくて、父と母との関係すらぎくしゃくしてしまうかも知れない。
決めた。言おう。付き合えないと。そうだ。そもそも女同士でこんな風に考えるのがおかしい。気の迷いだ。
「私…私と、沙耶は、付き合わない」
「えっ…」
「だって、女の子同士だから」
「……え?」
ショックをうけたのか目を見開き、口をあけ、沙耶は無意識にか後ろにさがろうとして、キッチンのヘリにぶつかった。
青白くすらあるその顔を見て罪悪感がわいてくる。本当はそんな理由じゃない。言ってから、この理由は残酷じゃないかと気づいた。
だってそうだ。恋愛対象としてすら見てない、スタートラインにたつことすらできないみたいだ。でもほかに言いようがない。だって女同士であること以外に、沙耶を否定する要素が見当たらない。スタートラインにたってしまえば、沙耶が一等賞をとってしまうに決まってる。
「明菜さん、そんなんじゃ納得できないよっ。……あたしにキスしたのはなんで?」
う、そ、それは……好きだから以外に理由理由……理由何てあるか!
「キスしたかったから。悪い?」
「わ、悪くはないけど」
開き直ると沙耶は一瞬視線をそらした。よし。とりあえず勢いをなくさせたぞ。
「……じゃあ、あたしにえっちなことしたのも、ただの遊びなの? 恋愛感情は全然ないの?」
う、うぐぐ。そうだと言ったら私ひとでなし、というか色情魔というか、エロいことできるなら誰でもいいみたいじゃない! 確かに沙耶のこと好きって自覚するまでは遊び感覚があったのは認める。でも沙耶以外にはもうキスしたくない。
う、ううう! もう何言えばいいかわからん! とにかく押し通せ!
「だ、だから、私たち、女の子同士だし」
「そんなの関係ない! あたしのこと好き? 好きじゃない!? どっちかで答えてよ!」
「……ごめん」
押し通せない。駄目だ。好きだ。沙耶のことちょーーー好き!!! 好きすぎて、嘘でも好きじゃないとか言えないし言いたくない。
「ほんと、ごめん。まだ、答えられない」
「へ…」
女同士だから、では沙耶を納得させることができない。どうすればいいのかわからない。私自身を納得させられる理由を考えなきゃ。
「結論がでるまではもうセクハラしないから、もう少しだけ、待ってくれない?」
「う、うん。大丈夫。待つのは得意だから」
ほ、よかった。時間があるなら大丈夫。最悪、沙耶が私に愛想をつかすように、わざと嫌われるようにすればいい。
「明菜さん…あたしは明菜さんが好きだよ。男の子も女の子も全部あわせた全人類の中で、一番好き」
油断していたので、沙耶の改まった告白に鼓動が激しくなる。
そんな、そんな言い方はずるい。私が悩んで、沙耶を好きなのを我慢してるのが馬鹿みたいじゃないか。
「沙耶、ほんとに私のこと好きなの?」
「好きだよ。なんで、それは疑ってほしくない。あたしのこと好きでないとしても、あたしの気持ちを疑ったりはしないで」
「……沙耶は私のなにが好きでそんなこと言うの? 私のこと、まだよく知らないでしょ?」
「…そりゃ、まだ明菜さんのこと何もかも知ってるわけじゃないけど、でも、一緒に生活して、ちょっとずつ知る度に、どんどん明菜さんのこと好きになってる。それじゃ駄目? 足りないっていうなら、もっと明菜さんのこと教えてよ」
ぐらぐらと理性がゆれる。じゃあ全部教えてあげる、とか言いながらなら沙耶のこと好き放題にできるかも、とか考えてしまった。さすがにそれはないわー。
「…沙耶」
「なに」
「焦げるよ」
「あっ」
私はかなりの香ばしさを放つフライパンを指摘して、沙耶の意識をそらさせて、一端戦略的撤退をする事にした。
○
「明菜さん」
「んぐっ、ど、どうしたの?」
どうやってごまかして今日を乗り切ろうかと考えていたら、案外あっさり普通に夕飯食べれて安心してたら、お風呂あがったあとのゴロゴロタイムに突入された。
「明菜さん…お腹減ってるの?」
「あ、いや、これはその…別腹?」
沙耶のご飯は美味しいけど今日はちょっと慌ててたし、お風呂はいったら軽く体力使うし。
「沙耶も食べる?」
「いらない。あたし、基本晩御飯以降は食べないことにしてるから」
「え、ダイエット?」
「ってほどじゃないけど、太りやすいから」
ちらりとパッケージをひっくり返してみる。300キロオーバー、か……よし、今日はここまでにしよう。
指をなめて、半分残ったポテチの袋口をたたんでしぼる。ふー、私も最近運動量減ってるし、気をつけなきゃ。
「で、えと、と、とりあえず座りなよ」
沙耶をベッドにすすめつつ、私は座っていた椅子をベッドに向けるにとどめた。隣に座るとまたセクハラしそうだし。
「もしかして勉強の邪魔しちゃった?」
「あ、いや、大丈夫だけど」
言ってから後悔する。勉強してたって言えば追い払えたのに。実際、マンガ読んでただけだけど。ベッドだとつい寝ころんじゃうし、習慣で机に向かってた方が読みやすいんだよね。
「明菜さん、あのさ」
「う、うん、なにかな?」
「あの…明菜さんのこと、教えてほしい」
さっきの話の続きをするらしい。な、なんでそこまで。
「そ、それ自体は、別に、いいんだけど……私のこと、好きになるため、なんだよね?」
「うん。というか、明菜さんが納得してくれるまで、かな。あたしとしては、十分明菜さんのこと好きだけど、まだ足りないって思うんでしょ?」
足りないわけではない。むしろ、苦しいほどに伝わってくる。沙耶は私が好きだ。それは間違いようがない。疑いようもない。でもそれが永遠の保証はない。
「た、足りないってわけじゃないんだけど……あのさ、沙耶は、恐くないの?」
例え永遠で別れた後の心配がないとしても、少なくとも今そう信じてるとしても、そもそも私たちが女同士だというのは残る。
なんで沙耶は、当たり前みたいに私に告白できるの? さっき私が言ったのは言い訳だけど、本当に同性なんて有り得ない、気持ち悪いとか断られる可能性だってあったはずた。回りにだって隠さなきゃいけない。
「え? ………それは、恐いよ」
……え、恐いの? なのにそんな開けっぴろげにぐいぐい来れるの?
「なんでそんな意外そうなの? 好きな人に嫌われたらって思うと、恐いに決まってるよ」
あ、いや、そういう男女共通のじゃくて、こう、うまくいった後というか。
「…もし私と付き合ったとして、お父さんとかに言えないし、他人にも変って思われるかも知れないよ?」
「ああ……そんなのは、全然恐くないよ」
「え…」
○




