おしおきされるあたし
「お待たせ」
明菜さんは部屋をでるとコーヒーを持ってきた。ずっと手を縛られたままなので、そろそろドキドキというより不便さが目立つ。
「明菜さん、のめないから、そろそろほどいてよ」
「んー、仕方ない。飲ませるよ」
だからあたしの要求は普通のはずなのに、明菜さんは何故か飲もうと手に取ったグラスをそのままわあたしに向けてきた。
ええ!? ちょっ、そんなむちゃくちゃな。というかどうせなら先に飲んでてくれた方が嬉しいのに。
「大丈夫大丈夫」
慌てるあたしを気にせず、明菜さんはあたしの頭に手をまわして、飲ませてきた。この強引さが明菜さんらしくてドキドー
「んんっ」
に、にがっ。
「ん? どしたの?」
あたしの反応にグラスが離れたので、口に入ったぶんは何とか飲み込んだけど、思わず咳き込む。
「に、にがーい。明菜さん、ミルクいれてよ」
ブラックだった。予想外の苦さにあたしは舌を出しながら文句を言う。思いっきり咳き込んだので、ちょっと勢いで涙でそう。
「ごめんごめん」
謝ってくれた明菜さんは、グラスをお盆に戻して、だけどミルクを追加したりするでもなくあたしを見ている。
「? どうしたの?」
「いや、うーん…沙耶」
「なに?」
何かを考えているらしく、視線をやや上下させる明菜さん。どうしたんだろう。
「何をされたら嫌?」
「え、うーーん、そんなこと言われても」
おしおきの内容を考えてたらしい。あたしに聞いちゃってもいいのかな。それはともかく、何が嫌か。うーん、本気で殴られたりとかじゃないなら、まぁ。
「あ、明菜さんになら、別に、何されても…」
答えてる途中で、その内容がなんだか卑猥な気がして途切れた。何されてもとか、確かにそうだけど。明菜さんにならこのまま全身しばられてもいいし。バカにされるくらいなら、むしろあたしのこと見ててくれてるみたいな。
「ふーん、じゃあ、こんなことされても?」
突然、明菜さんは私を仰向けに転がすと横にきて、上半身に覆い被さってきた。その感触にうわ、と思うより早くぐいっと無理やり頭をつかまれ上を向かされた。
「ぐ、う、あ、明菜さん? ちょっと苦しいんだけど」
文句を言いながらも、やばいと思った。明菜さんに押し倒されてる。息があたりそうなくらい顔近いし、無理やりされてる感があってすごいドキドキする。
「沙耶」
「な、なに?」
「私のこと好き?」
何で今更聞くのかと思う。こんなに好きでドキドキしてるのに、明菜さんには伝わらないのか。すでに言葉にしてるのに。
「う、うん。好き、です」
押し倒されたまま気持ちを伝える。逃げ場のない、身動きのとれない状態での告白。あたしが好きと応えるのを確信してる明菜さんの顔が、すごくカッコいい。
「いー!?」
ほっぺたつねられた。何故!? い、今いい雰囲気だったよね? しかも結構痛い。照れ隠しとかじゃないレベル。
「いひゃ、いひゃひー。ひゃん」
痛いからやめてと伝えきる前につねるのをやめて、明菜さんはつねったとこにキスしてきた。
「あ、明菜さん…」
さ、さらっと、さらっとした! うー、もう口でしてるけどー! でもドキドキするしー。なんで明菜さんは余裕気なのさ。いやわかってるけど。あたしは明菜さんめちゃくちゃ好きだけど、明菜さんはそれほどじゃないもんねっ。
悔しいー。でもなんかにやーっと意地悪い顔してる明菜さん、すごいドキドキする。
「沙耶、私のこと好き?」
「好きです」
「今、意味もなくほっぺたつねったのに?」
そ、それは…でも、
「明菜さんに、ほっぺたつねられるの、嫌じゃないです」
「へえ」
明菜さんはあたしの決死の告白も軽く笑ったまま流して、またつねってきた。さっきよりさらに痛い。
すっごく痛いけど、明菜さんの顔がすぐ近くにあって、この痛みは明菜さんが、あたしだけを見ていてあたしだけに意地悪しててあたしだけにあたえられてる痛みなんだって思うと、自分でも変なんだけどすごくドキドキした。もっともっと痛くしてほしいくらいだった。
「ーっ」
もちろん痛いは痛いので、ついに涙でた。それが頬を流れていく前に、明菜さんがなめた。その瞬間は舐められたことが分からなくて、楽しそうに笑ってる明菜さんを見て、自覚して、全身が熱くなる。
明菜さんはあたしの耳元で囁くように言う。
「泣かされてるのに?」
意地悪な物言いなのに、甘い甘い、愛の囁きみたいに感じて、なんだかお腹がきゅんとした。好きすぎて泣きそうだ。
「…好きです」
「沙耶って、マゾなの?」
「う、そんなことは、ない、と、思うけど。でも、明菜さんがしたいなら、いいっていうか」
むしろ、明菜さんだから。明菜さんになら痛くされるくらいが、ドキドキして、痛みが痺れるような甘さすら持ってる。
「ん」
「ん!?」
突然キスをされた。明菜さんのやることは何もかも突然なのに、全然慣れなくて、いつも心臓発作起きそうなくらいドキドキする。
次はなにをされちゃうんだろう。ドキドキする。
「よし、そろそろやめようか」
「あ、や、やめるの?」
「え?」
あ、や、やばい。今のじゃまるで、おしおきしてほしいみたいじゃん。いやそうなんだけど。でも、まるで、変態みたいだし。
私からどいた明菜さんはちょっと呆れたように聞いてくる。
「……やっぱり沙耶、マゾなの?」
「そ、そんなことはない、よ」
否定したけど、思わず顔ごとそらしてしまう。いやいや、マゾじゃない。あたしが虐められてもいいと思うのは明菜さん限定だからマゾじゃない。
「沙耶、とりあえず手を外すけど、いい?」
「あ、はい」
起こしてもらって紐を外してもらった。とくに強くはしばられてなかったけど、結構解放感。
明菜さんをじっと見つめる。おしおきをやめて、これからどうするんだろう。
明菜さんはあたしの視線に気づいたのかじっと真剣な瞳を返してくれる。
「沙耶、凄く痛いのか、普通に痛いのか、地味に痛いのか、どれがいい?」
「え、えーと…」
こ、これって、え、あの、その、はじめての時って痛いって言うし、そういう、意味、だよね?
「で、できるだけ、優しくして、ください」
「まぁ、じゃあまた今度ね」
「あ、はい」
反射的に返事をしたけど、え、今度なの? うう、焦らしプレイなの? あたしがM系だから? あえてなの?
……明菜さん、あたしは明菜さんが大好きだから、戯れでも悪戯でもキスしてくれて嬉しいよ。でも、ちょっとくらい自惚れてもいいよね?
戯れの相手に選んでくれる程度には好かれてて、割と脈ありだって、思っても、間違いじゃないよね?
「……あの、明菜さん」
「なに?」
「明菜さんは…あ、あたしのこと、好き?」
聞いた。聞いてしまった。今日わからないって言われたばっかなのに。明菜さんはすぐには口を開かない。それはほんの数秒かも知れない。でもあたしには何十分にも感じられた。
「ないしょ」
「え、んっ」
あっさりと、答えを保留して明菜さんはあたしにまたキスをした。今までよりずっと強くて、誤魔化されることにした。
○
次は明菜視点。というか、明菜視点から書きました。




