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キス  作者: 川木
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不良への道

「詩織さん、大丈夫でしょうか」


 心配そうな葉月に私は笑いながら手を伸ばし、頭を撫でてあげた。


「大丈夫だって。詩織だって本当は、ずっと前からわかってるよ」

「…はい」


 詩織は最後に入ったメンバーにして、明菜を変えて私たちをただの悪ガキから正義の味方ごっこのグループに変えた。


 私は少しだけ、昔を思い出していた。









 小さなころ、チビでデブな私はいじめられていた。負けず嫌いな性格がねじ曲がって比較的裕福な生活を鼻にかけていたし、仕方ないことだと今ならわかる。でも当時はわからなかった。ただつらかった。

 明菜と芹香が助けてくれた。遠目に見かけた時はただ染めているだけで怖かったけど、近くでは日にすけて輝いて見えた。

 勇気をだして声をかけるとあっさりと仲間にいれてくれた。といってもあくまで子分の立場だったけど、喧嘩になったときは私を守ってくれたし、喧嘩の方法も教えてくれた。明菜は親分というよりリーダーだった。


「あ、あのっ」

「ん? ああ、礼ならいらないぜっ」

「いや、えっと、ど、どこ行くの?」

「え? んー、芹香、どこ行く?」

「放送室は? テレビ見れるかも」

「お、いいねー」

「わ、私も、行っていい?」

「えー」

「おいなんだよ芹香、のりわるいな。いいぞいいぞ。今日からお前子分な。名前は?」

「は、長谷川弥生」


 喧嘩なんかしたことなかったけど、明菜と一緒なら今までなら痛くて泣いてたような怪我をしても平気だった。ライオンのようで憧れた。


 次に仲間になったのは葉月だ。葉月は私とは反対で、背が高くてがりがりで貧乏だった。ほとんど毎日同じ服を着ていていじめられていた。葉月は助けられても自分からは何も言わなかった。

 

「……おい」

「……」


 ただおびえて震えて縮こまっていて、明菜が近づいただけで死にそうな顔をしてた。


「……大丈夫?」

「……」

「弥生」

「なに?」

「こいつ拾って、あんたんちのお風呂いれてやって」

「は、は? いや、意味わかんないんだけど?」

「弥生の家お風呂でかいじゃん」

「お母さんいるし」

「もうすぐ放課後だし大丈夫。ほら、早く」

「わ、わかったよ」


 近づくと葉月は臭かった。葉月はおしっこをもらしていた。


 何故か明菜は葉月を自分から子分にした。気に入ったのかと思えば、何故か私に世話係りを頼んだ。

 今にしてみればわかる。子供ながらに明菜は葉月に同情した。腐るほどいじめっこもいじめられっこもいたけど、あまりにひどい場合はみんな引きこもりになっていたから、葉月ほど酷く惨めに哀れな子はいなかった。葉月には家は逃げ場所ではなかった。


 葉月がくさいのが我慢できなくて毎日お風呂にいれて、嫌がる葉月にお姉ちゃんのお古を着せた。どうせ姉は服は一ヶ月も着れば飽きて捨てていたので、余っていたのだ。

 明菜にしてもらったように葉月を守ったり喧嘩を教えた。葉月は笑って私のあとを付いて来るようになった。

 そうしてみてようやく、私は葉月の顔が可愛いことに気づいたけど、それはまた別のお話。


 詩織が加わったのは最後だ。詩織のために明菜は単なる悪ガキ集団だった私たちを、親分や子分でなく仲間として、正義の味方とした。五人組の戦隊だ。


 詩織は自分からいじめられていた。双子の妹の香織という子がいじめで自殺してしまって、それに気づかなかった罪悪感や怒りや後ろめたさその他もろもろで、詩織はとてもいじめられっこに見えないぎらついた目をしていた。

 手負いの獣のようで、はっきり言って彼女が仲間になるときいて怖かったけど、徐々に詩織も落ち着いた。香織さんを助けられなかったかわりに、他のいじめられっこを助ける。

 それだけが贖罪する方法で、唯一自分を許すための方便なんだ。だから急にはやめられないと思う。でもいつかはやめなきゃいけない。詩織も時々悩んでいたし、一度私にも苦悩を口にしたことがある。

 明菜は多分されてないだろう。明菜は詩織に別の方法を示すことはできない。それは詩織もわかってるはずだ。

 それに示せないのは、明菜だけじゃなくてみんなそうだ、詩織以外の人間がこれからの道を示しても意味がない。

 逆に私たちもそうだ。自分で決めなきゃいけないんだ。いつまでも明菜の子分ではいられない。


「葉月」

「なんですか?」

「葉月は、将来のこととか考えてる?」

「……そう、ですね。あんまり先のことは、わかりません」

「だよね」


 いつまでも不良ではいられないことは芹香も詩織もみんなわかってた。でも明菜が言い出すまで、誰もはっきりとやめようとは言わなかった。

 現状は安定していたし、感謝されることだってある。それなりに勉強もしていて全員一緒に、公立高校に通ってる。いつか、いつか大人になったら自然と飽きてやめるだろうから、大きな問題もないし楽しい今はまだいいかと後回しにしていた。


「ねぇ、弥生、ひとつだけ、聞いてもいいですか?」

「なに?」

「……もし、詩織さんがまだ不良やめないっていったら、どうします?」

「あー……いや、私はやめるよ。今日の明菜見て、決めた」


 初めて近くで見た明菜の地毛の、茶髪姿。私服はいつもと同じだけど、妹ちゃんと手をつないでいて、ライオンじゃない、普通の女の子だった。

 私ももう、無理に髪をそめるのはやめようと思う。私自身は染めてる方が似合ってると思うけど、葉月は初めて会った時の黒髪のほうがずっといいし。

 不良ぶって授業をサボらなくても十分楽しいし、喧嘩をしなくてもゴミ拾いで十分に充足感も味わえる。明菜と芹香はともかく、詩織も含め私たちは元々血の気が多いわけじゃない。


 詩織がまだぐずるとしても、2人ならできることも限られてる。私と葉月が抜ければ2人だ。


「そうですか。では私もやめますけど……」

「? けど、なに?」


 私がやめるなら葉月ももちろん同じだろうと思っていたのに、何故か葉月は暗い顔になる。


「……私と弥生だけになっても、いいんですか?」

「ばーか」


 妙な心配をする葉月に私はチョップをくれてやる。頭を抑える葉月は私より頭一つ以上大きいのに、相変わらず気が小さくて自信がない。いじめっ子撲滅モードになると途端に人が変わるんだけどなぁ。


「この間言ったでしょ? 昔から大好きって」

「あ、はい。私も大好き。弥生は私の憧れです」

「…そう言えば、昔から葉月は行動でしめさなきゃわからなかったか」

「え?」

「何でもない。どうせ2人で不良したって長く持たないよ。だからすぐにまた五人に戻るって。だからそんな、2人になって飽きて私たちもバラバラになる心配はないから」

「そ、そうですよね」

「うん。まあ私は、葉月とならずっと2人でもいいんだけどね」

「…えっと、どういう意味ですか?」

「内緒」

「えー、いじわる」


 拗ねた葉月が可愛いから、もうしばらくは秘密にしておく。行動にうつすには、まだちょっと勇気も足りないしね。










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