温厚な私
「よっ、こら、しょー」
膝の上にお尻を落とし、勢いよくもたれ掛かってくる。頭があたった。痛い。
「あ、ごめん。痛い?」
「痛い」
「めんごめんご。はー、疲れたぁ」
振り返らないまま、口先で謝られた。というか、向かいにもう一つソファーがあるにも関わらず、毎度私の上に乗るのは何なんだ。あれか? お前なんか人間椅子がお似合いよってか?
身じろぎし、肩に頭が当たるようにし、妹はふぅとわざとらしくため息をつきながら脱力する。小柄だし痩せているので、重いというほどではない。が、いつもの座っている膝に乗られるのとは違い、今日は寝転がっている上に乗られているので、いつもより地味にしんどい。
「今日部活でさぁ、マジだるいの。先輩が突然、やる気が見えないとか言い出してさ。やる気あるから来てんだっつの。なかったらサボるわマジで。てか明日サボろうかなー」
「妹」
「ちょっと! 妹って呼ぶのやめてよ! いつも言ってんじゃん! きもい!」
私も妹だからって呼び名を妹にするのは変だと思う。でも仕方ないだろう。
「ほんっと、明菜ってきもいんだから」
妹の沙耶が姉の私を呼び捨てにするのだから、血の繋がらない私たちが姉妹となるためには、せめて私が呼び名でわかりやすく姉妹アピールしなければ。
沙耶が私を姉と呼べば問題なく姉妹になれるのに、生意気な沙耶のせいでただの同居人になってしまう。新しい母を悲しませまいとする努力を、実娘である沙耶が踏みにじるのだからやるせない。というか腹がたつ。
「きもいなら、なんでこっちくんの」
「は? あたしがどこいようと、あたしの勝手でしょ。姉貴面して指図しないで。あたしは今、このソファに座りたいの」
「じゃあ、私は部屋に戻るからどいて」
「嫌。明菜があたしのいたいとこに先にいたのが悪いんだから、あたしが明菜のためにどくとか絶対嫌」
うぜぇぇ。マジでうざい。別に私は特別沙耶に好かれたいとか、姉貴面したいわけではもちろんない。
むしろ私だって、沙耶みたいに毎日学校に化粧したりパンツ見えそうなくらいスカート短くしたりする派手目なギャル系は苦手だ。クラスにも似たようなのは何人かいるけど、話が通じない。
だからって別に、沙耶を馬鹿にしてるわけじゃない。今まで母子家庭で家事をほとんどしてたという話だし、今も平日の夕飯や洗濯は沙耶がしてくれてる。不良というわけではない。顔だって可愛い。
ただ合わないタイプなのは明白だし、お互いにそう思ってるのだから、それなりに形だけ姉妹になれば、後はお互い差し障りない程度に他人でも十分だ。
だと言うのに、沙耶は私にはかなり態度が悪い。お弁当までつくってくれるし、根はいい子なのだと思いたいけど、私に対してだけやけに俺様だ。
嫌いなら嫌いでスルーすればいいのに、今みたいに絡んでくる。うざい。
「妹、せめて少し下がって。本が読めない」
うざいことこの上ないが、家事は沙耶に頼っているし、何より沙耶はまだ中学生だ。私が大人になるべきだ。
私は妥協案として、沙耶が右肩から腕にかけてのっているのを止めるよう提案する。
沙耶が乗っかった瞬間に読んでた本に人差し指を挟んで閉じて、左手でキープしておいた。一応片手でも開けるがこのままでは読めない。
沙耶がちょっと下がってお腹に頭がくるくらいにしてくれれば続きが読める。ソファーは大きいので、沙耶なら足を曲げれば収まるはずだ。
「嫌」
「……」
いかに温厚で、普段は菩薩のようとさえ自画自賛している私といえど、キレそうだ。いかんぞ私。相手は年下の女の子ではないか。私より10センチ以上小さい。そんな子に暴力を振るうわけには……
「明菜さ、自分の立場わかってんの? あんたなんか、私がいなきゃインスタント食って死んでんだから」
「妹、ちょっと黙ろうか」
「は? 何言ってんの? 何であんたに命令され、きゃあっ」
勢いよく起き上がり、沙耶を落とす。調子にのりすぎだ。いい加減、どちらが上か教えてあげる必要があるらしい。
私は膝をかかえて痛がる沙耶の襟首を掴んで引き寄せ、と、いかん。ナチュラルに暴力に走るところだった。暴力はいかん。私ってほら、大和撫子な女の子だし。ちくられたら困るし。
「な、なによ。恐、じゃなくて、変な顔して。そんな顔したって、こ、怖くなんかないんだからっ」
む、何も言わなくてもびびっているらしい。よし、とりあえずあんまり言葉も暴力的な方面はなしで。別にぱぱんにチクられたくないとかではないよ?
「黙れ」
「はっ、う……あ、あたしが明菜の命令きく理由なんてなっー!?」
とりあえず物理的に口を塞いでやる。
「黙れって言ってんだろ、ああ?」
「……」
間近で睨みつけながら凄むが、沙耶はめちゃくちゃ驚いた表情で固まってしまった。
「……沙耶?」
「……」
あ、あれ? もしかしてやりすぎた?
「さ、沙耶? おーい?」
「っっ、な、は、はぁ!? な、あ、あんた何してんのよ!?」
襟首を離して目の前で手を振ると、正気になった沙耶は口を抑えて立ち上がった。目が白黒してる。そんな表情も可愛いがはて、何で動揺してるんだ?
沙耶はこれだけ可愛いんだから、キスのひとつもしなれているだろう。同性の、義理と言え姉とのキスにここまで反応するとは意外だ。
「キスくらいでそんな怒鳴らないで」
「く、くらいって、あ、有り得ないし。マジきもい!」
なるほど私だから嫌すぎてその反応なわけ。どんだけ嫌いなんだ。…まぁいいか。
手で押さえこむのも聞きようによっては暴力になるので、とりあえず顔が近いから口でふさいだのだが、これだけ威力があるならラッキーだ。キスされた、なら姉妹のじゃれあいで誤魔化せるし。
「あっそ。でもまたするよ」
「はあっ!?」
「妹があんまりにも生意気なことを言うならまたキスするから。嫌ならほどほどにしろ。お前は私の妹で、私の下だ。いいな?」
「……っ」
沙耶は眉をつりあげ、怒りで顔を真っ赤にしたけど、何も言わなかった。よしよし。
正直な話、沙耶が嫌いなわけではない。うざいことも多々あるが役にたつし、何より顔が可愛い。可愛いものは好きだし、家に可愛いものがあるのは歓迎だ。
ただあまりにやかましい。今までほとんど家で一人だった私には沙耶は騒々しすぎる。静かにしてくれれば、私に乗るくらいは許容範囲だ。
「妹、そろそろご飯つくってくれない? 私、お腹減ってきた」
「……言われなくても、つくるわよ」
○
念のためR15をつけましたが、特に意味はありません。とりあえず連載が書きたくて、三話できたので投稿することにしました。