序
いつからだろうか……人に頼る事をしなくなったのは?
いつからだろうか……独りを好むようになったのは?
いつからだろうか……自分以外の他人を寄せ付けないようになったのは?
桜芽吹く季節――春。
誰しもが穏やかな気分になるこの季節を俺、黒羽 京はイライラと陰鬱な気分で迎えていた。何故ならクソ兄貴……じゃなかった、兄貴に茶の間に正座して待っているように言われたからである。
クソッ、足痺れてきた。自分が呼び出しておいて遅れるってどういう事だよ。ああムカつく、イライラするわ。
そんな事をグチグチと考えていた時、さっきまで閉まっていた襖がガラリと音をたてて開き、耳慣れた声が耳に響いた。
「やぁ、京君遅れてすまないねぇ。待ったかい?」
そこには時間に遅れたにも関わらず反省の色一つ見せない我が黒羽家の長男、俺の兄貴である黒羽 翔が立っていた。
「待ったかい?……じゃねぇよクソ兄貴!!自分から呼び出しておいて遅刻とはいいご身分だなぁ!さすが黒羽家の次期当主様は面の皮が厚いな!」
長い事正座をさせられた鬱憤も込めてそうまくしたてる……が翔はその顔に張り付けた笑みを絶やす事がなかった。
「いやぁ、ちょっと所用が入ってね。本当にすまないねぇ。言い付け通りに正座して待っていたんだねぇ、偉い偉い」
俺はそう言いながら頭を撫でようとする兄貴の手を鬱陶しげに払いのけた。
「子ども扱いするんじゃねぇよ!」
「うーん、そんなつもりは無いんだけどなぁ……あと一つ訂正、僕は黒羽の当主にはならないよ。黒羽家の次期当主はお前だろう?」
「……勝手な事言ってんじゃねぇよ。俺は当主を継ぐ気はねぇって言ってんだろ。長男のお前が継げばいいだけの話だろ」
「コレは黒羽家全員の総意だよ。今さらお前が駄々をこねたって結果は変わらない。京君が次期当主になるのは決定事項なんだから」
にこやかに、涼しげな笑みをたたえて俺を見下ろす兄貴。俺にはこの人がいったい何を考えているのかが分からない。……やっぱり俺はこの人の事が苦手だ、と改めて再認識した。
俺はこの空気に耐えられず、すくっと立ち上がり、茶の間から出ようとした……しようとしたのだが、
「――っつ!」
さすがに30分以上正座を続けていた為、足が痺れて立ち上がる事が出来なかった。
「ほらほら、急に立ち上がろうとするからだよ?落ち着いて落ち着いて、りらーっくす」
「……うぜぇ」
「その言葉使いも直そうね。明日から京君は由緒正しき盟立館高校に通う事になるのだから。早く黒羽家次期当主の名に恥じぬ立派な騎士になって、立派な従士を従えて帰って来てね」
「はっ、従士なんか必要ねぇ。俺は独りで充分だ」
「はぁ……また駄々をこねて。いけないよ、騎士が従士を従えるのは当たり前。きっと京君にも、君の信念を理解してくれる素敵な従士が現れるから。まぁ君も高校2年生からの転校って事で気後れしてるのかもしれないけどさ。元は京君が駄々こねて最初から盟立館に入らなかったのが原因なんだよ?遅かれ早かれ黒羽の人間なら盟立館高校に通う事は決定事項だったんだし?まぁ気長に新しい高校生活を楽しんでおいで。あっ寮生活だったよね、寂しくなるなぁ……寂しくなったらいつでも電話しておいでよ。僕待ってるからね」
「…………」
「ん?どうしたの?」
黙りこくる俺を見て兄貴は不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「いや……よくもまぁベラベラと口が回るなぁと思って、さ。息つぎもせずに……尊敬するわ」
「えぇっ!?そこ感心する所かい?というかそんな所尊敬されても嬉しくないよ……」
「はぁ、アンタの相手してたら疲れたわ。学校、明日からだっけ?荷物まとめてくるわ」
今度こそゆるりと立ち上がって茶の間を立ち去ろうとした。自室に戻ろうとした俺の背中越しに、
「さっき、君にはいつか素敵な従士が現れるよ~って言ったけどさぁ――漆 漆黒だけは従士にするの止めてよね。僕、彼の事大嫌いだから」
そんな声が聞こえた。
「誰が、頼まれたってあんな奴……あんな"人殺し"野郎を従士にするかよ」
そう言って俺は乱暴に襖をしめた。だからこの時兄貴が、
「どうだか……君は優しいから。それに京君は――今でも漆黒の事が大好きで仕方ないくせに」
そう呟いた兄貴の言葉も届かず……その時の兄貴の、俺の後ろ姿を見送るねっとりとした、まるで愛するものを愛でるような絡み付く視線にも気付く事が無かった。




