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短編置き場  作者: アタマ
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短編◆ボクと先輩

 丁度お昼を過ぎた頃、まるで眠気を吐き出すようにボクは大きく口を開けた。今は授業中で、当然だが先生に目撃されればボクは一巻の終わりだ。しかしそこはそれ、ボクだって馬鹿じゃあない。日本史の授業の先生は今、黒板に向かって一所懸命に歴史の年号と大まかな出来事をまるでチョークを砕く勢いで書き連ねている最中だ。

 二年生という事もあり学年全体の雰囲気は軽い。この高校にきたばかりの一年生の時のようなぎこちなさはどこかへ飛んでいき、三年生のように進路指導に追われないという、おそらく一番楽しい時期はこの二年生の期間なんだろうと、ボクは空を流れる雲を眺めながら染み染みと思った。

「じゃあ、教科書の32ページ。ここ、笹原読んで」

「はい。……飛鳥の政治と――」

 先生に指名された笹原さんが授業中にだけ着けるメガネをくいと上げ、いつもの暗記してきたような流暢さで指定されたページの文章を読み上げていく。

 ボクは彼女の声を右から左へ聞き流し、再び教室の窓の外、空を流れる雲へと視線を向ける。

 ふと視線を下に向けると、校庭では体操服に着替えたウチの生徒が走らされていた。体操服の色からすると三年生だろう。白地にライトグリーンのラインが入っているので間違いない。スタート地点と思しき場所には大きな電光ボードが18分46秒という数字を表示している。そのとなりには気が早いようなタンクトップ姿の体育教師が、腕を組んで前を過ぎる生徒一人一人に声を掛けている。みんなそこそこ流している風で、それぞれ好きな相手と話しながらだったり、真剣にタイムを競うように走っている生徒など様々だ。

 ボクの視線は自然と今居る校舎から一番遠い所を走る生徒へと向かった。そこでは今、女生徒が一人颯爽と右から左へと走っていく姿が見えた。風に流れる黒髪が静かな河川のように空中を流れ、太ももから足先までのまるで絵画のような流線が規則正しく左右を前後させるのはもはや溜息が出るくらい綺麗だ。

 と、校庭に引かれたトラックの外周をぐるりと回ってこちらに向く形になった彼女が、一瞬ボクを見てニヤリと笑った気がした。ボクは背筋に冷たい物を感じて慌てて教室の黒板に顔を回転させ今の出来事を無かった事にしようとした。そして本来の授業体勢に戻ったボクを待ち受けていたのは、日本の歴史が書きなぐられた黒板ではなく、先生の怖いぐらいの笑い顔だった。


   ――§――


「あはははははは、それで?」

「もう、笑い事じゃないですよ。こっちは授業中にみんなの前でえらい恥を掻かされたんですよ。先輩の所為で」

 ボクの前に座る女生徒が笑いながら先を促してくるのを、ボクは不機嫌な風に受け流した。

 放課後。ボクは今、ある教室の真ん中で机を四つほど組み合わせた簡易テーブルを挟んでからかわれている。ボクの前に座り声を上げて笑っている女生徒は、先刻の体育でボクが自然と視線を送っていた女生徒だ。まるでビロードのカーテンのような綺麗な黒髪を腰まで流し、テレビに映るモデルにも負けないくらい整った顔立ちで、引き締まっているが程よく年頃の女性らしい体つきなのを合わせれば、彼女のような女性と人生で知り合えただけでも幸運かと思うような美人だ。

 そして、そんな彼女は実はボクの先輩でシガハラ先輩という。名前は教えて貰ってないので分からないのだけど、偶々彼女を担任と思しき先生がシガハラと呼んでいたので、ボクも不肖心の中でこう呼ばせてもらっている。

「む。それは心外だな。そもそもキミが私を見ていたから、私はキミへの挨拶代わりに微笑みかけてやったのだが、不味かったかな?」

「うぐっ……」

 やっぱりボクが先輩を見ていたのはバレていたようだ。

 先輩はいつもの癖で髪を払って机に肘を置き、胸の前で指遊びをしながら尚も攻撃の手を緩めてはくれない。

「健全な男子高生の期待に満ちた視線を向けられては、私としても応じるのに(やぶさ)かではないからね。なんなら可愛らしく転倒などしてもよかっ――」

「もういいです。わかりました! ボクが悪かったです許してください!!」

「そう自棄になるな。私と目が合った時のキミの顔は、ふふっ、とても可愛かったぞ?」

「簡便してくださいよ……」

「ははははははは。キミは本当に可愛いなあ」

「……はぁ」

 上機嫌に笑う先輩を横にボクは教室の床に顔を落とす。これ以上何を言っても逆に言いくるめられるのは今までの経験で分かりきっている。諦めとほんのちょっとの後悔と多大な反省をして再び先輩へと向き直る。

「で、今日はどんな事をするんですか? まだ菊池部長も一緒(いちお)の奴も来てませんし……」

 実はボクと先輩は楽しい青春の歓談を楽しんでいるのでは無く、他のメンバーを待っているのだ。何を隠そう(別に隠してないけど)ボクと先輩、それと後二人のメンバーを加えた四人は『社交倶楽部』という倶楽部の部員なのだ。具体的な活動内容はどんな相手とも社交的に接する方法と礼儀、なにより精神を鍛えるというご大層な理念を掲げてはいるが、実質的にただの暇人の集まりだ。

「うむ、それなんだけど。今日は彼らは来ないんだ」

 先輩の言葉を聞いて一瞬固まってしまったが、よくよく考えてみればそんなに珍しい事じゃなかった。

 一応部長を勤める菊池先輩はまあいつも通りだな。一応というのは、菊池先輩はそこそこの美男子で女たらしな事で有名で、よく同学年の仲の良い女生徒と日替わりのように遊んでいるらしい。その行動から軽蔑されそうなものだが、実は結構清純で人当たりもよく純粋に遊んでいるだけらしい。人は見た目に寄らないとは彼の、いや、彼らの事を指すんだと最近ひしひしと感じる今日この頃だ。

 そしてもう一人、一緒こと花村一緒(いちお)はボクの後輩、一年生の男子生徒だ。なんかやたら可愛らしい名前に違わずその見た目も男にしておくには勿体無いような可愛さなのだ。実は彼はウチの倶楽部が本命ではない。ウチの他に剣道部に入っており、あっちが本来の彼の入部先なのだ。しかし、シガハラ先輩が召集すると飛ぶように駆けつけ参加するし、先輩が言う事には絶対服従みたいな感じなのだ。これはボクの想像だけど、恐らく何らかの弱みを握られているのは確実だろう。

 そんなわけである意味いつも通りの部活風景にボクは半ば呆れつつ先輩に再度訊いてみることにした。

「で、先輩。今日は二人で何をするんですか?」

「……そ、そんな急に……」

 なんだか急にもじもじしだした先輩を、若干警戒しながらボクは恐る恐る尋ねた。

「ど、どうしたんですか?」

「急にそ、その……ナニをするだなんて……」

「ぶっ」

 ボクは思わず吹き出してしまってからしまったと後悔した。こんなあからさまな罠に引っ掛るなんて、さっきの今でもう嵌められてしまった。

「はっははははははは……その顔、くっくっく、いいよいいよぉ」

「もう、いい加減にしてくだいよ……」

 ボクはなんだか遣る瀬無い疲労感に包まれ、反抗する気力も湧かずに机に顔をうずめた。

「悪かった。いや~、本当にキミという奴は、私を飽きさせないね」

 先輩のその言葉に少なからずドキっとしたけど、ここで悟られたらまたからかわれるに違いない。バレないように静かに一矢報いとく。

「先輩を喜ばせる事ができてボクも嬉しいですよ~……」

 ボクをからかって一頻り笑った先輩は、まなじりに浮かんだ涙を指で拭き拭き言う。

「すまんすまん。キミを相手にしているとつい熱が込もってしまってなぁ、はぁ……ははは」

 正直今日はもう帰りたいけど、先輩を一人置いて帰るわけにもいかず、ボクは何度目かの質問を繰り返す。

「はいはい。それはよかったですね。で、今日はボクらだけでどんな事するんです?」

 言い回しに気をつけながら先輩を見ると、先輩は満足そうな顔で鼻息をフンと吹かして胸を反らす。そんなに胸を強調しなくても十分大きいですよ。だなんてとてもこの人には怖くて言えない。

「実は何も考えてない」

「そんな事だろうと思いましたよ」

 ボクは半ば予想通りの回答に溜息を返しながら、机の横に掛けてあるカバンに手を伸ばす。

「おや? もう帰ってしまうのかい?」

「ええそうですよ。先輩といると楽しくありませんから」

 勿論楽しくないというのは嘘だけど、ボクはさっきのお返しにちょっとつっけんどんな言い方をして腰を上げる。先輩も立つか何かしら言い返して来るかと思ったけど、そのまま座った状態から動かなかった。少し言い過ぎたかなと、思って先輩の方を見ると、俯いたままいつもの指遊びも止まっていて、心なしかさっきよりも肩が落ち込んでいるように見えた。これは本当に不味かったかもしれない。

「い、いや、あの~、さっきのはちょっとしたジョークですよ。先輩と居てツマラナイなんて全然そんな事ありえないです! 先輩と居れて本当は凄く嬉しいですし、そ、それに先輩の事本当は、す……き、嫌いじゃないですから! ……せ、先輩?」

 ボクが恐る恐る肩に手を置こうとした直前、先輩がガバッと仰け反って大笑いしだした。

「あっはっはははははは、ひーひー、ぷっ、ふふ……あははははははははは」

 ボクは何が起きたのか理解出来ず固まってしまったが、すぐにまたからかわれた事に気付いて、今度は自分の肩を落とす羽目になった。ボクは笑う先輩を置いて教室のスライドドアを開ける。

「もうボク帰りますからね」

「ああ、じゃあまた明日な」

「さようなら」

 ボクはそれにぶっきらぼうに返事をして教室を後にした。別に喧嘩したわけじゃないけど、ちょっと自分の大人気ない態度に後悔しながら靴が仕舞ってある下駄箱へと何故だか重い足を動かす。

 昇降口で靴を履き替えて校門に向かって歩いていると、横の方から声を掛けられた。

「キミー!」

 ボクはその先輩の声に一応振り向いておく。これは決して好意とかじゃなくて先輩と後輩という上下関係での対応なのだ。からかわれて弄られても結局先輩の相手をしてしまう情けない自分に言い訳しつつ振り替える。

 先輩はさっきまでボクも居た一階の空き教室の窓から上半身ごと乗り出していた。その目は楽しそうな光を爛々と輝かせていた。ボクはいつもの嫌な予感がして自然と声のトーンが落ちる。

「……どうしたんですか?」

 どうせ下らないことだろう。最悪このままお使いを頼まれるとかいう暴挙まであるかもしれない。シガハラ先輩は美人で綺麗だけど、そういう悪い意味でおかしな人なのだ。ある意味で社交倶楽部の部員は全員先輩の気まぐれの犠牲者といっても過言ではない。

「私もキミの事は嫌いじゃないぞ。これからもよろしくな。じゃあ帰り道には気をつけるんだぞ」

 パタンと窓が閉まりカーテンも引かれ、中の様子が見えなくなる。

 別に言葉の意味だけなら全然変じゃないし、裏があるような特殊な言い回しでもないけれど、どこか勘の鋭い先輩がもし、さっきボクが口を滑らしそうになったのを察して今の言葉を言っていたら……。

「何を期待しているんだか……」

 ボクは有り得ない妄想をかき消すように一言呟いて、再び家に帰るために足を動かす。

 建物の間に沈んでいく夕日をどこか夢見心地で眺めながら、ボクは明日は先輩にもう少し付き合ってあげようかと思案しながら、少し軽くなった足で家に続く道へと歩き出した。


   ~終~

 なんかこう、切ない感じでイチャイチャする~みたいなの書きたくなって書いた奴です。「似たようなの読んだ事ある~」とか言う人は直ぐに私にその作品を教えるべき。そうすべきです。

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