妹の「真実の愛」を、全力で応援することにしました
妹の「真実の愛」を、全力で応援することにしました
「お姉様! 私、ユリシーズ様を愛してしまいましたの!」
妹のミアが私の部屋へ飛び込んできたとき、私はユリシーズ家の収支帳簿を閉じたところだった。妹の後ろには、私の婚約者であるユリシーズが立っている。二人とも頬を赤くして、私の返事を待っていた。
「ソフィア、すまない。君は一人でも生きていけるだろう。だが、ミアは僕が守らなければならない」
はあ? まずそう思った。ユリシーズが借金の返済日を忘れれば私が貸主へ頭を下げ、領地で穀物が足りなければ実家の倉庫から融通してきた。その男が誰を守ると言うのだろう。
けれど、すぐには言い返せなかった。彼が訪ねてくる日に合わせて、私はいつも好物の蜂蜜菓子を用意していた。今朝も一皿、厨房に頼んである。帳簿の上に置いた指先が汗で滑り、私は両手を膝の上へ移した。
「お姉様。義務だけで結ばれた関係より、私たちは真実の愛を選びたいのです」
ミアはユリシーズの腕に手を添えた。私は二人の顔を見比べた。妹に恋人を奪われて腹が立つのに、彼が私ではなく妹を選んだことを、まだ惜しいとも思っている。返事を急げば、みっともないことを言いそうだった。
「……今日は出ていって。二人とも」
「怒っているのか、ソフィア」
「怒っています。だから今日は、婚約の話を決めません」
ユリシーズは何か言いかけたが、ミアに袖を引かれて部屋を出た。扉が閉まると、私は蜂蜜菓子を取りに厨房へ行った。料理人が皿を差し出す前に「今日は客が帰った」と告げ、自分の分を一つだけもらった。甘すぎて、半分残した。
翌朝、父を交えて婚約について話した。ユリシーズ家の資金繰りが厳しいことは、父も知っている。私とユリシーズの婚約には両家の合意が必要で、妹が代わりになるかどうかも、本人たちだけでは決められない。
「婚約を解消したいと思います」
私は昨夜書き直した手紙を父に渡した。ユリシーズから借金の支払いを頼まれるたび、断る文面だけを下書きしては、引き出しにしまってきた。その紙を使って初めて、頼み事ではなく自分の婚約について書いた。
「ミアとユリシーズ様のことは、お父様が先方と話してください。私は、これ以上あちらの家の支払いを引き受けません」
父は手紙を読み、分かったとうなずいた。その日から、私が私財で立て替えていた夜会の衣装代と観劇代は止めた。貸していた穀物については、すでに交わした契約の分を届け、代金は約束どおり受け取ることにした。急に倉庫を閉めれば困るのは、領地の人たちだ。
三日後、ミアが請求書を抱えて私の部屋へ来た。
「お姉様、ユリシーズ様の衣装代が私のところへ届きました。どうして?」
「ユリシーズ様が、次の夜会に着る服を注文なさったからでしょう」
「今までは、お姉様が払っていたのでしょう?」
「ええ。でも、私にも払えないものがあるわ」
ミアは椅子に腰を下ろし、請求書を開いた。窓辺には昨日脱いだ私の上着が掛かったままで、椅子の背には彼女の袖飾りが引っかかった。妹はそれを直すことも忘れ、金額を二度読み返した。
「こんなの、私のお小遣いでは無理よ」
「私も、最初から払えるわけじゃなかった」
「なら、どうして払ったの?」
うまく答えられなかった。ユリシーズに感謝されたかったのかもしれない。婚約がなくなれば、三年間の支払いまで無駄になると思っていたのかもしれない。
「あなたも払わなくていいのよ。注文した本人へ返して」
「でも、嫌われるわ」
「そうかもしれない」
ミアは請求書を握ったまま出ていった。少しして廊下の向こうから、二人の言い争う声が聞こえた。私は戸口まで行きかけ、机に戻った。二人で決めたことを、私が説明して回るつもりはなかった。
翌週、ユリシーズの領地で大雨が降った。川沿いの堤防が傷み、村から避難を求める知らせが届いた。以前なら、ユリシーズが読むより先に私が技師を呼び、費用の当てまで考えただろう。
私はまず、知らせを持ってきた使者に尋ねた。
「村の人たちは?」
「低い家の者から、高台の集会所へ移っています」
「荷車と毛布は足りていますか」
「荷車が二台、足りません」
私は父の許可を得て、我が家の荷車を二台と毛布を貸した。技師にも堤防の状態を見に行ってもらう。人を避難させるために今できることと、隣領の領主が負うべき工事費は別だった。
そのうえで、ユリシーズへ報告を届けた。ミアも彼の隣にいたが、二人の前には開きかけの地図と、手のついていない茶が置かれていた。
「避難用の荷車と毛布は出しました。技師も向かっています。補修工事の依頼と費用の手配は、領主家からお願いします」
「いつもは君が決めてくれただろう」
「今までは婚約者でした。それでも、領主家の責任まで私に移ったわけではありません」
「ソフィア、今だけでいい。工事が終わるまで、手伝ってくれ」
ユリシーズは地図を私のほうへ押した。私は破れかけた端を押さえ、彼の前へ戻した。川のそばに住む人の顔を何人か知っている。困らせたいわけではないが、だからといって、また黙って支払えば同じことになる。
「技師の報告は、あなたにも届くようにしました。読んで、決めてください。分からなければ、あなたの家の家令に聞いて」
ユリシーズは黙り込んだ。ミアが地図を引き寄せ、集会所の場所を探し始めた。私は二人を残して東屋を出た。
補修はユリシーズの父が指揮を執り、村の人たちは無事に家へ戻った。父親は息子の遊興費まで私が立て替えていたと知り、帳簿を調べ直したという。ユリシーズは領地の仕事を家令から一つずつ教わることになり、王都へ出る回数が減った。
両家の話し合いで、私とユリシーズの婚約解消も正式に決まった。父が預けていた宝飾品は返され、立て替えた費用のうち、ユリシーズ家が返すと約束していた分は、月ごとに支払われることになった。ミアとユリシーズの婚約については、二人が望んだうえで改めて相談する。私の婚約を、そのまま妹へ渡すことはできなかった。
一か月後、ユリシーズが屋敷の門を訪ねてきた。ミアとはしばらく会っていないらしい。私は庭から戻るところで、泥のついた手袋を片方だけ外した。
「ソフィア。僕が悪かった。君がいないと、何をするにも時間がかかる」
「そうでしょうね」
「もう一度、やり直せないか」
彼に必要とされたかったころの自分を思い出した。胸の奥が少し動いたが、私は門を開けなかった。
「私も、何でも一人でできるわけではありません。だから、困ったときは人に頼みます。でも、あなたの代わりに生きるためには戻りません」
ユリシーズは手袋を見て、それ以上は言わずに帰った。私は庭へ戻り、植え替えの途中だった苗を見た。土の袋は開いたまま、移植ごては水桶に入れっぱなしだ。執事に任せれば早く片づくが、今日は自分で続きをやりたかった。
夕食には、厨房へ蜂蜜菓子を頼んだ。小さなものを一つだけ。今度は熱い茶と一緒に、最後まで食べた。




