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妹の「真実の愛」を、全力で応援することにしました

掲載日:2026/09/25

妹の「真実の愛」を、全力で応援することにしました


「お姉様! 私、ユリシーズ様を愛してしまいましたの!」


 妹のミアが私の部屋へ飛び込んできたとき、私はユリシーズ家の収支帳簿を閉じたところだった。妹の後ろには、私の婚約者であるユリシーズが立っている。二人とも頬を赤くして、私の返事を待っていた。


「ソフィア、すまない。君は一人でも生きていけるだろう。だが、ミアは僕が守らなければならない」


 はあ? まずそう思った。ユリシーズが借金の返済日を忘れれば私が貸主へ頭を下げ、領地で穀物が足りなければ実家の倉庫から融通してきた。その男が誰を守ると言うのだろう。


 けれど、すぐには言い返せなかった。彼が訪ねてくる日に合わせて、私はいつも好物の蜂蜜菓子を用意していた。今朝も一皿、厨房に頼んである。帳簿の上に置いた指先が汗で滑り、私は両手を膝の上へ移した。


「お姉様。義務だけで結ばれた関係より、私たちは真実の愛を選びたいのです」


 ミアはユリシーズの腕に手を添えた。私は二人の顔を見比べた。妹に恋人を奪われて腹が立つのに、彼が私ではなく妹を選んだことを、まだ惜しいとも思っている。返事を急げば、みっともないことを言いそうだった。


「……今日は出ていって。二人とも」


「怒っているのか、ソフィア」


「怒っています。だから今日は、婚約の話を決めません」


 ユリシーズは何か言いかけたが、ミアに袖を引かれて部屋を出た。扉が閉まると、私は蜂蜜菓子を取りに厨房へ行った。料理人が皿を差し出す前に「今日は客が帰った」と告げ、自分の分を一つだけもらった。甘すぎて、半分残した。


 翌朝、父を交えて婚約について話した。ユリシーズ家の資金繰りが厳しいことは、父も知っている。私とユリシーズの婚約には両家の合意が必要で、妹が代わりになるかどうかも、本人たちだけでは決められない。


「婚約を解消したいと思います」


 私は昨夜書き直した手紙を父に渡した。ユリシーズから借金の支払いを頼まれるたび、断る文面だけを下書きしては、引き出しにしまってきた。その紙を使って初めて、頼み事ではなく自分の婚約について書いた。


「ミアとユリシーズ様のことは、お父様が先方と話してください。私は、これ以上あちらの家の支払いを引き受けません」


 父は手紙を読み、分かったとうなずいた。その日から、私が私財で立て替えていた夜会の衣装代と観劇代は止めた。貸していた穀物については、すでに交わした契約の分を届け、代金は約束どおり受け取ることにした。急に倉庫を閉めれば困るのは、領地の人たちだ。


 三日後、ミアが請求書を抱えて私の部屋へ来た。


「お姉様、ユリシーズ様の衣装代が私のところへ届きました。どうして?」


「ユリシーズ様が、次の夜会に着る服を注文なさったからでしょう」


「今までは、お姉様が払っていたのでしょう?」


「ええ。でも、私にも払えないものがあるわ」


 ミアは椅子に腰を下ろし、請求書を開いた。窓辺には昨日脱いだ私の上着が掛かったままで、椅子の背には彼女の袖飾りが引っかかった。妹はそれを直すことも忘れ、金額を二度読み返した。


「こんなの、私のお小遣いでは無理よ」


「私も、最初から払えるわけじゃなかった」


「なら、どうして払ったの?」


 うまく答えられなかった。ユリシーズに感謝されたかったのかもしれない。婚約がなくなれば、三年間の支払いまで無駄になると思っていたのかもしれない。


「あなたも払わなくていいのよ。注文した本人へ返して」


「でも、嫌われるわ」


「そうかもしれない」


 ミアは請求書を握ったまま出ていった。少しして廊下の向こうから、二人の言い争う声が聞こえた。私は戸口まで行きかけ、机に戻った。二人で決めたことを、私が説明して回るつもりはなかった。


 翌週、ユリシーズの領地で大雨が降った。川沿いの堤防が傷み、村から避難を求める知らせが届いた。以前なら、ユリシーズが読むより先に私が技師を呼び、費用の当てまで考えただろう。


 私はまず、知らせを持ってきた使者に尋ねた。


「村の人たちは?」


「低い家の者から、高台の集会所へ移っています」


「荷車と毛布は足りていますか」


「荷車が二台、足りません」


 私は父の許可を得て、我が家の荷車を二台と毛布を貸した。技師にも堤防の状態を見に行ってもらう。人を避難させるために今できることと、隣領の領主が負うべき工事費は別だった。


 そのうえで、ユリシーズへ報告を届けた。ミアも彼の隣にいたが、二人の前には開きかけの地図と、手のついていない茶が置かれていた。


「避難用の荷車と毛布は出しました。技師も向かっています。補修工事の依頼と費用の手配は、領主家からお願いします」


「いつもは君が決めてくれただろう」


「今までは婚約者でした。それでも、領主家の責任まで私に移ったわけではありません」


「ソフィア、今だけでいい。工事が終わるまで、手伝ってくれ」


 ユリシーズは地図を私のほうへ押した。私は破れかけた端を押さえ、彼の前へ戻した。川のそばに住む人の顔を何人か知っている。困らせたいわけではないが、だからといって、また黙って支払えば同じことになる。


「技師の報告は、あなたにも届くようにしました。読んで、決めてください。分からなければ、あなたの家の家令に聞いて」


 ユリシーズは黙り込んだ。ミアが地図を引き寄せ、集会所の場所を探し始めた。私は二人を残して東屋を出た。


 補修はユリシーズの父が指揮を執り、村の人たちは無事に家へ戻った。父親は息子の遊興費まで私が立て替えていたと知り、帳簿を調べ直したという。ユリシーズは領地の仕事を家令から一つずつ教わることになり、王都へ出る回数が減った。


 両家の話し合いで、私とユリシーズの婚約解消も正式に決まった。父が預けていた宝飾品は返され、立て替えた費用のうち、ユリシーズ家が返すと約束していた分は、月ごとに支払われることになった。ミアとユリシーズの婚約については、二人が望んだうえで改めて相談する。私の婚約を、そのまま妹へ渡すことはできなかった。


 一か月後、ユリシーズが屋敷の門を訪ねてきた。ミアとはしばらく会っていないらしい。私は庭から戻るところで、泥のついた手袋を片方だけ外した。


「ソフィア。僕が悪かった。君がいないと、何をするにも時間がかかる」


「そうでしょうね」


「もう一度、やり直せないか」


 彼に必要とされたかったころの自分を思い出した。胸の奥が少し動いたが、私は門を開けなかった。


「私も、何でも一人でできるわけではありません。だから、困ったときは人に頼みます。でも、あなたの代わりに生きるためには戻りません」


 ユリシーズは手袋を見て、それ以上は言わずに帰った。私は庭へ戻り、植え替えの途中だった苗を見た。土の袋は開いたまま、移植ごては水桶に入れっぱなしだ。執事に任せれば早く片づくが、今日は自分で続きをやりたかった。


 夕食には、厨房へ蜂蜜菓子を頼んだ。小さなものを一つだけ。今度は熱い茶と一緒に、最後まで食べた。


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― 新着の感想 ―
とても良質なヒューマンドラマを公開して下さり、ありがとうございます。 主人公達が淡々と、それでいて充実感溢れる日々の途中で物語りがバッサリと切られて終わるのが少しもったいない気もしてきますが、とても読…
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