血統上の父が私を認知しなかったので、安心して断罪できます
私の母ジュネは聖女だった。
聖女とは数千人に一人くらい生まれる、癒しの力を持つ女性のこと。
聖女と言っても、歴史書に載るような大きな力を持ち、偉業を成し遂げた大聖女ではもちろんなかった。
でも毎日癒しの施しに、やはり王都に集められた他の聖女達とともに尽力していたから、それなりに尊敬はされていたんだよ。
大きな事故が起きた時なんかは大活躍だったしね。
優しく慈悲深い、聖女のイメージ通りの母だった。
でも娘の私から見ると、他人を疑うことのない愚かな母だった。
聖女ということで物心つかない内から聖矛教会で大切に育てられていたので、仕方ないと言えば仕方ない。
純粋無垢な人だった。
私は母とは違うよ。
同じ教会育ちとは言っても、私は孤児院にいたから。
孤児じゃないのに預けるなんてごめんなさいと、母は私と孤児院の両方にすまながっていた。
けれどそれは母が聖矛教会のために朝から晩まで働いていたから。
誰も文句なんか言わなかったよ。
これは私の生まれる前からだけど、母は孤児院で読み書き計算を教えるということをしていた。
孤児達が将来困らないようにって。
後に聖女活動が忙しくなって母が孤児教育に関われなくなってからも、その意思に共感してくれた人達が孤児に教えてくれたり、本を寄贈してくれたりしたんだよ。
その後の教会の孤児はいい場所に就職できるようになったし、私も恩恵を受けている。
母は愚かだけど偉い人だったんだ。
……何故母が愚かだと殊更に言うのかって?
父に貢いでいたからさ。
私の父はクズだった。
あんな男に貢ぎ続けるなんて、愚かとしか言いようがない。
私の血統上の父は聖矛教会所属の聖騎士でね。
聖騎士は社会的な信用もあるし、大したものだと思うだろう?
大したものなのは外面と肩書きだけだね。
忙しい母とたまに会えて話す機会があるたびにこんな会話だった。
『母さん。またあの男にお金を渡したの?』
『あの男なんて言ってはいけませんよ。アヤメのお父さんなのですからね』
あの男は妹が死にそうだの盗賊団に襲われただのと、同じようなウソを吐いては母からお金を巻き上げていった。
母はお人好しだから、あの男に妹が何十人いるかを数えもしなかったと思う。
新聞に載らない盗賊事件が何件あったかも。
挙句の果てにあの男は母の純潔を奪い、結果として私が生まれた。
……母を食い物にする憎いやつ。
私があの男の子供だなんて、恥ずかしいことだと思った。
教会では私があの男の子供だと皆が知っているし。
もっともあの男は私を自分の子だと認めなかったから、私は両親が揃っているのに孤児院に押し込められている、奇妙な状態だった。
でも母は言ったのだ。
『あなたが生まれてきたのは神様のお導きなのですよ』
ああ、愚かで偉大な母よ。
私はあなたを尊敬しておりました。
しかしあなたは天に召されるのがあまりにも早かった。
礼拝堂の神像の前で祈るような格好の母が発見されたのは四日前だ。
その時はまだ、かろうじて意識があったらしい。
どうも様子が変だと母に話しかけた修道女が聞いた、母の最期の言葉がこれだ。
『……アヤメに伝えてください。幸せになってねと。父親と仲良く、と』
今日は母の葬式だ。
粛々と決め事が進んでいく。
あなたの母はとてもいい人だったから、きっと神様に気に入られて召されたんだよと言ってくれる人もいた。
でもそんなことを聞かされると、神様を恨んでしまいそうだ。
母の最期の言葉をぼんやりと思い出す。
父親と仲良く、か。
母の遺言ではあるが、あの男と仲良くというのはどうも気が進まない。
しかし尊敬する母に逆らうのは冒涜のような気がした。
埋葬が終わり、聖矛教会の身内だけが集まった時、あの男が大仰に嘆くふりをして言った。
「おお、愛する聖女ジュネ。オレを置いて逝ってしまうなんて!」
格好つけるな、白々しい。
でもこれであの男と母が愛し合っていたと騙されてしまう者もいるんだろうな。
実際にあの男が母に接近するのは、お金の無心の時だけだったのに。
何が愛だ、ムカムカする。
大司教様が言う。
「聖騎士バルト。何か要求があるのかね?」
「オレにも愛するジュネの遺産を相続する権利があるはずです。内縁の夫なのですから」
おっと、露骨に来たぞ?
あの男があちこちでいい顔するために金遣いが荒いことは知ってる。
だから母にたかっていたことも。
特に母と親しかった面々はそれを知っている。
非難の目で見られていることに気付いているかな?
大司教様が言葉を選びながら続ける。
「……そなたは聖女ジュネの正式な夫ではないのでね。遺品は全て娘のアヤメの所有物となる」
「そりゃああんまりだ!」
……父親と仲良く、父親と仲良く。
母の遺言が頭の中をリフレインする。
仕方ない、一度だけあの男にチャンスをやろう。
「父さん」
「……孤児アヤメ。君に父と呼ばれる筋合いはないのだがね」
「でも母さんはそう言っておりました。修道士修道女の中にも、あなたが私の父だと教えてくれた者が何人もいます」
あの男は随分不機嫌そうだが、さあ、どうだ?
皆の前で今まで私を放って孤児扱いにしていたことを認めるか?
それなら母の遺産を半分くれてやってもいい。
今後は仲のいい父娘を演じてやるよ。
しかしあの男は言う。
「……オレが聖女ジュネといい仲になったのは、君が生まれたあとだ。誓って君はオレの子じゃない」
「ハハッ、アハハハハハハハハ!」
孤児院を出る年齢が近いから、最近は淑女らしくを心がけていたのにな。
爆発するような笑いに堪えられない。
あの男は私なんか娘じゃないって!
何と喜ばしいことだろう!
不審げなあの男。
「……どうした孤児アヤメ。気が触れたか」
「いえ、あなたが私を認知しないと知って嬉しいのです。母の最期の言葉が、『父親と仲良く』でしたから。あなたなんか父じゃない。安心して告発できます」
「告発、だと?」
司祭のカルロス様に目配せする。
心得たようにカルロス様が発言する。
「聖騎士バルト。アヤメから訴えが出されている。君がウソを吐いて聖女ジュネから搾取していると」
「搾取? い、いや、オレと聖女ジュネは夫婦も同然ですから、金を融通してもらうことはありましたけれども……」
夫婦も同然ね。
母は寂しそうに言っていたけれどもね。
来るのはお金かものをねだりに来る時だけだと。
「大司教猊下、よろしいでしょうか?」
「何かな、司祭カルロス」
「教会幹部の揃っているこの際ですから、聖騎士バルトの査問を実施しても?」
「許す」
「さ、査問?」
「ここに聖女ジュネの日記があります」
司祭カルロス様の掲げる右手には母の日記、私が証拠として提出したものだ。
あの男は動揺しているけれども。
「聖女ジュネの日記によると、ほぼ収入の六割を聖騎士バルトに渡していますな。まあ聖女の給与は多いですし、慎ましいお方でしたから、生活に困るということはなかったでしょうが」
「言いがかりだ! そんなに金をもらっていた覚えはない! 聖女ジュネの日記の内容が大げさなのだ!」
「猊下、備品係の自分にも発言をお許しください」
「助祭ネスターの発言を許す」
「聖騎士バルト。君、聖女ジュネに備品の補充をさせ、その補充品を売り捌いて金にしていたろう!」
「な……」
これは日記を読んだ時にせこいというか、呆れた部分だ。
責任ある聖騎士がやるようなことじゃない。
どれだけお金に困っているのだろう。
よかった、父親じゃなくて。
「司祭カルロスから調査してくれと言われたんだ。日記に『備品の補充をすると聖騎士バルトに言われて渡した』との記述があると。帳簿と照らし合わせると、聖女ジュネの申請した備品の量は、日記と帳簿でピタリと同じだ」
「そ、それは……」
「几帳面な聖女ジュネの日記の内容が、金額だけ違っていたとは思えない」
「……」
「そして聖騎士バルト。君が備品を金に換えていた店も特定した」
「!」
「『ああ、男前の聖騎士さんね。時々換金しに来るわ』とのことだ。男前の聖騎士さんよ、言い逃れできると思うな!」
司祭カルロスも助祭ネスターも舌鋒が鋭い。
あの男の顔が青くなっている。
今まであの男の外面の良さに騙されていた人も多いだろうが、完全に化けの皮が剥がれたろう。
いい気味だ。
大司教様が厳かに言う。
「聖騎士バルトよ。申し開きはあるか?」
「あ、ありません」
「そなたを聖騎士から罷免する」
「は、はい」
……それだけ?
最も重大と思われる窃盗については不問に付すの?
あれが盗まれると知れたら、聖矛教会の体面に関わってしまう?
と思ったら、今度は大司教様直々の追及だ。
「さらに聖女ジュネの日記から判明したことがある。そなた聖女ジュネに『神の灰』を盗ませたろう!」
『神の灰』とは神が地の悪魔に足を掴まれた時、自ら足を焼いて天界に帰ったという伝説に基づく神遺物だ。
聖矛教会最高の宝でもある。
「妹の病気を治すために神遺物が必要だと偽ってな。『神の灰』は神の加護を持つ聖女でなければ、神像から取り出せぬ。さもなくば神の炎に焼かれるからだ!」
「ま、待ってください。『神の灰』を盗んだのは聖女ジュネです。オレではありません!」
「既に神の元に召されている者に何の罪を問えるかっ! そなたは死刑だ!」
私があの男を憎んでいることを別にしても、これは妥当だと思う。
皆のあの男への視線が汚物を見るようだ。
でもこのままでは『神の灰』を取り戻せない……。
「元聖騎士バルトよ。そなたはどこに『神の灰』を売ったのだ? 素直に吐けば罪一等を減じよう」
「本当ですか! あの、レッドグレイヴ侯爵家当主のマイロン様です」
「おお、マイロン殿か。熱心な信徒であることは嬉しいが、『神の灰』を欲しがるとはの。困ったお人だ」
ふうん、聖騎士ともなると高位貴族の当主と知り合うこともあるんだなあ。
どうせあの男が侯爵様に『神の灰』を売り込んだに違いない。
熱心な信徒の方なら、事情を話せば返してくださるだろう。
「あの、オレの措置は……」
「そうだった。死刑は撤回、罪一等を減じ、神への供物とする」
「は?」
「そなたはなかなか顔がいいからの。神もお喜びであるだろう」
「そ、そんな……」
「捕らえて地下牢へ放り込んでおけ!」
「「「はっ!」」」
他の聖騎士によって捕らえられ、連行されていく。
罪一等を減じて生贄という措置に再び笑いがこみ上げる。
大司教様の中では死刑より神への供物は軽い刑罰なんだな。
どっちも死ぬことには変わりないじゃないか。
大司教様も食えないお人だなあ。
「さて、アヤメよ」
「はい、大司教様。ありがとうございました」
「旅立つそなたのはなむけになったかな?」
はなむけのつもりだったのか。
私は一四歳になる。
母の葬儀が終わったら、孤児院から出る予定だったのだ。
私があの男を嫌っていることを御存じだったのだろう。
大司教様が私のことなんかを把握していてくださったとは。
「元聖騎士バルトには問題が多いと、知る者は知っていた。しかし証拠がなく、また巷の評判だけはいい聖騎士であったのでな。処分が遅れた。申し訳なかった」
「いえいえ、十分です。お気になさらず」
「聖女ジュネに止められていたのだ。アヤメの父親でありますから勘弁してくださいと」
「えっ?」
母はどこまで……。
いや、聖矛教会への多大な貢献があったから、大司教様も母を認めていた。
そして私のことも気にかけていてくださっていたのか。
全て母のおかげ。
「ハハッ、しかしそなたの父であることを、やつ自身が拒否したからな。あの時点でやつの運命は決まった」
「はい、わたしもあの男を父とは思いません」
「よく言った。アヤメの前途に幸あれ」
祝福の印を切る大司教様に敬礼を返す。
「私は行きます。皆様、大変お世話になりました。ありがとうございました!」
◇
――――――――――シュルツ商会事務所にて。
「来るのが遅いから心配しちゃったよ」
シュルツ商会の後継ぎユージン様が眉根を寄せている。
いつもは朗らかな方なのだがなあ。
「申し訳ありません。母の葬儀が終わり次第、すぐに来る予定だったのですが、査問が始まってしまいまして」
「えっ、査問? どういうこと?」
「査問というか、弾劾ですかね。私の父とされていた者に対しての」
「ああ、あの小ズルい聖騎士か。つまりアヤメの母の聖女様の日記が決め手になって?」
「そうです」
「へえ、随分展開が早いな。聖矛教会幹部の間でもあの聖騎士に問題ありってことはわかってたっぽいね」
「はい」
大司教様も『元聖騎士バルトには問題が多いと、知る者は知っていた』と仰っていた。
遅かれ早かれあの男は追放されることになっていたのではないかな。
母の日記がなければ死ぬことはなかったかもしれないが。
「……僕はアヤメのことをすごく評価しているんだ。うちへの就職試験の成績がダントツだったし、可愛いし」
「恐れ入ります」
シュルツ商会では就職希望者に対して試験を実施しているの。
年齢のため孤児院を出ることが決まっていた私も受けさせてもらって。
成績がよかったからと目をかけてもらっている。
成績がいいのは孤児院で勉強できる環境にあったからだ。
母のおかげ。
そして私の母が聖女ジュネであることもすぐバレた。
怪しいスパイみたいな人物が就職しても困るから当然だろうけれど、シュルツ商会の調査力は大したものだなあ。
母が聖女ジュネだから私が評価されているってことも絶対にある。
これも母のおかげ。
その後は根掘り葉掘り聞かれて、あの男のことも知られて。
力になるから何でも相談しろと言ってくださった。
母の死後、日記をどうしようかと迷った時、聖矛教会幹部に提出しろとアドバイスしてくださったのもユージン様だ。
世界の狭い私よりも判断が的確で頼りになる。
「アヤメ関係で気に入らなかったのは、父親のこすっからい聖騎士だけなんだよ」
「フフッ、御安心ください。あの男は私のことを、『誓って君はオレの子じゃない』って言ったんですよ? 私嬉しくて」
「ハハッ、バカな男だなあ」
二人で笑い合い、そして見つめ合う。
「これで遠慮なくアヤメに婚約を申し込めるよ」
「ありがとう存じます」
ユージン様はもとより、その父の商会長様にも私は気に入られている。
試験の成績や母が聖女ということに加え、私の外面がいいということもあるのだろうなあ。
そのため私は教会の関係者にもすごくウケがよかったの。
……外面がいいのは父の血のせいかもしれないけれど、感謝はしてやらない。
「聖女様にならともかく、あんな聖騎士に『お嬢さんを僕にください』って言うのは、僕の繊細な精神に負担をかけるところだったよ。パーになってよかった」
「ええ? 何ですかそれは」
ユージン様のジョークは面白い。
商人はこうでなくてはならないのだろうな。
私も見習わないと。
「ええと、アヤメ」
「はい、何でしょうか」
「僕との婚約は受けてもらえるってことでいいんだよね? ありがとうとしか言われてないけれど」
「あっ?」
当然のこと過ぎたので。
「もちろんでございます」
「よかったあ。一生で一番ドキドキしたよ」
「ウフフ」
商人らしくない、春の木漏れ日みたいな笑顔も素敵だなあ。
一つ心残りがあるとすると……。
「ん? 何か心配事ある? 婚約者の僕に相談してみなさい」
「ユージン様は敏感ですね。母が亡くなる時、幸せになって、父親と仲良くと言ったそうなのです」
「僕と一緒なら幸せなのは当然として」
「ええ、父親と仲良くはできませんでしたね。母の最期の言葉に背いてしまうようで、少々残念なのです」
「問題ないよ。うちの親父を慕ってやってよ」
「えっ? あっ!」
父と言われてあの男しか思い浮かばなかった。
私はどこまであの男に捉われていたんだろう。
もう死ぬだけのあの男のことを気にしてたって仕方ない。
これからは商会長のお義父様が私の父だ。
「うちには女の子がいないじゃない? 親父もアヤメが娘になるって、ソワソワしてるの」
「そうでしたか。大変光栄です」
「親父が出張から帰ってくるのが楽しみだよ」
求められるというのはありがたいことだなあ。
「あの、私も早く商売を覚えますので」
「あっ、言ってなかったな」
「何をです?」
「アヤメも王立アカデミーに進学するんだ」
「えっ?」
王立アカデミーって、我が国最高の学校?
一五歳になる年から四年間学ぶ?
私が?
大変ありがたいことだけれども、いいのかな?
「僕の妻になるのだったら、上流階級との人脈が求められるでしょ?」
「は、はい」
「アヤメの教会関係の人脈は大したもんなんだからさ。入学後は貴族との交友を考えるということで」
おそらく私の人間関係がほぼ教会か下町にしかないから、シュルツ商会の嫁としては不足なのだろう。
アカデミーで人脈を構築しろということか。
これは大変だ!
でも教会の慈善事業で知り合った貴族令嬢もいるな。
何とかなりそうではある。
それより入学試験をクリアしないと!
「やることが見えました。頑張ります!」
「うん。もう家庭教師は手配してあるからね」
期待されている。
ユージン様の目が優しい。
母の遺した慈愛の光を胸に、あの男の血は一滴も引いていないのだと確信しながら、未来への扉を力強く押し開くのだ。
私はやります!
若桜なおさんの『父親がドアマットヒロインだったお話』https://ncode.syosetu.com/n6636mq/ というエッセイを読みました。
これがまた淡々としているところにユーモラスを感じる素敵なエピソードで。
ああ、子供視点からチート親を書く手法があったんだなと、早速自分も書いてみました。
いかがでしょう?
最後までお読みいただきありがとうございました。
どう思われたか下の★~★★★★★で評価してもらえると、励みにも勉強にもなります。
よろしくお願いいたします。




