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愛よりも前に貴族ですので

作者: 七瀬 紫苑
掲載日:2026/06/14

婚約者が私宛てではない便箋を持っていた。

宛名はこの国に存在する子爵家の令嬢だ。…舐められたものである。



婚約者のジョルズは、三男という立場からか、正直あまり貴族らしくない。跡取りは長男だし、補佐やスペアは次男がいる。ヴィオレット伯爵はあまりジョルズには積極的な教育をしていなかった。公爵家に必要な教育は卒業後、我が家に移り住んでから行う予定だったため、貴族教育は学院の授業程度しか受けていない。

だから少々、素直すぎるところがある。もちろん良い意味ではなく。


学院も最終学年となり、卒業試験も半月後に迫る中、ジョルズは社会情勢や歴史に関する科目に苦手意識があるとのことだったので、参考書を貸したのが先月。

役に立ったとのことで返却されたのが昨日。私も念の為復習しておこうなんて思った矢先に見つけてしまった。

ページの隙間に挟まれた綺麗な桜の色をした封筒。そこに記されているのはとある子爵令嬢の名前。会話をしたことはないけれど、この名前は知っている。ジョルズの贔屓にしている令嬢だから。社交界は噂と流行に敏感だ。婚約者のいる身で婚約者以外の異性と親しくしていればすぐさま噂になる。


そんな彼女への手紙が何故こんなところにあるのか。

何かの当てつけにわざと入れたのか。…と、推測してすぐに否定する。彼はそんなことをする人ではない。そこまで賢くないのだ。本当に誤って入れてしまったのだろう。そもそも彼は、子爵令嬢の存在が私に気付かれていることすら気付いていない。きっとここにあることすら知らないのだろうと思う。


封筒には封がされていなかった。少々はしたなくはあるが、緊急事態だ。封を開け、中身を取り出す。封筒の同じデザインの便箋。それが3枚。

内容は愛を伝えるもの。公爵となった暁には結婚しようという言葉。卒業パーティーでメラニーを断罪し、公爵家へ連れていくことを飲ませる。そんな言葉が綴られていた。


「本当にあの人は…愚かなのかしら」


彼の実家は伯爵家だ。それに三男。ジョルズ本人に継げる爵位はない。

私と結婚することで便宜上公爵の名を手にはするものの、正当な公爵の血を持つのは私だ。公爵であるのも私。彼が公爵としてその権力を振るうことはない。名実ともに公爵であれば愛人のひとりくらい囲えるだろうけど…。

ジョルズはあくまで、入婿でしかない。


「お家乗っ取りを計画してるってことでいいのかしら?」


ならばそれ相応の対応をいたしましょう。




卒業試験を終え、私もジョルズも無事に卒業が確定した。あとは卒業パーティーを迎えるだけだ。

用意しておいたドレスに着替え、会場入口でジョルズを待つ。婚約者がいる令嬢はエスコートを受けて入場するものだ。だから私はジョルズを待たねばならない…のだけど…。

「すまない、メラニー。待たせてしまった」

「いいえ。私も今来たところですわ。本日の御お召し物もよくお似合いですわね」

「ありがとう。君のドレスも素敵だよ。新しく仕立てたものだよね?メラニーは青が似合う」

「お褒めいただき光栄です」

ジョルズに手をひかれ、会場入りする。どうやら子爵令嬢は一緒ではないらしい。てっきり近くにいるものだと思ったけれど…。件の子爵令嬢は友人と談笑している。彼女は卒業後の進路も決まっていないのに呑気なものである。


卒業パーティーは何事もなく始まり、流れに合わせてジョルズとダンスをした。ジョルズのダンスは本当に踊りやすい。貴族らしくない素直さを持つ彼だけど、だからこそ相手を思い、行動する人だ。だからエスコートの類は丁寧なのだ。それがどうしてこうなってしまったのか。


曲が終わると同時に子爵令嬢が近づいてくるのが見えた。

──ついに、始まる。



「メラニー・ヴォルテール公爵令嬢!!君はこのシアン子爵家のモニック嬢を虐げていたそうだな!!見損なったよ!!」


新たな曲が始まる前にジョルズの声が響き渡った。何事かと一斉にこちらを見る同級生たち。その目は好奇に満ちていた。

「虐げていた…とは。失礼ながら私はシアン子爵令嬢を存じ上げませんわ。挨拶をしたこともなければ、許可した覚えもありません」

「証拠はあるんだ。認めたらどうだ」

「証拠ですか。それは一体どんな?」

「モニック嬢の証言がある」

「それは証拠になり得ませんわ。せめて第三者の証言でなくては」

「君はそうやってモニック嬢を責めていたのか。貴族らしからぬ性根の腐りようだな!」

「これは出したくなかったのですけれど…。ジョルズ、証拠というのはこういうものを言うのですわ」


ドレスに忍び込ませておいた例の封筒を取り出す。桜の色の封筒。宛名が周囲に見えるように手に持つ。これが分からないジョルズではないだろう。

「な…!それを何故君が…。まさか盗んだのかっ」

「失礼な言いがかりですわ。貸した参考書の中に挟まれていたんですのよ。それだけですわ」

「では大事なものだ。返してくれないか」

「できませんわ。証拠だと言ったでしょう」

目配せをし、王宮記録官を呼ぶ。このために王宮に頼み、同席してもらったのだ。

「こちらの手紙を読み上げさせていただきますわ。私が読んでは嘘をついていると疑われるかもしれません。ですので公正な王宮記録官を呼びましたの」

「やめ…!」



「“親愛なるモニック。やっと僕たちが結ばれるときが来たね。僕は卒業後、公爵家へ移り住む予定だ。君はその一ヶ月後、荷物をまとめて我が家へ来て欲しい。君のために最高級の部屋を用意しよう。メラニーは公爵家の家政がある。執務室を離れにつくり、そこで生活してもらえばいい。本邸が僕たちの愛の巣だ。

モニックを愛している。

きっと君を幸せにしてみせるから。だから僕とずっと一緒にいてほしい。僕が公爵になったら結婚しよう。


卒業パーティーでメラニーを断罪する。モニックを虐げていたということにしよう。

社交の場で婚約破棄されてはメラニーも傷物となる。そうすれば僕と結婚するしかなくなるから、モニックも一緒に公爵家に入ることを条件に拾ってやろう。これで僕たちは一緒にいられる。


君との生活が待ち遠しいよ。


君のジョルズ”


…以上が手紙の内容となります」



シー…ン。

そんな表現が正しいほど、会場は静けさに包まれる。

賢い貴族たちは気付いただろう。これがただの不貞の手紙でないことに。いくつもの罪が隠されもせずに記されていることに。


「…証拠はこちらに。シアン子爵令嬢を虐げたというのは貴方の嘘ですわね。しっかりと貴方の直筆で書かれているもの」

「だが…!こんな醜聞が広まっては君の今後は閉ざされたも当然だろう!モニックを虐げていたというのが嘘だとは認めよう。しかし君ともう婚約を結んでくれる令息はいない。嫁げず行き遅れになるくらいなら、モニックと共に僕が結婚してやろう!」

「ジョルズ。貴方はずっと間違っておりますわ」

「へ、?」


私の言葉に情けない声を出すジョルズ。

周囲の視線さえ、彼は分からないらしい。


「ヴォルテール公爵家を継ぐのは私です。正当な血を持つ子は私だけですもの。貴方は便宜上ヴォルテール公爵となる予定だっただけで、事実上の公爵は私ですわ。また、嫁ぐというのもおかしな話ですわね。ヴォルテール公爵家を継ぐのは私ですもの。私が嫁いだらヴォルテール家は跡取り不在になる。私はあくまで婿を取る側…選ぶ側ですわ。そして私は女連れで入婿になろうだなんて令息を選ばない」

「それじゃあ僕の存在はなんだって言うんだ!名ばかりの公爵なんて何の役にも立たないっ」

「初めからそういう婚約でしたわ。それでも私の婚約者の座は誰もが欲しがった。継げる爵位のない令息からすれば名ばかりでも公爵になれるんですもの。加えて王家とも繋がりができる。政治的には私の婚約者の席は軽いものではありませんのよ」

「…そんなこと僕はひとつも知らされていない…」

「それは当然ですわ。政治的なことを考えるなら最低でも侯爵家が望ましい。けれど私が貴方を愛してしまったから。私の感情ひとつで決まった婚約だもの。貴方に政治的な都合を聞かせるつもりはなかったの」


彼を愛していることを口にしたのいつぶりだろうか。学院に入る頃には公爵家跡取りとしての教育も佳境を迎え、忙しかった。学院に入ってからはジョルズが子爵令嬢に恋をしたから…。

婚約者の義務以外で、彼とふたりきりになることも無くなっていた。


「愛していますわ、ジョルズ。貴族らしからぬ素直さを、皆、短所だと言うけれど…私は貴方のその素直さが愛しかった。幼少の頃は私にだけ優しかったわね。絵本に出ていた白馬の王子様に貴方は似ていたわ。そういうところが好きだったの」

「…」

「だから、こうするのが私の責任」

「なっ!?何するんだっ」


ジョルズと子爵令嬢の手首に縄が巻きつけられた。控えていた警備隊員に連れていくように命じる。

「メラニー!!」

「ジョルズ。貴方の手紙はお家乗っ取り計画と捉えられたわ。これは重罪なの。貴方の処遇は国王陛下がお決めになるわ」

「そんな…!若気の至りじゃないかっ。それだけで…?!愛していると言ったくせに!!見捨てるのか!!」

「えぇ。愛しているわ。今だって浮気した酷い男なのに、憎みきれずにいる自分がいる。このまま許してしまいそうな自分がいる。でもね──」



「愛よりも前に貴族なの。国や民のためにならない者を選ぶわけにはいかない」



事の重大さに今更気付いた子爵令嬢が無実を訴える。けれどそれに耳を傾けるものはいなかった。

多分この後、子爵家と伯爵家には貴族院の調査が入るだろう。そうすればこれ以外の証拠も出るはずだ。どれだけの物が出るか…。それでもこの手紙以上の物はないだろうけど。


周囲の視線の中に、私を否定するものがある。

あれほど愛して、その身に合わない令息を望んでおきながら、こんな結末。男女共に格上との婚約は苦労がつきものだ。そんな生活を令息に強いておきながら。

そういう、視線。


その視線も、この結末も。全てを私は受け入れる。

私は貴族だ。この国の筆頭公爵家の跡取りだ。

貴族として、これが正しい行動。



私が、メラニー・ヴォルテールである限り。


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ペットを可愛がっていたけど手を噛まれそうになったからもういらないって放り投げたようにしか見えませんけどね。 筆頭公爵家の跡取りとして国と民のことを思うと言うなら身分も能力も教育も足りない男を愛だけで選…
メラニーはジョルズを甘やかし過ぎたんだろうなぁ。だけど保護者じゃないし、ましてや不貞の輩だし。事が大きくなってしまったので、伯爵家も子爵家もただでは済まないでしょうが、そもそも不貞を放置してたのだから…
まともな教育も与えず、心構えも教えず、完全に道を踏み外す前に警告なり与えない… 元から婿に迎えるつもりは無かったのねー正しい貴族として笑…ってな感想です 何しろ公爵側だけでなく伯爵側も放置とか、無くね…
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