EP 9
「……なんだか、潮の匂いが強くなってきましたねぇ。お肌がプルプル潤いますぅ!」
ポポロ村の広場。リーザが呑気に鼻歌を歌いながら、一〇〇万円の束を枕にして昼寝をしていた。
だが、その平穏を破るように、村の南側にある小川――本来ならピラダイが跳ねる程度のせせらぎが、突如として激流と化し、逆流を始めた。
「報告いたします、ケンジ様。南より異常な高エネルギー反応。推定、シーラン王国の正規軍……および、その頂点に立つ『女王』の接近でございます」
ヴォルフガングが、闘気でアイロンをかけた完璧なハンカチを俺に差し出しながら告げた。
「リーザ、あんたのお母様が来たわよ! 隠れなさい!」
キャルルの叫びも虚しく、小川から溢れ出した水が巨大な水柱となって立ち上った。
その頂点、巨大な『リヴァイアサン(海竜)』の頭上に鎮座するのは、リーザを数倍大人っぽくしたような絶世の美女。シーラン王国の女王、リヴァイアサンその人だ。
「リーザ! 親善大使に行ったと思えば、陸の男に囲まれてパチンコに興じているとはどういうことですか! 今すぐその小汚い男から離れ、冷たくて暗い海の底へ帰りなさい!」
「お、お母様!? これには深い……いえ、五円玉よりも深い事情が!」
リーザが震えながらパンの耳を落とす。女王は怒りのあまり、周囲の水分を操り、村を丸ごと飲み込まんばかりの巨大な津波を生成した。
「この不届きな村ごと、海に沈めて差し上げますわ!」
「おっと、うちの村に『不法投棄』はやめてもらおうか」
俺はメロンソーダを飲み干し、システムの【検索窓】に指を滑らせた。
【本日のお買い物リスト:海の女王・沈静化パック】
超広域・海水淡水化&巨大プール化フィルター:購入価格 5,000万円
シーラン王国・全海洋汚染の即時浄化サービス:購入価格 10兆円
海底光ファイバー網&全自動VTuberスタジオ:購入価格 1兆円
「ポチっとな」
確定ボタンをタップした瞬間。
村を襲おうとしていた巨大な津波が、空中で「パシャッ」と音を立てて、透明度の高い『高級バニラが香る温水プール』へと姿を変えた。
さらには、シーラン王国の根深い問題であった「海洋資源の減少」と「ゴミ問題」が、俺のキャッシュ・パワーによって一瞬で解決され、女王の手元の魔導端末に『全債務完済・資産一〇〇倍増』の通知が届く。
「な……ななな、なんですのこれ!? 我が国の国庫が、一国の国家予算を超えて溢れ出していますわ!? それにこの、海中の全域に届く超高速通信網は……!?」
「お母様! これがあれば、海の中でもスパチャができるんですぅ! 地下アイドルから、グローバルな『V人魚』へと進化できるんですぅ!」
リーザがここぞとばかりに、アヴァロンから転送された『ゲーミング人魚スーツ(発光機能付き)』を身に纏い、みかん箱の上でポーズを決めた。
「お、お買い上げ……。海の王権すら、この男の財布の前には無力だというの……?」
リヴァイアサン女王は、手元の端末に表示された『残高:無限』の文字を見て、呆然と膝をついた。
……正確には、リヴァイアサンの頭上で、少しだけ頬を染めて俺を見た。
「……よろしいわ。これほどの『誠意』を見せられては、母として無下にはできません。リーザ、ここで世界一のアイドルを目指しなさい。ただし、このケンジ様を……私との『共同所有』にするのが条件ですわよ?」
「お母様、公私混同が激しいですぅ!」
その夜。
天上都市アヴァロンの特設ステージにて、リーザの「世界デビュー・ライブ」が開催された。
バックダンサーは三国の徴税官たち。
照明はルナが放つ「全属性魔法の乱舞」。
音響と警護は、人狼執事団が完璧にこなす。
「五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!」
数億人の観客(魔法通信石越し)から、一秒間に一億円単位のスパチャが降り注ぐ中、ケンジは特等席で高級飛竜肉のステーキを切り分けていた。
「……金で買えないものはない。けど、この騒がしさは、ちょっと想定外だったな」
「何を言ってるのよ、ケンジ。全部あんたが買った『日常』でしょう?」
隣でドリンクバーの最高級人参ソーダを飲むキャルルが、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
一〇〇兆円の残高は、これだけ使ってもまだ八〇兆円を超えている。
田中ケンジの、札束で殴る異世界生活。
第一章の終わりは、世界最強のアイドル(と、その愉快な仲間たち)の誕生という、最高に贅沢なフィナーレで幕を閉じるのだった。




