EP 3
「ルナキンの朝定食だと……? ふん、この辺境のポポロ村に、そんな都のギルド御用達の高級ファミレスがあるはずないだろう。適当な法螺を吹くのはやめてもらおうか」
キャルルの瞳が鋭く光り、彼女の周囲に青白い闘気が渦巻いた。
月兎族特有の動体視力は、俺の微かな動きすら逃さない構えだ。
「悪いけど、不審者を村に入れるわけにはいかない。一度、その首根っこを掴んで自警団の詰め所まで連行させてもらうよ!」
「お、おい、ちょっと待っ――」
俺の言葉が終わるより先に、キャルルが消えた。
いや、消えたように見えるほどの爆発的なダッシュ。一〇〇メートルを五秒台で駆け抜ける脚力が、一瞬で距離をゼロにする。
「月影流――顎砕き!」
闘気を纏った膝が、俺の顎を目掛けて突き上げられる。
速い。格闘ゲームのコンボを見ているような流麗な動きだ。
だが、俺の視界には常に【メニュー画面】がフローティングしている。
『近接攻撃・自動迎撃:購入価格 500円』
俺が「確定」を念じた瞬間。
キャルルの膝が俺の顔面に触れる寸前、パリンという軽やかな音と共に、黄金色の障壁が展開された。
「なっ……!? 私の闘気を、ただの障壁で……!?」
衝撃を完全に相殺され、キャルルが空中で一回転して着地する。彼女の表情には驚愕と、戦士としての本能的な危機感が混じっていた。
「……魔導障壁? いや、詠唱も予備動作もなかった。あんた、一体何者だ?」
「だから、ただの金持ちの旅人だって。怪しいもんじゃないよ。証拠に、ほら」
俺は空中に指を走らせ、ショップの【不動産】カテゴリーを開く。
狙うは、ルナミス帝国で最大手のチェーン店。
『ルナミスキング・ポポロ村臨時出店パック(店員・食材・ドリンクバー込み):購入価格 1億2000万円』
「ポチっとな」
轟音と共に、広場の空き地に巨大な魔法陣が出現した。
光が収まると、そこには見慣れた(いや、この世界では場違いな)オレンジ色の看板と、全面ガラス張りのモダンな建物が鎮座していた。
自動ドアがウィーンと開き、中から「いらっしゃいませー!」という店員たちの元気な声が響いてくる。
「……はぇえええ!? 建物が生えた!? お店が生えましたよ、キャルルさん!」
札束を抱えたリーザが、目をひん剥いて叫ぶ。
キャルルもまた、ダブルトンファーを握ったまま固まっていた。
「馬鹿な……。建物を一瞬で召喚する魔法なんて、エルフの賢者様だって聞いたことがない……」
「いいから入りなよ。朝食の時間だ。リーザも、その札束はレジで預かってやるから」
数分後。
ルナミスキングの窓際にある四人掛けのボックス席。
キャルルの前には、こんがり焼けたトースト、目玉焼き、そして山盛りの人参サラダが並んでいた。
彼女は信じられないものを見る目で、備え付けの「ドリンクバー」を見つめている。
「……本当に、この石のボタンを押すだけで、好きなだけ飲み物が出てくるのか?」
「ああ。メロンソーダでもオレンジジュースでも、好きなだけどうぞ。それがドリンクバーだ」
キャルルはおそるおそる、コップを機械に押し当てた。
ジャーッという音と共に注がれる、鮮やかなオレンジジュース。
彼女はそれを一口飲むと、長い耳をピンと垂直に立たせ、頬を赤らめた。
「ッ……! 甘い……。なんて濃厚な果汁だ……。これが、帝国貴族が嗜むという『のみほうだい』の魔道具……」
「キャルルさん、こっちの納豆定食も絶品ですよぉ! ネバネバが、ヒレに絡みついて最高ですぅ!」
隣の席で、リーザが口の周りをタレだらけにしながら納豆を掻き込んでいる。
さっきまで死にかけていた地下アイドルとは思えない食いっぷりだ。
キャルルは一つ咳払いをし、居住まいを正して俺を見た。
「……認めよう。あんたはただの不審者じゃない。……とんでもない『大馬鹿な大富豪』だ。この村を買い取るつもりか?」
「いや、ただのんびりしたいだけだよ。できれば、拠点になるような場所が欲しくてさ」
「拠点、ねぇ……。あんたほどの財力と力があれば、帝国の中心に城でも建てられるだろうに」
「城ならもう空にあるから。今は、地上の知り合いが欲しかったんだ」
俺が笑って答えると、キャルルは少しだけ毒気を抜かれたように、トーストを齧った。
彼女の厳格な横顔が、温かい湯気の向こうで少しだけ柔らかくなる。
だが、平和な朝食の時間は長くは続かなかった。
ドォォォォォン!!
店全体を揺らすような爆発音。
窓の外を見ると、村の北側にそびえる世界樹の枝から、巨大な「光の矢」が降り注いでいた。
「またか……! ルナのやつ、今度は何を……!」
キャルルが吐き捨てるように言い、食べかけのトーストを置いて立ち上がる。
「ケンジ、悪いが朝食はここまでだ。村が、天然の歩く厄災に滅ぼされる前に止めに行かないと」
「天然の歩く厄災?」
「ああ、世界樹の愛を一身に受ける、最高に厄介なエルフの次期女王様だよ」
俺はドリンクバーのメロンソーダを飲み干すと、ニヤリと笑った。
どうやら、この村の『お買い物リスト』には、まだまだ続きがあるらしい。




