EP 2
「……さて、一気にレベル一万(カンスト以上)になって、全自動防衛システム完備の浮遊都市まで買っちゃったわけだが」
俺、田中ケンジは、上空三千メートルに静止する『天上都市アヴァロン』の玉座で一人ごちた。
眼下には広大なマンルシア大陸が広がっている。
女神ルチアナから受け取った慰謝料、百兆円。
その一部を「システム使用料」として支払うだけで、俺はこの世界の物理法則すら札束でビンタできる。
「とりあえず、食いもんだな。コンビニ飯以外のちゃんとした飯が食いたい」
俺は玉座の肘掛けにある仮想ボタンをタップした。
『地上への最短ルート(雲の階段):購入価格 1,000円』
「安いな。一千円なら実質無料だ」
空から、光り輝く半透明の階段がポポロ村の広場へと伸びる。
俺はポケットに手を突っ込み、現代日本のスニーカーで異世界の空気を踏みしめながら、ゆっくりと地上へ降りていった。
ポポロ村は、のどかな場所だった。
三国の国境が接する緩衝地帯。良く言えば平和、悪く言えば見捨てられた吹き溜まり。
そんな広場の中央で、奇妙な歌声が響いていた。
「五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ! 五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!」
……なんだ、あれ。
ボロボロのみかん箱の上に立ち、必死に腰を振って踊っている少女がいた。
透き通るような青い髪、どこか儚げな美貌。だが、その足元はバケツに入った水に浸かっている。人魚族か。
彼女は鼻の穴に五円玉を器用に詰め込み、お腹をポンポコ叩きながら、涙目で絶唱していた。
「推しの生活……支えてちょーだいっ! ハイ! スパチャよろしくぅぅぅ!」
観客は、あくびをしているロックバイソン(岩牛)一頭と、道端に転がっている『ネタキャベツ』が一個だけ。
キャベツが「……お前の歌、鮮度が落ちてんぞ」と毒づくが、少女は止まらない。
「あ、あの……」
「ひゃいっ!? ご、五円!? 五円くださるんですか神様!?」
俺が声をかけると、少女――リーザは、バケツから飛び出さんばかりの勢いで食いついてきた。
近くで見ると、彼女の手には半分カビた『パンの耳』が握られている。
「いや、五円っていうか。何してるの?」
「見ての通り、地下アイドル活動ですぅ! 最近、ルナミス帝国でのライブ会場(公園の隅)を追放されちゃって……。今はここで、炊き出しのカレーを待つ合間に、明日の茹で卵代を稼いでるんです!」
なんて逞しく、そして悲しい生存戦略だろうか。
王女の気品はどこへ行った。
「……試しに、投げ銭してみるか」
俺は視界の端にある【ショップ】を開く。
『投げ銭用・現金の物理投下オプション:購入価格 100円』
俺は、適当に「一〇〇万円」分を選択し、リーザの頭上を指定した。
「えい」
直後。
虚空が裂け、帯封のついた一〇〇万円の札束(聖徳太子ではない、福沢さんだ)が、リーザの頭上にドサドサと降り注いだ。
「ぶべはっ!?」
札束の物理的衝撃に打たれ、リーザがみかん箱から転げ落ちる。
彼女は散らばった一万円札の一枚を震える手で拾い上げ、透かして見て、叫んだ。
「な、ななな、なんですかこれぇぇ!? 見たこともない高額紙幣! しかも束!? え、これでお酒とかエステとか、あと美味しいパンの真ん中の白い部分とか、全部買えちゃうんですか!?」
「ああ。それは一〇〇万円だ。お前の歌代だよ」
「ひょえぇぇぇ……! あ、足が、ヒレが震える……!」
リーザが札束の海に溺れながら狂喜乱舞していると、背後から鋭い「圧」が迫ってきた。
「――おい。そこで何を騒いでる」
振り返ると、そこには凛とした佇まいの女性が立っていた。
人間に見えるが、頭頂部からピンと伸びた長い耳、そして腰から覗く白い尻尾。
月兎族。
特注と思われる重厚な強化靴を履き、その手には闘気を帯びたダブルトンファーが握られている。
「……あんた、見ない顔だな。この村で派手な金遣いは感心しない。リーザをこれ以上ダメにするのも、な」
彼女こそ、このポポロ村の村長にして、元近衛騎士隊長候補――キャルルだった。
彼女の瞳が、俺の「隠しきれないレベル一万のオーラ」を捉え、わずかに細められる。
「この金の出処、きっちり説明してもらおうか。旅人さん?」
キャルルの足元で、地面がピリリと震えた。闘気が練られている証拠だ。
俺は一〇〇兆円の通帳をポケットの中で弄りながら、場違いなほど穏やかな笑みを浮かべた。
「いいよ。説明は、ルナミスキングの朝定食でも食べながらにしないか? もちろん、俺の奢りで」
「……ルナキンの朝定食だと?」
キャルルの耳が、ピクンと大きく揺れた。




