EP 10
「……あー、今日も人参ジュースが美味い。けど、やっぱり何かが足りないんだよな」
天上都市アヴァロンの最上階テラス。俺、田中ケンジは、眼下に広がるのどかなポポロ村を見下ろしながら、特注の贅沢なソファに身を沈めていた。
隣ではリーザが「ああっ、ポテトチップスの袋に最後の一欠片しか入ってません……! これが絶望というものですかぁ!」と咽び泣き、キャルルが「あんた、朝から揚げ物食べ過ぎよ」と呆れ顔で人参を齧っている。
レベルは一万を超え、残高はまだ九〇兆円以上。この世界の誰よりも強く、誰よりも金を持っている。だが、俺には不満があった。
「キャルル。この村、Wi-Fi飛んでないし、コンビニまで徒歩三時間はかかるだろ? それに、朝起きてからルナキンまで歩くのがもう面倒くさいんだよ」
「あんたねぇ……。ルナキンはこの村の広場にあるのよ? 徒歩一分でしょうが。それにワイファイって何よ、新しい魔導具?」
「違うんだよ。俺が求めているのは、一歩も動かずに最高級のルームサービスが届き、二秒で絶景の露天風呂に浸かれ、飽きたら始祖竜の背中で昼寝ができる……そんな『究極のぐうたらリゾート』なんだ」
俺は決意した。
このポポロ村とアヴァロンを垂直に繋ぎ、大陸中の娯楽と美食を凝縮した、前代未聞の**『田中ケンジ・エターナル・ニート・リゾート』**を建設することを。
だが、その夢物語を切り裂くように、一通の「赤い魔導書状」が空から舞い降りた。
それを受け取った人狼執事のヴォルフガングが、眉を寄せて俺に差し出す。
「ケンジ様。大陸最大の商業組織『ゴルド商会』より、通達でございます。……内容は、『不当な価格破壊と市場混乱を招くポポロ村に対し、本日より一切の物資供給を停止する』とのこと」
「経済封鎖……!? ちょっと、それって都からの小麦も、私の特注の靴のメンテナンスキットも届かなくなるってこと!?」
キャルルが椅子を蹴って立ち上がる。
村の入り口を見ると、ゴルド商会の刻印が入った巨大な貨物馬車が数台、村の結界の手前でピタリと止まっていた。
馬車から降りてきたのは、成金趣味の派手な指輪をいくつも嵌めた、恰幅の良い男。ゴルド商会のプラチナランク商人、マルクだ。
「オホホホ! 困りましたなぁ、ポポロ村の皆さん! 我が商会の流通網を止めれば、この村は三日で干からびる。謎の成金殿、貴方の『おもちゃ』のような金が、本物の『商権』の前にどれほど無力か、思い知らせてあげますぞ!」
マルクが下卑た笑い声を上げる。
実際、この大陸の物流の八割は彼らゴルド商会が握っている。彼らが「売らない」と決めれば、どんな英雄も空腹には勝てない……はずだった。
「……なるほど。経済封鎖か。面白いことしてくれるじゃないか」
俺はメロンソーダを一口飲み、空中に浮かぶ【システム画面】をスワイプした。
「リーザ。お前、さっきポテチが切れたって泣いてたよな?」
「はいぃ! この世の終わりですぅ! マルクさんのせいで、私の大事なおやつが……!」
「よし、分かった。……ヴォルフガング。そのマルクとかいう奴に伝えてこい。……『お前らの会社の株、今この瞬間に半分以上買い占めたから、お前はたった今クビだ』ってな」
「かしこまりました。……ククッ、承知いたしました、大株主様」
ヴォルフガングが影のように消える。
俺は【マーケット】の「企業買収」カテゴリーから、迷わず一番高い項目をポチった。
【本日のお買い物リスト:物流掌握編】
大陸最大『ゴルド商会』・発行済株式51%(過半数):購入価格 5,000億円
全直営店舗および物流馬車チームの名称変更権:購入価格 100億円
元役員・マルクへの『即時解雇通知書(物理的衝撃付き)』:購入価格 1万円
「……ポチっとな」
確定ボタンをタップ。
一瞬の静寂の後。
村の入り口で威張っていたマルクの魔導通信石が、爆発せんばかりに光り輝いた。
「な、なんだ!? 本部から緊急連絡……!? 『筆頭株主の交代。新オーナーは田中ケンジ氏。旧役員マルクは全権限を剥奪し、即刻、村の掃除係へ降格とする』……は? ……ええええええっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
マルクの絶叫がこだまする中、空から「クビ」と大きく書かれた巨大な石碑が落下し、彼の目の前の地面に深々と突き刺さった。
「さて、と。ゴルド商会……いや、今日からは**『ケンジ・エクスプレス』**だな。……キャルル、リーザ。もう我慢しなくていいぞ。大陸中の美味いもんを、アヴァロンまで全部取り寄せろ!」
「「「「ケンジ様、万歳!!(おやつ万歳!!)」」」」
こうして、大陸最強の商業ギルドを「子会社」に下した俺は、ついに究極のリゾート建設へと着手する。
だが、リゾートには「最高の湯」が必要だ。
俺は次なるターゲットを、地底で偏屈に武具を打つドワーフたちの『地下帝国』に定めた。
「待ってろ、サウナ。今から俺が、地底ごと買い取ってやる」




