きれいな夢
夢の中では、光に重さがあった。
朝でも夕方でもない時間帯で、空は淡い乳白色をしている。雲は低く、触れれば指先が少し濡れそうなほど近い。風はなく、代わりに空気そのものがゆっくりと流れていた。
足元は白い砂利道だった。石一つひとつが磨かれていて、踏みしめるとわずかな音が返ってくる。靴底に伝わる感触が、現実よりもはっきりしている。重力も、体温も、ここでは誤魔化しがきかない。
川があった。水は透明で、底まで見える。小石の影が揺れて、陽の反射が網目のように広がっている。水音は静かで、耳の奥に残らない。何も主張しない音だった。
川沿いのベンチに、誰かが座っている。
横顔だけで、それが誰か分かる。夢の中では、名前を思い出す必要がない。ただ「そうだ」と分かる。そこにいるのが当然だと思える。
距離は一歩分空いていた。
近づこうと思えば近づけるが、そうしなかった。理由はない。理由が必要ないことが、ここでは自然だった。
相手は何も言わない。
こちらも言葉を探さない。沈黙が苦しくならない。会話の代わりに、空気の色がゆっくり変わっていく。白から薄い金色へ、そしてまた白へ戻る。
川の水面に、光の輪が広がる。
その輪はすぐに消えて、また別の場所に生まれる。意味はない。ただ美しいだけだ。美しさが目的で、結果でもある。
風が吹いた。
髪が少し揺れ、相手の肩に触れそうで触れない。匂いがした。花でも香水でもない、乾いた午後の匂い。懐かしいが、思い出とは結びつかない。
遠くで鳥が鳴いた。
どんな鳥かは分からない。鳴き声は高く、空に溶けていく。ここでは、音も形を保たない。
時間がどれくらい経ったのか分からない。
だが、終わりが近づいていることだけは分かる。時計はないのに、別れの予感だけが正確だ。
相手が立ち上がる。
ベンチがきしむ音すら美しい。服の布が擦れる音が、耳に残る。振り返らない。こちらも声をかけない。
代わりに、川を見る。
水面は変わらず澄んでいる。何も失われていない。何も加わっていない。
光が強くなる。
視界が白で満たされていく。輪郭が溶け、色が消える。体の感覚だけが残る。足の重さ、呼吸、心臓の鼓動。
そして、目を覚ます。
天井は薄暗い。
カーテンの隙間から、現実の朝の光が差し込んでいる。夢の光よりも粗く、色が汚い。空気は重く、匂いがはっきりしている。
胸に、何も残っていない。
悲しみも、安心も、未練もない。ただ、さっきまで確かに「いた」という事実だけがある。
夢だった、と理解する。
きれいな夢だった、と整理する。
それで終わりだと思った、その瞬間――
ベッドの横に、白い砂利が一粒落ちているのが見えた。
それを見て、私はようやく理解した。
あの場所は夢ではなく、もう二度と戻れない現実の方だったのだと。
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