すぐさま届いた返事
いてもたってもいられなくなって、あるはずもないとわかっていながら俺は預かり所へと向かっていた。
あれほど、もう届くはずがないとそう言い聞かせていたのに。
文通の周期はとっくに狂ってしまっていて、今となってはどの日に返事が届くのかなど、もう何もわからずにいた。
それでも今は、一刻も早くセラの文字をこの目で確かめたかった。
あの整った、静かな字。丁寧で慎重で、それでいて温度のあるあの文字を。
預かり所の扉を押し開けると、いつものおじさんが静かに帳簿をめくっていた。
俺の姿を見て、おじさんは一瞬だけ目を見開いていた。
「今日は届いていないと思うが……」
そう言われる前に、俺はこの視線を引き出しへと走らせていた。
「どうしても、確かめたいんです」
「わかったよ。待っていなさい」
意外にも、そこには一通の封筒があったんだ。
良質な、白い封筒。そこにはしっかりと蝋が押されていた。
心臓が、強く脈を打っていた。
「それです!」
思わず声が、掠れていた。
「よかったな、今日の朝に届いたばかりだ」
お礼を言うのも忘れて、俺はそれを受け取ってすぐに踵を返していた。
家までの道のりを、こんなにも短く感じたのは初めてのことだった。
扉を閉めて、椅子に腰を下ろして。
呼吸を整えてから、静かに封を開けていた。
中に書かれていたのは、どこかの住所らしき文字列だった。
『セラスティンという名を頼るといい』
一瞬、その意味を理解することができずにいた。
困ったときに訪ねるといい場所に、セラスティンというその名前。
それは果たして、セラのことなのだろうか。
それともセラが信頼を置く、誰か別の人物の名前なのだろうか。
もやもやとした想いが、胸の中に広がった。
けれどそれ以上に、俺の中ではっきりとした感情が浮かんでいた。
頼れない。
頼っては、いけない。
ただでさえ、セラには文通を通してこの国の言葉を、多くの知識を。
この世界を、たくさん教えてもらっていたんだ。
これ以上を受け取る資格が、今の俺にはない。
俺が頼ることができるようなその場所を示し、とある人物の名を書いてくれた。
その優しさが、逆にこの胸を締めつける。
俺は、何も返すことができない。何ひとつとして、返せるものがなかったんだ。
だからこそ、差し伸べられたその手を取ってはいけないのだと思っていた。
便箋を手にして、感謝の言葉をできる限り丁寧にゆっくりと書いていく。
『返事を、ありがとうございます。お気遣い痛み入ります』
そして断りの言葉を、慎重に選んだ。
『しかし、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。どうかそのお心遣いだけ、受け取らせてください』
ペンを手にしながら、思わず涙が溢れていた。
静かに手の甲で拭って、紙が汚れていないかを確かめた。
手早く封をして、預かり所へと手紙を渡した。
そしてその足で、俺は今日もまた仕事を探しに街を歩いていた。
***
少し遠くの街まで足を伸ばしてみても、その結果は同じものだった。
「身元がはっきりしない者はな……」
「保証人はいるのか?」
「今は人手が足りているんだ」
時には、笑われることすらあった。
ハンスが亡くなってしまった今、俺のことをよく知る人はもう誰もいなかった。
帰る場所はあるというのに、俺の居場所はどこにもなかった。
相変わらず静かな家に戻り、小さなパンをちまちまとかじる。
貯金が減っていくのが怖くて、一回分の食事を何日にも分けて食べていた。
パンは、もうすっかり固くなっていた。水で流し込めばそれは、腹の中で重く沈んだ。
それでもこの空腹は、消えはしない。
ふと、思う。
セラは、俺の本名を知らない。
文通を始めたそのときから、名乗る機会はいくらでもあった。
けれど今さら、それを書く勇気も出なかった。
この名前を明かすということは、俺のすべてを差し出すことであるかのようにも思えていたから。
それは助けを求めることと、どこか同じようなものであるのではないのかと感じていた。
ただ腹を空かせたまま、毎日それを紛らわせるかのように水を飲んでいた。
喉を通る冷たさだけが、俺が今確かにここに生きているということを教えてくれていた。
このままでいいのだろうか。
そう問いかけても、その答えはどこにもなかった。
ただセラの字の残像だけが、胸の奥で静かに消えずに残っていた。




