邂逅
待ちに待ったその日の到来に、全人類が歓喜に沸いていた。
ついに史上初めて、宇宙人が地球にやってくるのだ。
事前の交信によって、相手に敵意がないことは確認されていた。むろん、偽装である可能性も排除せず、軍は万全の態勢で待機している。だが、民衆にとってはそんな裏事情など知ったことではない。
宇宙船の着陸が予定されている場所には世界中から大勢の人々が押し寄せ、誰もがその瞬間を今か今かと待っていた。
歓迎の準備も抜かりはない。発着場にはレッドカーペットが敷かれ、音楽隊が所定の位置に整列し、会場の至る所に色とりどりの花で飾られたオブジェがずらりと並ぶ。各国が我も我もと、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように、ピラミッドやピサの斜塔、凱旋門など、自国の文化を象徴するモニュメントを次々と設置していた。
さらにその熱気に乗じて、出店や屋台が軒を連ね、会場全体は一大フェスティバルの様相を呈していた。
「あ、来たぞ!」
「あれだ!」
空に宇宙船が現れたその瞬間、群衆の興奮は頂点に達した。地鳴りのような歓声が空気を震わせ、あちこちで帽子が宙を舞い、服を脱いで頭上で振り回す者、暴徒化寸前の者まで現れた。だが、現場に配備された警官隊が迅速に制圧し、大きな混乱には至らなかった。
宇宙船は滞りなく、予定地点に着陸した。その瞬間、嘘のように喧騒は静まり返った。示し合わせたわけでもなく、誰もが息を呑み、その扉が開かれるのをじっと見守った。
そして、ついに宇宙人が姿を現した。
「……やあ」
穏やかな第一声。それは次の瞬間、咆哮のような歓声にかき消された。人々は警官の制止も聞かずに叫び続けた。すでに彼らの理性は崩壊しつつあった。
それも無理はない。宇宙人は、まさしく天界から舞い降りた神や天使のような姿をしていたのだ。
流れるようなドレープ調の衣をまとい、その真っ白な肌は、まるで真珠のように滑らかで美しく、淡く光を放っていた。太陽の光を浴びると黄金色に輝き、見る者の目を射抜いた。長身で、三メートルはあろうかという体躯。均整の取れたたくましい四肢に、指は六本。白銀の髪は、風もないのにふわりと宙を舞い、まるで水中を漂うクラゲのように優雅に揺れていた。あるいは、揺らしていたのは人々の歓声だったのかもしれない。
その美しさに、涙を流す者や痙攣し白目を剥く者が続出した。永遠に続くのではないかとも思わせるような人々の熱狂は、やがて声が枯れ始めたことで、ようやく静まりかけた――が、そのときだった。
二人目の宇宙人が静かに宇宙船から姿を現した。
会場は再び歓喜の狂乱に包まれた。
二人目はやや背が低く、胸部に膨らみがあり、柔らかさを帯びた肢体は女性的な印象を与えた。
まさしく完璧な美の象徴。彼らが手を振るたびに、火山が噴き上げるような歓声と拍手が爆ぜた。感極まった人々が地面に膝をつき、中には失禁する者さえいた。
ようやく、大統領をはじめとする各国の政府関係者が前へ進み出ると、場の空気は徐々に沈静していった。ただ、そこにはどこか嫉妬を孕んだ空気が漂っていた。
「えー、よ、よくお越しくださいました。お二人とも、なんとお美しい……。ご夫婦ですかな? いや、ははは、そんなこと聞いちゃまずいかな? なーんて、ははは……」
さすがの大国の大統領も、その圧倒的な美に気圧され、言葉をもつれさせていた。群衆も思わず顔を赤らめる。どこか自分たちの存在そのものがみすぼらしく、滑稽に思えてきたのだ。
宇宙人たちはそっと目を伏せ、ひと呼吸の沈黙ののち静かに口を開いた。
翻訳装置を使っているのか、それとも卓越した知性の賜物か、彼らの言葉は完璧な地球の言語として響いた。ただその驚き以上に、その声は美しかった。まるで音楽のように滑らかで、空を舞う鳥さえ、降りて羽を休めた。
語られた話は、想像を遥かに超えていた。
彼らと地球人類の祖先は、もともと同じ種族だったというのだ。遥か昔、彼らの母星が滅亡の危機に瀕した際、脱出した一部がこの星――地球へと漂着した。
大半は別の惑星へ向かい、そこで文明をさらに発展させ、今の彼らに至った。そして長い時を経て、地球の存在を知り、こうして訪れたのだという。
悠久の時を越えた同胞との邂逅に、人類は震えた。大統領と宇宙人が固く握手を交わした瞬間、ファンファーレが高らかに鳴り響き、世界は歓喜の渦に包まれたのだった。
二日間に及ぶ交流を経て、宇宙人たちは万雷の拍手を背に、帰還の途についた。
地球を離れる宇宙船の中で、二人は深いため息をついた。
「……まさか、あそこまで醜い姿だったとはね」
「しっ、そんなこと言ってはいけませんわ。でも、どうしてあんな、うっ、吐き気が……」
「君、何度も顔を伏せていたものな。向こうはその仕草にさえ感動していたようだが」
「あなたも同じでしょう。それにしても、私たちと同じ遺伝子が残っているはずなのに、どうしてあんな姿になったのかしら……」
「おそらく、近親相姦を繰り返した結果だろう。文献によれば、あの星に流れ着いたのは相当な変わり者の一家だったらしい。航行中に何人が生き残り、どのように繁殖したかは不明だがね」
「想像したくないわ……。ああ、これからは星同士で交流を深める、なんて嘘ついちゃったけど、大丈夫かしら……」
「仕方ないさ。“あなた方の姿を見たら、母星の連中は卒倒するに決まってる”なんて言えないからね。一応、報告だけはするが、まあ、うまくいくわけがないな……」
二人は宇宙船の窓から、徐々に遠ざかる地球を見つめた。
「この先、彼らがどう“進化”するかと思うと、ゾッとするよ……」