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赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
最終章 旅路の果てに、未来は在って…
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84話 その罪、誰が赦す?

 迫り来る呪詛の分裂体の群れを前に、真田は腰を抜かした。


 喉の奥から、情けない声が漏れる。

 後ずさろうとして足がもつれ、そのまま尻もちをつく。


 「く、来るな……来るなッ!」


 体内に残された鬼ノ背神の力を引き出そうと、必死に念じる。

 つい先程、霧子や柊夜に見せつけた、あの圧倒的な感覚。

 あの力があれば、こんなもの——。


 だが、何も起きない。

 内側で燻っているはずの力は、沈黙したままだった。


 霧子が、冷静な声で告げる。


 「お前の体内には、まだ鬼ノ背神の力は残っている」


 真田の肩が、びくりと跳ねる。


 「本来なら、私や柊夜くんと戦った時に見せたあの力を発揮できたはず——だった」


 霧子は淡々と続ける。


 「だが、霊的な力は精神に強く左右される。怯え、萎縮し、乱れ切った精神では……力は使えん」


 その言葉は、事実そのものだった。


 真田は力なく地面に手をつき、這うようにして逃げ出す。

 だが、再生しきっていない身体がそれを許さない。


 裂けた傷口が再び開き、砕けた骨の欠片が肉に食い込む。

 生々しい痛みが、内側から突き上げてきた。


 「ぐ……っ、だ、ダメだ……!」


 呼吸が乱れ、視界が歪む。


 「あれに……あれに捕まったら、俺は……俺はぁぁぁ!!」


 その瞬間、真田の脳裏に、ある記憶が蘇る。


 殴られ、蹴られ、壊れていくかつての仲間たち。

 泣き叫び、抵抗する力すら奪われていく姿。


 そして——

 自分たちが踏みにじり、壊した、真昼の最期の表情。


 次は、自分だ。

 かつて楽しむ側として堪能していた暴力がそっくりそのまま返ってくる。


 その事実が、はっきりと突きつけられる。


 逃れることのできない絶望が、赤黒い影となって、足音を立てながら、ゆっくりと迫ってきていた。


 真田は、縋るように霧子の方を見た。


 「おい……除霊女ァッ!」


 声は裏返り、必死さを隠しきれていない。


 「ボサッと見てねぇで助けやがれ! お前、霊能力者だろ!? 人命最優先なんだろ!?」


 唾を飛ばしながら、叫ぶ。


 「それは俺が悪人だろうが、一緒だろ? なぁ……なぁ、なぁっ!!」


 だが、霧子は答えない。

 冷え切った視線を向けることすらなく、ただ沈黙している。


 その無言が、真田の焦燥をさらに煽った。


 「……っ!」


 今度は、柊夜へと顔を向ける。


 「柊夜ァァ!」


 声を張り上げ、手を伸ばす。


 「助けてくれたら、一生お前のボディガードになってやる! ムカつくやつ全部ぶっ倒してやる! なぁ、悪い話じゃねぇだろ!?」


 だが、柊夜もまた、何も答えなかった。

 視線を逸らしたまま、沈黙を貫く。


 その間にも、呪詛の分裂体は、じわじわと距離を詰めてくる。


 赤黒い影は、急がない。

 距離を詰めるでもなく、引くでもなく、ただ一定の間合いを保ったまま、真田を取り囲んでいた。


 まるで——

 彼が喚き散らし、取り乱し、無様な姿を晒しきるまでを、待っているかのように。


 時間が、引き延ばされていく。

 逃げ場のない舞台で、幕だけが上がったまま降りてこない。


 そして。

 空から、声が降り注いだ。


 『うわ、なにこれ』

 『ダサすぎ』

 『さっきまでイキってた人?』


 軽い笑い声が混じる。


 『腰抜けてるじゃん』

 『助けてとか言い出したw』

 『テンプレすぎて草』


 真田の肩が、びくりと跳ねた。


 『被害者ヅラ始まった』

 『泣けば助かると思ってるタイプ』

 『こういうの一番嫌い』


 言葉は、刃物のように飛んでくるわけではない。

 だが、逃げ道を塞ぐように、周囲からじわじわと押し寄せる。


 『見てて恥ずかしい』

 『よくこれで生きてたな』

 『まだ喋るの?』


 嘲笑は、次第に揃っていく。

 個人の声ではなく、空気そのものが、彼を否定し始めていた。


 『逃げんな』

 『ここからが本番』

 『ホント内面も腐ってるんだな』


 観衆は、怒っていない。

 正義を語ってもいない。


 ただ——

 壊れていく様子を、娯楽として消費しているだけだった。

 その声の圧力が、真田のプライドを、静かに、しかし確実に削り取っていく。


 真田は、ふと視線を彷徨わせ——

 そして、真昼を見た。


 「……っ」


 真昼の喉から、短い悲鳴が漏れる。


 反射的に、柊夜が一歩前へ出た。

 真昼を背に庇い、真田と視線を合わせる。


 だが、真田の目は柊夜ではなく、その奥にあるものだけを追っていた。


 「俺……最低だよな」


 かすれた声で、真田は呟く。


 「こんな……こんな優しそうな女の子にさ」

 「なんで、あんな酷いこと……」


 言葉を選んでいるようで、選べていない。

 自分の罪ではなく、自分の評価ばかりを気にする声音だった。


 真田は、真昼の顔を見つめる。


 「この顔……」

 「死んでも、心の傷って残らねぇんだなぁ」


 ——同情は、湧かなかった。


 流れる涙も、震える声も、そこにあるのは後悔ではない。


 自分が悪者になっている現状への、恐怖と焦り。


 薄っぺらな言葉。わざとらしい嗚咽。

 それらは、かえって柊夜と霧子の警戒心を強めるだけだった。


 だが、真田にはもう、その違和感に気づく余裕すら残っていない。

 追い詰められた彼はただ、掴めそうなものへと、必死に手を伸ばしていた。


 真田は、縋るように言葉を重ねた。


 「真昼……真昼さん」

 「俺、間違ってた。ほんとに……」


 涙で濡れた目を、必死に向ける。


 「いや、違う。最初から、こんなことするつもりじゃなかったんだ」

 「あの日もさ……ちょっと遊んだら、ちゃんと家に帰してやるつもりだった」


 そこで一度、言葉を切り、真田は乱暴に目元を拭った。


 「でも、松野や瀬戸が……」

 「もっと楽しみたいって、調子に乗りやがって……」


 責任の所在が、静かにずれていく。


 「いくら俺が強くても、四対一じゃ敵わねぇだろ?」

 「だから……みんなに合わせるしかなかったんだよ」


 あまりにも見え透いた嘘に、柊夜の喉が鳴る。


 「お前、ふざけ——」


 その声を遮ったのは、真昼だった。


 「……続けて」


 静かな声だった。

 怒りも、拒絶もない。

 だからこそ、その一言は重かった。


 促されるまま、真田は喋り続ける。


 「俺はやりたくなかった」

 「あいつらが悪かった」

 「ずっと後悔してる」

 「事件のこと考えると眠れない日もあった」


 言葉は淀みなく流れ出る。

 まるで、何度も用意してきた台詞をなぞるかのように。


 だが、どれだけ言葉を重ねても、

 そこに自分の罪を引き受ける意思はなかった。


 悪かったのは“状況”。

 悪かったのは“周り”。

 悪かったのは“運”。


 自分だけは、最後まで被害者のままだ。


 ——認められなかったのかもしれない。

 心の底から、自分は悪くないと信じているからこそ。


 霧子は、その様子を冷静に見つめながら、胸中で呟いた。


 (真田 誠……)

 (奴は、根本的に——人として大切なものが欠けている)


 罪を悔いることも、他者の痛みを想像することもできない。

 ただ、己の欲望と身の保身だけを優先してきた存在。


 それは、人の形をした——

 哀れな怪物だった。


 「俺は……」

 「俺は、ここを出たら……一生かけて、遺族のために——」


 そこまで言って、真田は言葉を失った。


 真昼が、背を向けたからだ。


 「……もういいよ」


 それは拒絶だった。

 否定でも、断罪でもない。


 聞く価値がないと判断された、静かな終わり。


 続いて、霧子が。

 そして柊夜も、何も言わず背を向ける。


 その光景を、真田は理解できなかった。


 「待って……」

 「待て、ゴラァ!」


 声が裏返る。


 「人が下手に出てやったら!」

 「調子に乗りやがって!!」


 再生しきっていない身体を、無理やり起こす。

 肉が擦れ、骨が鳴り、癒えきらない傷口が悲鳴を上げる。


 それでも、真田は立ち上がった。


 怒りが、痛みを上回ったのだ。


 「ちくしょう……!」

 「俺が、こんな化け物に襲われてんのは——」


 唾を吐くように、叫ぶ。


 「お前が死んだせいだろうが!!」


 真昼の背中に、言葉を叩きつける。


 「そもそも、あの時死ななかったら!」

 「俺は逮捕されてねぇし!」

 「あの日のことが、世間にバレることもなかった!」


 呼吸が荒くなる。


 「化け物が生まれることもなかった!」

 「全部……全部だ!」


 「——あの化け物を産んだのは、お前だ!!」

 「お前が、ぶちのめされるのが筋だろうがッ!!」


 それでも、真昼たちは振り返らない。


 「どいつもこいつも……勝手なんだよ!!」

 「俺は反省してんだ!」

 「少年院で償ってんだぞ!? なのに……おかしいだろ!!」


 空から、くぐもった笑い声が降ってくる。


 真田の喚き声は、誰かの怒りを呼ぶことも、同情を誘うこともなかった。

 ただ、空の向こうで——

 笑われるためだけに響いていた。


 「ちくしょ——」


 その瞬間。


 「——がふっ!?」


 地面から、赤黒い腕が生えた。

 一本、二本ではない。

 絡みつき、縛り上げ、真田の身体を拘束する。


 背後に、気配が立ち並ぶ。


 呪詛の分裂体——赤黒い人影が、ずらりと。


 彼らの腕が、ぐにゃりと歪む。


 刃のように。

 鈍器のように。

 日用品の形を模して。


 ——カッター。

 ——ダンベル。

 ——フライパン。


 それらは、かつて真田たちが真昼にぶつけた悪意の象徴だった。


 真田の顔から、血の気が引く。


 「……いやだ」

 「やめてくれ……!」

 「助けてくれ!!」


 その声に、分裂体の一体が、静かに口を開いた。


 「——オ前ハ」

 「"ヤメテ"“タスケテ”ト言ワレタ時、ドウシタ?」


 真田は、答えられなかった。


 「悪い……!」

 「俺が悪かった!!」

 「ごめん……ごめんなさい!!」


 その場を逃れるためだけの謝罪。


 だが、それは——

 観衆の歪んだ正義を、さらに煽るだけだった。


 次の瞬間。

 異界に、汚い悲鳴が鳴り響いた……。



 *****



 真田が捕らえられ、処刑が始まった直後——

 霧子は、改めて虚空に向かって禍祓を振るう。


 観衆の呪詛が真田を手中に収めた以上、もはやこの異界を現世から隔て続ける理由はない。


 ならば——

 隔絶された境界も、すでに元へ戻りつつあるのではないか。


 今なら、境目ごと断てば、現世へ通じる道が開く可能性がある。


 そう踏んでの、一太刀だった。


 ——だが、当ては外れる。


 「……真田が捕まれば、境目も元に戻ると思ったが」


 小さく呟き、禍祓に宿っていた霊気を収める。


 柊夜は、その言葉の意味を即座に理解した。


 「それって……かなり、ヤバいんじゃ……」


 不安を隠しきれない声。

 霧子は、いつもと変わらぬ調子で答えた。


 「大丈夫だ。こういう事態に備えた術も、いくつか心得ている」


 だが——


 (安心させるために、そう言ったが)

 (正直なところ、手詰まりだな)


 霧子は内心で、そう判断していた。


 空を見上げる。


 (観衆が、例に漏れず真田の処刑を“現世へ発信”しているなら)

 (この異界にも、電波が通る場所があるはず)


 (少なくてもそこは境界を隔てて、現世と隣り合っている。

 ならば——そこを、禍祓で断つ)


 思考を巡らせていた、その時。


 「……なんだろう」


 真昼が、ふと呟いた。


 「何か……煙の匂いがする……」


 その声は小さく、独り言のようだった。

 だが、異界のざわめきの中で、なぜかはっきりと耳に残る。


 「えっ?」


 柊夜も、思わず鼻を鳴らす。


 湿った空気が肺に流れ込むだけで、焦げた匂いも、焚き火の名残も感じられない。


 「……匂わないけど?」


 その言葉に、霧子の視線が鋭く動いた。

 まるで、探していた手がかりに突然触れたかのように。


 「煙の匂い、と言ったか?」


 霧子の声には、先ほどまでの静けさとは違う、わずかな緊張が滲んでいた。


 「え、でも俺は——」


 柊夜の言葉を、霧子は短く遮る。


 「それでいい。真昼さんに“だけ”感じられるなら……それは」


 言葉を途中で切り、霧子は真昼を見据えた。

 その視線には、もはや疑念はない。


 「今も、匂いはするか?」


 問いかけは短く、確かめるためだけのものだった。


 真昼は、少し首を傾げる。

 まるで、自分の感覚を改めて探るように。


 「えぇ……」

 「それに、さっきより強くなったような……」


 その答えを聞いた瞬間、霧子の表情から、わずかな緊張が抜け落ちた。

 代わりに浮かんだのは確信。


 「よし」


 短い一言に、迷いはない。


 「匂いのする方へ行こう」


 柊夜が、思わず目を瞬かせる。

 話の流れについていけず、言葉を探す。


 「え? それって……」


 霧子は振り返り。


 「迎え火の煙だ」


 静かに言った。

 その声は落ち着いていたが、そこに込められた意味の重さを、柊夜はまだ測りきれていなかった。


 「お盆の時期だからな」


 霧子は、淡々と告げた。


 「もしかすると、柊夜くんのお母様が火を焚いているのだろう」


 その言葉に、柊夜の胸がわずかにざわつく。

 思いもよらないところで、“現世”の気配が名指しされたからだ。


 「でも……」

 「なんで、それがこんな場所まで……?」


 疑問はもっともだった。

 ここは、生者と死者の境を踏み越えた先。

 現世とは隔絶されたはずの異界である。


 霧子は、歩みを止めない。

 真っ直ぐ前を見据えたまま、答える。


 「お盆に迎える者がいれば——」

 「死者は、地獄の底からでも帰ってこられる」


 その言葉は、言い伝えのようでいて、同時に霊能者としての経験に裏打ちされた断言でもあった。


 一拍置いて。


 「ならば、この異界からでも戻れるはずだ」


 薄く漂う煙の気配が、闇に沈んだ空間の奥へと、確かに“道”を描いていた。

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