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赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
最終章 旅路の果てに、未来は在って…
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77話 力を扱う者

 「はぁ……はぁ……くそっ……」


 荒い息を吐きながら、真田は歯噛みする。


 「何がどうなってやがる……除霊女ァ!」


 苛立ちを剥き出しにして、霧子を怒鳴りつけた。


 「何しやがったァ!」


 霧子は、答えない。

 ただ静かに、禍祓を構えたまま、真田を見据えている。


 「……チッ」


 沈黙に苛立ち、真田は舌打ちした。


 「何だっていい。ぶっ潰せば、それで済む話だからなぁ!」


 次の瞬間。

 真田は力強く地を蹴り、飛びかかるように距離を詰めた。


 (——来る)


 霧子は、踏み込みの気配を逃さず捉える。


 (全身を巡っていた“気”が……拳に集まっていく)


 攻撃のために力を収束させる刹那。

 本来、身体の内側を満たしていたはずの気が、一点に偏る。


 (——今だ)


 気が拳に集中した瞬間、その奥にある“魂”が、守りを失う。


 (魂は、生き物の核だ)


 どれほど頑強な肉体を持とうと、どれほど異形の力を纏おうと、魂そのものを断たれれば、無事では済まない。


 肉体の強度は、関係ない。

 禍祓は、皮膚も、筋肉も、骨も——

 すべてをすり抜けて届く。


 (斬るのは、肉体じゃない)


 気の流れの、そのさらに奥。

 無防備になった魂へと、刃は迷いなく滑り込む。


 (だから、拳を振るう“その瞬間”が最大の隙)


 霧子は、禍祓を構え直す。


 「澄ました面しやがって……。

 舐めるなァァァァッ!!」


 咆哮。

 真田は吠えながら、拳を振り上げる。

 霊力が、腕へと一気に集束し次の瞬間には真田の拳が、空を裂いた。


 「今度こそ……」


 だが——そこに霧子の姿はない。


「チッ……ちょこまかと!」


 真田は舌打ちし、荒く首を巡らせる。

 視界を探る、その刹那。


 ——ズバッ!


 背後から、一閃。


 「あがぁぁぁぁっ!!」


 真田は背中を押さえ、絶叫した。  

 斬られたはずの服に裂け目はなく、肉体にも目立った傷はない。だが、真田はまるで見えない焼印を押し当てられたかのように、のたうち回る。


 禍祓が断ったのは、肉体という器の奥——生命の根源たる“魂”そのものだ。  

 内側から直接神経を逆撫でされるような、経験したことのない激痛が真田の脳を焼く。


 「クソがッ! 何しやがった、この……ッ!」


 苛立ちのまま、真田は腕を振り回す。  

 拳から放たれた霊気が凶悪な突風となり、空間を薙いだ。


 しかし霧子は、瞬時に姿勢を低くする。

 風圧の下を潜り抜け、そのまま地を蹴った。


 間合いを一気に詰め、無防備な懐へ刃を滑り込ませる。


 ——ズバッ!


 「ぐぅっ!!」


 腹部に走る衝撃。  

 やはり血の一滴も流れない。だが、一撃ごとに真田の存在そのものが、薄氷が割れるような音を立てて摩耗していく。


 「ハッ!」


 真田は痛みに顔を歪めながらも、反射的に禍祓の刀身を掴み取った。  

 魂を削られる恐怖を、暴力的な本能が上回ったのだ。


 「刀を捕まえちまえば、何もできねぇだろッ!」


 勝ち誇る真田。

 だが霧子は、表情を変えない。


 「……戻れ」


 呟くような命令。


 次の瞬間。

 霧状の刀身は、ふっと霧散し、消え失せた。


 「——消えた!?」


 驚愕する真田の前で、霧子は大きく腕を振りかぶる。


 「南無災業禍祓咒——」


 低く、鋭く。


 「封ぜられし禍の力、再び顕現せよ!」


 霧が渦巻き、再び刀身を成す。


 動揺。怒り。理解不能。

 乱れた“気”の流れを晒したままの真田に、禍祓の一閃が、容赦なく走った。


 ——ズバッ!


 胸元を裂かれ、真田は大きく距離を取って跳び退く。


 「ぐぅっ……!」


 息を荒くし、歯を食いしばる。


 「くそっ……くそっ……!」


 そして、憎悪を叩きつけるように叫んだ。


 「こんのクソアマがァァァァ!!」


 真田は歯噛みし、喉の奥から悔しさを噴き上げるように吠えた。

 その感情に呼応するかのように、虚空の異界がびり、と震える。


 「なんだ……なんだよ……!

 なんなんだ、これ……!

 前にぶっ倒したおっさんより、全然強ぇじゃねぇか!!」


 吐き捨てるような叫び。

 霧子は、その言葉に一瞬だけ眉を寄せる。


 (……おっさん?

 不動さんのことか)


 「あのおっさん……確か、お前の師匠だろうが!

 なんでだよ!

 なんで弟子のお前のほうが強ぇんだよ!!」


 行き場を失った怒りをぶつけるように、真田は喚き散らす。

 その様は、力を手に入れた怪異というよりも——

 思い通りにならず、癇癪を起こす子供そのものだった。


 霧子は、短く息を整えてから答える。


 「あぁ。不動さんは、確かに私の師だ」


 真田を見据えたまま、淡々と続ける。


 「当然だが……あの人は、私より数段腕が立つ」


 「じゃあ、どうして——!」


 真田の叫びを遮るように、霧子は静かに言葉を重ねた。


 「不動さんは、お前と戦う前にすでに強力な怪異と相対し、消耗していた」


 一拍。


 「……あの人が万全だったなら。

 お前は、既にこの世にはいない」


 その断言に、真田の表情が歪む。

 歯軋りの音が響き、額には血管が浮かび上がった。


 「……舐めるなぁ!!」


 真田は叫ぶ。


 「勝ちは勝ちだろうが!!

 俺は……俺はお前にも!

 あのおっさんにも負けねぇ!!

 舐めるなぁぁぁぁ!!」


 怒りに任せ、拳を振り上げて突進する。


 だが——


 霧子は一歩も退かない。

 真田の拳が迫る瞬間、わずかに身を沈め——


 ズシャッ!


 鋭い一閃が、真田の腹を裂いた。


 「い、いぎぃぃ……!」


 怯んだ、その刹那。


 もう一閃。

 今度は、先ほど刻んだ傷をなぞるように、正確無比な剣筋。


 「アギャァァァァァァァ!!」


 耐えきれぬ悲鳴が、虚空に響き渡る。



 *****



 真田は、完全に冷静さを失っていた。

 怒りに任せた突進。力任せの拳。

 読みやすい——あまりにも。


 戦況は、明らかに霧子が握っている。


 だが、その顔に安堵の色はない。

 むしろ、険しさは増していた。


 (……このまま押し切れば、勝てる)


 一閃。

 真田の身体をすり抜け、魂を裂く。


 (だが——)


 ズバッ。

 続く一閃が、確かに“芯”を捉える。


 (奴の内に潜む"鬼ノ背神"の力は……こんなものではない)


 さらに一歩踏み込み、もう一閃。


 (真田は、まだ“使い方”を知らないだけだ)


 斬る。

 避ける。

 間合いを詰め、確実に魂へ刃を通す。


 (……だからこそ)


 ズバッ。


 (学習する前に、終わらせなければならない)


 だが——


 「……まだ、立つか」


 何度斬られても、真田は倒れない。

 本来なら、禍祓の一閃を受けた魂は、とうに耐え切れず霧散しているはずだった。


 しかし真田は違う。


 その魂は、"鬼ノ背神"と融合したことで歪み、変質している。

 簡単には断ち切れない——その可能性は、霧子も最初から織り込み済みだった。


 それでも。


 (……想定以上だ)


 予想を上回る耐久。

 魂を裂いても、なお立ち上がる異様さ。


 霧子の表情は、依然として硬いままだった。

 優勢であることと、安心できることは、決して同義ではない。


 ——むしろ、時間が経つほどに状況は悪くなる。


 (このままでは……)


 霧子は、禍祓を強く握り直し、ついに奥の手を切った。


 「南無災業禍祓咒──封ぜられし禍の、更なる力を……解放せよッ!」


 一段階、禍祓の封印を解かれる。


 妖刀が咆哮するかのように黒霧を噴き上げ、刃は一回り、いや二回りも巨大化する。

 何もないはずの虚空がざわめき、空気そのものが悲鳴を上げた。


 「はぁっ!」


 地を蹴り、霧子は一気に間合いを詰める。


 「く、来るんじゃねぇぇっ!」


 真田は本能的に危険を察し、後方へ飛び退く。だが──遅い。


 ザンッ!


 悍ましい瘴気を帯びた斬撃が、真田の左脇腹を深々と切り裂いた。


 「ギャァァァァァァ!」


 体勢を崩し、堪らず地面に転がりのたうち回る。


 「ひぃぃ、痛い……痛い痛い痛いぃぃ……!」


 断末魔が虚空に響く。


 (ついに魂にヒビが入ったか? 好機!)


 霧子は間髪入れず、再び禍祓を振り下ろす──


 ガッ!


 鈍い衝撃。


 真田の背中から、色のない腕が伸び、禍祓の刀身を受け止めていた。


 「何っ……!」


 腕は、刀身を覆う瘴気ごと握り潰す。


 次の瞬間、禍祓の刃は霧散し、妖刀は柄だけの姿へと戻った。


 虚空は、嘘のように静まり返る。


 「あぁ……はぁ……はぁ……」


 真田の荒い息だけが残る。


 「チッ……遅ぇぞ、タコ」


 何もない空間に向かって吐き捨てる。


 「あぁん? うるせぇ! いいからさっさと力を寄越せ」


 それは、独り言ではなかった。


 「まさか……」


 霧子の顔から血の気が引く。恐れていた最悪の事態を予感させる。


 (“鬼ノ背神”……)


 真田はゆっくりと立ち上がり、首を鳴らした。


 「多少身体がガタついても構わねぇ!

 力を寄越せ、──“鬼ノ背神”!」


 真田の叫びに呼応し、周囲の空気が凍りついたように重くなる。  

 次の瞬間、真田の身体を燃え盛る黒ずんだ赤色の瘴気が包み込んだ。


 「ぐ……あ、あぁぁぁぁぁっ!!」


 絶叫。それは苦痛か、あるいは狂喜か。  真田の全身の皮膚の下で、何かが爆発的に増殖を始めた。  

 ミシミシ、ベキベキと、骨が無理やり引き伸ばされ、組み替えられる不快な音が連続して響く。血管はどす黒く浮き上がり、破裂しそうなほどに脈動していた。


 それは成長などではない。  

 人間という"型"を内側から破壊し、別の何かに作り変える——暴力的な肉体の再構築。


 ──バシュッ!


 限界まで膨張した瘴気が弾け、肉の裂ける音とともに、その異形が姿を現した。


 不自然なほどに肥大し、節くれ立った両腕。  

 剛鉄の如き厚みを備えた胸筋は、もはや呼吸のための器官には見えない。  

 五指の先からは、どす黒い血に濡れた刃物のような爪が突き出し、全身からは絶えず、熱を帯びた赤い霧が噴き出している。


 特に異様なのは、その頭部だ。  

 額のあたりから、他とは比較にならないほど濃密な瘴気が噴き上がっている。それはゆらゆらと不規則に揺らめきながらも、天を突く二本の"角"の形を成していた。


 実体を持たぬゆえに、その輪郭は絶えず形を変え、見る者に言い知れぬ不安を抱かせる。  

 瘴気の影に隠れた口元からは、むき出しになった歯茎と、獣の如き牙が覗いていた。


 鬼。

 お伽話のそれよりも遥かに醜悪で、凶悪な、殺戮の権化。


 だが、その濁った瞳の奥には、紛れもなく真田誠の"悪意"が燃え盛っていた。


 ゴボリ、と喉の奥から血を吐き出しながら、真田は引き裂かれたような笑みを浮かべる。


 「最初はよ……死なねぇ程度に痛めつけるつもりだった」


 言葉を発するたびに、口の端からドロリとした汚濁が垂れる。


 「後でお前をブッ壊れるまでブチ犯してやろうと思ったからなぁ……」


 一歩、踏み出す。  

 ただ歩くだけで、その足元の地面が重圧に耐えかね、蜘蛛の巣状に砕け散った。


 「だが、もうやめだ」


 赤い瘴気が、爆炎のように激しく揺らぐ。


 「面影が残らねぇくらい──グチャグチャの挽肉にしてやる」


 真田は、獣のような目で霧子を睨みつけた。


 「覚悟しろやっ!」


 真田の動きは、明らかに人間のそれを外れていた。

 足元に重力でも纏わせたように、地を砕くほど強烈に踏み込み——

 そのまま、弾丸のように間合いを詰めてくる。


 「くっ……!」


 霧子は唇を噛み締める。

 それでも目線は逃さない。


 (当たれば、ひとたまりも無いが……)


 迫り来る拳を見据え、タイミングを計る。

 少しだけ、右へ——


 「早すぎるっ!?」


 初動すら封じられたかのような速度。

 次の瞬間、真田は既に霧子の目前に迫っていた。


 拳を突き出すように振り下ろすその手は、もはや“殴る”ではなく“潰す”ための運動。

 霧子は身体を無理に捻り、ぎりぎりで直撃を回避した──と思われた。


 だが。


 真田の腕を包む瘴気が——

 霧子の腕の外側を僅かに掠めた。


 刹那。


 瘴気と霧子の内に宿る霊力が、反応した。


 ──爆ぜた。


 まるで、充満したガスに引火した炎のように。

 燃え広がる瘴気が、霧子の内にある霊力と干渉し、破裂的な衝撃を生む。


 「ぐっ……まずい……!」


 予想をはるかに超えた反動。

 霧子は全身を一気に弾き飛ばされ、空中を転がった。


 受け身の体勢を取ろうと空中で身を捻る。

 だが、身体は思うように動かない。


 爆発の衝撃が、関節ごと叩き潰したように全身を鈍らせていた。


 ──頭から、墜ちる。


 着地の瞬間、霧子の視界は白濁し、意識が遠のいていった。


 真田は、立ったままゆっくりと見下ろす。


 「へっ、いっちょ上がりだ」


 冷たい声音。

 その視線の先で、霧子は地面に倒れ、完全に動かなくなっていた。



 *****



 「……まだ息があるのか」


 真田は倒れ伏す霧子を見下ろし、舌打ち混じりに吐き捨てた。

 ピクリとも動かない彼女の脇腹を、苛立ちに任せて踏みつける。


 「化け物みてぇな女だな」


 致命打を避けていたことにも、ここまで耐えたことにも、素直な驚愕が滲む。

 だがその感情は、すぐに別の色へと塗り替えられた。


 「あっ……それなら」


 何かを思いついたように、真田はふいに振り返る。

 その瞳には、残酷な子供が新しい玩具を見つけた時のような、粘着質な光が宿っていた。


 その視線の先——

 そこには、震える真昼を強く抱きしめる柊夜の姿があった。


 「除霊女が起きるまでによぉ……」


 真田の口元が、歪む。


 「あいつが必死に守ろうとしてたモン、全部ぶっ壊してやるのもいいな……」


 暴力の矛先が、はっきりと切り替わった。


 (怖い……)


 柊夜の全身が、抗えない恐怖に震える。心臓が早鐘を打ち、あまりの緊張に吐き気がこみ上げる。

 だが、それでも——


 (……でも)


 彼は、目を逸らさなかった。


 腕の中で小さく怯える姉がいる。

 自分の腕の中に伝わる、この壊れそうなほど細い肩の震えを止めてやれるのは、自分しかいない。


 (姉ちゃんの方が、ずっと怖い思いをしてきたんだ)


 だから、逃げない。


 (絶対に、守る)


 勝てる算段など、ない。

 策も、力も、希望すら見当たらない。


 それでも——

 退いてはいけない瞬間が、人にはある。

 柊夜にとって、今がまさにその時だった。


 真田がゆっくりと、一歩を踏み出す。


 「さて……」


 真田は指を鳴らし、楽しげに言った。


 「お楽しみの時間といこうか」

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