72話 ツケの清算
日が沈み、時刻は夜。
"八獄等活會"の事務所は、夜の闇よりもなお暗く、重苦しい空気に沈んでいた。
照明は点いている。
だが、壁に染みついた汚れや、積み上げられた書類の影が、光を吸い込むように室内を圧迫していた。
ここ数日、まともに眠れている者はいない。
「……会長。大変です」
駆け込んできた構成員は、息を切らし、額に汗を滲ませていた。
休む間もなく動き回っていたのだろう。髪は乱れ、ネクタイは歪み、スーツには汗の匂いが染みついている。
「また、やられましたぜ……」
会長は、机に置いたままの電話に視線を落としたまま、深く息を吐いた。
それは溜息というより、何かを飲み込むような仕草だった。
「……今度は、どこだ」
「例のホストクラブです。昨晩、派手に燃やされて……逃げ遅れたホストが一人、変死体で見つかりました」
会長は、しばらく黙り込み、指でこめかみを強く押さえる。
「……くそ」
低く、喉の奥から絞り出すように吐き捨てた。
「このままじゃ、組織を回す金すら入らねぇ。終わりだ……」
言葉は、冗談でも脅しでもなかった。
現実をそのまま口にしただけだ。
構成員が、恐る恐る口を開く。
「それにしても……あれだけ派手に暴れて、サツにも捕まらねぇとは……一体、どんな野郎が——」
会長は、ゆっくりと顔を上げた。
そこにあったのは、苛立ちではない。
もう引き返せない場所に立っている者の、冷たい目だった。
「……これはな」
一拍、沈黙。
「“特殊”な案件だ」
「特殊……ですか?」
構成員は眉をひそめる。理解が追いついていない。
会長は吐き捨てるように言った。その瞬間、室内の空気が、目に見えて重くなる。
「いわゆる、超常現象ってやつだ。恨みと金が渦巻く世界だ……たまに、そういう“化け物”が出る」
「……え?」
構成員の声は、明らかに半信半疑だった。
だが、会長はその反応を気にも留めない。
「おい、ヤス。相楽先生はどうなってる」
若頭のヤスが、硬い表情のまま首を振った。
「若いモンを全部走らせましたが……拠点は全部、もぬけの殻です。廃ホテルの件は、もうサツと“お国”が押さえてやがる」
会長は、歯を食いしばる。
「あのジジイ……肝心な時に、役に立たねぇ」
悪態とは裏腹に、声はわずかに震えていた。
それは怒りではなく、逃げ場を失った者の震えだった。
扉が、乱暴に叩き開けられた。
金属が軋むような音と同時に、一人の男が雪崩れ込むように部屋へ入ってくる。
「か……会長……たす……け——」
それだけを言い残し、男は前のめりに崩れ落ちた。
鈍い音が床に響く。
「……どういうことだ!?」
ヤスが叫ぶ。
「嘘だろ……!」
駆け寄ろうとした構成員が、途中で足を止めた。
倒れた男の背中。
そこには、刃物によるものとは明らかに違う裂傷が走っていた。
鋭く、深く——まるで巨大な爪で抉り取られたかのような痕。
じわり、と。
血が床に広がっていく。
生温かい鉄の匂いが、室内に満ちた。
「…………」
一番奥で、会長は言葉を失っていた。
口を開いたまま、ただその光景を見つめている。
「マジで……こりゃ、ヤベェ……」
構成員が、震える声で呟く。
「俺、降りる……! もう降りる!」
「足洗って、真面目に生きる! こんなもん、付き合ってられっか!」
半ば錯乱したように叫び、彼は部屋を飛び出した。
「待て——!」
ヤスの声は、背中に届かない。
次の瞬間。
「ギャアアアアッ!!」
廊下の向こうから、凄惨な悲鳴が上がった。
バキバキ……
ミチミチ……
グジュ……
骨が砕け、肉が潰れる。
日常では決して耳にしない音が、ゆっくりと、確実に続いた。
音が——止む。
「……馬鹿野郎……」
ヤスは歯を食いしばり、吐き捨てるように呟いた。
だが、視線はもう廊下から逸らせない。
一方。
「……終わりだ……」
会長が、かすれた声を漏らした。
「もう……ダメだ……」
顔色は土気色に変わり、大量の汗が額から頬へと流れている。
身体は小刻みに震え、もはや威厳の欠片もなかった。
——コツ。
——コツ……。
足音。
ゆっくりと、確実に。
部屋の外から、こちらへ近づいてくる。
「……なりふり構ってられねぇ」
ヤスは震える手で拳銃を抜き、扉へと照準を定めた。
「来るなら……来てみやがれ……!」
息を詰める。
扉の向こうで、気配が止まった。
——ガチャ。
扉が開く。
その瞬間。
——パァン!!
乾いた銃声が響き、弾丸が放たれた。
そして——
グチュ。
嫌に柔らかい感触と共に、何かに命中した音がした。
そう弾丸は確かに命中していた。
だが——
扉の向こうに現れた“それ”を見た瞬間、ヤスの思考は停止した。
人の形をしていない。
いや、人の部位だけで出来ていると言った方が正確だった。
腕。脚。指。肘。膝。
そして——目。
それらが、規則も配置も意味もなく、でたらめに縫い合わされたように存在している。
関節の向きは合っていない。
左右の概念もない。
上下すら、曖昧だった。
腕の先に、目がある。
脚の付け根に、手が生えている。
背中と思しき位置から、指が束になって突き出している。
それらすべてが、生きている。
視線が、同時にいくつも向けられる。
瞬き。
ぎょろりと動く眼球。
乾いた音を立てて擦れ合う、指と指。
「……っ」
ヤスの喉から、声にならない息が漏れた。
弾丸は、確かにその肉体の一部にめり込んでいた。
どこが“急所”なのか分からない、その一角に。
そして。
命中した箇所から——
血が、つーっと流れ落ちた。
真っ赤な線が、異形の肉を伝って床へ滴る。
効いている。
傷はついている。
それなのに。
怪異は、微塵も怯まなかった。
むしろ、楽しむように。
撃たれた箇所を中心に、周囲の“部位”がざわりと蠢く。
目が寄る。
指が伸びる。
脚が、意味もなく床を蹴る。
「……なんだ、あの化け物は……!」
ヤスの声は裏返っていた。
銃口を向けたまま、視線は扉の向こう——何を見ているのかすら判別できない、得体の知れない存在に釘付けになっていた。
「なんで……なんで、あんなもんがウチに来てやがるんだ!」
その瞬間。
背後で、靴音が鳴った。
ゆっくりと、場違いなほど落ち着いた足取りで、一人の男が部屋へ入ってくる。
血も、怪異も、人の生き死にさえも。
まるで全部“見慣れた光景”であるかのように。
——真田 誠だった。
「ウチに来てやがる?」
真田は、ヤスの狼狽を面白がるように口角を上げる。
「違う違う。あいつはな……」
肩越しに、あの異形を一瞥する。
「ずっと、ここに居たんだよ」
ヤスの喉が鳴った。
「……お前……真田、か?」
問いかけは確認というより、現実を掴もうとする足掻きだった。
その名を聞いた瞬間、部屋の奥で青ざめていた会長の目に、わずかな光が宿る。
「……真田?」
震える声で、名をなぞる。
「お前……瀬戸と一緒に、相楽先生と……」
言葉の途中で、会長は立ち上がった。
「相楽先生はどこだ!」
縋るように、一歩踏み出す。
「一緒なんだろ? 助けに来てくれたんだよな?
あの先生なら……この状況も、なんとか——」
早口だった。
それは希望というより、恐怖から逃げるための言葉だった。
真田は——
「ぷっ……」
噴き出した。
「……何?」
会長が、戸惑いを隠せず問い返す。
「いやさ」
真田は肩を揺らし、笑いを噛み殺す。
「相楽のジジイなら、もう死んだぜ」
空気が、凍りついた。
「俺が、トドメ刺した」
淡々とした声音だった。
「俺を利用しようとしてやがったからな。
——ムカついたんで、殺した」
「……嘘をつけ!」
会長が叫ぶ。
「あの先生が……お前みたいなチンピラにやられるわけが——」
その言葉を、真田は鼻で笑った。
「じゃあさ」
一歩、前に出る。
「俺はなんで、こうしてこの部屋に立ってんだ?」
視線を、ゆっくりと異形へ向ける。
「隣の“あれ”が、なんで俺に手ぇ出さねぇと思う?」
ヤスも、会長も、言葉を失った。
真田は、その沈黙を楽しむように——
にやにやと笑っていた。
真田は、隣に佇む怪異を指差した。
「それよりよ。あんたらは、この化け物に本当に心当たりねぇのか?」
軽い口調だった。
まるで世間話でも振るように。
「んなもん知るかっ!」
ヤスは半ば自棄になって怒鳴り返す。
「テメェが外から連れてきたんだろうがっ!」
真田は肩をすくめ、笑う。
「違う違う。最初に言っただろ?」
指先で怪異を示しながら、楽しげに続ける。
「こいつは——ずっと、ここに居たんだ。
まぁ、俺が力を吹き込んだから、こうして“形”を持ったわけだが——」
パァン——
乾いた銃声が室内に反響した。
ヤスは引き金を引き切っていた。
間を置かず、二発目。
弾丸は真田の胸元に命中し、血を滲ませる。
「馬鹿が」
ヤスは荒い息のまま吐き捨てる。
「テメェの喋り方、態度……見てりゃ分かる。
その化け物を操ってんのはテメェだ。
ガキが調子に乗るから——」
「……おいおい」
真田は、胸元を見下ろしていた。
驚きというより、困惑に近い表情で。
「おいおいおいおい……」
指先で、破れた服とその下の傷口をなぞる。
血は出ている。
だが、それだけだ。
「なっ……?」
ヤスの喉が、ひくりと鳴った。
「ちくしょう……」
真田は不快そうに顔を歪める。
「服が破れただろうが……」
次の瞬間、真田の目が吊り上がった。
「テメェの命で詫びろ!」
右手が、大きく振り上げられる。
それに呼応するように——
隣の怪異が、動いた。
全身から生えた無数の腕。
いや、腕と呼ぶにはあまりに節操がない。
触手めいたそれらが、一斉に伸び、ヤスの身体に絡みつく。
「ひっ——!?」
肺が引き攣れたような悲鳴。
「な、何を……何しやが——」
「うるせぇよ」
真田の声は、あまりに近かった。
怪異はヤスを持ち上げると、そのまま——
自身の歪な肉塊の中へ、引き摺り込んだ。
「助け——」
声は、途中で潰れた。
腕。脚。腹。腰。
目に鼻に髪の毛……等々。
人間の部位が無秩序に絡み合う異形の内部へ、ヤスは飲み込まれていく。
「ギャアアアアア!!」
叫びは、すぐに音に変わった。
ボキ。
ベキ。
ブチュ。
グチュグチュ。
ビチュ、ブチュ——
骨が折れ、肉が潰れ、臓が潰される。
耳を覆わずにはいられないほどの不快な音が、執拗に室内を満たす。
やがて——
ボト。
湿った音とともに、何かが床に落ちた。
音は、止んでいた。
真田はそれを見下ろし、鼻で笑う。
「……きたねぇボールだな」
床に転がっていたのは、中でかき混ぜられ、押し潰され、無理やり丸められた——
ヤスの、成れの果てだった。
真田は、床に転がるそれを一瞥した。
「ほら。かわいい子分だぞ」
軽く、無造作に。
次の瞬間、
ゴン——と鈍い音を立てて、ボール状になったヤスが蹴り出される。
「ひっ!?」
会長は反射的に身を屈めた。
ビチャ……。
湿った音が頭上をかすめ、
ヤスは会長の背後の壁に激突する。
叩きつけられた肉塊は弾かれることもなく、そのまま壁に張り付き、ずるり、と重力に従って歪に垂れ下がった。
真田は、それを見て満足そうに頷く。
「さて、と。会長さんよ」
真田は机越しに歩み寄り、顔をぐっと近づける。
「俺はな。お礼参りに来たんだ」
会長の喉が、ひくりと鳴る。
「俺らをこき使うのはいい。仕事は欲しいからな」
「けどよ……散々ピンハネして、薄給で、無茶な仕事ばっか振ったよな?」
「わ、悪かった……」
会長の声は、震えていた。
「昔、俺の子分が二人ほどな」
真田は淡々と続ける。
「あんたの無茶な仕事で、再起不能になっちまったんだが……」
「ほ、本当に申し訳ない!」
会長は机にしがみつき、声を張り上げる。
「金なら好きなだけ持って行っていい!
いくらでも用意する……だから、許してくれ……!」
真田は一瞬きょとんとした顔をし——
「ぶはっ!」
盛大に噴き出した。
「いや、もういいや」
腹を押さえながら言う。
「あんたのその情けねぇ顔見てたらさ、殺す気が失せた」
「……っ!」
会長の顔に、かすかな希望が浮かぶ。
「ほ、本当か……? あ、ありがとう……」
声が裏返った。
真田は、その反応を見て、にやりと笑う。
「ところでさ」
ふいに、話題を切り替える。
「俺の後ろにいる、あの化け物だが」
「あんた、こいつに覚えはあるか?」
真田が指差した先。
会長は、嫌でも視線を向けてしまう。
意味を成さない形。
手とも足ともつかない部位が、無秩序に生えた悍ましい存在。
「う……」
会長は、言葉にならない呻きを漏らした。
見覚えがあるか、ないか。
そんな次元の話ですらなかった。
何が何なのか、理解が追いつかない。
「そっか」
真田は、納得したように頷く。
「わかんねぇか」
そして、楽しげに告げる。
「仕方ねぇ。なら——教えてやんよ」
真田は、ゆっくりと怪異を見上げた。
まるで出来の悪い彫刻を鑑賞するかのように。
「ここはな、ヤクザの事務所だ」
淡々と、講釈を垂れるように続ける。
「金、暴力、裏切り、恨み。
街に溜まった無数の悪意が出入りして、擦り込まれて、染み込んで、積み重なった場所だ」
異形の身体が、ぬめりと蠢く。
手とも足とも判別できない部位が、無秩序に重なり合い、軋み合う。
「つまりよ」
「そいつは——お前らがこの街で貯め込んできた“ツケ”だ」
会長は、震える視線で改めて怪異を見据えた。
無秩序。
無造作。
だが、どこか覚えがある。
暴力を振るった腕。金を奪った手。人を踏みにじった足。
それらが、秩序を失ったまま、ただ寄せ集められている。
理解した瞬間、喉がゴクリと鳴った。
——ああ。
会長の口元が、かすかに歪む。
「……そりゃ、そんな、ぐちゃぐちゃな姿してるわけだ」
過去が、脳裏をよぎる。
潰した人間。切り捨てた人間。使い捨てた命。
会長は、どこか納得したような顔で、異形を見つめた。
「俺は……本当に最低な野郎だ」
「こんな化け物が生まれるのも、当然だな……」
一瞬、声に妙な落ち着きが宿る。
「……これからは心を入れ替えて、人のために——」
「こらこら」
真田が、軽く遮った。
「何、改心したフリしてんだ?」
会長が言葉を失う。
「こいつは“ツケ”だぞ?」
「ツケは、返すのが筋だろうが」
「はぁ?」
間の抜けた声が漏れる。
真田は、にやりと笑った。
「あんたさ、金返さねぇ奴によく言ってたよな」
「“払えねぇなら身体で払え”って」
「金なら出す!」
会長は声を荒げる。
「いくらでも——」
「おいおい」
真田は肩をすくめる。
「化け物に、金なんか要るかよ」
背後で、ぬちゃり、と湿った音がした。
「これからあんたはな」
「痛みと苦痛で、そのツケを返すんだよ」
怪異が、そっと“腕”を伸ばす。
ガシィッ!
「——っ!?」
会長の頭が、鷲掴みにされた。
次の瞬間。
ブチィッ!
「ギャァァッ!!」
髪と共に、皮膚が引き剥がされる。
肉が裂け、血が弾け、床に赤黒い雫が飛び散った。
真田は、愉快そうに告げる。
「これからだぜ?」
「上から下まで、生きたまま引きちぎられるんだ」
怪異が、ヒタ……ヒタ……と近づく。
脚のような、脚でないものを引きずりながら。
「死ぬほど痛ぇぞ?」
「覚悟しろよな♡」
「ひ……ひぃ……」
会長は、腰が抜け、這うことすらできなかった。
そして。
怪異が、目の前に立った刹那。
「ギャァァァァェェァェァァァ!!」
それは、人がこの世で出せる悲鳴の、限界だった。
肉が裂ける音。
骨が砕ける音。
内臓が潰され、押し出される音。
——それでも。
会長は、死ななかった。
否。
死ねなかった。
この場所は、もはや現実ではない。
金と暴力と恨みが堆積し、歪みきった末に“異界”へと成り果てた空間。
生と死の境界も、苦痛の限界も、とっくに世界の法則から逸脱している。
だからこそ。
ツケを返し終える、その瞬間まで——
決して、終わりは訪れない。
絶叫は、やがて潰れた声になり、
濁った喘鳴になり、最後には、ぶつりと途切れた。
その夜。
"八獄等活會"の事務所から、かつてない悲鳴が響き渡った。
だが、ここは街の外れ。
夜という時間。人通りのない路地。
それを“悲鳴”として聞いた者は、一人もいなかった。
*****
「それにしても……傑作だったな」
真田は、夜の街を歩きながら、愉快そうに肩を揺らした。
「会長のやつ、最後は骨だけになってやがった」
思い出し笑いのように、喉の奥でくくっと笑う。
人一人を地獄へ叩き落とした直後とは思えないほど、足取りは軽かった。
「このテンションで、次は……」
ふと、視線を上げる。
目の前の雑居ビル。
その一室に入っているのは——神城調査室。
すなわち、霧子の拠点だった。
真田は階段を上り、慣れた様子で扉の前に立つ。
ドアノブに手をかけ、軽くひねる。
「……あぁ?」
鍵は閉まったまま。
中から、人の気配は一切しない。
「また留守かよ……」
苛立ちを含んだ舌打ち。
「一昨日も居なかったよな。いつまで遊んでんだ、あの女」
扉に背を預け、天井を仰ぐ。
「もう時間潰しもできねぇんだよなぁ……」
低く呟く。
「ムカつく連中は、だいたいお礼参り済みだし……」
一瞬の沈黙。
そして——
真田の目が、すっと細くなった。
「……あぁ」
何かに気づいたように、口角が上がる。
「だったらさ」
独り言のように、しかしはっきりと。
「先に、メインディッシュをやっちまうか」
階段の踊り場で立ち止まり、振り返る。
「朝比奈——真昼」
その名を呼んだ瞬間、声の温度が一段下がった。
「俺の人生をめちゃくちゃにした女だ」
事件の発覚と逮捕。
少年院に収容され、切り取られた青春。
元に戻ることのない、歪んだ過去。
逃げ場のない現在——
観衆の呪詛に絡め取られた、今。
それらすべての原因を、真田は——彼女に押し付けていた。
完全な逆恨み。
だが、その声音には、作り物ではない怒りと憎しみがこびりついている。
「成仏できてねぇなら……」
一度、言葉を切り。
大きく息を吸う。
「居場所は、大体わかる」
ゆっくりと、確信を込めて。
「風切市……あの家だ」
黒い笑みが、夜に溶ける。
周囲の木々がざわめき、不穏な風が、ビルの隙間を吹き抜けた。
真田は振り返らない。
そのまま、闇夜の中へと足を踏み出し——
再び、影のように姿を消した。




