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赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
第一章 夜に堕ちた祈り
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6話 幼き日の英雄

 霧子の手に残ったのは、かすかな手応えだった。

 斬ったそれは、霊でも人でもない──もっと異質な“何か”。

 けれど、この気配に覚えはある。


 「……やはり、こいつは……」


 ザワ……ザワワ……。


 姉・真昼が、糸の切れた人形のように力を失い、沈黙する。

 次の瞬間──生ぬるく、不快な風が公園一帯に立ち込めた。


 ズズズ……ズル……ズル……。


 真昼の背中から、何かが這い出す。

 皮膚を裏返したような、血肉むき出しの体。

 以前に対峙した“赤黒い者”たちと同質の肉体。──だが、これは別格だった。


 圧倒的な“念”が、周囲の霊気を引き寄せ、実体を成していく。

 それは──“生き霊”。


 しかも、その気配は紛れもなく、柊夜のもの。

 すなわちこれは、柊夜の深い憎しみから生まれた、彼自身の分身──いや、“もう一人の柊夜”だ。


 (……なるほど、これで合点がいく。

 これほどの力……柊夜くんの憎しみは、並のものではなかった。

 あの時──何度も見せていた取り乱し。もっと早く、適切に介入していれば……)


 「柊夜くん……これは私のミスだ。君は、何も悪くない」


 「霧子さん……なら……」


 ──見逃してくれるのではないか。

 そんな期待が、柊夜の目に宿っていた。だが──


 「けれど、それでも私は──これを放ってはおけない!」


 己の信念のもと、霧子は構え直す。

 それを見た生き霊が口を開いた。


 「……霧子……サン……。

 姉チャン、シュウヤ、そして……俺……。

 ヒガン……達成、ゼッタイ。アナタデモ……

 ジャマハ──ユルサナイッ!」


 咆哮と共に、生き霊は右手を掲げる。

 直後、空間を裂くような衝撃波が放たれた。


 「無駄だ!

 ──南無・災業禍祓咒……はあっ!」


 霧子の一太刀が、空間を裂くように奔る。

 次の瞬間、衝撃波は見事に真っ二つに断ち割られ、拡散し、虚空へと消えた。


 生き霊の攻撃は確かに強力。

 だが、先ほどの禍々しさとは比べ物にならない。


 (真昼から分離したことで……力が、大きく落ちた)


 霧子はそう確信した。


 「……モウ、容赦は……しないッ!」


 生き霊の目から光が消える。代わりに宿ったのは、底の知れぬ殺意。

 空気が、変わった。

 生ぬるかった風が一変し、肌を斬るような冷気が辺りを覆ってゆく。


 ボコ……ボココ……ッ。


 不気味な音を立てながら、肉体が膨張し始める。

 腕が泡のように膨れては破裂し、そのたび形を歪め──

 筋肉と骨が捩じれ合い、最終的に鉄塊のような棒状の武器へと変貌した。


 「ジャマ……サセナイッ!」


 そのまま勢いよく、生き霊は霧子へと飛びかかる。

 振り下ろされた異形の腕が空を裂くように唸り──


 ガンッ!!


 鋼鉄を叩きつけたような激しい音が響き渡る。

 だが──霧子は、微動だにしなかった。


 「……何ッ!?」


 武器は妖刀に弾き返される。

 返す刀、霧子は静かに唱える。


 「南無──」


 一閃。妖刀が残光を引き、生き霊の腕を根元から斬り落とす。


 「ギャァァァッ!! イタイッ……イタイイイイ!!」


 地面に倒れ込み、のたうち回る生き霊。

 断面からは黒い霧のような霊気が噴き出していた。


 「……カクナルウエハッ……!

 チカラヲ……オレニ……チカラヲ……カセェェェ!!」


 残った腕を空へと翳す。

 直後──


 パキィ……ッバキン!


 空間に無数の亀裂が走る。

 バリバリと音を立てて崩れ、やがて人が並んで通れるほどの巨大な穴が穿たれた。


 「オオオオオオ……」


 その裂け目から、赤黒い者たちがぞろぞろと這い出してくる。数にして十余体。

 一斉に霧子へと襲いかかる──が。


 霧子の眼差しは、一分も揺るがない。


 「──南無浄斎神光王ッ!

 霊撃・烈衝波ッ!!」


 放たれた掌底から、霊気の奔流がほとばしる。

 突風のような衝撃波が、赤黒い者たちを容赦なく吹き飛ばす。


 「ギャアアアァッ!」


 宙を舞い、身動きできぬまま空中でさらされる赤黒い者たち。

 霧子はそこへ、畳み掛ける。


 「南無災業禍祓咒──

 我が刀よ……更なる力を、今ここにッ!」


 禍祓が霧のように揺らぎ、刀身が光を吸い込みながら拡張していく。

 刃は巨大な弧を描き──


 ズバアアアァッ!!


 広範囲を薙ぎ払う霊撃が、赤黒い者たちを一瞬で断ち斬る。

 まるでそこに“存在していなかった”かのように、彼らは音もなく消えていった。


 「すまない、柊夜くん……」


 霧子はその背に、かつての柊夜の苦しみを背負いながら静かに言う。


 「この呪いに──終止符を打たせてもらう。……君のためにも」


 ──一刀。


 振り下ろされた禍祓が、生き霊の身体を真っ二つに裂く。


 「ギャアアアアアァァァ……ッ!!

 ココ……マデ……カ……ッ……!!」


 絶叫とともに、生き霊は虚空へと溶けるようにして消えていった。


 ……すべてが、終わったかに思えた──





 「真昼さん、これで貴方を縛るものは、もう何も無いはずだ。

これより、供養を執り行う」


 霧子は静かに真昼へと歩み寄ると、数珠を手に取り、経文を唱えはじめた。


 「南無浄斎し──」


 「やめろぉぉぉぉッ!!!」


 柊夜の絶叫が響き、彼は霧子に飛びかかった。


 「くっ、何を──!?」


 その勢いに霧子は体勢を崩し、地面へと押し倒される。


 「……うっ……うぅ……」


 頭上から、ぽたりと水滴が頬を打つ。次の瞬間、柊夜の声が震えた。


 「や、やめてくれよ……! 除霊なんて……しないでくれ……」


 彼は顔をくしゃくしゃにし、感情を押し殺すように絞り出す。


 「姉ちゃんは……復讐をしてるんだ。

いや、きっと……復讐しなきゃならなかったんだ……。

 あいつらから受けた仕打ちの数々が、姉ちゃんの心に……消えない傷として残ってる。

 復讐を続けているってことは、それが姉ちゃんをこの世に縛ってる証拠なんだ……!

 だから、最後までやり遂げなきゃ……姉ちゃんは報われない!」


 柊夜の声は震えていた。それでも、止まらない。


 「俺……見たんだ。

 捕まって数年経っても、あいつらは何事もなかったみたいな顔して、平気で笑ってた。

 むしろ、あの仕打ちを武勇伝みたいに話してて、少しも悪いと思ってない……!

 姉ちゃんが……壊されて、踏みにじられて……あんまりだよ。

 苦しみ続けた姉ちゃんが笑い者にされて、許されるはずがない……!

 悔しい、悔しいよ……俺は、何もできなかった。

 あの日……場所がわかってたら、ナイフを持ってでも飛び込んで……助けられたのに……!」


 悔しさ、怒り、後悔、それらが混じり合い、言葉がしがみつくように吐き出される。


 「でも……最近ようやく、姉ちゃんの想いが……形になってる気がして……。

 俺にも……やっと、できることが見つかったんだ。

 ただ傍にいるだけかもしれない。手助けなんてできないかもしれない。

 それでも……姉ちゃんの“意思”が進んでるのなら、俺は……それを支えたい……!」


 柊夜の目から、こぼれた涙が霧子の頬に落ちる。


 「あいつらは……生きてる限り、また同じことを繰り返すかもしれない。

 これは、姉ちゃんの復讐が終わって成仏する──それだけの話じゃない。

 あいつらを止めるのは使命でもあるんだ。

 それがたとえ“復讐”でも……それしかないなら……!

 姉ちゃんが、それを背負ってるなら……俺も、一緒に背負いたい……!

 ……だから……お願いだよ、霧子さん……

せめて……あと少しだけでいい……!

 お願いだ……!」


 堪えきれない涙が次々と霧子の頬へ落ちる。その訴えに、霧子は一瞬、目を細めた。


 「……すまない。復讐と聞いて、それを容認はできない。

 だが、後のことは私と一緒に考えよう。──許せっ!」


 そう言って霧子は身体を捻り、体重のバランスを崩した柊夜の下から抜け出す。


 「さて、改めて供養を──」


 「まてぇぇぇぇッ! ダメだ、やめろ、やめてくれ!!」


 柊夜は叫び、今度は空へ向けて咆哮する。


 「“お前”もこのままでいいのか!?

 このままじゃ姉ちゃんは浮かばれねぇだろ……!

 “お前”は……もう一人の俺だ。

 俺の中にある憎しみ、怒り、あいつらを裁きたいって願い……それが消えない限り、“お前”がいなくなるわけがない!

 わかってるんだよ……お前はまだ……俺の中にいる……!

 今こそ──現れてくれ!

 奴らに報いを……最悪の結末をッ!!」


 その瞬間だった。


 ブワァッ──!!


 一陣の風が吹き荒れ、黒い霧が渦を巻くように空間に集まり始めた。

 それはただの霊気ではない。明らかに、意志を持った力の塊だ。

 そして、霧の中心に──あの生き霊とは異なる、新たな「存在」が立ち現れる。


 「こっ、これは……“夜の執行者・エグゼ”……!?」


 それを見た柊夜の目が見開かれる。


 かつて柊夜が紡いだ空想の中の闇を裁く英雄。

 法で裁けぬ悪を消し去る、影の処刑人。

 その姿は、漆黒のマントを翻し、鋭く逆立つ髪、禍々しくも整然とした装飾に覆われていた。

 肌だけが肉のまま露出し、霊的存在であることを物語るも──柊夜の目には、紛れもなく“ヒーロー”に映っていた。


 エグゼは、ゆっくりと柊夜に手を差し伸べる。


 「もう大丈夫だ。外道どもの断罪執行は、確定している。

 誰にも、邪魔はさせない。君は静かに見届けていればいい──」


 そして、霧子を指差す。


 「白髪の女。貴様が悪を庇うというなら、例外ではない。執行対象だ。

 退けるなら、今は見逃してやる……どうする?」


 その眼差しは、怒りも慈悲もない。ただ一つ──“正義”の名を信じた者だけが持つ、信念の炎。


 だが、霧子もまた退かぬ者であった。


 「退かん。私は──私の責務を、果たす!」


 正義と正義が、今、真正面からぶつかり合おうとしていた。

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