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赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
第二章 尚も咎を刻む者
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60話 終焉への歩み

二章はこの話で終わりです。

後書きまで読んでもらえたら幸いです。


 夜が明け、淡い金色の光が、静かに海面を照らし始めた。

 鬼怒河雲上邸を脱した霧子と柊夜は、近くの古びた旅館の一室で朝を迎えていた。


 先に目を覚ましたのは柊夜だった。


 静かすぎる室内。張り詰めた空気はどこにもなく、ふと耳鳴りがするほどの静寂が満ちていた。

 隣の布団では霧子が、微かな寝息を立てて深い眠りに沈んでいた。


 「霧子さん……まだ寝てる?」


 返事はない。ただ、規則正しい呼吸だけが淡々と続く。


 柊夜はそっと立ち上がり、窓ぎわに歩み寄った。

 朝日が海に反射し、きらめく光がまぶたを焼き付けた。


 「……昨日は凄い一日だった。あれ全部、夢だったみたいだ」


 ぽつりと漏れた言葉は、部屋の静けさにすぐ吸い込まれて消えた。


 一呼吸置き、柊夜は無意識にポケットへ手を伸ばす。

 そこには──昨日、地下施設で手にした“姉の指”。


 ひんやりとした感触が、現実を突きつける。


 「……姉ちゃん」


 見つめた瞬間、電流のように脳裏をよぎる言葉があった。


 『……私を……あの部屋から助けて──』


 (あの時……たしか、少し間を置いて『──くれて、ありがとう』って……言ってた。でも……違和感があったんだよな)


 柊夜はまぶたを閉じ、真昼の霊が去る間際の光景をゆっくり思い返す。


 ゾクリ──


 背すじを氷の爪でなぞられたような感覚が走り、思わず肩が震えた。


 (“助けて──”のあと、あの悪寒……。あれは絶対、ただの言葉じゃない。

 何か……別の意味を“押し込めて”いた)


 考えれば考えるほど、あの瞬間の違和感が形を成して蘇る。

 あの時は涙と混乱で流してしまったが──今思えば、あれは“伝言”だった。


 (……それに “あの部屋” って何だ? あそこは廃工場で屋外だったはずなのに)


 顎に手を当て、ぐっと眉を寄せる。

 しかし、答えは霧の向こうにあるままだった。


 「ちくしょう! ……“あの部屋”って何なんだよ……!

 しまった、霧子さんがまだ眠っているのに!」


 思考が声となってこぼれ、想像以上に大きく響いてしまう。

 自分でも驚き、慌てて口を両手で塞いだ──その瞬間。


 「“あの部屋”か……。実は私に少しばかりだが心当たりがある。

 後で情報を整理しないか?」


 「うわっ!?」


 気配もなく背後に立っていた霧子に、全身が跳ね上がった。


 「霧子さん、起きてたの?」


 「あぁ。今しがた……な」


 まだ眠気の色をわずかに残しつつも、霧子の眼差しは静かで鋭かった。

 夜明けの穏やかな光の中、その瞳だけが不気味な“確信”を宿しているように見えた。



 *****



 朝食を終え、ひと息ついたころ。

 柊夜と霧子は長机を挟んで向かい合っていた。


 「すまない。手早く済ませるつもりだったんだが……禍祓に精力を吸われすぎてな。食欲が止まらなかったんだ」


 目の前の皿はどれも空。朝から胸焼けしそうな量を、霧子は淡々と平らげていた。

 睡眠と食事で、すっかり活力を取り戻したように見える。


 (でも……)


 昨晩の激戦で負った傷が、そう簡単に癒えるはずもない。

 痛むに決まっている。それでも平然を装い、姿勢を保つ霧子を見ていると──胸の奥がきゅっと締めつけられた。


 (痛いはずだ……。それでも、こんなふうに気丈に……)


 心配は募るばかりだったが、霧子の性格を知る彼は、それ以上何も言わなかった。


 (全部が終わったら……必ず、伝えよう。俺にできる限りの感謝を)


 そんな思いを胸に秘めていると──


 「……では、情報を整理しよう」


 霧子の目つきが鋭くなる。その瞬間、部屋の空気にぴんと張りつめた緊張が走る。

 いつもの“仕事の霧子”だった。


 「あの時、私は少し離れていたから真昼さんの声は聞こえていなかった。だから改めて問おう。──真昼さんは“あの部屋”と言った。間違いないか?」


 まっすぐに向けられる視線には、既に何かの確信が宿っているようだった。


 「うん。間違いなく言ったよ。……考えれば考えるほど、意味深い言葉だ」


 「結論から言う。──“あの部屋”とは、事件現場……真昼さんが監禁されていた場所だ」


 迷いのない、強い口調だった。


 「どうしてそう思うの?」


 「以前、真昼さんの霊体を通じて“あの事件”を垣間見た」


 霧子の脳裏に、あの光景がよみがえる。

 死の直前、真昼は必死に“出して”“助けて”と抵抗し、最後にか細く残した『助けて』。

 霧子は、柊夜の心が折れないギリギリのところで、その最期を静かに語った──


 「──そして君の『“あの部屋”から助けて』。

 その二つが繋がった。真昼さんの魂は、おそらく今も事件現場に囚われ続けている。その地に染みついた残存する悪意が因果の糸となり真昼さんを縛っている」


 「じゃあ……姉ちゃんは、俺の故郷に……?」


 「あぁ。恐らく、な……」


 声は静かだったが、その内に秘められた重みは、二人の胸にじわりと沈んでいった。


 「丁度……お盆前に実家へ帰るつもりだったんだ。霧子さんさえ良ければ、解決するまでの間うちに泊まってもらえたらって。ホテルだとお金もかかるし……。あっ……嫌なら全然……」


 言いながら柊夜は、どこか気恥ずかしげに視線を泳がせた。


 「ありがたい。是非ともお言葉に甘えたいところだ。だが——親御さんの許可を取らなければなるまい」


 「あっ……そっか。あとで連絡しておくよ」


 頭をぽりぽりと掻く柊夜。その仕草に、霧子の表情からも張り詰めた色がすっと消えていく。部屋の空気が少しだけ柔らかくなった。


 「それと、もう一つ伝えておく」


 「えっ?」


 「事件現場は今は空き家だが、当然ながら立入には正式な許可が必要だ。組織経由で申請すれば五日後には入れるようになるだろう。

 ——お盆の迎え火の日だ」


 霧子はまっすぐに柊夜を見据える。声には硬い決意が宿っていた。


 「今年は真昼さんが家に帰ってこられるお盆にしよう。いや……必ず家へ迎えられるようにしてみせる」


 その瞬間、柊夜の肩がぴくりと震えた。俯いたまま言葉を絞り出す。


 「ありがとう……ごめん、ちょっと待って……」


 その声は震えていた。


 (姉ちゃん……もうすぐだよ)


 (霧子さん……ほんとに、ありがとう……)


 右手でそっと顔を拭い、一度深く息を吸ってから、柊夜は顔を上げた。


 「……ありがとう。本当に、ありがとう」


 静かに、しかし確かな決意を帯びた声だった。

 ——こうして、姉の死を巡る“最後の一週間”が幕を開けようとしていた。



 *****



 そのころ——鬼怒河雲上邸の一室の前に、真田は立っていた。薄闇の廊下に似つかわしくない、不敵な笑みを浮かべながら。


 「相楽のジジイ……ここで間違いねぇんだな?」


 問いかけると同時に、真田の隣で赤い光がふっと脈打った。光と呼ぶにはあまりにも“存在”が濃い。そこにあるのは、ただの霊具でも不定形の気配でもない——間違いなく“何か”がそこにいた。


 『あぁ。相楽は間違いなくこの部屋にいる』


 紅く輝く宝玉から、威厳を帯びた声音が響く。鬼ノ背神だ。


 「見つけるの遅すぎだろ。神を名乗るならパッと探せよ、なんちゃら神さんよぉ」


 『……我は鬼ノ背神だ、真田。多少の無礼は許すが、せめて名くらい覚えよ』


 「あーはいはい、鬼ノ背神さんね」


 真田は面倒くさそうにあくびをひとつ。


 『相楽は今、霊力の大半を失い、魂も風前の灯だ。それゆえ探知が遅れた。許せ……』


 「わかったよ。で、最後に俺が息の根を止めりゃいいんだろ?」


 『あぁ……。それでいい』


 真田はゆっくりと扉のノブに手をかけた。少し開くだけで、古い埃が舞い、隙間から差し込んだ強い日差しが部屋の闇を切り裂く。


 「いたいた。ジジイ、みっけ♡」


 真田は扉を押し開け、埃の舞う部屋へ一歩踏み込んだ。


 部屋の奥——相楽が倒れていた。全身は傷と血にまみれ、意識が残っているのかすら怪しい。


 『……近くに、凄まじく濃い怨気の痕跡が残っている。相楽は、その持ち主に追われてここへ逃げ込んだようだ』


 真田は鼻で笑った。


 「やっぱりか。赤黒い化け物——あいつ、ジジイも追い回してたんだな。……で、なんでまだ息してんだ?」


 倒れた相楽を見下ろしながら、真田はふっと目を細める。


 「……あぁ、なるほどね」


 『何か、分かったようだな』


 鬼ノ背神が低く問いかける。


 「赤黒い化け物——観衆の呪詛ってやつは、瀬戸を捕まえた時点で異界に戻ったんだよ。あいつら、一人確保したら死ぬまで拷問に専念すんのが“お約束”でさ。獲物以外には見向きもしねぇ」


 真田はつま先で相楽の肩を軽くつついた。


 「……だからジジイは“残り物”扱いで放置ってわけ。運が良かったなぁ、お前。──いや、別に良くねぇや」


 グチュッ。


 生々しく肉を貫く音が、静寂を切り裂く。

 

 「──結局、こうして俺に殺されるんだからよ」


 真田はナイフを抜き、返り血を拭うこともなく薄く笑った。


 『……よくやった。これより約束を果たそう。真田よ、我は汝に力を与える』


 相楽の死と共に、彼に刻まれていた呪印が霧散した。枷は外れた。悪神は完全に解き放たれ、紅い宝玉は眩惑するほどの光を迸らせる。


 「うぉっ、眩し……!」


 真田が目を庇った瞬間、光は爆ぜるように部屋中へ広がり——

 そして、唐突に消えた。


 「……あれ? 鬼ノ背神? おい、どこいきやがった?」


 目を凝らすが、宝玉は跡形もなく消えていた。

 代わりに——


 「……背中、熱っつ……」


 手を回すと、指先が“堅い何か”に触れた。

 まるで異物が肉に溶け込むように、何かが背中へ深く沈んでいる。


 「……なんだ、これ……?」


 答えは、内側から響いた。


 『今より、我らはひとつ。

 だが我がこの身に慣れるには刻が要る。ゆえに、しばし汝の内で眠ろう。

 汝は正真正銘の——半人半神となった。

 その力で何を為すか……見届けさせてもらうぞ』


 「…………」


 真田は言葉を失い、微動だにしなかった。


 ——感じる。


 内側から皮膚を裂きかねないほどの膨れあがる力。

 脳を甘く溺れさせる、暴力的な万能感。


 (……壊したい。確かめたい。この力で……全部)


 押し寄せる衝動を抱えたまま、ふっと笑みが口元に浮かぶ。

 その異様な力の膨張は、近くにいた男に、部屋へ踏み込むことを促した。

 視線の先に——一人の男が立っていた。

 不動だ。


 「……ったくよ。相楽の奴はくたばってるし、悪ガキはとんでもねぇ化け物になっちまって……」


 不動の瞳には、はっきりとした殺気が宿っていた。


 「もうお前は、後戻り出来ねぇところまで来ちまったな」


 「だからよ——何だってんだよ」


 「人間、辞めやがって……馬鹿野郎が」


 歯を噛みしめる不動とは対照的に、真田は嬉しそうに笑っていた。


 「おっさん。この前はよくもやってくれたよなぁ……? 丁度いい。

 お礼参り——記念すべき一人目はテメェに決めたァ!」


 低く笑い、そして急激に弾ける。


 「クク……ハハッ……クハハハハハ!!」


 真田 誠──

 二度目の殺人を経て、人としての境界を踏み越えた。

 咎を刻みつつ、もとより内に育っていた“純正の悪”の芽は、今まさに開花したのだ。

 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

 当初の想定よりも二章はだいぶ長い旅となりました。

 登場人物が増え、彼らそれぞれに踏み込んで書きたい場面が多く、その結果として話数も自然と膨らんでいった形です。

 「少し長いな」と感じられた読者の方がいらっしゃれば、申し訳ありません。

 それでも物語は確実に終わりへと近づいています。

 最終章は、ここまでの二章ほど長くはならない見込みです。

 柊夜たちがどんな答えに辿り着くのか——

どうか最後まで見届けていただければ幸いです。

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