表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
第一章 夜に堕ちた祈り
4/57

3話 想いは呪となりて

南無(なむ)──災業(さいごう)禍祓咒(まがばらいじゅ)!」


 霧子の渾身の一太刀が赤黒い者たちを一瞬で塵と化した。


 「邪魔者は排除した。次はいよいよ──」


 ……だが、そこにいるはずの姉の霊がいない。

 周囲を見渡す。だが、どこにも気配はない。姿も、影も──影さえも。


 「南無(なむ)浄斎(じょうさい)神光王(しんこうおう)……この地に潜む霊よ、姿を現せ」


 念じるように霊子を探る霧子の表情が曇る。霊気はある。だが、それは先ほどよりも遥かに希薄で、呼びかけにも反応はない。


 「……すまない、今はこれ以上探れない。あの霊は深く潜ってしまったようだ。改めて供養の機会を設けよう」


 霧子は唇を噛み、心の内で呟いた。

 (先ほどの“あれ”──あの術に宿る邪気に、怯えてしまったのかもしれない。仕方がない、今は撤退だ)


 「……わかりました。今日は……姿を見られただけでも、良かったです」


 柊夜の声には落胆がにじんでいた。強がってはいるが、肩は小さく落ちている。

 すぐにでも姉を救いたい──その気持ちの強さを思えば、無理もない。


 「いてて……」


 先ほど赤黒い者に襲われていた男が、頭を押さえながらしゃがみ込んでいた。


 「立てるか?」


 霧子が手を差し出すと、男は少し戸惑いながらもその手を取る。


 「あぁ……すみません。追いかけられた時に頭をぶつけてしまって……」


 立ち上がった男の頭部には血がにじんでいたが、どうやら皮膚の裂傷程度のようだ。ただ、足を引きずっている様子を見て、霧子は黙って肩を貸す。

 このまま長居すれば、元社員寮にたむろする不良と鉢合わせする可能性もある。

 無用な衝突を避けるべく、一行は足早に廃工場を後にし、霧子の事務所へと向かった。



*****



 事務所に戻った一行。

 姉を救えなかったことに肩を落とす柊夜と、淡々と男の手当てをする霧子。

 空気はどこか沈んでいた。

 そんな中、男が明るく口を開く。


 「助けてもらった上に手当てまで……ほんと、感謝してます。

 あなた方が来てくれなかったら、俺、マジで死んでたかもしれませんよ。あはは」


 男は爽やかな笑顔を浮かべていた。


 「礼には及ばない。……まずは自己紹介からだ」


 霧子は椅子に腰掛けながら、静かに口を開いた。


 「私は神城 霧子。探偵をやっているが、本業は除霊師だ。

 今回は朝比奈 柊夜くんのお姉さんの供養のため、あの工場を訪れていた」


 「へえ、除霊師っているんですね……漫画の世界かと思ってた」


 「驚くだろうが、事実だ。

 ところで、貴方のお名前を伺ってもいいか? できればこの先、協力をお願いする可能性がある。

 堅苦しい敬語はやめて、話しやすい口調で構わない。柊夜くんも同じだ」


 今回の騒動に巻き込まれたこの男が、どんな経緯で怪異に襲われたのか。

 そして──姉・真昼と何らかの関係があるのか。

 真相を解く鍵を持つ可能性がある以上、距離を縮めて信頼を得る必要がある。


 「普通に……話すの、か……」


 柊夜は戸惑いながら、どこか照れ臭そうに言った。


 「姉ちゃん以外の年上には、基本敬語だったから……なんか変な感じで」


 「霧子さんに柊夜くん! よろしく!」


 男は笑顔で手を振ってみせる。打って変わって、その順応の早さが妙に浮いて見えた。


 「ああ、俺は真田誠。筋トレとボクシングが趣味で、特技は……まぁ、胸筋動かせるくらいかな。

 披露するような場はないけどさ。

 前はあの工場で働いてたけど、倒産してさ。今はバイト暮らしって感じ」


 受け答えは歯切れがよく、軽快で明るい。

 だがそのテンションの高さは、どこか過剰にも思えた。


 「自己紹介、ありがとう。……ではさっそくだが、本題に入ろう」


 霧子は真っ直ぐ真田を見つめる。


 「あの女性の霊や、共にいた怪異に……見覚えはあるか?」


 「…………」


 真田は一瞬目を伏せ、数秒の沈黙のあと、首を横に振った。


 「いや、考えてみたけど特に心当たりはないな……。

 襲われたのも、本当に突然でさ。

 工場の近くをジョギングしてたら、いきなり後ろから、あのグロいやつに殴られた。

 わけも分からず必死に逃げて……元社員だったから、どこに隠れればいいかは分かってたんだよ。

 あいつらホントしつこくて1時間以上身を潜めてても執拗に探し続けるんだ。

 それついに見つかって……終わった、と思ったら、霧子さんたちが来てくれたってわけ」


 状況は理解できた。だが──霊が無関係の人間を襲う理由が、柊夜には受け入れ難かった。


 ガタッ!


 「そ、そんな……じゃあ姉ちゃんは……関係ない人を襲ったってことかよ!」


 柊夜は立ち上がり、動揺のまま叫んだ。

 「姉ちゃんは……あんなことする人じゃない! 優しくて、お人好しで、笑顔で……!

 あの怪異が操ってたんだよな? じゃなきゃ、真田さんがウソを──」


 「落ち着け!!」


 霧子が柊夜の両肩を掴み、その目を真っ直ぐ見て言った。


 「それ以上は口にするな。……お姉さんを大切に思う気持ちは分かる。

 だが、無闇な憶測で人を疑うのはよくない」


 一拍置いて、霧子は静かに続けた。


 「霊というのは、自我が曖昧で錯乱していることがある。

 ほんのわずかな刺激で、周囲の人を襲ってしまうことも珍しくない」


 柊夜の視線が揺れる。霧子の瞳に映ったまま、動けなくなっていた。


 「……ごめんなさい、霧子さん。……真田さんも……。

 俺……最低だ。現実を受け入れられなくて、人を……疑って……」


 俯いたまま、柊夜は右手で涙をぬぐった。


 「お姉さんに誰も傷つけさせない。そのためにも、私が必ず成仏させてみせる。……共に頑張ろう」


 「……はい」


 柊夜は小さく頷いた。


 その後、霧子は何度も姉の霊の位置を探ったが、依然として気配は廃工場の敷地内に留まったままだった。


 「動きがあればすぐ連絡する。今日はここまでだ」


 「……今日は本当に、ありがとうございました──

 いや、ありがとう。霧子さんも、ちゃんと休んでください」


 柊夜は深く頭を下げ、事務所を後にした。


 「さて、俺も……そろそろ」


 椅子から立ち上がろうとした真田を、霧子の声が制した。


 「真田さん、待って」


 「ん?」


 「貴方は今日、霊に襲われたばかりだ。また狙われる可能性もある。

 この事務所には、霊から感知されにくくなる結界を張ってある。

 夜は霊の活動も活発になる。お守り程度では心もとない」


 「なるほど。……お言葉に甘えさせてもらうよ!」


 真田はそう言って、二つ返事で返した。

 


*****



 「今日は大変な一日だったなぁ……。

 姉ちゃんの供養を寺に頼むはずが、探偵事務所に行って、そこで霊能力者と出会って──

 まさか漫画みたいな除霊バトルまで見ることになるなんてなぁ……」


 ベッドにごろりと寝転び、天井を見つめながら、柊夜は一日を振り返る。


 「………………。

 ……そういや俺、霧子さんの前でめっちゃ泣いてたじゃん!

 目真っ赤にして鼻水まで垂らして……子供みたいにさ……。

 うわぁぁ、思い出しただけで恥ずかしっ!」


 遅れてこみ上げた羞恥心に、顔を真っ赤にしてベッドの上でごろごろと転がる。


 「そういや、昨日のハッシュタグ……。

 霧子さん、“あのニュースには人ならざるものの匂いがする”って言ってた。

 ってことは──あの奇怪な投稿と橘の死、やっぱり関係あるよな。

 もしかして……姉ちゃんが復讐してる……?

 霊は錯乱してることが多いって言ってたし、真田さんを間違って襲ったのかも……。

 なら、あの五人──全員消えたら、姉ちゃん……成仏するんじゃ……?」


 その顔に浮かんだのは笑み。

 一見すると嬉しそうな──だが、その奥には、黒い何かが滲んでいた。


 「……だいたい、あんな奴、死んで当然なんだよ。

 あいつの家族、悲しんでんのかな?

 ──はっ、泣いてるとしたら被害者ヅラってやつだな。面の皮が厚いね、まったく」


 ガタッ。

 本棚から、アルバムが一冊落ちる。


 「──あれだけ好き放題して、“事故”や“事件”に巻き込まれた被害者?

 冗談じゃねぇ。

 姉ちゃんを──俺の心を、ぶっ壊したあいつがさ。

 なんであの時、ちゃんと報道されなかった?

 名前を出して言えよ──橘隼人、こいつは──


 "人殺し"


 だってな……!」


 ──プツン。

 突然、テレビが勝手についた。


 「ま、死に方だけは褒めてやるよ。殴られて、焼かれて、骨の髄まで壊されて──

 痛かったか? 怖かったか? 姉ちゃんの気持ち、少しは分かったか?

 ……いい気味だよ。あと四人だ。

 お前と同じ目に、いや、それ以上の地獄を味わえばいい……」


 柊夜は、もはや周囲の異変にも気づかず、呪詛のように言葉を吐き続けた。


 「血を流せ、臓物撒け、誰にも同情されず、汚物みたいに死ね……

 クズどもは死ぬ価値すらねぇ。死体蹴ってやりてぇ、この手でな──

 姉ちゃんが復讐するなら、俺は力を貸す。

 念が必要なら念じる。寿命が必要なら──好きなだけ持っていってくれ。

 復讐の一端を……俺にもやらせてくれ。

 一緒にやろう、最後まで──やり遂げよう──」


 ピシッ……ピシッ……


 『奴らへの復讐を!』


 ──ガシャアァン!!


 窓ガラスが音を立てて割れた。


 「うわっ! なんだっ!?」


 柊夜は尻餅をつく。

 気づけば、部屋はめちゃくちゃだった。

 テレビは勝手につき、本棚からアルバムが落ちて写真が散らばり、窓ガラスは砕け散っている。


 「……ジ、しゅ……あ"バ……」


 テレビが何かを映し出し、音声のような呻き声のようなものを発する。


 「な、何!? テレビが……なんで? リモコン、どこだ──ギャッ!」


 リモコンの周りに、アルバムから飛び出した姉の写真が散らばっていた。

 だがそれは、顔が腫れ上がり、原型を失うほど傷ついた姉の姿ばかりだった。

 しかも、どれもが──こちらを見ているように思えた。


 「ぁ……ぢ……ガ……ぶ……ぅぅ……」


 テレビ画面にも、傷ついた姉の顔。

 画面越しに、苦しげな、途切れ途切れの声が漏れる。


 「ハァ……ハァ……なんて酷い……

 あと四人死ねば……姉ちゃんの苦しみも……終わるのに……」


 そのとき、霧子の言葉が脳裏に蘇る。


『──なんて、昔の除霊師なら言うだろうがな。

でも安心しろ。君がお姉さんを想う気持ちさえあれば、十分だ』


 「そうだ、“想う気持ち”。

 俺は──

 俺は、姉ちゃんが復讐を遂げられるよう、願い続ける!

 俺は、復讐を想い続ける!!」


 「そして──」


 「姉ちゃんの魂が、俺の声に応えてくれる──そう信じてる」


 ──その言葉は、霧子の優しき励ましを呪いに変え、

 柊夜自身もまた、知らぬ間に“加担者”となっていくのだった。



*****



 ──廃工場前──



 人気のない廃工場の入口。そこに、一人の男が立っていた。

 男の名は──桐谷 翼。

 一見すれば普通のサラリーマンにしか見えないが、かつては違った。


 「……はあ。あれ以来、足を洗って真面目に働いてきたのに。就職して、結婚して……子どもだって生まれた。順風満帆だったのに……」


 小声でぶつぶつと愚痴をこぼす。

 その表情には、明らかにこの場所に来たくなかった気持ちが滲んでいる。


 「……安西さん、今さら何のつもりだよ。ずっと連絡もなかったくせに、急に呼び出して……。でも、断ったら何されるか──うわっ!?」


 ガツン!


 背後から何かが振り下ろされ、桐谷の悲鳴が夜に響いた。

 振り返る間もなく、バールのようなもので頭を殴られる。


 「いってぇ……っ、誰だよ……ぐっ!」


 バギッ!


 反撃する間もなく、複数の男たちが彼に襲いかかる。

 殴打、蹴り、金属音。暴行は一方的だった。


 「や、やめろっ……お願いだから……ッ!」


 ゴンッ! ドスッ! ガン!


 ──しかし、桐谷の声は誰にも届かない。


 「チッ、手こずらせやがって。けどまあ、これで一人五万はうめぇな」


 「こいつを倉庫に運べば終わりか」


 「カメラ、ちゃんと設置しとけよ。忘れんな」


 「うっわ、完全に忘れてた。ヤベ」


 桐谷の手足をガムテープで縛り、不良たちは笑いながら倉庫へと連れ込んでいった。



 ──倉庫内──



 ──暗い倉庫の床。

 そこで桐谷は、ゆっくりと目を覚ました。


 「……ぐっ。頭、痛ぇ……どこだここ。くっそ、埃くせぇな……」


 身体を動かそうとして、異変に気づく。


 「……なんだよ、動かねぇ……っ!? 手足が……縛られて……?」


 目が暗闇に慣れるにつれ、倉庫内の様子が次第に見えてくる。

 そして──彼は、**“それ”**に気づいた。


 「な、なに……う、うそだろ……?」


 倉庫の奥に、赤黒い人影が五つ。

 そのうちの一体が、ニタリ……と不気味に口角を持ち上げた。


 「ふ、ふざけんな……なんだよアレ……!」


 さらに、ゆっくりと──


 「……フタリメ……キリタニ……オマエ、ダ……」


 赤黒い者の一体が、手を伸ばし、桐谷の頭を掴もうとする──。


 「や、やだ……やめろ……誰か、助けて……!」


 桐谷は必死に身体をくねらせ、床を転がって逃げ出そうとする。

 そのとき──何かにぶつかった。


 「いってぇ……な、に……? ひ、人……?」


 そこには、一人の女性が立っていた。

 セミロングの髪、ぼんやりと前を見つめて動かない。


 「た、助けてくれ……お願いだ……!」


 その懇願に、女がゆっくりと顔を下に向けた──

 次の瞬間、桐谷は絶叫する。


 「ひ、ひぃッ!! 化け物……!」


 顔は腫れ上がり、血に塗れ、形も定かではない。

 だが──それでも桐谷は気づいてしまった。


 「……お、お前は……あの時の……ッ!」


 絶望の中で、断片的に過去の記憶が蘇る。


 「ち、違うんだ……! 俺は悪くない!

 止めたかった……止めたかったけど、安西さんが……! あいつが怖かったんだ!

 俺だってすぐにでも助けたかった、信じてくれ! 

 もう反省して更生して、ちゃんと働いてて、家族もいて──!」


 ガシッ!


 後ろから、赤黒い者が脚を掴み──ずるずると引きずっていく。


 「いやだっ、やめろ、誰かっ!」


 「……イイワケ……セキニンテンカン……ハンセイ、ゼロ……ダイジョウブ……ワタシ……オナジニ、ナルダケ……」


 女はただ、無表情に桐谷を見下ろし──

 やがて、にぃ……と笑った。


 「や、やめて……やめてくれぇぇッ!」


 床を這い、もがく桐谷。

 その手足は擦れて傷だらけになりながらも、ついには──赤黒い者たちと共に闇へと消えた。



 ──某所──



 ──しばらくして。

 設置されたカメラの映像を、一人の男がじっと見ていた。


 「……桐谷も消えたか。あの女の霊、やはり奴か……。ふん、呼んでおいて正解だったな」


 彼は画面を閉じ、スマホのDMを開いた。


 > 第二の加害者・桐谷 翼

 > 制裁開始


 貼られたリンクをタップすると、涙を流し捕まっている桐谷の写真が映る。

 その表情は、完全に絶望の淵にいた。


 「ふん……これでしばらくは安全だな。

 あの女が“あの化け物”を潰してくれれば、こっちは無罪放免ってわけだ……」


 男は小さく笑い、DMを閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ