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赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
第二章 尚も咎を刻む者
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38話 逃避行

 「はぁ……はぁ……」


 なんとか山道を抜け街に戻ってきたが、脚はもうガクガク、身体中汗でベトベトだ。

 行くあてなんかねぇ。手下どもには裏切られ、溜まり場にも戻れなくなっちまったしな。


 ──カシャッ。


 街のざわめきの中で、明らかに異質な音が耳に刺さり、思わず足が止まる。

 振り向くと、制服姿の高校生が三人。にやけ面でスマホを構え、俺の姿を何枚もパシャついてやがる。


 「……テメェら、今なにした?」


 声が低くなるのが自分でもわかった。

 奴らは顔を背けて関係ない素振りをしているが、指先は震えたままシャッターを連打してパシャついてやがる。

 我慢ならなくなった俺は、三人のうちひとりの胸ぐらを掴み顔を近づけ──。


 「人のことパシャパシャ撮りやがって……ぶっ殺すぞっ!!」


 怒鳴るだけのつもりだった。だが理性より怒りが勝ち、無意識に腕を振り上げる。

 一発殴ってすぐトンズラすりゃ捕まりはしねぇ——そう思って拳を振り下ろそうとしたその瞬間──


 ──カシャッ。


 手元の動きに反応して、またシャッター音がしやがる。だが今度はガキどもとは反対方向だ。

 振り向くと、スーツ姿のサラリーマンが白々しい顔でスマホを構えてやがる。こっちを狙ってパシャついてるのは一目でわかった。


 「チッ、どいつもこいつも、殺されてぇみてぇだな……」


 俺はその場で一度ぎこちなく拳を緩めた。そしたら──


 カシャッ。カシャッ。パシャパシャ。


 ピロン。ピロン。カシャカシャ。カシャカシャカシャカシャ。カシャ。


 最初は単発に聞こえた小さな音が、だんだん街のざわめきを侵食していくように増えていく。

 左右、前後、路地の影からも、老若男女のスマホがこちらを向けてやがる。

 一人や二人じゃない。ジジイ、オバハン、OL、制服のJK——いろんな顔が、同じ目的でこっちを撮っている。

 その視線が、ただの好奇の眼差しじゃないことに気づいたのは遅くなかった。


 冷たく、軽蔑も恐怖も憎悪も怒りも、ありとあらゆる負の感情をぶち込んだような視線だ。

 思い出す。ガキの頃に虐めてた奴の顔。金がねぇ時にカツアゲしたオタク。美人局に騙されて泣きわめいてた兄ちゃん。詐欺に引っかかって呆然としてたババア。抗争で叩き潰した敵対グループの半グレども。どいつもこいつも同じ目で俺を見やがった。

 そして——頭の奥に浮かぶ一番忌々しい顔。

 朝比奈 真昼のあの目だ。恐怖や嫌悪も確かにあったが、それ以上に——人間じゃねぇものを見る目だった。怪物か猛獣でも相手にしてるみたいな、怯えと拒絶の視線。

 そして今、街の奴らも同じだ。スマホを構えながら俺を見る目に、人としての色はひと欠片もねぇ。


 「……あぁ……」


 氷のように冷たい視線に押し潰され、急に手から力が抜けた。掴んでいたガキがするりと逃げ出す。

 周囲のシャッター音が、一斉に俺を追い詰める合図に思えた。


 「クソ、クソっ! チクショーが!」


 胸の奥がむかつく。晒し者にされてる屈辱がぶわっとこみ上げ、俺は周囲に怒声を撒き散らしながら足早に逃げ出した。



 *****



 「クソ、なんなんだよ……」


 人目のつかない裏路地に滑り込み、壁にもたれて息を整える。さて、次はどうすっかな。表通りに出りゃまた囲まれてパシャられる。かといってここにずっと隠れてるわけにもいかねぇ。


 「見つけたっ! 三千万が歩いてるぞ! さっさと取り押さえろ!」


 背後でデカい声が弾け、二人の男が角から飛び出してきた。金の臭いで集まってきたのか。得物はバットとスタンガン。リーチで不利だが、こんなもんこっちは慣れてる。


 「殺さねぇ程度にボコってやんよっ!」


 バットが振り下ろされる。大振りで軌道が丸分かりだ——なら詰めりゃいい。

 身体を捻ってバットの軌道を外し、短く詰めて左に拳を叩き込む。鳩尾にめり込む衝撃とともに、男が息を詰めて膝を折った。


 「ゴフッ!?」


 男は顔をゆがめ、ガクリと崩れる。俺はその場に立ち尽くして一瞬ぶん殴った事実に気づく。


 「——やっちまった……」


 今は倒すだけじゃ意味がねぇ。情報を引き出さなきゃならねぇのに、意識を飛ばしちまった。まあ、まだ一人いる。次は加減しねぇと。

 相方はすっかり怯えて腰が引けていた。スタンガンをぎこちなく構え、突進してくる。


 「うぉぉぉぉ、これでも食らいやがれ!!」


 バカ丸出しだ。そんな真っ直ぐ突っ込んで来るやつは始末しやすい。

 踏み込むタイミングを外させるように一歩引き、相手の踏み込みに合わせて脇腹へ短い蹴りを打ち込む。スタンガンが当たる前に、相手は声を上げてのけぞった。


 「ぐふっ!?」


 倒すつもりはねぇ。呼吸を乱させ、心の芯をへし折ってやる。


 「ぐぅ……ここまで強ぇとは……」


 男の息遣いが荒い。ダメージは残るが、なんとか喋る余裕がある——聞き出すにはちょうどいい。


 「はぁ……はぁ……」


 目の前の男から話を聞き出したいところだが、正直ちょっと疲れた。

 今日は一日、逃げ回って殴って──もう息が上がりっぱなしだ。さすがの俺でもガス欠気味。ちょっと落ち着け、30秒だけだ。あと少し息を整えりゃ──あいつも立ち上がって逃げやしねぇだろう。


 ガサッ……ゴソッ……。


 男がポケットをまさぐり、スマホを取り出す。110番でもするつもりなら、躊躇せずに叩き壊してやるつもりだったが、どうも電話をかける素振りはない。いったい何を企んでやがる?


 「…………」


 男は黙って画面を凝視し、指を滑らせている。空気がいよいよきな臭くなってきた。

 俺は何も考えずそのスマホを掴み取ろうと、手を伸ばした──その瞬間だった。


 「せめて……せめてテメェの蛮行を世間に拡散してやるよ」


 俺がスマホに手を伸ばしたその瞬間、男の人差し指が画面を弾くように突いた気がした。

 気にはなったが、まずは確認しなきゃ話は始まらねぇ──と画面を見る。この行為をすぐに後悔することになるとはその時は思わなかった。


 「──俺?」


 画面いっぱいに、でかでかと俺の顔が映ってやがる。さらに赤い「LIVE」の文字が点滅している。


 「なっ!?」


 男はわざとインカメラに切り替えてやがったんだ。俺の顔、背景、今の状況——全部晒してやがる。スマホをぶん奪る動きまで見越してのことか。

 画面の下をコメントが矢のように流れていく。


 『これが噂のやつ……』

 『意外に爽やか?』『←こいつケダモノだぞ』『#加害者を許すな』『行け!確保しろ!』

 『みんなで捕まえて三千万山分けしようぜ』『マジで?今から行く!』

 『罪を償えカス』


 言葉の一つ一つが俺に刃を向けてくるようだった。見ず知らずの不特定多数の人間が俺に憎悪を向けている感覚が気持ち悪い。


 「うわぁぁぁっ!!」


 吐き気がして、手にしたスマホを地面めがけて叩きつけた。画面はバキッと砕け、液晶が蜘蛛の巣みてぇに割れる。

 そのまま男の髪を掴み、顔を引き上げる。


 「テメェ、どういうつもりだ?」


 男は不気味に笑いながら答えやがる。


 「言っただろ? お前の蛮行を世間に拡散してるんだよ」


 「そんなことで何の意味がある? 金でも出るってのか?」


 「出ねぇよ。ただ、お前の居場所をばらせば金に目が眩んだ輩が来る。街の腕自慢が張り切ってお前を潰すってさ。

 お前の過去の悪行が許せねぇ奴らが、お前の姿と居場所を拡散して、そいつらにブチのめさせるのが目的だ。さっき通りでカメラ向けられてただろ? あれも同じ。──世間はお前を赦さねぇってことだ」


 馬鹿な。ここにいる奴らも、街中でパシャついてたガキどもも、俺を赦さねぇだと?

 "あの事件"は確かにやり過ぎた面もあるかもしれないが、こいつらに関係ねぇだろ……。

 

 「さぁ、街全体による私刑の始まりだ。せいぜい楽しめ──」


 ガッ!


 俺は無言で男の顔を地面に叩きつけ、意識を飛ばしてやった。何が私刑だ、ふざけやがって。だが熱が冷めるまでどこかに隠れねぇとな──。


 「あっ……」


 すぐ近くにビジネスホテルの看板が見えた。少しボロいが、金のない今の俺には好都合だ。


 周囲を用心深く見回し、誰も自分を尾行していないのを確かめると、俺は逃げるようにホテルの自動ドアを潜り込んだ。



 *****



 近くのボロめのビジネスホテルに滑り込む。金は飯をケチれば数日は持つだろう。とりあえず今は鍵付きの部屋と風呂が欲しかった。少し身を隠さねぇと、化け物に殺られる前に人間に殺られちまう。


 「はぁ……やっと一息だ」


 チェックインを済ませ、風呂で一日の汚れを流す。湯気に包まれて身体は軽くなるはずなのに、今回は違った。熱い湯を浴びても胸の奥底に泥みてぇな塊がこびりついて取れないようなモヤモヤ感が残る。


 ガンッ!


 思わず壁を殴りつけた。拳が鈍く音を立てる。痛みで少し我に返るが、怒りは収まらない。

 何が街の私刑だ。ふざけんな! 化け物に追われ、騙し騙し逃げ延びてんのに、生きてる人間までが寄ってたかって俺をぶちのめす? なぜお前らに責め立てられなきゃならねぇ。


 「チッ!」


 舌打ちが出る。腹の底から煮えたぎるような怒りが湧いてきて、言葉が止まらねぇ。過去の罪? 加害者を許すな? もう終わった事なんざ知ったことかよ。外野が上から目線で茶々を入れるな。偽善者どもが正義を振りかざして人様を攻撃する──そんな奴らのが、悪党よりよっぽどタチが悪りぃわ。


 胸の中で「ぶっ壊す」という言葉が何度も繰り返される。化け物も、街の連中も、全部全部跡形もなく破壊してやりたい。頭に思い浮かんだ言葉を何度呟いても怒りは一向におさまらない。


 愚痴が止まらねぇ。ぐちぐち言ってる自分が情けなくて、余計に腹が立つ。頭の中で考えがグルグル回るが空回りし何一つ打開策が思い浮かばねぇ。どう動けばいい? どこへ逃げればいい? 


 怒りが先に立つと、すぐにあの顔が割り込んでくる——朝比奈 柊夜だ。深い憎悪に染まった視線は、生き霊に殺されかけたあの夜の記憶を焼き直す。するとまとまりかけた考えはちぐはぐに途切れて、霧のように消えていく。


 一日走り回ったせいで張りつめていた脚の痛みがズキリと戻ってきた。その鈍い疼きが、現実へと強制的に引き戻す。ただ、思考の渦の一端がいっとき静まるだけだ。結局、何もできない自分に嫌気が差し、瞼が重くなった。

 考えがぶっ飛び、最後に残ったのは鉛のような疲労だけ——俺はそのまま知らぬ間に眠りに落ちていった。


 

*****



 そして今──。


 あれから数日。金は案の定尽きちまった。飯を抜き、酒を断ち、どうにか数泊はしのいだけど、もう限界だ。一泊する金すらなくなった俺は、仕方なくホテルを後にした。


 それから俺は、隠れ家に使えそうな場所を探して歩き回った。空き家や廃墟を覗いてみたが、酷く汚れていたり建物自体がイカれていたりで長居できそうにない。ちょっと居心地が良さそうだと思った場所も、すでに先客がいるのか壁一面にスプレー缶でマーキングされていた。


 歩き続け、気づけばすっかり当たりは暗くなっていた。収穫はゼロ。しかも途中で賞金目当てのチンピラに二度も絡まれる始末だ。幸い今日の奴らは三下で済んだが──次も同じとは限らねぇ。プロの格闘家や集団に襲われたら、さすがに俺も無事じゃいられねぇ……。


 ふと、胸の奥に冷たい予感がよぎる。


 「そういや、あれから何日経った……? そろそろマズいんじゃねぇか」


 あれからスマホは気味が悪くて見られなくなっていたが、そんなこと言っている場合じゃねぇ。嫌な胸騒ぎが、手を動かす前から正解を告げていた。


 「チッ……やっぱり死んじまったか」


 DMにはリンクひとつだけ。タップすると、案の定、松野の顔だった。もっとも、言われなきゃ誰だかわからねぇほどパンパンに腫れ上がっていたがな……。


 松野のカス野郎が死んだこと自体はどうでもいい。だが、これまでのパターン通りなら、化け物が次の獲物を探して動き出しているはずだ。いや、このDMが来たのはもう一日以上前……つまり、化け物は既に動いてるってことか?


 画面を閉じると同時に、胸の中が冷たく沈む。


 「……もう後が、ねぇ」


 肩が落ちるのを自分で感じる。息が浅くなり、視界の端に不安が蠢く。歩き続けると、どこからか視線を感じた。


 次の瞬間──四方八方から、パシャパシャとシャッター音が俺を狙い撃つ。

 見渡せば、路地の陰、バス停、コンビニの前……年寄りも子どもも、みんながスマホを俺に向けている。

 その連写音が耳にこびりつく。鼓膜の内側を爪でひっかかれるみてぇに、背筋がぞわりとする。トラウマになりそうな音だ。


 無視して通り過ぎようとしたが──もう我慢できねぇ。


 「てめぇら、撮んじゃねぇぞっ!!」


 腹の底から声を張り上げる。だが、周囲の雑音に呑まれて、俺の怒鳴り声は大多数には届かない。

 むしろスマホを向ける手が増えるだけで、逆効果だ。手のひらが汗でじっとりと濡れている。足が勝手に後ずさる。


 仕方なく、俺はその場から逃げだした。


 駐車場の片隅に身を潜め、荒い息を整える。ここならしばらくはバレねぇだろう。だが、背中に冷たいものが這うように感じる。振り向くが誰もいない。自分が晒し者にされる恐怖に、身体が過敏に反応しているだけか?


 「……畜生」


 胸の奥で呻く。誰が得するんだ、こんな晒し上げ。今の俺は、正直な話、化け物より人間の方が怖ぇ……。


 「もう終わらせよう……」


 こうなったら、自分の手で終わらせるしかねぇ──朝比奈 柊夜を消すんだ。

 奴が生み出した生き霊が元凶だ。俺の生活をブチ壊したのはあいつだ。あいつがいなけりゃ、こんな目に遭うこともなかった。全部あいつのせいだ。あいつが悪い。


 「朝比奈 柊夜、絶対に殺してやる」


 小さく、だが確実に誓う。怒りが冷たく、じわじわと身体を締めつける。奴は被害者面してやがるが、松野たちを殺したのはあいつだ。俺らは五人で──一人しか殺してねぇ。だがあいつはどうだ? 一人で既に三人も殺してやがる。


 たしか、三人以上殺したら死刑だっけか。つまり、あいつは死に値するってわけだ。

 ならば──俺があいつを消すことは、正しいことじゃねぇか?

 つまり俺は正しい。俺は悪くねぇ。間違ってねぇ。悪いのは全部あいつだ。


 「くくっ……はははっ……クハハハハッ!」


 そう思った瞬間、胸の奥の重さが少しだけ軽くなった。気が楽になったわけじゃねぇ。だが、諦めに似た確信が生まれる。狂気じみた安堵だ。


 人目を避け、角を幾つも曲がる。建物の影に沿って、群衆と逆行するように歩く。目立たぬようにフードを深く被り、雑踏に紛れるふりをして、神城調査室のある方向へ向かった。


 これからすることは──俺を陥れたクソ野郎、朝比奈 柊夜への復讐だ。

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