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2話 姉はそこにいた

地名を設定した方が良いと思ったので改稿しました。

2025.7.31

 「お願いします! あ、姉を救ってください……お願いします!」


 柊夜は深く頭を下げた。

 その声は、これまでのどの言葉よりもはっきりと、強く、まっすぐだった。

 事務所に来て以来、どこか曖昧だった彼の態度──それが今、初めて霧子へと真正面から向けられた。


 「信じてくれて、ありがとう」


 霧子は微笑みながら、どこか神妙な面持ちで応えた。


 「この供養は、先程も言った通り──あなたがどれだけお姉さんを想っているか、それが鍵になる。

 だから、私と一緒に救い出そう。お姉さんを」


 “一緒に”──


 その言葉に、どこか救われるような気がした。

 霊能者と依頼人という立場を超えて、対等に寄り添ってくれる気がしたのだ。

 柊夜の中で、彼女への疑念が静かに溶けていく。


 「さて──さっそくだが、例の写真を見せてもらえるか?」


 柊夜は、鞄から写真を取り出し、そっと霧子に手渡した。


 「……っ──な、なんだこれは……!」


 受け取った途端、霧子が声を漏らす。

 その瞳が見開かれ、思わず立ち上がりそうになるほどの動揺が伝わってくる。

 室内の空気が、ぞっとするほど静まり返る。


 「……い、いったい貴方のお姉さんは、どういう最期を迎えたんだ……?

 これほどの……このレベルの霊障……生半可な未練では、まず起こりえない……!」


 「えっ……?」


 柊夜の顔から血の気が引いていく。

 霧子の反応は、それがただの悲劇ではなかったことを示していた。


 「霧子さん、顔が……青いですけど……

 やっぱり、姉に何か、普通じゃないこと

が……起こっているのでしょうか……?」


 霧子はしばらく無言のまま、視線を写真から離せずにいた。

 やがて、静かに深く息を吐く。


 「……珍しい類の霊障でな。私も少し、気圧されてしまった」


 言葉を選ぶように言いながら、霧子は柊夜の顔をそっと見つめる。


 「一つだけ聞かせてくれ。お姉さんは──どうやって亡くなった?」


 ごく静かに、しかし鋭い眼差しを向ける。


 「未練が残っている程度の霊では、ここまで強い影響は出ない。

 これは……“恨み”や“執念”の域に達している。何か、特別な事情があるのではないか?」


 その問いに──柊夜は、返事をしようとして口を開きかける。


 だが──


 (……だめだ……言えない。

 話した瞬間、全部が壊れてしまう……自分も、姉も、今の生活も──)


 口をパクパクと動かしては止まり、声が出ない。

 視線は定まらず、空調が効いた室内で、汗が額をつたって落ちていく。

 心を抉られる感覚に、身体がこわばっていく。


 霧子はその変化を、黙って見つめていた。

 やがて、ふっと表情を和らげる。


 「……すまない。無理に聞くべきじゃなかったな」


 静かに目を伏せてから、再び柊夜を見る。


 「デリケートな話だ。今は無理に話さなくていい。

 もし、いつか伝えたいと思えたときが来たら──そのとき、教えてくれればいい」


  柊夜は俯いたまま、唇をぎゅっと噛みしめた。

 今はまだ、言えない。口にすれば、壊れてしまう。

 でも──。

 彼女なら、話せるかもしれない。

 いつか、自分の中にある全てを晒してもいいと思える日が来たなら、その時はきっと……。

 


*****



 数分後──。


 柊夜は椅子に腰かけ、額の汗を拭っていた。感情が昂ぶったせいか、胸の鼓動はまだ静まらない。

 一方で霧子は無言のまま、渡された写真を手に取り、慎重に何かを読み取っているようだった。


 「今朝早く、岡山県黒野市内の高架下で、激しく損傷した男性の遺体が見つかりました。遺体は、黒野市在住無職の"橘 隼人"さんと確認され、警察は何者かによる犯行とみて、事件の全容解明を急いでいます」


 その時、事務所の隅に置かれたテレビが自動で切り替わり、ニュース速報が流れ始めた。

 映し出されたのは、よくある凶悪事件──そう思わせる映像だったが、その内容は、柊夜の脳裏に強く引っかかるものだった。


 「橘隼人……?」


 聞き覚えのある名前に、柊夜の眉がぴくりと動いた。


(どこで……? いや、たしか昨日……)


 スマホを取り出し、指が無意識にSNSアプリを開く。

 

 「この事件……」


 霧子が画面に視線を向けたまま、ぽつりと呟いた。


 「ただの殺人ではないな。映像越しでも感じる。これは……人ならざる者の“匂い”がする」


 「──こ、こいつは……!」


 柊夜が勢いよく立ち上がる。

 SNSで見た“あの投稿”。#加害者を許すな──そう添えられた投稿に載っていた男の画像。

 それは今、ニュース画面に映る男と──まったく同じだった。


 「こいつは……橘隼人……姉ちゃんを──っ」


 言葉が次第に熱を帯び、怒気が混じる。


 「こいつは……こいつは、コイツハコイツハァァアッ!」


 瞬間、感情が爆発する。

 柊夜の目が血走り、顔には怒りとも憎しみともつかない異様な歪みが浮かんでいた。


 自身の方を見ている霧子に気づき急いで口を噤む。

 もう少し気づくのが遅かったら"朝比奈 柊夜"は"朝比奈 柊夜"では無くなっていた気がした。

 

 霧子は冷静なまま、柊夜の荒い呼吸を見つめていた。


(やはり──この青年は何かを隠している。さっきの顔……あれは、“恨み”なんて軽いものじゃない。あれは、誰かを殺そうとした者の目だ)


 この橘 隼人と柊夜、そしてその姉・真昼との間に何かただならぬ事があったのは確定的だろう。

 そこに今回の案件の核心に迫るものがあると考えられる──が今はそっとしておこう。


 「あっ、霧子さん! えっと……その、こいつ、最近ちょっと話題になってたんです。変なハッシュタグの投稿で……それ思い出してビックリしただけで、はい……!」


 声が裏返り、言葉も尻すぼみになる。

 霧子は微笑みすら浮かべず、ただ静かにうなずいた。


「……そうか。なら、いいんだ」



*****



 それからしばらくして霧子は何かの準備をしている。

 机には三枚の大きな地図が広げられていた。右から順に今いる街の地図、東京全体の地図、関東地方の地図。

 また近くには火をつけた蝋燭が置かれていた。


 「灯りを落とす。──これから、貴方のお姉さんの“在処”を探る」


 電気を消すと蝋燭の淡い灯りが部屋を包み込み先程とは違った静かで緊張感のある空気が流れる。

 霧子の手には数珠が巻き付いており──。


 「では、始めよう。

この三枚の地図に、意識を重ねる。私の声が、彼女の“残滓”に届けば──必ず何かが反応するはずだ」


 目を閉じてゆっくりと経文を唱え始める。


 「現し世と幽り世の狭間より、名を失せし魂の在り処を示し給え──

 風の通りし方角に、炎の揺れし方角に、声なき声を、祈りの波に乗せて届けん。

 顕現せよ──

 過ぎし苦悶を纏いし者よ、汝が留まりし地を、我に知らしめ給え!」


 霧子が経文を唱え終えると、部屋の空気がわずかに震えた。微かな風がろうそくの炎を揺らし──それと同時に、一枚の地図の一点がじりじりと焼け焦げてゆく。


 「これが……霊能力?」


 初めてみる霊能力者の力。

 漫画やアニメなどの創作の中の話と思っていたその力に柊夜は思わず息を呑む。


 「これは“定位の経文”──霊能力の一つだ。

 この地図の位置にお姉さんはいるはず。そして色の濃さで対象のおおまかな気の大きさがわかり──」


 霧子は「まずい」と言わんばかりに眉を顰めて地図の黒い部分を凝視する。


 「通常なら、地図が黒く滲む程度で済む。だが今回は──焼け焦げて、穴が空いている。

 つまりお姉さんは非常に強い霊力を持っている。強いとは予測していたが──これは、想定を遥かに凌駕している……。

 すまないが30分時間をくれ。準備なしでは祓えない規模の霊力だ。

 準備が整い次第、車で現場に向かうぞ」


 と言い残し急いで奥の部屋に駆け込んだ。

 

 「姉ちゃん……やっぱり、普通の霊なんかじゃ済まないんだな……」


 柊夜は、それが“恐れていた結末”のひとつであったかのように、静かに呟いた。



*****



 車で向かうこと約20分──。


 「地図が示す場所はこの辺りだな」


 街外れにある廃工場。

 ここはかつて大きな工場があったが景気の波に飲まれて倒産。現在は使われておらず、夜な夜な不良たちの溜まり場になっている。中には、隣接する元社員寮に勝手に住み着いている者もいるらしい。


 「くっ……やはりこの地からは強大で濃度も非常に濃い霊気を感じる」


 霧子は少し苦しそうに頭を抑える。

 霊気に非常に敏感な体質である霊能力者は、強烈な濃度の霊気を浴びると"霊力酔い"を起こしてしまう。尚、一定時間経てば身体は慣れて"酔い"は収まる。

 熟練の霊能力者であれば通常は感じないはずの霊力酔い──それすら起こす霊気の濃さ。つまり、それほどまでに強い存在がこの地にいるということだ。


 「霧子さん、大丈夫ですか?」


 柊夜は不安そうに霧子を見る。


 「すまない、少し“気”を整える。少しだけ時間をくれ」


 霧子は地に腰掛け瞑想を始める。

 体内を循環する"気"の動きを整えて"酔い"に適応するためだ。


 時が少し経ち──。


 「お待たせした。おかげで調子は良くなった、改めてお姉さんを探し──」


 ガシャァァァン!!


 「ギャァァッ、やめろ! やめてくれぇ!!」


 廃工場の側に佇む大きな倉庫から大きな物音と男の声がする。

 霊気の濃度もそこに向かうほど強く感じる。


 「お姉さんはそこだ!」


 霧子と柊夜は倉庫に急行した。



*****



 「や、やめろ……。なんだよコレ、本当に……ありえねぇ……!」


 男が腰を抜かしている。頭から出血している。


 「そこに潜む者よ、姿を現わせ!」


 霧子が空に向かって叫ぶと、ぼやっと二人の人影が浮かび上がった。


 「次ハ……オマエ……ダ……」


 赤黒く、まるで火を通す前の肉のように生々しい肌をした異形が立っていた。顔はノイズのように歪み、怒りと怨念が染み付いたような禍々しさを放っている。

 そしてその後ろには細身の女性が立っていた。赤黒い者と対照的にこちらはぴくりとも動かず佇んでいる。

 女性の方は姉・真昼だと分かるがもう一人は一体……。


 「姉ちゃん……! 俺だ、柊夜だよ!」


 柊夜が駆け寄ろうとした、その瞬間──赤黒い者が顔を向けた。何の前触れもなく、近くに積まれた工具が宙を舞い、殺意を帯びて飛来する。


 「柊夜くん、危ない!」


 咄嗟に柊夜を庇う霧子。その後体制を崩して二人とも転んでしまう。


 「無茶はするな。ここは私の役目だ──任せておけ」


 霧子が一歩前に出た瞬間、倉庫の空気が変わった。まるで気圧が急に下がったように耳が詰まり、背中を這うような霊気が柊夜の全身を包む。


 「ジャマスルナラ……ツギハ……オマエトスル……!」


 霧子の気迫と霊気に反応した赤黒い者は腕を硬化、鉄パイプのような形状に変えて襲いかかる。


 「……あれは霊じゃないな。気や残留思念を寄せ集めて形になった、“怪異生物"の類……ならば、加減は不要だ」


 「南無(なむ)浄斎(じょうさい)神光王(しんこうおう)──我が手に力を、霊撃・烈衝波!」


 経文を唱えると霧子の右手に淡い光が宿り、次の瞬間右手を前に押し出す。たちまち光は赤黒い者に向かって射出された。


 「ギャァァッ!」


 赤黒い者は態勢を崩し倒れ込む。かなりのダメージだがまだ倒れない。

 本能で接近戦が不利だと感じた赤黒い者は周囲にある物体に念を込め始めた。先ほどのように工具などを飛ばそうとしているのが分かる。


 ──が霧子は見逃さない。

 念を込め始めている少しの隙の間に間合いを詰め、右手に力を込める。


 「動くな。心核に響かせる。南無、破懐撃ッ!」


 霧子の掌底は赤黒い者の心臓部を正確に捉えてそのまま身体を突き破る。


 「グギギ……アガガァァァァァァァァァ!」


 追い詰められた赤黒い者は咆哮を上げる。


 ズズ……ズズズ……ズリズリ……。


 地面から生える様に新たな赤黒い者が4体現れる。

 2体が物体に念を込め始め、もう2体は腕を硬化、各々別々の凶器の形に変化させる。


 だが霧子は一歩も引かない。霧子の気配が、一瞬で“術者”のそれに変わった。


 「……空気が変わった? さっきまでと違う……一体」


 一瞬で空気が変わった。それは霊能力が全くない柊夜でも感じ取れる。

 今の霧子はさっきまで見ていた霧子とは別人の様で──。


 霧子の指が、腰にある何かを握り


 「……本来、これを使うべきではないが、怪我人もいる。一気に決着をつけるぞ!」


 霧子の手に握られている何かから黒く悍ましい力を帯びた霧が現れ──。


 「南無(なむ)──災業(さいごう)禍祓咒(まがばらいじゅ)

!」


 霧子がそれを振るった瞬間、5体の赤黒い者の身体は両断、消滅させた。

 

 「す、凄い……」


 霧子の迫力に圧倒された柊夜は思わず腰を抜かす。

 「凄い」──そう呟いたが、その胸の奥にあったのは、恐れにも似た圧倒的な“本物”への畏怖だった。


 「…ん? 名刺……?」


 倒れた拍子に落としたのだろう。拾い上げた柊夜は、ふと裏面に違和感を覚えた。

 裏返すと──そこには、極めて小さな文字列が印刷されていた。



 国際超常対策機構・日本支部 登録番号:J-8129

 対応区分:心霊事案・B級(除霊/供養)

 ※当該案件は秘匿対象に指定。非公開依頼は要事前接触。



 「こくさい……ちょうじょう、たいさく……機構? 登録番号……?」


 ──今まで信じられなかったものが、急に現実味を帯びてくる。

 まるで国家機関の一部みたいな……。


 ただの探偵じゃない。そう思った途端、背筋がぞくりとした。


 (この人は……本物だ!)


 この瞬間、柊夜ははっきりと確信した。

──この人は、ただの除霊師じゃない。“本物”だ、と。

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