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1話 手を伸ばすべき場所へ

地名を設定した方が良いと思ったため改稿しました。

2025.7.31

“呪いはここから始まった。”

 後になって振り返れば、そう言い切れる。

 その夜、朝比奈柊夜はいつも通りにスマホを開きタイムラインを眺めていた。


「夜のこのまったりした時間が至福の時だよな〜」


 昨今の若者は暇さえあれば理由がなくともスマホを弄る。

 柊夜も例外ではなくそんな若者の一人。

 そうして頭を空にして何気なく眺める情報が意外にも役に立ったり、お得なものだったりするものなので侮れない。

 だが必ずしも良い情報ばかりではないことも……。


 「なんだこれ?」


 タイムライン一面にズラッとあるハッシュタグが添えられた投稿が並ぶ。


 「この男は極悪人です。制裁案募集中。」

 #加害者を許すな

 #橘隼人

 #一人目 


 内容が多少過激だがこの時点ではいつもの炎上ワード程度のものだろう──。


 「…………」


 とはいえ、その多少の過激さがたまたま今の柊夜の好奇心をくすぐり──。


 「ここまで炎上してるのはめずらしいな。ちょっとリプ欄でも見てみよう。」


 興味津々の彼は迷う事なく投稿にタップをしてリプ欄を確認する。


 「ふざけるな、こいつはあの時の──。」


 そこに映し出された一枚の画像が、冷蔵庫の音さえうるさく感じるほど静まり返った静けさを破る。

 柊夜は画面の中の顔を見た瞬間、呼吸が荒くなった。

──見間違えるはずがない。

 その顔は、十年前に姉を──。


──最悪の気分だ。この事はもう思い──。


 ピシ……ッ。

 部屋のどこかで、小さな軋むような音が鳴った。

 冷蔵庫の音かと思ったが、それよりもずっと近い。

 まるで、耳元か、背後から聞こえたような──そんな気がした。


 空気が変わっていた。

 湿気でもない、気温でもない。肌をなぞるような重さが、胸の奥を圧迫する。

 息が少しだけ吸いづらくなった。


 「ん?」

 

 怒りで頭に血が上り男の顔に意識が集中していてすっかり忘れていたがそもそもこの投稿は……


 『この極悪人に制裁を加えるためのもの』


 ということは今、ここで自分がとびっきり酷い制裁内容をリプすればこの投稿の主が実行してくれる可能性があるんじゃないか?

 

 「なんだ……最悪の投稿かと思えば、これもしかしたら最高の投稿なんじゃないか?」


 ──奴らを断罪すれば姉が浮かばれる──


 「あいつには……何が一番、精神的に効くんだ?」


「目を閉じさせて、何も見えないまま殴り続けるのとか?

 いや、それじゃまだ甘いな……。

 真っ暗な部屋に閉じ込めて、

  自分が何をされてるか、音と感覚だけでわからせるとか?

  二十四時間休みなく、上から水滴を1滴ずつ額に垂らし続ける──とか……」


 柊夜は自分でも気づかぬうちに笑みを浮かべていた。

 その表情に、若者らしい無邪気さも、理性もなかった。

 まるで、自分が加害者と同じ場所に立っていることに気づいていないような──。


 そのとき、風もないのに、ページをめくるような音がした。

 柊夜の背後、本棚の最上段から、アルバムが一冊、音もなく滑り落ちる。


 「っ──!」


 硬い床にぶつかる鈍い音に、柊夜が跳ねる。

 画面を見つめていた指が止まり、スマホを伏せた。


 無言のままアルバムを拾い上げ、開いたその中に、

 一枚──何かに弾かれたように飛び出した写真があった。


 それは、姉・朝比奈 真昼の笑顔の写真だった。

 ──いや、違う。

 ほんの数秒前まで笑っていたはずの顔が、

ゆっくりと──それも、生きて変形していくかのように腫れ上がり、歪んでゆく。


 「なんだよ、これ……?」

 写真をじっと見つめながら、柊夜は息を呑む。

 腫れ上がり、歪んでしまった姉の顔──それはまるで、今なお苦しみ続けている証のようだった。


「こんなことが起こるってことは……姉さん、成仏できてないのか……?」


 怪異そのものよりも、姉の身を案じる思いのほうが強かった。

 柊夜にとって、姉は子どもの頃から、ずっと心の支えであり、どんな時も優しく包み込んでくれた人だった。

 その姉が、今もなお苦しんでいる──それが何よりも耐えがたかった。


 「あれだけ苦しんだのに……まだ、まだこんな目に……」


 胸の奥を、鈍い痛みが何度も突き上げる。

 心を抉られたなんて生ぬるい。

 血の気が引いて、全身が冷たくなっていくような感覚──

 その痛みだけが、現実なのだと教えていた。


 柊夜は立ち上がった。

 もう、何もしないではいられなかった。



*****



翌朝──。


 柊夜は、まだ日も昇りきらない時間に近所の寺を訪れた。

 ひとつでも希望があるならと、仏の元を頼ったのだった。


「ふむぅ……この写真は……」


 住職は写真を見つめ、眉をひそめた。

 神妙な面持ちのまま、額にはじっとりと汗が浮いている。

 ただの遺影を見ているのではない。何か異常なものと対峙していることが、見て取れた。


「あの……すみません。姉は……成仏できるでしょうか?」


 沈黙に耐えきれず、柊夜はおそるおそる声をかけた。


「はっ……! ああ、失礼……」

 住職の肩がびくりと震え、視線がこちらに戻る。

「……申し訳ない。この写真に宿っているものは、私の手に余る代物です」


 その言葉に、柊夜の中で張り詰めていた糸が切れた。


「でも……姉が……! 姉が苦しんだままだなんて、俺は……耐えられない!」

「手に余るからって、はいそうですか、で引き下がれるわけないだろ!

 あんたは寺の住職だろ? 死者を救うのが仕事なんじゃないのか!?

 だったら──姉も、救ってくれよ!」


 柊夜は堪えきれず、住職の袈裟を掴んだ。

 他に頼るあても、どうすればいいかの道もない。

 それでも──目の前で姉の苦しみを否定されたようで、どうしても黙っていられなかった。


「お、落ち着きなさい。……あなたの気持ちは、よく分かる」

 住職は優しくも必死な口調で制しながら、懐から一枚の名刺を差し出す。


「私にはできないが──こちらの方なら、お姉さんを救えるかもしれない」


 名刺には、落ち着いた字体でこう書かれていた。


神城調査室

代表 神城 霧子


〒999-9999 東京都五倉市四崎町1丁目2番202号

Mail: info@kamishiro-room.jp


 (……調査室? これちゃんとした専門家なのか?)


 もっと寺や神社のような場所かと思ってたが出てきたのは普通の個人事務所らしき場所。

 少し胡散臭さが漂う名刺だが今頼れるものは他にはない。

 なら選択肢は決まっている。


 「先程はすみませんでした。

伺ってみます。ありがとうございました」

 

 先程掴み掛かったことを謝罪して一例。


 「私の方で連絡しておくのでこの寺の紹介で来たことを伝えていただければ大丈夫ですよ」

 

 住職は汗を拭いながら柊夜を送り出した。

 今度こそ姉を救う希望の光と信じて寺を後にする。



*****



──神城調査室前。


 「ここ……“神城調査室”? ……人探しに企業調査って、これただの探偵事務所何じゃないか?」


 元々胡散臭さはあったが寺の住職の紹介ということで信じて来てみたが、いざ来てみると完全にただの探偵事務所にしか思えない。

 こんな事務所が寺でもできない供養を行えるなど俄かに信じがたい。

 とはいえ来てしまったのだから仕方ない。話を聞くだけならタダだろうし……。


 「し、失礼します……」


 ドアの向こうから返事はなかったが、事務所が開いて照明も付いていることを考えれば不在ではないだろう。


 「お取り込み中かな? ちょっと待ってみるか……」


 静かすぎる空間に、かすかに冷気のようなものが漂っている気がする。

 外観はただの探偵事務所──それなのに、空気だけが別物だ。

 室内は整然としていて、壁際には古い木製の棚が並ぶ。

 資料らしきファイルの中に混じって、見たこともない符の束や、金属製の短刀のようなものが無造作に置かれていた。

 観葉植物のように、机の隅に“お札”が差し込まれている。

 明らかに、ただの探偵じゃない。

 そう思いかけたが、すぐに「気のせいだろ」と首を振る。

 柊夜の胸には、期待と不安が奇妙に絡みついていた。

 部屋を一通り眺め終えた頃──。


 ガチャ……。


 「ようこそ。“神城調査室”へ。

 私はこの事務所の代表の神城霧子だ」

 奥の部屋から若い女性が出てきた。

 事務所もだが、この人も思っていたのとかなり違う。

 女性にしては少し背が高く、ピシッと着こなしたパンツスーツと鋭いつり目。

 年齢よりは落ち着いて見えるが、それでもまだ20代前半にしか見えない。

 (霊能力者というともっと高齢の、最低でも40、50歳くらいの人を想像していた。

 除霊というのは長年修行と経験を積んで──そんな漠然としたイメージがあったからだ。

 ……それが、こんな若い女性とは──)

 ……と、目が合った瞬間、不思議と胸のざわつきが“少しだけ”静まった。

初対面のはずなのに、彼女の瞳には何かを“断ち切る覚悟”のようなものが宿っていた。


 「ん?どうした、私の顔に何かついているか?」


 そんなことよりこの女性、随分と変わった風貌だ。

 それは誰でも一目でわかる。髪だ。

 長い髪を一つに括っている……早い話ポニーテールなのだが色が白い。顔だちからしてハーフではなく純日本人だが、染めたのだろうか?しかし普通真っ白に染めるだろうか……。


 「あぁ、思ったより少し若かったもので驚いただけです……」


 つい動きが止まっていた柊夜は慌てて返答する。


 「すまない……。もっとベテランの除霊師が対応出来たらいいのだが、そういった方々は常にいくつかの案件をかかえていち抱えていて予約しても見てもらえるのは数ヶ月先になるんだ」


「だが、貴方のお姉さんの写真……。

 聞いた限りではすぐに対処した方がいいと考えられる。だから私を信じて貰えないだろうか……」


 霧子はまっすぐ柊夜の目を見て、霧子の方から姉の供養をさせて欲しいという雰囲気すら感じた。


 「…………」


 (だが、たとえ少し待つことになっても──)

 確実に対処してくれそうなベテランに頼むべきだと、柊夜は迷い始めていた。


 「大丈夫だ、貴方の信じる気持ちさえあればお姉さんは必ず救われる」


 信じる? 何を? 神? 仏? 一気に宗教臭くなって来て柊夜は疑念を持ちはじ──。


 「──なんて、昔の除霊師なら言うだろうがな。

 でも安心しろ。君がお姉さんを想う気持ちさえあれば、十分だ」


 少し硬い雰囲気の霧子はニカっと笑った。


 「はは……」


 なんだか緊張も不安も何もかも吹き飛んでしまったようだ。

 柊夜は──。


 (俺は)


 「改めてこの案件、私に預けてくれないだろうか?」


 霧子は問う。

 どうせ他にアテはないし、この人がそこまで言うなら断る理由なんてない。

 

 「お願いします! あ、姉を救ってください……お願いします!」


 (この人を信じてみよう)


 この時、柊夜の目には一筋の小さな光が見えた気がした。

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