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赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
第一章 夜に堕ちた祈り
19/61

18話 例の事件 前編

 ──ここは……?


 目を覚ますと、そこは何の変哲もない夜の住宅街の真ん中だった。

 一番新しい記憶では、私はたしか“神城事務所”で真田の帰りを待っていたはずだ。


 ……お、おいっ!?


 戸惑う私の意思を無視して、急に身体が勝手に前へ進み始める。

 止まれ、と意識で命じても足は止まらない。力を込めようとしても、膝はまるで他人のもののように動き続けた。


 ──そうか。


 状況を把握する。

 誰かの記憶を追体験させられているような感覚……これは夢だ。

 理由はわからないが、理解できたことで少しだけ安堵する。


 「おい、そこのJK。俺と遊ぼうぜ? 飯代、奢るからさぁ」


 目の前に現れたのは、如何にもチャラチャラした少年。年は大学生……にしては幼い。おそらく高校生くらいだろう。

 それにしても、この顔……最近どこかで見た覚えがある。


 ──ん?JK?私が?


 いやいや、若く見られても嬉しくない。驚きはしたけれど……。


 「ごめんなさい。私、急いでいるので……」


 今度は口が勝手に動き、私の声とは違う高く柔らかい声色が響く。

 視線がふと動き、道路脇のミラーに映った自分の姿が目に入った。


 そこにいたのは──柊夜くんの姉、朝比奈 真昼さんだった。


 なぜ、真昼さんの記憶を?

 思えば、つい最近まで“例の事件”の詳細を調べていた……その影響なのだろうか。


 「なんだよ、せっかく誘ってやってんのに、つれねぇこと言うなよ!」


 ナンパ男は乱暴に真昼さんの腕を掴んだ。

 痛みはないが、身体がガクンと引き寄せられる感覚は私にも伝わる。


 「やめてくださいっ!」


 必死に振り払おうとするが、男の力は強く、離れられない。

 私が真昼さんの身体を動かせるのなら、こんな輩、一瞬で黙らせるのに──。


 「助けて! 誰か、助けてくださいっ!」


 その瞬間。

 目の前のナンパ男が、まるで蹴り飛ばされたかのように後方へ吹き飛んだ。


 「やめろ。嫌がってんだろうが!」


 声の主は、筋骨隆々の大柄な男。

 拳を構えたナンパ男も、その鋭い眼光に射すくめられ、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。

 そして怯えたように踵を返し、逃げ出した。


 「もう大丈夫だ。立てるか?」


 男は座り込んだ真昼さんへ手を差し伸べる。


 「あ、ありがとうございます」


 手を取り立ち上がった真昼さん。

 その時、私は気づいた。──この男の顔にも見覚えがある。


 「この辺りは夜になると、ガラの悪りぃ連中がうろついてんだ。

 つーわけで俺が君を家まで送ってやるよ」



 *****



 男と真昼さんが並んで歩き出して、しばらく経った頃。


 「悪ぃ、この近くに俺ん家があるんだが……ちょっと忘れ物を取りに戻っていいか?」


 「えっ……あ、はい。構いません」


 「助かる。それならさ──外で待たせるのも危ねぇし、せっかくだから茶でも飲んでいきなよ」


 男は柔らかい笑みを浮かべてこちらを見る。

 ……これは私の直感だが、この笑顔の奥に何かを隠している。最近、似た匂いを持つ人間を見たばかりだ。

 けれど真昼さんは、そんな疑いを微塵も抱かず、素直に頷いて男の家に足を踏み入れてしまう。


 男は真昼さんを2階の部屋へ案内した。

 階段の壁には水着姿の女性ポスター、通された部屋には金属バットやダンベル、そしてギターが無造作に転がっている。

 酒瓶まで置かれているが……未成年のはずだ。普通に飲んでいるのだろうか。

 2階全体が、この男だけの縄張りという空気を放っていた。


 しばらくの静寂の後、ドタバタと複数の足音が階段を駆け上がってくる。

 ……男か? いや、ひとりじゃない。少なくとも三人以上──嫌な予感が、背筋を冷たく撫でた。


 「邪魔すんぜ!」


 ……男の声。

 だが、自分の部屋に「邪魔するぜ」と言いながら入るだろうか。

 その違和感を抱いた瞬間、ドアが乱暴に開け放たれ、五人の男がなだれ込んできた。

 その中には──先ほどのナンパ男の姿もある。


 いや、それどころではない。


 それどころでは──ない。


 この五人の顔、全員知っている。

 脳裏に焼き付いた記憶が蘇る。彼らは──。


 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる軽薄な男、橘 隼人。

 比較的普通の外見で、これといった特徴がない桐谷 翼。

 典型的な不良姿のナンパ男、松野 和馬。

 五人の中では一、二を争う武闘派気質の瀬戸 大地。

 そして、圧倒的な暴力で四人を従わせるリーダー格──安西 亮。

 今は“真田 誠”と名を変え、顔も整形で別人のようになっていたため、私は先ほどまで正体に気づけなかった。


 この五人こそ──真昼さんを殺した事件の加害者たちだ。


 「えっ、あなたはさっきの……どういうこと?」

 真昼さんは、先ほど追い払われたはずのナンパ男──松野がそこにいることに驚きを隠せない。

 その反応を見た松野は、にやりと口元を歪め、顔を近づけて言った。


 「大したことじゃねぇよ。俺と安西さんで一芝居打っただけだ。

 アンタみてぇな間抜けな女を、この家に連れ込んで“可愛がってやろう”ってな」


 その表情も声も、ねっとりと絡みつくようで胸の奥から不快感が込み上げる。

 さすがの真昼さんも、自分が置かれた危険な状況に気づいたのか、小さく震えていた。

 私にも、その恐怖が直接伝わってくる。


 「なんならこの家、俺ン家じゃねーしな」


 安西が軽い口調で言う。その背後から、桐谷がぬっと姿を現した。


 「ここは俺、桐谷 翼様のマイルームで〜す。ギャハハハハ!」


 外見こそ地味だが、その笑い声は豪快で下品。耳にこびりつくような不快さだけが残る。

 ──「邪魔するぜ」という妙な挨拶。まさか本当に他人の家だったとは。

 安西、こいつは何から何まで嘘と下劣さでできている。


 「私……帰ります」


 真昼さんは足早に部屋を出ようとする。

 しかし扉付近に陣取っていた瀬戸が、それを無言で遮った。


 次の瞬間、瀬戸は真昼さんに掴みかかり、力任せに頬を殴り飛ばす。

 彼女の身体は横に弾かれ、床へ倒れ込んだ。


 「……っ、痛い……」


 鼻や口から鮮血が滴り落ちる。

 痛みと恐怖で頭が真っ白になっている真昼さんを、安西は容赦なく髪を掴み、無理やり引き起こす。


 「なんで……なんでこんな酷いことを……?」


 震える声で問う彼女に、安西は無言で拳を振り下ろした。

 強烈な一撃が腹に突き刺さり、真昼さんは壁へと激突する。

 その衝撃は、夢を介している私の腹にも響き、吐き気が込み上げた。


 「お前ら、この女に“教育”してやれ!」


 安西の号令とともに、四人の少年が痛みにうずくまる真昼さんを取り囲む。

 そして、拳と足が容赦なく彼女の身体を打ち据えた。

 これが地獄の幕開け──私の身体も、寒気と震えが止まらなかった。



 *****


 

 暴行が始まってから、およそ三十分が経った──。

 殴り飽きた少年たちは、今度は真昼さんの持ち物を物色し始めた。


 「……4312円か。チッ、しけた金だな」


 人の金を手にしながら、図々しく文句を言う安西。


 「まぁまぁ、マックでも行こうぜ? それなりにうまいもん頼めるっすよ」


 「バカ野郎、俺ァビッグマック三つ食うし、五人もいるんだぞ。足が出るだろ」


 「ビッグマック三つは食いすぎっしょ」


 この五人には、人から奪った金という意識はないのだろうか。

 ましてや、ついさっきまで一人の少女をリンチしていたとは思えない空気だ。

 ──人として必要な何かが、こいつらからは根本的に欠けている。


 しかも、一桁まで細かく金額を口にするその様子……。これは本当に夢なのだろうか。

 頬に残る熱と、胃のあたりの鈍い痛みがまだ鮮明に残っている。この感覚は、夢と呼ぶにはあまりにも生々しすぎる。


 「学生証、発見! ……へぇ、風切商業高校二年、朝比奈 真昼。真昼ちゃんっていうのか。かわいい名前じゃん」


 「後はスマホとノートが数冊……」


 さらに手を伸ばし、所持品を漁る少年たち。


 「──おい、みんな見ろよ。きったねぇ落書き発見!」


 一冊の自由帳を見つけて大はしゃぎする松野。

 ページをめくる指先が、乾いた紙の音を立てた。


 「なになに……『夜の執行者エグゼ』は法では裁けない悪人たちと戦うダークヒーロー? 

 武器はどんな悪も断ち切る最強の大鎌? 

 名前の由来はエグゼキューターから……?

 はっ、なんだこれ。ありがちでしょうもな! 

 しかもこれ、53話から始まってんじゃん。ってことは、こんなゴミみたいなのを52話も描いてたってわけ? 

 バッカみてぇ〜」


 笑い声が壁に反響して、部屋の空気をねじ曲げるように響いた。


 「やめてっ! そのノートだけはやめてっ!」


 視界が急に変わる。

 痛みで倒れ込んでいた真昼さんが、勢いよく起き上がり松野に飛びかかる。

 床板が軋み、埃の匂いが鼻に刺さる。


 「な、なんだこいつ!? いだっ!」


 不意打ちに松野はたまらず体勢を崩し、後ろに倒れ込む。

 真昼さんはノートを奪おうと必死に暴れるが、背後から瀬戸が押さえつけた。


 「嫌っ! 離してっ!」


 「黙れっ!」


 次の瞬間、瀬戸の拳が真昼さんの腹に深くめり込み、彼女は再び地に伏した。

 松野が膝をつき、怯える彼女に顔を近づける。

 その息が、生臭く鼻にかかった。


 「これ描いた弟くん、何歳よ?」


 「……じ、11歳」


 痛みに耐えながら、震える声で答える真昼さん。


 「プッ……ぷぷぷ……マジかよ。十一にもなって、ずいぶんとまぁ幼稚なもん描いてんなぁ。しかも絵も下手でどうしようもねぇ。バカだ、バカだよお前の弟は!」


 弟の描いた漫画を、容赦なく嘲り笑う松野。

 他の四人もつられて、部屋の外にまで響く喧しい笑い声を上げた。

 その音が耳の奥に絡みつき、吐き気すら覚える。


 「やめてよっ!!」


 真昼さんの叫びに、空気が一瞬で凍りつく。

 五人は目を丸くして真昼を見つめた。


 安西が立ち上がり、彼女の前に立ちはだかる。

 握られた拳の周りの空気が、じわじわと熱を帯びるような錯覚を覚えた。

 それを見て嫌な予感が胸をよぎった。

 ──そして、その予感はすぐに現実となる。


 「天誅!!」


 乾いた音とともに、真昼さんは殴り飛ばされ、床に倒れ込む。

 その衝撃で古い壁紙がわずかに剥がれ、粉が舞った。


 「お前に拒否権はねぇ……。

 さぁ、これから“可愛がってやる”」


 その言葉を境に、部屋の空気が変わった。

 さっきまでの薄ら笑いや嘲り声は消え、代わりに、じっとりとした沈黙が降りる。

 視線が、全員分──一斉に真昼さんへと向けられる。

 その目は、獲物を狙う獣のようにぎらつき、息づかいが荒くなるのがはっきりと聞こえた。


 真昼さんは困惑し、何が始まるのか理解できていない様子──しかし私にはこの先に何が起こるのか分かっていた。

 こいつらはこれから、彼女の尊厳を砕き、踏みにじるつもりだ。

 今直ぐにでもその場から逃げ出したいが、この夢の中において私は無力。

 少年らがじりじりと真昼さんとの距離を詰めていくのを見ていることしかできなかった。


 そして──“可愛がり”は始まった。

 乱暴に、容赦なく、真昼さんの身を包むものが剥ぎ取られていく。

 各々の欲望を、ためらいなく彼女に叩きつけた。

 真昼さんの嗚咽が耳を打ち、全身を締めつける。

 私は目を背け、耳を塞ぎたい──だが、夢の中ではそれすら叶わない。

 視界の端では、橘がカメラを回しながら、穢らわしい笑みを浮かべていた。

 「やめて」という悲鳴は虚空に溶け、光と音と荒い息づかいだけが私を覆い尽くす──。



 *****



 気づけば視界が暗転し、景色が変わっていた。

 部屋の鏡に映る真昼さんは、髪も服も乱れ、目は虚ろ。

 所々に汚れや血痕が付着し、頬には痛々しいアザ。

 5人の姿はなく、薄暗い部屋の中央で力なく倒れていた。

 状況から察するに──数日が経っているのだろうか……。


 急に視界がぐっと高くなった。

 真昼さんが、よろめきながらも立ち上がったのだ。


 「はぁ……はぁ……今なら……逃げられる」


 震える足で、そっと扉に手をかける。

 わずかに開けて外の様子を伺うが、人影はない。

 廊下を抜け、音を殺すように慎重に階段を降りる。

 一階へ着くと、居間から桐谷のものと思われるいびきが聞こえてきた。

 昼間から呑気に寝ているらしい。

 他に人の気配はない──つまり、あの四人はまだ来ておらず、桐谷の家族も不在なのだろう。


 桐谷が寝ている部屋の前に差しかかると、真昼さんはゴクリと唾を飲み込む。

 その緊張が、彼女の中にいる私にも伝わってくる。


 「そっと……そっと……」


 慎重に足を運び、どうにか無事通過する。


 やがて、家の玄関にたどり着いた。


 「やっと……助かる……」


 安堵に満ちた息とともに、ドアノブへ手を伸ばす。

 私は胸の奥に微かな違和感を覚える。こんなにうまくいくのだろうか……

 これは私の夢──必ずしも現実の事件どおりになるとは限らないのかもしれない……。

 そう考えた矢先だった。


 「えっ……」


 ドアノブが勝手に回転し、外から押し開けられた。

 真昼さんは扉に押され、尻もちをつく。


 「真昼……何してんだ……」


 目の前に立っていたのは、安西と橘だった。


 「あっ……いや……ごめんなさい……」


 その声は、恐怖と絶望でかすれている。

 全身の血が一瞬で冷えるような感覚が、私にも流れ込んでくる。


 「テメェ、逃げようとしたな?」


 安西の鬼のような形相が、真昼さんを射抜く。

 腰が抜けたように、彼女はその場で固まった。

 私は心の中で残酷すぎる運命呪う──こんなの、あんまりだ。


 「いや、やめて……ごめんなさい……ごめんなさいっ!!

 ごめんなさい、ごめんなさい……うわぁぁぁぁぁ!!」


 「橘、口を塞げ」


 「はいよっ」


 橘が持っていたハンカチを無理やり真昼さんの口に押し込み、安西は首根っこを掴み、そのまま、彼女を家の奥へ引きずっていった。

 "例の事件"の内容を知る私にはこれから起こることが予想できる──この先で、少年たちの真の悪意が彼女を襲うことになると。

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