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赦すも処すも、生者次第 #加害者を許すな  作者: ヨウカン
第一章 夜に堕ちた祈り
13/60

12話 嘲笑の代償

 《DM内容》


 7月10日 木曜日 19:38


 ヨォ、久しぶり。お前の姉ちゃんとちょっと“お近づき”になった松野っつーもんだ。

てか最近あったよね?覚えてる?

 んでさ、あの時の動画、ウケるから拡散しようと思ってんだけど——

 ……止めたいなら一人で漆原ビル2階まで来な。

 時間は今日の21時までな。

 逃げた場合はもちろん、一分でも遅刻したらその瞬間に動画は拡散するから。

 あと地図のURL貼っといてやんよ。


 https://guguru-map.jp/?loc=5-2F


 

 これで、っと。

 弟クンの反応が楽しみだが、それまで待ってんのが退屈なんだよな。

 ……しゃーねぇ、木村が持ってきた例のDVDでもつけて気ぃ紛らわすか。


 …………くふふ。

 ヤベ、顔ニヤけてたわ。

 まだ再生してねーのに、あの女で遊んだ時のこと……思い出しちまった。


 「松野、スマホ……通知きてんぞ。

 DMの返事じゃね?」


 ……ったくよぉ。

 せっかく良いとこだったってのに、空気読めや。

 にしても、早えな。必死か?

 さてさて……どんなオモロい返事くれたんだ?



 《DM内容》


 7月10日 木曜日 19:42


 つぎは おまえ だ。

 だんざい してやる。

 かくご しろ。


 ぜんぶ みてた。



 ……ケッ。全部平仮名にすりゃ呪いっぽいってか?

 そんな子供騙しでビビるとでも思ってんのかよ。


 ……にしても、なんか急に寒くなってきやがったな。


 「木村、お前冷房強くしたか?寒ぃぞ、戻せって」


 「は?いじってねぇよ。リモコン見ろよ、28度だろ?」


 ……マジだ。

 じゃあこの悪寒は……いや、気のせいだ。


 「つーか松野、腕の鳥肌ヤベーな。

 風邪か?いや実は噂の呪い、マジだったんじゃねぇの?」


 鳥肌……?

 ちらっと自分の腕に目を落とす。


 「うおっ……マジで立ってるし。

へっ、昨日冷房ガンガンで麻雀してたせいだな。

 ……ま、終わったら風邪薬でも買っとくか」


 ガチャッ、と扉が開く音。

 入ってきたのは——


 「おーい、松野いるか〜?アチィアチィ〜。

 暇だから遊びに来てやったぜ〜」


 このバカでかい声は、森田。

 呼んでもねぇのに勝手に来やがる、いつものことだ。

 ……けどまぁ、今日はタイミングばっちりってやつだな。

 こいつも連れてくか、"パーティ"にな。


 「森田、ちょうどいい。出るぞ」


 「は?着いたばっかだっつの。

 外、クソ暑かったんだぞ……涼ませろよちょっとは」


 「チッ、我慢しろ。

 例の弟クンと会う約束してんだよ。

 つっても餌で釣って、無理やり呼び出しただけだけどな」


 「マジ?でもあの真田とか出てくんのはマジ勘弁な。

 この前のアザ、まだ残ってんだけど……」


 そこへ後ろから木村が、ぬっと現れ——


 「まぁーまぁまぁ……心配すんな。真田は来ねぇ。

 俺が持ってきたDVDの切り抜き動画、それを餌にしてんだよ。

 "一人で来い”ってメッセージもバッチリ送ってある。

 どうやって可愛がってやろうか楽しみだなぁ……」


 木村は普段あんま喋らねぇくせに、興奮すると急に饒舌になる。

 ……マジで気味悪ぃ奴だ。


 「つーかお前らも後で見ようぜ、あのDVD。

 松野がよく話してた“あの事件”の映像、ちゃんと入ってるからよ。

 世間を騒がせたアレが、そのまんま収まってんだぜ?

 興奮すんじゃねぇかっ!

 ……そうだ、弟クンにも見せてやろうぜ。姉ちゃんの“使われっぷり”、よぉ……!」


 うっぜぇくらいテンション上がってんな、こいつ……

 まぁいい。弟クンに見せるって考えは面白え。

 ホントお前は最低のゲス野郎だよ。

 中身が本物なら、“パーティ”も盛り上がりそうだしな。


 「よしっ、そんじゃ行くぞテメェら!

 朝比奈 柊夜をぶっ潰しに行くぜ!」


 俺らは、不穏な期待と胸の高鳴りを抱えたまま、部屋を後にした。



 *****



 ——漆原ビル


 このビルは、前に朝比奈 柊夜と会った裏路地から三駅離れた場所にある。

 2階にはそこそこ広い部屋があって、電気もまだ通ったなんだよな。

 そんでそこは俺らの溜まり場ってわけだ。廃墟にしちゃあ小綺麗で、まぁ悪くねぇ場所だ。


 今の時刻は……20時56分。

 っと、危ねぇ。俺らの方が遅刻するとこだったな。

 途中で木下が「腹いてぇ」とか言い出してコンビニ寄ったんだよ。

 しかもなっがいの。……ったく、文字通りクソ野郎だな。

 まあ、遅れたとこで怒られる筋合いもねぇけどよ。


 ——さて、もう部屋の前だな。

 いっちょ景気よくご登場といきますか!


 俺は思いっきり扉を蹴り飛ばしてやった。


 「弟クン、来たよ〜。

 今日って日はよぉ……たっぷり可愛がってやっから覚悟しとけやっ!」


 完璧な挨拶。

 さて、お待ちかねの弟クンは——


 「……なんだ、こりゃあ?」


 部屋の奥に立ってたのは、黒マントにトゲトゲ頭、ゴテゴテした飾りつけ。

 明らかにコスプレ。しかもどっかで見たような……あぁ、アレだ。

 DMのアイコン。『夜の執行者・エグゼ』——弟クンお気に入りのヒーロー様ご登場ってわけか。


 「ギャハハハッ!な〜んだそのカッコ!

 まさか、それ着たら強くなれるとか思ってんのかぁ?」


 こりゃ、木村も森田も爆笑に違いねぇ……ん?


 「おい松野……本当にこいつ弟クンか?

 なんかおかしくねぇか……?肌が出てるとこ、見てみろよ」


 せっかく爆笑してやってんのに、森田のビビり声で台無しだ。

 口元?腕? なんだよ大袈裟に……。

 俺はちょいと近づいて、そいつの顔をのぞき込む。


 うわ……。

 皮膚を裏返したみてぇな、生々しい赤身の肉がむき出し。

 唇はねぇし、歯は何本か抜けてて……

 口元からはヨダレとも膿ともつかねぇ、ぬるっとした液体が垂れてんだ。

 ゾンビかよ……マジでキショいな。


 「森田、ビビってんじゃねぇよ。

 こりゃ特殊メイクってやつだろ。映画とかで見るだろ?あれだよ。

 俺らのためにわざわざ用意してくれたなんて、律儀じゃねぇか!」


 俺はそいつの顔面に、軽めのジャブをかます。


 ……が。


 動かねぇ。


 ビクともしねぇ。

 前は小突いただけでひっくり返ったくせによ……なんだこれ?


 「なぁ……松野……なんか……寒くねぇか……?」


 「今、7月だよな?

 冷房なんか入ってねぇってのに、どうなってんだよ……」


 後ろの木村と森田。さっきからやけに静かだと思ったら……こいつら完全にビビってやがる。


 「……はっ、気のせいだろ。

 つか、俺がちょっと手加減し過ぎたな。

 今度は本気でいくぞ……歯ぁ食いしばっとけ、ヒーロー気取りがッ!」


 地面を蹴って踏み込み、一瞬で間合いを詰めた。

 そいつの顔めがけて、全身のバネをぶつけるみてぇな渾身の一発を叩き込んだ。


 …………どうなってやがる。


 拳は、確かに当たった。

 ……けど、感触がねぇ。

 あれだけの一撃が、まるで空気に向かってぶん殴ったみてぇだった。


 「動かねぇ……どうなってやがる……?」


 ふざけやがって……。

 どんなトリックだ?

 俺の本気を、あの一発を、無抵抗で受けて無反応だと?

 安西だって、真田だって、あれを喰らったら無事じゃ済まねぇハズだ。


 ——なのに。


 「ふざけんのも大概にしろ。

 まずはそのダセぇマスク、外しやがれっ!」


 無言を貫きやがるその面が、ますますムカついて仕方ねぇ。

 ビビってんだろ、喋れねぇだけなんだろ?

 そうだよな……? そうだって言えよ……。


 俺は力一杯マスクを剥ぎ取る。


 「なっ……!?」


 マスクの下——

 そこに“弟クン”の面影は一片もなかった。


 鼻は溶け落ちて跡形もなく、

 片目は潰れ、もう片方の眼球は白く濁り、干からびて動かねぇ。

 頭のてっぺんからは肉も皮も消え、乾いた骨が覗いてやがる。


 「うっ……なんだ、この臭い……」


 奴のドロドロになった顔からとてつもねぇ悪臭が、部屋中に広がってやがる。

 これ……嗅いだことある……あの時——

 数年前、借金踏み倒したヤツのアパートに取り立てに行った時だ……。

 窓越し、ドア越しでも分かったあの異臭。後で聞いたんだ。

 ——中で首吊ってたってよ。


 つまり、これは——


 死臭。


 「ちがうちがうちがうっ……!

 なんだよ、なんなんだよっ……!!」


 これはコスプレ、特殊メイク、何かのトリック……そうだろ!?

 違うなんて言わせねぇ……! それ以外、俺が許さねぇ!!


 「ま、松野……

 そのマスク、よく見てみろ……

 俺はもう付き合いきれねぇっ!」


 森田の野郎が、突然逃げ出しやがった。

 ……腰抜けが。今度会ったらブン殴ってやる。


 でも、気になるのは手元の“マスク”。

 重い……変に生々しい感触。


 ……濡れてる?

 中……から?


 恐る恐る、内側を覗き込む。


 中には——


 ドロドロに溶けた肉の塊。

 それにこびり付く人間の皮膚。

 絡みついた大量の髪の毛。

 そして、意味不明な液体でびちゃびちゃに濡れてる。


 血……か? 脂……か?

 それとも皮膚の汁か?

 クソッ、混ざりすぎてわかるかよッ!


 ヤバい……ヤバいぞ。

 これはもう、認めるしかねぇ。

 認めてやる。こいつは——


 **“本物”**だ……!!


 逃げる……逃げなきゃ!!


 ——木村!?


 「まさか安西さんの言った通りになるとはな……」


 「……は?

 お前、何言ってんだ……?」


 「いや、DMの送り主が化け物で、DVDで釣れば出てくるって聞いててよ。

 つまり俺は安西さんと組んで、お前をハメたってわけだ。

 冥土の土産に教えといてやるよ。安西さんってな——」


 もうどうでもいいッ!!


 今それどころじゃねぇ!!


 部屋の空気が、いや空間そのものが赤黒く染まりだしてる。

 重い……圧がかかる……息が詰まりそうだ……!


 「おっと……本格的にヤベぇな。

 俺、もう行くわ?」


 木村はそのままくるっと背を向けて、スタスタ逃げやがった。


 ……俺も逃げなきゃ。逃げなきゃ!!


 「うわぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ドアへ向かって必死に走る。けど、なぜか——


 近づけねぇ!!


 ドアが遠いまま、ずっと同じ距離にある!


 思わず振り返る。

 コスプレゾンビのやつ、ずっとそこに突っ立ってたハズなのに姿がねぇ!?


 気がつけば、部屋は完全に“向こう側”に呑まれていた。

 赤黒い、現実じゃねぇナニカが空間ごと歪めている……!


 振り返った瞬間——


 あのゾンビ野郎が、いつの間にか大鎌を手にしていて……!


 「松野 和馬——

 断罪を開始する。」


 ……あっ。

 俺、終わった。


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