11話 最も卑劣な方法で
俺の名前は松野 和馬。
10年前、ガキの頃の仲間四人と、とんでもねぇ事件をやらかした。
あの件で年少送りにされてからはロクなことがねぇ。
周りの連中は俺のことを鬼畜だの外道だのってボロクソに言いやがるし、親には勘当されて家を追い出された。
まともな職にも就けず、今じゃ裏社会の底辺をフラつく毎日よ。
……まぁな。
それが“報い”ってヤツなら、そろそろ帳尻くらい合ってもいいんじゃねぇかって思ってた。
そんなある日、もう事件のこともだいぶ記憶の奥に沈んでた頃だった。
何気なくSNSのDMを覗いた俺は──目を疑った。
画像が一枚。
映ってたのは、グチャグチャのグロ死体。
そいつの顔をよく見たら、10年前の仲間──橘だった。
最初はふざけたイタズラだと思って無視したさ。
けど次の日になってニュースで、「橘隼人の遺体が発見された」って報道されやがった。
……正直、ビビった。
今までビビる相手なんざ安西ぐらいだったのによ。
そいつは10年前のメンツの中でもリーダー格だった野郎だ。
とはいえ、あいつにリーダーの器なんてありゃしねぇ。
短気で、すぐにキレて、人に当たり散らすだけのデカいガキって感じの奴だった。
けどまぁ……喧嘩だけはマジで強かった。俺らが黙って従ってたのも、それだけが理由だ。
バカでクソな奴だけど、腕っぷしだけはホンモノ。
……ムカつくが、それは認めざるを得ねぇ。
──っと、話が逸れちまったな。
橘の死体の損傷が激しいってニュースで言ってた。
んで、あのグロ画像のDM──ただの偶然とは思えねぇ。
俺は直感的に「繋がってる」って確信した。
そんでSNSのタイムラインを覗いたら、まーひでぇことになってたわ。
《#加害者を許すな》
《#橘隼人 制裁完了》
《#これは始まりに過ぎない》
《#次は誰だ》
《#あと四人》
……なんだよコレ。
悪趣味なタグがズラーッと並んでてよ。
DMとは違って、こっちは全世界に向けて発信されてるらしい。
世間じゃ「呪いだ」とか「怨霊だ」とか好き勝手言ってるが──
俺はそんなもん、これっぽっちも信じちゃいねぇ。
俺はな、自分の目で見たもんしか信じねぇ主義なんだよ。
この目で幽霊なんか一度だって見たことねぇし、信じる理由もねぇ。
だから、俺の中じゃこの一連の騒ぎも“人間の仕業”って決まってる。
……そんで案の定、二人目・桐谷もさっき、死体が見つかったって報道してやがった。
でも俺は驚かなかった。
だってな──その前から、DMで桐谷がボコられてる画像が送られてきてたからよ。
真っ赤な背景の、妙に不気味な空間でよ……
皮膚のねぇ、肉むき出しのゾンビみてぇな奴に、桐谷が殴られてんだ。
……CGか何かだろ? って、俺は鼻で笑ってたけどな。
ただのビビらせ目的の悪質なコラ画像。そう思ってた。
けど、DMの送り主のアイコンが妙に見覚えあってな……。
あれ、10年前に殺っちまった女の弟が描いてた落書きにそっくりだった。
"夜の執行者 エグゼ"?
ハッ、ダセェよ。
……間違いねぇ。あの弟が黒幕だ。
あいつが、姉の仇ってことで俺らを狙って復讐してやがる。
そうと決まれば話は早ぇ。やられる前に、やるだけだ。
俺は裏で作ったコネを使って、弟を探し出した。
──けど、そいつの後ろには真田っつー妙に爽やかな面構えしたゴリラがいた。
見た目はイケイケな兄ちゃん、でも中身は筋金入りの裏格闘屋ってタイプだ。
結果?俺は返り討ち。完敗だった。
でもな、得たモンもある。
真田が弟に手を貸してるって確信が持てた。
なら次は、そいつらごと潰す準備をすりゃいいだけだ。
真田が出てきても負けねぇように、今度はちゃんと人数も武器も揃えてんだ。
──ブブー……ブブブー……
……っと。スマホが鳴ってやがる。
いいとこだったのによ、ったく……。
「……久しぶりだな、松野。
俺のこと、まだ覚えてるか? 安西だよ」
「えっ……あ、安西さん!?」
電話の相手は、まさかの安西だった。
情けねぇ……無意識に“さん”付けなんかしちまった……。
「お前、SNSやってるか?」
「あ、あぁ……まあな」
「じゃあ、最近変なDM届いてるだろ?
世間じゃ、10年前に俺らがヤらかした“あの事件”の被害者……つまり、あの女の“呪い”だって噂になってんだ。
……桐谷がやられたってことはよ、次はお前か、俺かもな?」
なんだよ、安西の奴……
まさかあのDMのこと、マジで“霊のせい”だとか思ってビビってんのか?
意外すぎて笑えてきたわ。
いっちょイジってやるか。
「マジで信じてんのかよ? はっ、頭どうかしてんじゃねぇの?
“地元最強”って持て囃されてた安西さんが、この程度で腰抜かすとはな。
随分と丸くなったじゃねぇか」
「…………」
おやおや、黙っちまったか?
俺の知ってる安西なら、今ごろブチ切れてスマホぶっ壊してんだろ。
……どうにも調子が狂うな。
「アイコン見たか?
あれ、10年前に殺った女の弟が描いてた漫画のキャラだぜ。
これは“呪い”なんかじゃねぇ。“復讐”だよ、間違いなくな」
「弟が一人でやってんのかよ?」
「さすがにそこは疑ったさ。
でもよ──あいつには“真田”って男が付いてやがる。
俺、あの弟の居場所突き止めて殴り込んだことがあんだけどよ……
その時に出てきたんだ、真田ってのが。
アイツの拳はよ、ためらいゼロでぶち込んでくんのに、ギリ死なねぇように加減してやがった。
その“手慣れた感じ”……あれは素人じゃねぇ。
あいつ、たぶん一見普通に見せかけて裏ではヤベぇことやってるタイプの奴だ。
まぁ、“地元最強”だった安西さんでも、ホンモノには敵わねぇってこったな」
「ぶふっ……フフ……ククク……」
──あ? 笑ってんのか、コイツ。
舐めやがって……。
「──で、何の用だよ。
まさか今さら“仲良しごっこ”でも始めたいとか言わねぇよな?
悪ぃけど、俺はもうアンタの言いなりにはなんねぇ。
何かやらせたいなら、他をあたれや」
「…………口の利き方、忘れたみてぇだな」
「ハン。テメェこそ昔のノリで来んなよ」
「喧嘩売るのは結構──
……だが、家族とか、仕事とか……そっちはいいのか?」
へっ。何を言い出すかと思や、そんな程度の“脅し”かよ。
俺には──
「失うモンなんざ、もう何もねぇんだよ。
親には勘当されて路頭に迷って、職もねぇ。
全部、あの事件の後にぶっ壊れた。
そんなモンをチラつかせて、ビビらせられるとでも思ったか?
言っとくがな──
あの女の弟と、真田ってヤローをぶっ潰したら、次はお前の番だ。
覚悟しとけよ、安西」
……言ってやったぜ。
あの安西に、堂々と“宣戦布告”。
ずっと言ってやりたかったことを、今こうして言えたんだ。
実際、スッとしたわ。
さぁ……怒鳴れよ。
昔みてぇに、ブチギレてさ。
「……そうか。楽しみにしててやんよ。
──その前に、せいぜい“死なねぇように”な」
……冷めた声で、それだけ言って電話は切れた。
昔はもっと熱くて、どうしようもねぇぐらい感情むき出しだったのによ。
随分とヌルくなっちまったもんだ。
──もう、安西なんざ怖くもなんともねぇよ。
*****
……とは言ったもんの、さてどうしたもんか。
あの弟の行きつけの場所でもわかりゃ話が早ぇが──
チッ、先のことなんも考えてなかったわ。
また一から探すってのかよ。あー……ダリィ……。
「なぁ、松野……」
頭抱えてたら、仲間の一人・木村がニヤついたツラで隣に腰かけてきやがった。
この顔見るとロクな話じゃねぇってのがすぐわかる。
「朝比奈 柊夜ってガキのことで、ちょいと続報だ。
最近、“神城調査室”っつー探偵事務所にちょくちょく出入りしてるらしい」
探偵ぃ?
どうせ俺らの身元でも洗って、復讐の準備してるってとこだろ。
「それだけじゃねぇ。
あの真田って野郎──この前俺らを一人で潰した化けモンも、そこに顔出してるらしい」
真田まで……?
なるほどな、そういうことか。
その探偵事務所、表じゃ調査屋を名乗りながら、裏じゃ復讐代行でも請け負ってるんだろ。
ってことは、真田みてぇな裏の人間が他にもまだ隠れてるってことか。
「なぁ、松野。
もし真田がそこに関わってんなら、そいつ一人じゃ済まねぇ可能性がある。
軽く突っ込めば全員で返り討ちにされかねねぇ。
……だから真田は後回しだ。
狙うのは復讐の依頼主、朝比奈 柊夜──あのガキ一人だけでいい。
こいつさえ始末すりゃ、全部終わる。筋は通ってるだろ?」
「……なるほどな。で?
そこまで言うなら手はあんのかよ」
「もちろん正面から行く気はねぇよ。
罠張って、朝比奈 柊夜を一人だけおびき出す。確実に潰すためにな」
「……って言ってもよ、どうやって釣る気だ?」
木村はニヤリと笑って、ポケットをまさぐる。
そっから取り出したのは、汚れた白地のディスクケース。
マジックで雑に書かれた文字が、蛍光灯の光にギラついた。
『監禁×屈服 朝比奈真昼』
「出所は聞くな。
ただしこれは確かに、あんたの10年前のダチ、橘 隼人の遺品の一部だ。
こいつをちょろっと動画にして、DMで送る。
『この映像ばら撒かれたくなきゃ、一人で来い』ってな。
実の姉のあんな姿見せられたら、黙ってらんねぇだろ」
……なるほどな。木村、やるじゃねぇか。
これならアイツも血の気引かせて飛んでくるはずだ。
今度こそ……仕留める。
──朝比奈 柊夜、次は絶対逃がさねぇ。
今度は、確実に殺ってやるよ。




