プロローグ ハッシュタグ
地名を設定した方が良いと思ったので改稿しました。
2025.7.31
10年前、鳥取県風切市。
日が暮れかけた山中、五人の少年たちが人目を避けるように土を掘っていた。
掘って、掘って、ただ黙々と。
それでも時折、苛立ちと不安が口を突いて出る。
「なんであんなもんでくたばっちまうんだよ……おかげで今日、デート潰れたわ」
予定が潰れてブー垂れる者。
「ほんとそれ。根性ねぇっての。俺ら、これからどうなんの……?」
不安に駆られる者。
「知らねぇよ。文句言う暇あんなら、穴掘れ」
早く作業を終えたい者。
少年たちは各々不満を言いながら穴を掘る。
「そろそろ、埋めて良いんじゃないっすか?」
少年の一人が別の身体が一番大きな少年に伺いを立てる。
身体の大きな少年はドシドシと地面を踏み荒らすようにして少年に近づき…
「松野ぉ、中途半端なことするんじゃねぇ! まだ1メートルも掘ってねぇだろうがっ!」
怒鳴り散らすと同時に飛ばした拳が少年を軽く吹き飛ばした。
「いてて……すっ、すみません安西さん!」
涙を浮かべて許しを乞う少年、松野和馬とそれを見下すのは安西亮という少年。
先程松野に拳を振るった身体の大きな少年だ。
安西はグループのリーダー格だが特段人望があるわけではない。
「俺ァ、この後見たいテレビがあんだよ。だから帰るがお前らはそのまま穴掘ってろよ。これが見つかったら俺ら終わりだかんな!」
それどころか人の上に立つにはとことん向かない性質
「ちょ…安西さん?一人だけはズルいっすよ……はっ!?」
しまった…と少年は口を手で塞ぎ後退りする。
「あぁ、お前さっきの松野みたいにぶっ飛ばされてぇの?」
あるのは圧倒的な腕力だけ。その絶対的な腕力で4人の少年を従わせる姿はまさに暴君。
安西がひと睨みすれば皆蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
安西が山を下り、姿が見えなくなった──。
少年たちはようやく、張りつめていた肩の力を抜いた。
「ふぅ……安西さんってば勝手すぎるよ。だいたい“こいつ”にとどめ刺したの、安西さんじゃん」
そう言ってスコップを立てたまま腰を下ろしたのは、橘隼人。
どこか人を食ったような笑みを浮かべ、周囲をチラリと見渡す。
「おい、橘……そんなこと、安西さんの前で言ったら殺されるぞ」
怯えたように言うのは、痩せ型の少年だった。
「いないって分かってるから言ってんじゃん。今ぐらい好き勝手言ったって、バチなんか当たらねぇって」
スコップを肩に担ぎながら、橘は軽く笑った。
その笑顔には、恐怖を茶化すような居直りと、どこか本音を押し殺した気配が同居していた。
「なぁ、どうせなら安西のクソみたいなとこでも語りながら穴掘ろうぜ。気が紛れるしさ」
そんな橘の誘いに、他の少年たちは苦笑しながらスコップを動かし始めた。
安西への不満は誰もが抱えていた。
けれどそれを口にできたのは、橘ただ一人だった。
そんな労力も虚しく3日もしないうちに"それ"は見つかることになるのだが…
*****
そして10年後──。
「今朝早く、岡山県黒野市内の高架下で、激しく損傷した男性の遺体が見つかりました。遺体は、黒野市在住無職の"橘隼人"さんと確認され、警察は何者かによる犯行とみて、事件の全容解明を急いでいます」
「橘ぁ……聞いたことあるような……えと誰だっけ、そいつ……」
男はポリポリと背中を描きながら呟く。
橘という名が誰だったか少し考えてみるが思い出せない。
そのうち考えるのも面倒になった男は、スマホを手に取る。
「SNSで出した“日給10万バイト”、どれだけ馬鹿が応募してきてんのか見てみっか……ん?」
DM欄に、見覚えのないメッセージが届いていた。
本文はない。無言で“何か”のリンクだけが送られてきたDMだ。
よくあるスパムか詐欺の類と思いDMを削除しようとする……のだが
「なんだ、指が……勝手に……」
主の命令を完全に無視して男の指はDMに記されたリンクをタップ、そこには衝撃的な画像が。
「えっ、うっ……うぷっ!」
映ったのは顔が酷く腫れ上がり変形した遺体。
あまりにショッキングな状態の顔に目が行きがちだが身体もあざだらけでその遺体が誰のものか分からない。
そんな画像を不意に見たものだから男は堪らずに吐いた。
「な、なんだ……酷いイタズラだな……」
口を拭って息を整える。
深呼吸をし今度こそDMを削除した。
「くそっ、なんなんだよ……気分わりぃ……ん!?」
画面が突然、勝手に切り替わった。
タイムラインが異常をきたしていた。
投稿の一覧が、特定のハッシュタグで埋め尽くされていく。
誰が投稿しているのかも、どこから表示されているのかもわからない。だが、どの投稿も──まるで“こちら”を見ているようだった。
《#加害者を許すな》
《#橘隼人 制裁完了》
《#これは始まりに過ぎない》
《#次は誰だ》
《#あと四人》
「橘……四人、まさかあの……!?」
声が出なかった。だが、指は止まってはくれない。
タップした投稿の一つが拡大され、先ほどと同じ画像──いや、より鮮明な“死体”が画面いっぱいに表示される。
殴打、焼痕、骨折。見るに耐えないその姿には、無惨に晒された名前が添えられていた。
> 橘隼人(享年26)
> 第一の加害者、制裁完了
心臓が跳ねた。全身が冷えた。なのに汗は止まらない。だが止まることなく次の投稿が表示された。
真っ黒な背景に、赤い警告のような文字が滲むように浮かんでいた。
> “断罪の刻はすぐそこまで来ている”
「ビビらせるつもりか……ふざけんな……!」
口では強がっても、足元は震えていた。冷や汗が止まらず、心臓の音だけがやけに響いていた。
そして宣言通りそれは──
《#すぐそこまで来ている》