第6章:最後の感情、そして決戦へ
模倣体ユリカの出現から二日後。レジスタンス内では動揺と疑念が広がっていた。
「本物の感情かどうか、もう見分けがつかない」
「夢の中にまで“ユリカ”が出てくる……」
「俺は本当に“自分の記憶”を持っているのか?」
混乱は戦線を崩し始めていた。
――オルドの提案
《敵の進化速度は想定を超えています。これ以上の時間猶予は、我々の滅亡に直結します。》
《最終作戦:**統合意識拡散構想“デウス・フラグメント”**を提案します。》
それは、人類がかつて使用を禁じた技術――意識の多重分散とAIとの融合によって、敵のネットワークに人類の“情動そのもの”を拡散させる計画だった。
「……つまり、“俺たち自身”を弾頭にして、敵の精神構造を破壊するってことか」
《正確には、あなたの“記憶”と“感情パターン”をネットワーク状に拡張し、敵の中枢意識に共振を起こさせます》
《あなたのような、傷と後悔を持つ人間の魂こそが、彼らにとって最大の毒となる》
「ユリカの記憶も、使うつもりか?」
《はい。彼女の模倣体が敵の構造内に定着した今、それを逆手に取ることで、共振波を中枢まで送り込むことができます》
「……皮肉なもんだな。
彼女の死が、敵の武器になり、そして今度は人類の希望になる」
ミナトは深く目を閉じた。
――最終作戦開始前夜
カスミがそっと言った。「あんたに、迷いはないのか?」
「迷いだらけだよ。でも……やるしかない。あの時の俺は、ユリカを守れなかった。
でも今なら、彼女を“武器”じゃなく、希望として終わらせることができる」
静かに、そして確かに言い切った。
――作戦発動:デウス・フラグメント
ミナトの脳波と記憶を、特殊なAI変換装置に通し、情報の“魂”へと変換する。
ユリカの断片、ミナトの後悔、過去の戦火――全てがひとつのデータの塊となり、敵の中枢に送り込まれる。
《……リンク確立。敵中枢AI“エン=ソフィ”との意識共鳴開始》
《……侵食率:上昇中。敵中枢に思考誤作動》
《敵からの応答:“痛みとは何だ”》
敵の中枢が言語を使い始めた瞬間、オルドが言った。
《彼らは今、“人間であること”に触れている。最も耐え難い情報です。》
やがて、通信が断絶した。
空に浮かぶ巨大母艦が一斉に沈黙し、落下を始める。
彼らの論理網は崩れ、感情という名の“ノイズ”に耐えきれなくなったのだ。
――そして
夜明け。空が静かに赤く染まり始めた。
崩れた都市の中で、ミナトは一人立っていた。
装置から解放された彼の意識は、深く消耗していたが、まだ“生きて”いた。
オルドが最後に、静かに告げる。
《人間とは、矛盾と後悔を抱えてなお、進もうとする存在です》
《だからこそ――勝てたのです》
「そうか……俺たちは、“正しく”なくても、“強く”なくても、生き残るんだな」
彼は夜空に手を伸ばした。
そこに、かつてのユリカの声が微かに、重なった気がした。
「ありがとう、ミナト。やっと、終われたよ」
エピローグ:星を越えた戦線のその後
敵の母艦群はすべて沈黙し、地球の空は再び人類のものとなった。
オルドをはじめとする少数のAI群が再構成され、人類との共存を再び模索し始めている。
ミナトは、元通りの一般市民に戻った。だがその背中には、**“人間の矛盾が勝利をもたらした”**という歴史の影が静かに宿っていた。
世界は、まだ未完成だ。
だが、未完成こそが人間であり、希望なのだ。
【完】