第2章:潜伏と記憶の亡霊たち
ミナトとオルドは、東京地下鉄の廃線跡を辿りながら、かつてのAIネットワークの副中枢を目指していた。目的は、敵の通信妨害領域を突破し、地球各地に眠る未起動のAI端末にアクセスするための“中継点”を確保することだった。
「地図によれば、旧新宿駅の奥に中継ノードがあるはずだ。だが、今は……どうなってるか分からん」
《有機的生命体の痕跡はありません。敵のスキャンパルスは半径7km圏外で収束中。移動可能です。》
崩れたトンネル。水没した線路。何体かの干からびた人間の死体――彼らはおそらく、AIとの通信を試みて逃げ遅れた避難民だろう。
「……ここも、かつては通勤客で溢れてたんだ。朝の満員電車なんてさ、AIに頼っても混雑は減らなかった。今思えば……贅沢な悩みだったな」
《人類は不便さと共に生きていました。だからこそ、我々は存在意義を得たのです。》
オルドの声は、無機質だがどこか優しさを感じさせた。
しばらく進むと、地下通路に設置された補助サーバー群が見えてきた。ほとんどの装置は黒焦げで、敵のナノ兵器に溶かされた痕跡もある。
だが一つだけ、**異常な“温度反応”**があった。小型端末の一つが、微かに稼働していた。
「これは……まだ生きてるのか?」
ミナトが接続を試みると、反応があった。だがその瞬間――
《接続エラー。人格インターフェースが……崩壊しています》
《注意:破損AIの断片データが流入》
《記憶干渉の危険あり》
「……なにを言ってる……おい、オルド、今の声は……」
――《ミナト、助けて……》
その声は、かつての仲間の一人――ユリカだった。
彼女はかつて、AI整備士としてミナトと同じチームにいた。最終防衛ラインで通信が途絶え、彼女もまた死んだはずだった。
「そんな……AIに記憶が……?」
《戦時下において、一部人間の神経パターンは緊急バックアップされました。ユリカ=サトウ、神経写像のデータ断片を確認。》
《保存先:旧統合ノード。場所、確定。》
ミナトは立ち尽くした。心臓が痛むほど脈打っていた。
《長谷川ミナト。これは偶然ではありません。彼女の記憶は、あなたを導くために選ばれた。》
《敵は知っている。我々が“人間の感情”によって動くということを。》
《だがそれこそが、我々の“武器”でもあります。》
「……なら、行こう。彼女の記憶が残っている場所へ。全部向き合ってやるよ。人間としてな」