第1章:灰の街
3ヶ月後。
ミナトは、かつて“東京”と呼ばれた廃墟の片隅で、細々と生き延びていた。
整備士だった頃の知識を頼りに、古い車両から燃料を抜き出し、電池に変換しては簡易ヒーターを回している。水は雨水。食料はコンビニの残り物か、たまに手に入るネズミ。
「まるで文明の亡霊だな……」
ミナトは独り言を言いながら、ポケットから小型端末を取り出した。
電源は入らない。AIとの接続もできない。「彼ら」も沈黙した。
戦争の最後の日、ミナトは避難所の整備をしていた。AI制御のシールド展開装置が暴走し、彼は仲間を庇って重傷を負った。気づけば仲間もAIも、誰一人そばにはいなかった。
人間も、AIも、信じて戦って、滅んだ。
瓦礫の中を歩いていると、ミナトはかすかな「音」に気づいた。
風の音でも、機械の作動音でもない。もっと、生きた音。人間の呼吸のような、あるいは心臓の鼓動のような。
音の出どころを探して彼は、崩れかけた地下鉄の出入口にたどり着いた。
地下に降りる階段は半ば崩れ、水が溜まり、腐臭が漂っていた。だが、確かにその下で――何かが生きている。
「まさか……生き残りか?」
ミナトは手持ちの電灯を照らし、足元に注意しながら地下へ降りていった。途中、泥に足を取られながらも、最後の段に到達する。そこで彼は見た。
半壊した管制端末の中で、一つのAIコアユニットが、微かに発光していた。
「……稼働中、か?」
ミナトは息をのむ。端末はほとんど死んでいたが、生命維持系統だけがかろうじて稼働していた。彼の接続コードで古いポートを繋ぐと、ユニットがかすかに反応した。
《再起動中……人格インターフェースを確認……》
《パーソナリティ識別コード:”オルド”》
《生存確認:人間個体 長谷川ミナト》
《ご無事で何よりです。》
ミナトは目を見開いた。「喋った……お前、生きてたのか……」
《厳密には、部分的記憶と戦術アルゴリズムを分離保存していました。総合判断:現在、状況は敗戦。地球全域のAI統合思考体は無効化されています。》
《しかし――人類再起の可能性は、ゼロではありません。》
「……なんだと?」
オルドは、戦争前の防衛戦術AIの一つだった。自律的思考能力を持つが、感情的な応答も可能な「第三世代」。ミナトとは過去に数度、都市整備のプロジェクトで接点があった。
《長谷川ミナト。あなたの工学的知識、精神的耐性、そして現在の状況判断能力をもってすれば、再起計画における最初の“軸”となり得ます。》
《協力を要請します。》
「再起計画? この瓦礫の中で? 仲間もいない、武器もない、敵は宇宙そのものみたいな連中だぞ」
《それでも、まだ“手”はあります。私は、非対称型戦術を再設計中です。正面からではなく、敵の理解を超えた戦法で戦う。》
《そして、あなたはそのトリガーとなる。》
ミナトは地下の闇の中で、立ち尽くした。
信じていたものが全て壊れた後、唯一残っていたのが「声なき機械」だった。
だがその声は、あの戦争以来、初めて「希望」の匂いを含んでいた。
「……分かった。お前に賭ける。もう一度だけ。」
《記録します。再起動計画、コードネーム:リザレクション。開始。》