ep6.決闘と贈り物
その日、レイは無性に憤っていて機嫌が悪かった。
原因というか、理由は自覚している。あの人の事だ。近頃誰かさんと交流を持つようになっておかしい。
具体的にいえば、マリンパーク行った翌日は時々イルカを眺めてぼんやりしていた。先日は危険生物の襲撃に巻き込まれて考え込んでいる様子で……。
(やはり一度、あの男をとっちめたほうがいいですかね)
まったく油断ならない男だ。騎士という立場を利用しているに違いない。ああいう、一見誠実そうな輩が一番信用ならないのだと思う。
授業を受けながら思案し、学校が終わったら早速行こうと決めた。
放課後、友人達に別れを告げて騎士団基地に急ぐ。部活はない。
結局時間が経っても気持ちは変わらなかった。ゼノンは喧嘩は怒らないが暴力は嫌う。衝動的な行動に走りつつ彼の頭はしっかり回っている。暴力ではない方法でしめると。
「すみません。今年赴任してきたアズール・イノセントはいますか。あと修練場を使わせて下さい」
受付窓口に着くなり早口ぎみに伝えた。所内の固定通信機で確認を取って貰う。
彼の情報はある程度独自の情報網で入手していた。あの人には、必要以上に興味を持って欲しくなくて伝えていない。もちろん聞かれれば答えるが……。
「申し訳ございません。只今外回りに――」
「あれ? 君は確かレイ君でしたよね」
背後から声が聞こえ振り返る。いた、あの男だ。ちょうど帰って来たらしい。
応対してくれた女性に会釈して足早にアズールへと歩み寄る。掴み抱えれる距離まで接近し目力強めに見やった。手は触れていない。相手は目を丸くしている。
「ちょうどいい所に。貴方に決闘を申し込みます」
「決闘?」
「はい。剣術で」
「突然どうしたんですか」
困った様子で後退りするアズールに詰め寄っていく。
「怖いんですか。子供に負けるのが」
「藪から棒に何を言ってるんです」
「随分余裕ですね。でも受けて貰います、断るなら」
「えーっと落ち着いて?」
「至って冷静です。断るなら卑怯な手を使ってでも貴方を遠ざけますよ」
誉められた行為ではないがあの人の身の安全のためだ。
もしも彼が信ずるに値しないと判断したら、即刻家族に頼んで移動させて貰う。自分も咎めなり罰なりを受けるだろうが構うものか。レイの脳内はかなりぶっ飛んだ方向に飛躍していた。
アレックスがなんとも形容しがたい表情で見ている。
「話はわかった。その勝負受けよう」
「ちょっと何を!?」
勝手に決闘を引き受けてしまった先輩に抗議した。
「減るもんじゃないし受けとけ。彼の異能や背後関係はいろいろ怖いぞ」
「ですが学生相手に……」
「まあ、考えてみ。これを機に仲良くなっとけば有利だろう?」
「言われてみれば」
耳打ちし、声を潜めて話す2人。彼らの会話が聞き取れなかった訳じゃない。ただレイの意識では、些事と処理され言及するつもりがなかったのだ。
この男はともかく、アレックスはそれも承知の上だろう。
「話は決まりましたね。では手続きしてきます」
相手の応答を待たずして身を翻し、修練場の使用手続きを済ませた。
騎士団の修練場は裏手側にあり厩舎&乗馬エリアと隣接している。また屋内と屋外とがあり、両者は自由に行き来できる構造になっていた。
模擬剣を選んで位置に着く。アレックスに立ち会い兼審判を任せて勝負開始だ。
突きを主軸とした動きと構えで戦う。あの男は剣道のようだ。
余談だが、レイは運動系の部活には参加していない。遠慮もあるだろう。これは実家に家庭教師を招いて学んだ教養であった。たまに兄達が稽古をつけてくれる時もある。
フェロモンは血縁者だと耐性の関係で利き辛い。無害という訳にいかないが、本能的に近親相姦を避けているからと思われた。
「意外と強いんですね」
「当然です」
交わされる言葉は少ない。真剣勝負なのだから当然だ。
本気で負かしてやる、と勇んで挑む。鋭い突きで激しく攻め立てた。
(くっ、余裕そうなのが尚更気に食わないんですよ!)
躱され、受け流される度にイラつく。大人と子供の力量差とでもいうのか。
冗談じゃない、負けたくない、と必死になる。追い詰めきれない自分が腹立たしかった。
(オレじゃあの人を守れないというんですか)
最初は攻勢だったが、徐々に防戦一方になり劣勢を強いられる。
最後には勝てないとまで思ってしまった。審判の声がかかり剣を下ろす。負けた。俯いて唇を引き結ぶ。悔しいのと、認めたくないのと、あとそれから……。
しかし往生際が悪いのは嫌いだ。カッコ悪い。だから涙を堪え、一呼吸整えてから顔を上げて。
「貴方の勝ちです。とりあえず認めてあげますよ」
「では味方してくれるんですか」
「勘違いしないでください。邪魔はしないですけど、味方する気はありません。軽口程度の文句は言うかもですが……」
邪魔はしないと言ったが、あの人を傷つけたら許さないと首を差しておく。
「なかなか面倒な性分みたいですね」
「煩いですよ。そこまで人間できてないから」
仕返しのつもりか。皮肉を言ってくる男に言い返す。
決着がつき、ひとまず気持ちに整理をつけた。すると唐突にアズールが質問してきた。なぜそこまで必死になるのかと。彼が知らなくて同然だ。
模擬剣を片づけて場所を移動する。アレックスは離れた位置で、2人は話しやすい距離に身体を落ち着けた。
「俺があの人と初めて会ったのは事件現場でした」
「失礼ですが何の……」
「誘拐です。身代金目当てだったのでしょう。でも運が悪かった、Ωだったから。犯人はβでしたが、Ωのアレやコレに興味のある人種はいて。いろいろと危なかったんですよ」
「――ッ」
息を飲む気配を感じながら話を続ける。
「未遂でしたけどね。異能を使って逃げようと思ったけど生理中で絶不調でした」
「そこに彼が?」
「はい、カッコかったですよ。一番最初に駆け込んで来て、当時準騎士だったみたいで叱られてましたけど……」
それでもヒーローだった。身近で嗅いだ彼のフェロモンが安心させてくれたのを覚えている。恐怖心を和らげてくれる優しい香り。Ω特有の安心と鎮静の効能を初めて実感した。
保護された後もαやβばかりの騎士達に囲まれ、委縮しているのに気づいて傍で宥めてくれたのだ。今思えば、彼だけの気遣いじゃなかったかもしれないが……。
「オレはあの人に救われた。だから守りたい」
レイ自身に言い聞かせるよう口にした、この一言は飾り気がなかった。
「だけど全然です。知る限りでも何度か、襲われたり絡まれたりしてて」
「そういえば、以前呼び出されてましたよね」
「あぁアレ。連中、相当過信してたっぽくて殆ど完封だったらしいです」
「怪我は大丈夫だったんですか」
「軽いものでしたね」
質問への答えになったかは知らない。ただ自分の中の想いを伝えただけ。
感じるところはあったのか。傍から見ても判断がつかなかった。用事は済んだし長居する気は毛頭ない。気まずくて迷惑にしかならないだろう。だから大人しく帰ることにした。
またレイは、アレックスの密告によりゼノンからのお叱りを受けたのである。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
後日、ゼノンは手提げ紙袋を持って歩いていた。
目的地は公園。実はアレックスと示し合わせて標的を誘い込む手筈だ。
(こんな事すんのは柄じゃねえんだけどな)
周囲を見回しながら探していると今回の標的の姿を発見する。
気を利かせてか、その人物は現在1人。周囲に人はいない。絶好のチャンスだろう。足早に近寄り、不自然のないよう呼びかけた。相手が振り向く。
(めっちゃ嬉しそうな顔になったな、あいつ)
幾らなんでもわかりやす過ぎるだろ。単純な奴。
そんな感想を思い浮かべながら適度な位置で足を止める。自分からこんな事をするなんて、滅茶苦茶に照れるし緊張してしまう。
「偶然ですね。貴方から声を掛けて貰えるなんて嬉しいです」
「まぁな」
所作がぎこちなく、ぶっきらぼうに持っていた紙袋を差し出す。
きょとんとした様子で彼はソレを受け取った。うっかり手が触れ合わないよう注意を払って。些細なものだが、ちゃんと約束を守ってくれているのが嬉しい。
「これは……」
「詫び。この前レイが迷惑かけた。脅迫に関しては叱っといたから」
(まあ、ちょっと礼も入ってるけどな。イルカの)
「全然傷つていないし良かったのに」
「良くねえ!」
本当に気にしてない様子で言うので反射的に言い返す。
アズールは紙袋の中身を覗き、次の瞬間、光の演出が見えるくらいに破顔した。
「これゼノンさんの手作り弁当ですか!?」
「ああ。一応、食いたいって言ってたろ」
「イルカのクッキーもありますね。美味しそうです」
満面の笑みで感謝の言葉を告げてくるので見てられない。
美形とはいえ男相手に動揺するな、と懸命に自分を落ち着かせる。なんて心臓に悪い奴なんだ。女子が見たら気絶するんじゃないか?
「まさかお前、誰にでもその調子で対応して――」
「はい?」
「いや、なんでもねえ」
時間が経つと徐々にこの光源にも目が慣れてきた。
(元現代人のエンタメ耐性を舐めんなよ)
我ながら意味不明な例えだと思う。でも決して恋愛感情とは、ときめいたなどとは認めたくない。運命の悪戯と思い込む事で自身を守るしかなかった。
あくまでノーマルなのだ。普通に女性が好き。バース性なんぞに狂わされてたまるものか。
「ふふふっ」
「な、なんだよ」
「別に」
「本当に変な奴だな」
渡す物を渡し終えて、居たたまれなくなり逃げるように駆け出す。
背後で彼がどんな顔をしているかなど気にしている余裕はない。一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちと衝動でいっぱいだった。