ep5‐2.会った後で……
事後処理の為に騎士団や業者が追われている。
討伐された危険生物は、体内に蓄えたエネルギーの影響で結晶物に変質。思念石とアストラ鉱石と呼ばれる物だ。重要な資源のため残らず回収される。
協力した民間人として調書を取られ、終わった頃に近づいて来る人物がいた。
「ご協力ありがとうございます。でも身の安全を考えて」
忙しくしつつ災難に見舞われた民間人を気遣いにくるアレックス。
「このくらい、どうって事ないっすよ」
「相変わらず勇ましいなぁ」
「ゼノンさん。あの、怪我は、足の感覚が鈍いと言ってましたよね!?」
血相を変えた様子のアズールに、ゼノンばかりかアレックスまで気まずくなる。
「あ、ははは……」
「えーそれな。今は平気、怪我とかじゃねーよ」
「ん、んん?」
聞き間違いだったのか。いや、そんな筈はない。
彼らが揃って挙動不審なのも気になる。苦笑いをしたり、視線を合わせなかったり。明らかに隠し事がある雰囲気だ。この中で自分だけが知らない事に歯痒さを感じつつ踏み込み切れない。
でも本当に怪我がないのかは確認しなければならなかった。守り切れなかったなんて絶対嫌だ。
「とにかく確かめさせて下さい!」
「いいって。本当怪我やないんだ、これは……」
一度口ごもり、躊躇いを見せた後、一言これだけを言う。
「昔怪我した時の後遺症みたいなもんだ」
「…………」
どう慰めればいいのかわからなかった。
無理に聞き出してしまったようで申し訳ない気持ちになる。
きっと今、感じたまま顔に出ているだろう。ゼノンは相手の反応が予想できたから、言いたくなかったのかもしれない。
「ほーら、聞いても反応困るだろ? 終わり終わり」
借りていたナイフを返し立ち去っていく姿を見送った。
聞きつけて来たらしいレイが声を張り上げて呼ぶ。現場に近づけないのでギリギリの所に立っている。様子を視界に捉えるも声を掛ける気になれず、先輩と共に通常業務へと戻っていくのだった。
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退勤後、アレックスは帰りの道中で昼の出来事を思い出す。
同時に3年前のある情景が呼び起こされる。当時転勤してきたばかりで、関わって一番衝撃を受けた事件。あれが知り合うきっかけだった。
朝方、郊外で少年を保護したという男性から通報を受ける。
現地調査が行われたが異能の痕跡以外は目立った痕跡はなく。被害者はすぐに口が利ける状態ではなった。事情聴取ができるようになったのは3日後。それでも酷い状態で……。
「君が被害に遭ったという少年だね。今、話せそう?」
少年は痛々しい姿のまま静かに沈黙していた。放心していたようにも思う。
こちらを見ようとはせず、窓の外を眺め、表情は抜け落ちていて。目が覚めてからしばらく、数時間前まで錯乱状態だったと保護した男性から説明を受けていた。全治3か月とも。
「名前は言えるかな? ご家族は?」
残念ながら所持品から身元を調べるのは難しい。
学生証らしき物はあれど文字が読めず。他は本が数冊と日用品程度で、本人から情報を引き出すしかなかったのである。しかし当事者は口を閉ざしたまま反応が薄かった。
結局、面会初日は事情聴取を断念し、時間をおきつつ聞く方針になる。
日を跨ぎながらの面会。未だ口数が少ない被害者。
得られたのは名前と、漂流者である事情。集団に襲われたと判明したが、男という以外の特徴はまだ聞き出せない。言葉は通じるが文字は読めないようであった。だが少年の反応にある特徴がみられ、加害者がαという可能性が高いとされた。
ある日、犯人の情報を更新すべく何度目かの面会をする。その時だ。
――よく覚えてなくて、悪りぃ……。
――心配しなくても、自殺、とかしねぇ。そんなヤワじゃね……すから。
弱り切った声音は途切れ途切れで心苦しく思う。でも強さを感じもした。
加害者の3人はうち1人が拘束され、残り2人が未だ雲隠れしており捜索は続いている。
自暴自棄になったりしない、と言ったあの時の姿は今でも忘れられない。
今では同盟を創設して率いている。驚くべき躍進だ。それでも傷は確かに残っていると思う。今なお癒えていないのではないか。
だからこそ後輩には同情もあった。日は浅くとも見ていればわかる。
(はてさて、どう転ぶんだか。お互い抱えてそうだから心配になるよ)
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夜、騎士寮。自分の部屋でアズールは本を手に物思いにふけていた。
脳裏に浮かぶのはあの人の事だ。食事での出来事と事件での反応。思い返せば返すほど、細かい所に気づいて心を乱し汚していく。心情は複雑だ。後悔だったり喜びだったり。
(あの時、確かに拒絶を感じたような)
これまでの交流で徐々に仲良くなれていると思った。近づけたと。
でも違ったようだ。ナイフを返した時に警戒という棘が気配に乗っていた。手を伸ばした時の挙動もひょっとしたら……。
(彼の心は本当の意味で私を受け入れていない)
まだ出会って関係が浅いし多少は仕方ないと思う。
けれど一定以上近づいた時、確かに彼の纏う空気が変わって。必要だから何事もなく終わったけど、明確に拒絶されていると感じてしまった。
(平静を装っているだけで演技という可能性も……)
だとしたらどこまで? 我ながら考え過ぎだと思うが否定もできない。
今まで気づいてなかっただけか。本当はずっと緊張して、警戒していて尚平静に話ていたと。ルカからα嫌いだとは聞いていたけど、まさかあそこまでだったなんて……。
(でも食事の時の彼は本当に可愛かったですね)
突然過ぎて驚いたが、思い出すだけで気分が上がる。
欲を言えばもっと触れ合いたい。いや、まだ早いか。でも手ぐらいはとも思う。妄想で情緒がおかしくなってしまいそうだ。
(そういえば、あれだけ傍にいてあまりフェロモンを感じませんでした)
本を開いてパラパラとページを捲りながら悶々と考える。形だけで読めているとは言い難い。ため息が出かけるのを意識的に堪えた。例え演技だったしてもすべてがとは思いたくない。
それよりも舞い上がり過ぎて父との約束を守れなかったら問題だ。
(母さんのようにはしたくない。絶対に!)
母に先立たれ、再婚もせず頑張ってきた父を想う。
家政婦から聞く母のこと。父から教えられた境遇と教育。あの寂しげな背中をずっと見てきた。もっと早く出会っていれば、両親は今も一緒にいられたかもしれない。
――いいか、よく覚えておきなさい。Ωも私達と何も変わらぬ人だという事を。
幼い頃から噛み砕くように性について教わってきた。
2人の馴れ初めがある事件からだった所為なのか。この点に関しては特に厳しく躾られて育ったと思う。だからこそ、己の激情に負けて自制を損なうのが恐ろしく許せない。
――相手の痛みを想像しなさい。己の傷のように。
(はい。父さん、私は己を律し、あの人に受け入れて貰えるよう精進します)
本を閉じて机に置く。長いこと同じ姿勢でいたので伸びをして身体を解す。そろそろ休もう。時間の頃合いをみて思い、寝支度を整えてベッドに入るのだった。
時は少し遡り、夜。同盟本部・5階の個室。
ゼノンは蓄音機に似た機器で音楽を聴いていた。風情はあるが便利な時代で育った身としては、手間がかかって最初は慣れなかったものだ。
お気に入りを聞いている筈なのに、気持ちはちっとも晴れない。
「んあ~なんだかなぁ」
(ちょっと挙動不審だったか?)
自然に、友達として振舞える筈だった。
なのに、あんな変な事までして。アレじゃまるで恋人……。
(何考えてんだ俺ッ)
当時の自分を問いただしてぶん殴ってやりたい。
相手は明らかに好意を持っているんだぞ。反応と態度から高確率で。下手に勘違いされたら危険過ぎる。野獣と化すなんて簡単だ。身をもって知っていた筈だろう。
今思い返してみても、あの時の自分の行動が信じられなかった。
(ダメだな。どうしても身構えちまう)
外に出る時、人と会う前、幾ら自分に念を押しても身構えてしまう。
自らΩとばらすみたいな首輪は、本音を言えばつけたくない。だけど番という性質がある。事故は避けるべきだ。ならせめて見えないように隠して。定量量ピルは飲んであったけど、万一を考えて抑制剤も飲んで。
香水は念入りに、こまめに吹きつける。自分のは無臭タイプだ。香りをつける為の物じゃなく、フェロモンを隠しαの嗅覚を欺くもの。発情期だと意味を成さないが平常時なら十分に誤魔化せた。
運命の番が疑われる相手だから、いつもより慎重に準備をしていたのに……。
(無意識にアイツを求めてるっていうのかよ?)
あり得ない、絶対にない。信じられるか。
違う、そんな趣味じゃない筈だ。あんな獣を超えた、猛獣なんかに――。そこまで考えてハッと気づき己を諫める。何を考えた。
「最低だ」
呟き、ソファで寛いだ体勢のまま腕で目元を隠す。
碌なことを考えてないなと思う。自分自身にうんざりして、今晩はよく眠れない気がしてならなかった。
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うーん、やっぱりいろいろ難しいです。後々修正が入るかも。