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ep4.慣れない距離

 早朝、静謐な空気漂う晴天の下をゼノンはランニングしていた。

 まだ目覚めきらぬ町中を行き、人々が憩う緑豊かな公園のほうに向かう。

 長距離走をするリズムで呼吸を数えながら走る。身体を動かすのは好きだ。身体の調子は良好で気持ちがいい。人の行き来が少ない時分の為に邪魔が少ないのも良かった。


 広い公園内を走る最中、前方のほうから人影が見える。

 同じようにランニング中の人がいるらしい。顔など判別できない距離の時はそれだけだった。しかし近づくにつれて妙な胸騒ぎを感じる。うわっと香りが鼻孔を擽ったように感じた。

 進行方向から迫る人物も気づいた様子でやや紅潮して口を開く。


「おはようございます! お早いですね」

「うげっ、やっぱりお前か」


 予感的中、どういう偶然なのか。アズールは通り過ぎるかと思いきや並走してくる。

 つい顔を背けてしまったゼノンに彼はもう一度挨拶してきた。聞こえなかった、と思われたようだ。いつまでもそっぽを向いている訳にも行かず前を見て言う。


「おはよう」

(……で、こいつはどこまで並走してくる気だ)

「良い天気ですね」

「あーそうだな」

(帰れ、方向が違うんだろ)


 心の中で毒づきながら変わらぬ調子で行く。

 さりげなく距離をとると間を詰めてくる。もちろん近づき過ぎたりはないが……。


(ちけ)え、もうちょい離れてくれ」

「ええ!? 以前お会いした時はこの距離で問題なかった筈では?」

「状況を考えろ、汗掻いてんだぞ。お互いフェロモンに当てられたら困るだろーが!」

(なんの為に人の少ない時間帯に走ってると)

「す、すみません。嬉しさのあまりつい」


 恐縮して離れてい行くアズールに肩の力を抜く。

 完全に安心はできないがだいぶマシになっただろう。後天性のΩは極端に鋭かったり鈍かったりした。ゼノンはフェロモンに対して鈍いほうだが過信はできない。

 運動中は感じやすくなったり、フェロモンが多めに出る場合がある。興奮したりもあるだろう。誤認、勘違いで襲われるなどごめんだ。


「いつまでついて来る気だ」

「ご一緒するのダメでしたか?」

「いや、普通に騎士寮の方向違うだろ。実家通いなんか」

「違います。私の実家は特区内にありませんので」

「じゃあ下宿とか、別で1人暮らししてんの?」

「寮暮らしですけど」

「なら帰れ、しっしっ」


 ステイホームとばかりに手振りで遠ざけようと試みた。

 しかしアズールは「大丈夫」と言って別れようとしない。確かにコースが若干変わろうが問題ない筈である。でも個人的に嫌だ。適当な言い訳に言い負かされて行動を共にしたくなかった。


「帰れ帰れ、俺はお前の飼い主じゃない!」

「飼い主って?」

「あ、いや……」


 うっかり犬対応してしまい口ごもる。


(にしても懐き度高くないか? 何もしてないのに)

「心配しなくても遅刻なんてしないですよ」

「誰も心配なんぞしとらんわ!」

「ところでゼノンさんはどちらにお住まいなんですか?」

「ついでとばかりに聞くんじゃねえ。――本部だけど、来んなよ。つか入れねーけどな」


 なんだかんだと結構な距離を一緒に走った。

 ついつい反応してしまう自分が嫌になるゼノン。無視すればいいのにできない。意図せず相手の情報が入ってくる。別に知りなくもないのに。なんで聞いているんだ、と自問自答してしまう。

 さすがにそろそろ別れなくては厳しい所までやって来た。やっと解放されると気持ちが軽くなる。


「そうだ。ゼノンさんは動物は好きですか? 魚は?」

「いきなりなんだ。別に嫌いじゃねーけど」

「では今度マリンパークに行きませんか。2人で」

「な、ななんだと!?」


 狼狽して盛大に距離をとってしまう。アズールのほうも驚いた顔になる。

 自分でもオーバーな態度だったと後になって実感した。乙女じゃあるまいし何を動揺しているんだ、と己を納得させ少しずつ立て直す。離れた距離を一定まで戻した。気がつけば足まで止まっている。


「ダメでしたか?」

「うっ……」


 そんな棄てられた子犬みたいな目で見るな、と思う。


(断りてぇ。でも、前にこいつの誘い断ってんだよな)

「ちなみにその場所を選んだ理由は?」

「イルカやペンギン可愛いじゃないですか。それに一度誰かと行ってみたくて」

「別に俺じゃなくてもよくね?」

「いいえ。貴方とがいいんです!」

「そ、そうかよ。まあ友達と行くくらい普通か」

「じゃあ良いんですね。やった」

(あ……つい流れで断り辛い展開に)


 上機嫌で約束を取りつけアズールは去っていく。

 後ろ姿が遠のき見えなくなった頃、左足に鈍い違和感を覚えた。いや、もう少し前からか。

 もう諦めるしかない。とりあえず理由は健全だったし他意はない筈である。まあ、いいかと思う事にしてゼノンは帰って行った。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 別日、2人は待ち合わせてマリンパークへと行く。

 海の沿岸にあるここは様々な海洋生物を堪能できる観光地。楽しいショーや餌やり体験などの触れ合いができ、家族連れから恋人達のデートスポットとして有名だ。


「昨日は楽しみでなかなか眠れなかったです」

「それはよかったな」

(はしゃぎ方子供かよ)


 この調子なら間違いとかひとまず大丈夫な気がしてきた。

 警戒は怠らないが、適切な距離を保ちつつお守りをしよう、などとズレた方向に自身をふるいたてながら連れだって中へ入って行く。


 施設内を散策しつつ、いろいろな海洋生物を見て楽しむ。

 こうしてみると元いた世界の生物とは違う所がある。形が違うか、色が違うか、みたいな些細なものだ。それっぽいんだけど……。


(俺の耳が都合いいだけで実際は違うのか? 文字からじゃ確かめようねえけど)

「水の中って神秘的ですよね。泡の向こうに森があって、その中を色とりどりの魚が泳いでて」

「綺麗なのは同感だけど、そこまで感動できるお前も凄えよ」

「わあ、見てください! あちらにジュゴンがいます。優雅だなぁ」


 次々と別の水槽に向かって行くアズールを追いかけた。

 楽しそうでなによりだ。瞳を輝かせてはしゃぐおかげで変に気を回さないで助かる。気分が上がっていても触れて来ないのが有難い。館内は危ないので走り回らない、が暗黙の了解なのも。


(あいつなりに弁えてる、か)


 無意識にやっているか、計算してか。知りようがないけどソコはほっとする。

 あの様子だと年上には見えない。先輩とバディを組んでいる時点で歳は近そうだ。

 水槽に熱中しているアズールを視界の端に捉えつつ、何気なく周囲を観察しているとある一点に目が留まった。男女の2人連れだ。パッと見は普通に見えるが――。


(女のほう、首にリボンはまあいいとして。手首、太もも、表情……)


 袖やスカート裾で隠れているが包帯が覗く。表情にも何か違和感を感じた。

 観光客っぽい。相手の男はαか。いや、例えβでも。ゼノンの視線がすっと細く鋭くなる。けれど横から声がかかり視線を外した。鋭さも消えて呼んだ当人に戻す。


「何か見つけました?」

「いや別に。次行こうぜ」

「はい」


 憶測だ、どうする事もできない。それが腹立つ。

 今は隣に連れがいるし場所が悪かった。楽しんでいるこいつにも迷惑だろう。そう思い、今回は見逃す。だが別の場所で、確信の持てる状況なら……。


(やめやめ。碌な思考じゃねえ)

「どこ見に行きましょうか」

「好きな所でいい」


 どうせ全部回るんだろうしな、と内心思いながら答えた。


「リーダーのお兄ちゃんだ!」

「えっ、子供」


 適度に会話しながら移動していた時、10歳前後の少女が駆け寄ってくる。

 遅れて母親と思しきΩ女性がやってきた。20代の容姿だ。赤毛に褐色肌で腰や胸が大きい。慌てた様子で娘の傍に寄り、2人に対して謝罪する。ゼノンにとっては知った顔だ。


「今日は2人でお出かけか。よかったな」

「うん!」

「本当にごめんなさい。楽しんでるところを……」

「全然いいって」


 ゼノンが親子の相手をしている間にふらっとアズールが席を外す。

 対応しながら目で追うと、彼は離れた所にいた男に声を掛けていた。あっちは知り合いらしい。何事かを話して男が去っていく。直後に母親の様子から緊張が解けたのを感じる。

 戻って来た彼に知らぬフリで応じて親子と別れた。心の中で評価が変化したのは間違いない。


「今の親子は?」

「ん、同盟(うち)の受付とその娘さん」


 興味を示したのは一瞬だけ。それ以上聞いてくる事はなかったから言わない。

 別に話す必要はないだろう。今の母親は10代で子供を産んで、番になって貰えず、中絶は愚か薬すら入手が厳しい地から流れて来たなんて……。


「時間バッチリですしショーを見に行きましょう!」

「わかったから少し落ち着けって」

(謎にノリ高いな。キラキラオーラが眩しいぜ)


 アイドルと王子を掛け合わせたようなキラキラ感。

 男視点で見ても美形なんだよな、と思った。隣にいるのが自分なのが疑問になるくらいだ。女子と並ばせたほうが絶対絵になりそう。運命とは残酷かもしれない。


(まぁ、こいつの幸せを俺が気にするのは余計な世話か)


 変なことを考える自分を意識の外に追い払ってイルカショーを観戦した。

 終始大興奮のアズールを横目に、ゲームキャラ感満載のシャチ柄ギザギザヒレのイルカを見る。ペンギンは毛がツンツンしていたし意味不明な生体だ。

 舞台上の係員にアズールが指名されウキウキでイルカと触れ合う。


「なんかあの人カッコよくない?」

「超イケメン!」

「王子様みたい。綺麗」


 やっぱりというべきか男女問わず賛美の歓声が上がっている。

 万人から見ても美形らしい。これ自体は何もおかしくないのだが、なぜか胸の奥がモヤモヤする気がした。不可思議な感覚に動揺を禁じ得ない。おかげで途中からショーに集中できなかった。



 マリンパークを十分に楽しんで帰路につく2人。

 だが、ゼノンの気分は晴れなかった。来る時よりも機嫌の悪い彼の様子にアズールは不安そうだ。


「いったいどうしたんですか?」

「別になんでもねーよ」

「嘘、機嫌悪いですよね。私、何か失礼な事を……」

「関係ないから気にしないでくれ」

(言えるかよ。自分に腹立ってるなんて)


 何度もアズールの所為じゃないというが納得してくれない。

 表面上は普通にしていたいが、どうにも滲み出てしまっているようだ。隠しているつもりで全然隠せてないのか。今の自分にはわからなかった。


(あぁ、なんか腰まで痛くなってきた……)


 原因はわかっているから大して気にしない。普通に歩ける。


「ゼノンさん、こっち見て」

「んん?」


 渋々振り向くと目の前にイルカのキーホルダーが揺れていた。


「機嫌直して。じゃないと悲しいッピエルルゥール」

「ぷっくくく……んだよソレ。ピエール君の真似か? 鳴き声まで再現するこたねーだろ。イルカの動きじゃねぇし!」


 手を口にやり声を堪えて笑うゼノンに、安どした様子を見せるアズール。そして目の前のキーホルダーを差し出す。


「はい。これ、差し上げます」

「でも記念に買った奴だろ。俺が貰っちゃあ」

「平気です。実はこちらにピエルン君がいるので」

「2つ買ってたのか」

「ええ。お嫌でなければ是非受け取って下さい」


 せっかくの気分を台無しにした詫びに受け取る事にした。

 差し出されたのがキーホルダーなのもいい。土産に貰った物を頑なに拒む理由などないだろう。軽い音を立てて掌の中に納まったソレをじっと見つめる。マスコットなだけあって可愛い造りだ。

 ほどよい質感に心を宥められ、平穏に別れるまでの時間を過ごす事ができた。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀

 急遽この話を差し込んだほうがいいと思い投稿遅れました。

 自然な流れとかわからんなくなってきてしまい不安です。急展開になってないといいのだけど……。

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