ep2‐2.望んだ再会
「今のはね、呼び出しよ。レイ宛ての」
(呼び出した相手はゼノンさんか? 水氷系の異能なんですね)
また1つ彼に関する情報が得られた。次は場所だ。どうやら本部にはいないらしい。
ルカは今なおアズールの様子を観察している。そして何を思ったのか、平静にしか見えない姿勢でこんな事を言い出す。
「気になってるみたいね。いいわ、教えたげる」
テーブルに頬杖をつき、反応を楽しむかのような顔で続ける。
「模様には種類があるの。さっきのは救援要請、おおかた先日の奴らに絡まれてるんでしょ」
「なんですって!?」
(先日の奴らというと、あのα集団か。1人で無謀過ぎる)
考えるより早く足が動いていた。急いで助けに行かなければ。
扉へ歩いていく彼の手をルカは掴み引き留める。強引に振り払う事はできた。
しかし今の状態では力加減を間違えそうだ。故に良心が痛んで振り払えない。あの人の仲間を傷つければ、本当に嫌われそうでそれも嫌だった。
「行く気?」
「当たり前じゃないですか」
「アンタ場所知らないでしょ。無系の異能でもなければ厳しい、何か術が?」
「ありません。でも行かないと」
「リーダーもアタシらと同じΩだ。それも一度会っただけの仲な筈だろう」
「関係ない! 私は騎士として、個人としてあの人を助けに行くんです」
お願い離して、と強く言う。焦りが声音に出てしまうのだ。
一連の反応と言動を観察していた彼女は不意に口端を上げる。ちょっと意地悪げに。
「上出来だ、見直したよ。ごめんな嘘ついて」
「いいから手を……え、嘘? 襲撃は?」
「報復はあったろうさ。でも事後。レイは後始末に呼ばれたんだ」
時々ある事なのだろう。彼女とて予測の範疇の筈である。手は既に放していた。
すべてが嘘という訳でもなく、模様に幾つか種類があるのは事実だ。この世界の科学的な技術は実にちぐはぐで携帯できる通信端末がまだ実用段階にない。連絡手段は異能を用いるか、伝書鳥を利用するかが一般的だった。
「しかし怪我をしている可能性も……やはり私がっ」
「アンタが行ってどうすんの。治癒系の異能はない。余計に拗れるだけだよ」
「確かにレイさんには嫌われてますが――」
ここで引くつもりはない。急ぐ必要はないと言われても、行くべきだという気持ちは覆らないだろう。現場に駆けつけたレイと揉める事になっても、だ。
譲る気がないという決意が感じられたのか。ルカは1つ息を吐いて告げる。
「レイは同盟ん中じゃ大人しいほうさ。アタシが言ってるのはリーダーのほう」
「えっ、ゼノンさんですか?」
「そ、気をつけなよ。あの人はかなりのα嫌いだから」
衝撃の事実だった。言葉が出ない。個人の好き嫌い以前の問題だ。
すっかり勢いを殺され立ち尽くす。αだからと嫌う相手に好かれるなんてできるのか。いや、そもそも諦められるのかと考える。答えは簡単だった。
「私は諦めません。絶対に振り向かせてみせます!」
「ふーん。なら頑張れ」
「はいっ」
「とりあえず今日は帰ったほうがいい。時間も危ないだろうし」
「そうします。ではまた」
今日は会えなかったがチャンスはまだある。特区にいる限り。
決意が固まった事で気持ちが軽くなったアズールは、ルカに挨拶してから同盟本部を後にした。彼が去ってから10分ほど後にゼノンらが帰ってくる。2人が見事にすれ違ったのは言うまでもない。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
後日、ようやく再会の時を果たす。赴任して初めての休日だった。
日用品を買いに市街を歩いている途中で、偶然あの人の姿を見つける。駐車場で車に荷物を積み込んでいるところであった。間違いのない現実にパッと心が華やぐ。細かい事なんてすっかり忘れて。
喜びに気分が高揚し、早速声を掛けようと小走りで近寄っていく。
ゼノンは受け取ったサンプルや試作品を車後部に積み込んでいた。
受け取りに行く筈だった部下は別件で急遽出ている。幹部クラスがこうして時々雑用するのは同盟だと別に珍しくない。弱きを助けるべく創設したのだから。
男女問わず妊娠・出産や発情期のあるΩにとって支え合いは必須だ。
発情期の時期は皆違う。期間は3日。逆に自分が発情期などの際は他のΩがヘルプに入って助ける。同盟にもβの者は所属しているが、基本的にヘルプは志望制にしていた。無論Ωへの配慮や対策ができている場所はあるので必要の有無も含む。
「これで全部だなっと」
確認をしながら、別件に出た者達の事を考える。上手くやっているだろうか。
(相当な年月が経ってる筈なのに、未だΩへの認識甘いんだよなぁ。碌な事考えねえ奴までいるし)
もちろん性別関係なく気に入らない態度というのはあった。
だが、Ωというだけで都合のいい解釈や見下しの対象になるのは何か違う。生まれ持ったもので好きに変えようがないのに。認識改善をハルトと協力して取り組んでいるが、限界はあるしいろいろと手が回らないのが現状だ。
(俺だってαやβにまともな奴がいるのは知ってる。けどさ)
考えを巡らせていた時、脳裏に先日出会った顔が浮かぶ。
(あ~なんで今アイツの顔が出てくんだよ)
「忘れろ、忘れろ。今は関係な――」
「こんにちは。お出かけですか?」
「のわ!? お、お前っ」
(なんで今、人が忘れようとしてる時に!)
一番会いたくない人物が目の前にいた。わざわざ駆け寄って来たのか。
片手を荷物のほうに伸ばしすぐ動けるよう身構える。犬になる気は毛頭ないが、威嚇の唸り声を上げたい気分だ。安直に懐かないという意味では猫でもいい。とにかく、これ以上の接近を阻止せねば。
「これからどちらに。ご一緒しても宜しいですか?」
「近づくんじゃねえ! 試作品の実験台にすっぞ」
「落ち着いて。私は貴方に危害を加えるつもりはありません」
「俺には十分危険だ。とにかく寄るな!」
相手から視線を外さず荷物の中をまさぐった。無暗に異能は使わない。
「わかりました。これ以上、許可なく近づいたりしません」
「本気で言ってんのか? 口から出まかせじゃ……」
「誓います。破った時は殴るなり、実験台にするなりしていい。だからお願い信じて」
「――――ッ」
優しいが甘さのない声音で、真摯な姿勢でそう伝える。
偽りはない。まずは信じて欲しかった。どうか避けないで、と彼の気持ちが伝わってくるようで。切実な思いに揺れる瞳を正面から受け止め、一瞬息が詰まって慎重に一呼吸を入れる。吐き出した息と共に少しだけ緊張が和らいだ。
(大丈夫だ。その気ならとっくに手が出てる)
頭が冷えて気持ちに余裕ができるとゼノンは手を戻した。
「悪かったよ。距離保ってくれんなら、いい」
「じゃあっ」
「ああ、友達な。下手な真似したら容赦なくぶっ飛ばす」
「はい!」
「なんで嬉しそうなんだよ。変な奴」
一方は既に調書で知っているのだが、改めて互いに自己紹介する。
とりあえずの決着がついたところで遠くから誰かの叫び声が聞こえてきた。
同時に足音と物凄い速さで近づいてくる人影。そいつは両者の間に割り込んで、アズールに掴みかかる勢いで迫る。高校の制服に身を包んだレイだ。
「貴様、リーダーに近づくな。手を出したら許さない」
ここまで口調の粗いレイは珍しい。ゼノンは彼を抑えるようにして言う。
「ちょい待ち。話はもうついてる」
「でもっ」
「でもじゃない。相手が誰だろうが自分から乱闘騒ぎは俺が許さん」
厳しく諭すように告げると、悔し気な声を零して大人しくなった。
言動に対してゼノンが謝罪するとレイもそれに倣う。アズールに咎める意思はない。ちょっとした誤解だし、まだ何も起きてはいないのだから。
まるで兄弟のように接する彼を見ながら、何気なく傍らの少年の恰好に今更ながら気づいた。
「君は学生だったんですね。でも今日は休日の筈では……」
「学生ですが何か? 今日は発情期の振り替え授業だったんです」
発情期の振り替え授業は時期の近かった生徒がまとめて受講する。特区では殆どの学校が取り入れていた。
「あぁそっか。失礼な事を聞いてしまいました」
「別に失礼とまで思ってません。……本当に手を出してないんでしょうね」
「信用がないのですね。騎士として、人として、己の良心に背く行為はしません」
「騎士だろうが関係ないと思いますけど」
レイの一言にゼノンは複雑な心持ちになる。でも今は、と気を取り直した。
「そーいやまだ聞いてなかったな。何か用事があったんだろ?」
「はい。あ、いえ、私はだた貴方と仲良くなりたくて」
「……へ?」
思わずジト目になり気が抜ける。呆れ過ぎて嫌味すらない。
傍らの学生にまで困惑の眼差しを向けられ、アズールはどう気持ちを表明すべきかと悩む。
「違うんです。いや、仲良くなりたいのは違わなくて。アレ、何言ってるんでしょう私」
「混乱してるのはわかった。まず落ち着け」
(――って、ちょっと待てよ。確か一番最初に声かけられた時は)
気が動転していたが、よく記憶を手繰ってみるとあの展開は……。
落ち着いて考えてみれば簡単な話だった。目の前のこいつは用事があって声を掛けたんじゃないと。言葉の意味あい的に、迷惑じゃなければ一緒に出掛けたいって話だよなと気づく。
「えーっと。確認したいんだけど、お前俺と一緒に出掛けたいのか?」
「はい。宜しければ是非」
(なるほど。遊びに誘っただけか)
「そうか、そりゃ大騒ぎした俺に問題あるな。悪いけど今日は無理」
「わかりました。では都合のいい日を教えて頂いても?」
どうにか平穏に情報を確認し合いその日は別れた。
前途多難な予感がする彼らの再会はこうして幕を閉じる。騎士寮に帰ったアズールが歓喜で内心舞い上がっていたのはもちろん、本部5階の個室に帰宅したゼノンもまた妙に騒ぐ胸中に困惑するのだった。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀