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ep5‐1.少女と事件

「人間のお友達とは珍しいっちね」

「わ~い。遊んで、遊んで」


 次から次へと集まってくるぬいぐるみ集団。完全に囲まれた。

 すっかり場の空気に呑まれ、身動きがとれぬまま距離を詰められていく。


「おやおや人気者ですね。実に羨ましい」

「あ、てめっ……ちょっとどいてくれ」

「キャッ」


 ふわりと降り立ったシルクハットの男。顔はエミルだ。

 どうにか囲いを突破しようと動く。結果、ぬいぐるみの1体を振り払ってしまう。短い悲鳴と共に接触した個体が消滅。霧散するような消え方だった。

 それでも尚、わらわらと愛らしい動物達が歩み寄ってくる。自ら接触して来ないが、ゼノンが動けば反動で誰かが消える状況だ。


(虐めてるみてえで気分悪りぃ)

「酷い人です。こんなに可愛い子達を襲うなんて」

「そう思うなら今すぐ異能を解け!」


 動きを制限されながら負け惜しみの如く叫ぶ。男は笑う。


「できませんよ。管理者の意向は私の知る所ではないので」


 芝居じみた所作と台詞を吐き、男はひらりと遠ざかって行く。

 逃げる気だ。未だ詰め寄る愛くるしい住民らには申し訳ないが、心を鬼にして押し通った。

 見失わぬように全力で追う。この間も幻影の民は無遠慮に近づいてくる。見事な精神攻撃だ。女子じゃなくても動物の姿と無抵抗な様子が罪悪感を誘った。


(まさか無系の異能って皆こうなのか?)


 マルクはあまり異能を向けてこないので経験がない。


「ハハハッ、ここは管理者の支配領域。幾ら追いかけても無駄ですよ」

「追いつけねえ」

(ふざけた役演じやがって)


 まんまと挑発に乗っていた。本人さえ気づかぬうちに。

 だからゼノンは見落としたのだ。視界の隅に不自然な歪みを生じさせるぬいぐるみがいる事を――。


「さあ、タイムリミットは間近。どうします?」

「こうなったら一か八か、異能で止める!」


 くらえ、と覚えたばかりの氷を飛ばす。だが外れた。

 次いで今度は水を地上に這わせる。氷よりは幾分か繊細に動く。蛇行して這い進み、途中で枝分かれし、避ける男の身体をついに捉えた。

 伸縮自在の網と化して拘束、しようとして男の姿が消し飛ぶ。この消え方は……。


「に、偽物」


 やっと捕まえたと思った。だが外れを引き呆然と立ち尽くす。

 そこへ時間切れを告げるアラームが鳴り響いた。これもイメージだろうか。中空に浮かぶ時計が激しく鳴り響いている。景色が歪み、薄れて元の庭園と邸宅が戻ってきた。


「残念だったね。最初から人型は囮だったんだ」

「え、あ……囮。じゃあ本物は」


 あらぬ方向から声を掛けつつ歩いて来るエミル。


「見えるモノの殆どは幻。数多ある中にほんの一粒真実を混ぜる」

「お見事でしたね。エミル兄様」

「ご苦労だった」


 邸内から出てきた2人。アランが写真立てを弟に渡す。

 楽しんだ余韻が抜けない様子でソレを受け取り、彼は敗北と理解の限界を超えて反応できないゼノンを見やった。


「最初のはサービス。最後はちょっとした遊び。でもいい瞬発力だったよ」


 機会があればまた相手をすると言い、連絡先となる物を渡してくる。

 まだ化かされた感覚が抜けないが、とりあえず受け取って眺めた。この間にエミルが意気揚々と敷地外へ出て行く。


 翌日、午前中のみだったが指導の続きを受けた。

 アラン曰く、ゼノンは単純に異能を用いる経験不足とのこと。慣らすためにレイと組んで2対1の模擬戦を挑む。実際の環境を想定してのフィールドで戦う。

 実に強敵であった。詳しくは語らないが、この一戦で多少の閃きを得る。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 王都から無事帰還を果たす。数日後、ゼノンは好敵手との再戦に挑んだ。

 今度こそ勝つ。その意気込みで立ち向かう。相変わらず奴は強かった。激しい剣戟を交わし、何度か意表をつくが躱される。


(こいつはもしかして――)


 異能を使ったのかもしれない。ならば相手も脅威を感じている筈だ。


「はあぁぁっ」

「く、小癪な……」


 追い詰めていると信じて踏み込む。練習して覚えた付与を実践して。

 刃から漂う冷気が伝う。手がかじかむのを感じマルクは剣を払った。鍔迫り合いが長引くのを避け、速攻で翻弄しながら押し切ろうとしてくる。

 一方でゼノンは苦手意識に囚われず冷静に戦う。元々異能の行使を禁止していない。だから有効に使って対応していく。切り替えを意識した。


(命中せずとも足元を狙って……)


 水や氷を放つ。小さなものだろうと積もれば立派な妨害となる。

 案の定、速攻のために激しく動き回るマルクは足を滑らせた。転倒を防ごうと踏ん張った結果、完全に足が止まる。


「今だ!」


 氷上は滑るように駆け加速、水は吸引して次の一手に。

 ガラス片の如き氷塊で対象を包囲した所に駆け込み剣を突きつける。見事に反応できない。動けばどちらかに当たってしまう。それを悟り、マルクは潔く敗北を認めた。


「対戦、ありがとうございました」

「ああ。今回は悔しいが君の勝ちだ。……強くなったな」


 騎士団に加入して半年以上が経過してやっと1勝を掴んだ。

 これほど嬉しい事はない。高揚した心境で相手に敬意と礼を告げる。その日は丸1日絶叫調だった。



 さる貴族家から極秘裏に依頼が騎士団にもたらされる。

 王都に本家があり、令嬢が特区の学校に通っていた。寮つきの裕福層が多い学校だ。依頼内容は護衛と暗殺者の捕縛である。

 令嬢の歳と近い者や、不自然にならない容姿の者を選び潜入させる事となった。


「ちょっと無理ないか?」

「仕方ないさ。先輩方より自分らのほうが適役のは事実だし」


 マルクと連れ立って歩く。2人とも生徒の服装だ。

 庶民の学校と比べて景観や内装に美的なこだわりがある。広大な敷地内には各種競技に適した施設が完備され、庭は色彩豊かな花園と催しのできる広場とがあった。見識を深めるための食堂は、庶民風を謳いながらその実ほど遠いものだ。


(どこもかしこも普通じゃないな)


 通りすがりに眺めた風景に内心驚くばかりである。


「この度はよろしくお願い致しますわ」


 個室で依頼人の娘、ベアトリクス・フォン・イルクラークが待っていた。

 優雅に会釈した彼女の容姿は非常に可憐。くるんと巻いたこげ茶色の髪と、意志が強そうな栗色の瞳。お淑やかで上品な学校の制服がよく似合う。


「身の危険を感じられたのは正確な時期はわかりますか?」

「ええ。最初は半信半疑でしたの。でも、今思えば婚約を破棄した後ぐらいから……」

(気丈なお嬢様だ)


 本人にも再確認する。声音はしっかりとしていた。

 狙われているのは自分なのに堂々としたものだ。毅然としている。


「相手は手段など選びません。どうかお気をつけて」

「はい!」

「お任せください」


 マルクは基本的にベアトリクスと行動を共にすることに。

 ゼクスは時々合流しつつ、不自然のないよう別行動して調査を進めた。一応の理由もあって、Ωは教室が分かれている。もちろん共有設備はあるのですべてじゃないが……。

 ただ暗殺者がΩの利用区画にいないとも限らない。なるべく目立たぬよう動く。


 数日がかりの護衛と調査が続いた。常に気を抜かず対応する。

 見慣れない顔の生徒や職員がいながら、在校生らは特別気にする事はなく普段通りだ。気づいている者はいそうだが別に珍しくもないのだろう。品位を損なう行為は彼らの本意ではない。


(パニックにならないのはいいけど)


 暗殺者(むこう)の隠れ蓑にもなっていそうだ。


(早速教わったことを試す時が来たか。観察と思考、だよな)

「異能にだって必ず隙がある。よく見ねーと」


 自分に言い聞かせるように呟く。エミルとの対峙で思い知ったこと。

 下手人がどんな力を持っているのか。想像し、人や物の様子を観察していく。今度は見逃さないとゼノンは全神経を集中させた。


(あ、忘れるとこだった。思念石使ってみるか)


 思念石は個人で所持している場合があれば支給品の場合もある。

 宿っている力・形状は様々。既製品以外にも、特注品(オーダーメイド)や、自分で付与ができる素材品とが存在した。

 騎士の支給品である思念石は札型とボタン型の2種類。


 札型はコードカード、ボタン型はコアと呼ばれている。前者は若干大きいが単独で使え、後者は小振りな分最大限に力を発揮するのに腕輪が必要。何度も使えるが、1つの石に複数の能力を付与できない。

 取り出したボタン型を袖下に潜ませた腕輪へ装着した。あとは思念を注げば発動する。


「使い方は異能と同じ要領だったな」

(でもいつもより丁寧に、繊細に意識を傾けて……)

「君、何をやってるの?」


 1人で作業しているのを不審に思われたらしい。育ちの良さが伺える少年だ。


「いや、ちょっと落とし物を探してただけ」

「そうなんだ。大丈夫、一緒に探そうか?」


 親切心で言ったきた様子の少年をやんわりと断り場を離れる。

 距離を十分にとったら早速意識を集中させた。異能の扱いに慣れてきたおかげで、前は使うのに苦労した思念石を存分に活用できる。


「これは――」


 ゼノンは走り出す。空間視の思念石が伝えてきた場所へ。



 ベアトリクスの姿が伺える地点を陣取り機会を待つ人影。

 周囲に人の姿がない部屋だ。棚や箱なんかが並ぶ。その手には長銃が構えられていた。


「…………」


 スコープを覗き込み、微動だにせず呼吸さえ乱さない。

 集中力を一点に絞った視界の中で標的の傍にいる男が振り向く。かなりの距離があるにも関わらず、偶然とは思えぬほど正確にこちらを――。


「気づかれたか」


 直後、バンッと背後の扉が開く音が響いた。


「そこまでだ!」


 冷静に状況を把握し暗殺者は煙玉を放る。

 ゼノンの反応が遅れている内に窓のはめられた壁へ一歩を踏み出す。その身体が激突する事はなく、するりと抜けて階下に落下していく。

 追っ手が窓の外を覗いた時には既に姿をくらませていた。


「くそっ」


 舌打ちして部屋を出て、思念石からの情報を頼りに進む。

 だが障害物を無視した動きに追いつくどころか、再び姿を目視する事はできなかった。



 刺客の魔の手をいち早く察知し、最悪の事態を未然に防いだマルクと合流。

 情報を共有して互いに渋面を作る。顔をハッキリ見る前に煙球を放られてしまったのだ。武器はすぐ下の木陰に捨て置かれており、調査に回したが正規ルートで入手してないらしく特定までは至らなかった。


「やっぱ適正以外だと扱い難しいな。すぐ範囲から外れちまって……」

「使えるだけマシさ。それよりも逃げた奴だ」

(そういや、マルク(こいつ)が火や水の思念石使ってるとこ見た事ねーな)


 1回失敗したくらいで諦めるとは思えない。


「本人の異能かわかんねーけど壁抜けしたっぽいぜ」

「ああ、見えた。無系、おそらく透過だろう。人だけじゃなく物も障害物を無視してくる」

「デメリットなしの貫通かよ。凶悪だな」

「いや、制限はある筈。確か前に資料で……」


 お茶会風景の中で躱される物騒な言葉。だが関係者しかいないので問題なし。

 ベアトリクスは毅然とした態度でお茶をしている。少し距離をおき口数は少ないが、話す彼らの様子をちらちらと見ていた。その傍らには少女がいて、彼女もまた準騎士だ。


「思い出したぞ。資料のと同種なら我々の異能で妨害できる筈だ」

「俺らの異能で妨害?」


 怪訝な面持ちをしたゼノンにマルクが頷く。


「異能で生成した物やその影響を受けている物は透過できないんだ」

「へぇ~じゃあ、うまく挟撃とかすれば」

「そうだな。しかし問題がある」

「ん? どんな」

「自分の異能は奴の妨害すら敵わないという事だよ。感知系は使い手本人へ影響を及ぼすものだから」

「もう1つのほうはどうなんだよ?」

「――あてにしないでくれ」


 活用したいのは山々だが、といった顔だ。

 彼の近未来予知で予測できれば楽だが、生憎好きなものを好きな時には見れない。同じ無系でも移動系ならば違うのだけど……。

……暑さにやられてました。いや、今もやられてます。

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