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ep4‐2.王都と追劇

「これくらい大した事ないって」

「なんとか引き下がってくれてよかったです」


 お礼を言う少年達に謙遜を示す。

 それよりも先程のような輩は多いのかと聞く。2人は顔を見合わせ。


「割と」

「時々声、かけられる。だいたい似た感じ」

「騎士団には相談しないのか? こういうのも仕事だろ」


 酷い場合は相談や被害届を出したほうがいいと勧めた。だが――。


「この町の騎士団が絡まれた程度の些事取り合う訳ないよ」

「えっと、相談……しました。前に。最近見られてる感じやつけられてる感じしてて……。でも信じてくれませんでした。自意識過剰、被害妄想だって」

「は?」


 ゼノンは目を見開く。現実に起こっている事が信じられなくて。

 特区ではどんな些細な相談でもちゃんと聞く。少なくとも来た人に「被害妄想」だなんて言うな、と指導を受ける。安易に否定するなと。他を知らないが故にそれが普通だと思っていた。少年はその日から相談するのが怖くなったという。

 隣に立つレイは当然、もう1人の少年も驚かない。その事に歪みさえ感じた。


「驚きすぎ。トラブった時にアタシら(Ω)が劣勢になるのはよくある話さ」

「トラブルって……」

「例えば金なくて、薬変えなくて迫られたから軽く殴って撃退した時とか。店で迷惑沙汰起こされて騎士団来たけど、こっちが悪いって事になりクビにされたとか。あぁ発情期じゃないの前提」

(例えのくせに細かい。実体験だな、コレ)

「ちなみにどんくらい殴ったの?」

「鬼気迫ってたからな~。割と本気で股間蹴り上げたりした」


 自制はしているが身の危険を感じるとついやってしまう、と少年は言う。

 考えるより手が出るタイプだと推測した。それでも無法者の感じはしない。

 随分と酷い対応を経験したようだ。フェロモンや発情期の特性が、正気を疑われたり相手の言い訳に利用されたりする。調査の有無も騎士らの態度次第なところがあった。


「なるほど。その気持ち、こちらに書いて頂けませんか?」


 つい話し込んでしまったが本来の目的を忘れず容姿を渡す。

 彼らは内容を覗き込み、受け取って書き込んでくれた。回収し2人と別れる。


 昨日と同様に隠家へと時間を見て向かう。

 そこで今しがた会った少年の片方と早くも再会する。金髪碧眼のほうだ。相手も気づいて笑みを浮かべた。


「さっきの兄さん達じゃん。奇遇だね」

「まさかこんな早く会うなんてな」

「まったくね。あ、アタシはルカって言うんだ」


 よろしくと握手を求める。それに応じながらゼノンらも名乗った。

 一見少年に思えたが実は女性だったらしい。店員の服を着ていて初めて気づく。あちこち点々としているらしく、現在はこの店で働かせて貰っているようだ。

 こうして各地で少しずつ調書を集め、汽車に乗りアランの待つ王都へと向かう。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 某日・騎士団の基地、騎士長室。


「君は組織というものを理解しているのかね」

「お言葉ですが私は間違った事をした覚えはありません」


 アズールは毅然と言いきった。己の心に嘘はつけないという風に。

 なぜ彼は呼び出されているのか。理由は先日の任務中に遭遇した小競り合いの対応についてだ。明らかに男側が悪い状況で、女性に頬を叩かれただけ逆ギレした。

 周囲への迷惑を考え仲裁に入り、男側の態度を咎める。だが男は貴族出身で少々問題になった次第だ。


「男はその場にいた子供と老人に辛く当たっていました。頬を叩いた女性は諫めただけです」

「イノセント君、だからねぇ」

「更に男は評判が悪く、素行に問題があるとの証言が多数集まりました。

実際に損害を受けた店舗まであったんですよ。今回の件でも態度を改める様子がなく一方的でした」

「もういい。下がりたまえ」

「くっ……失礼します」


 言い訳は聞かないとばかりに退出を命じられた。

 悔しい気持ちを堪えて指示に従う。家や親が偉いからと黙認される男が許せない。正せない自分にも腹が立ち歯痒く感じる。あまりにもちっぽけだと思った。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 王宮と騎士団の本部がある王都。美しい花と水が豊かな景観を持つ。

 駅前で2人を待っていた車に乗り別邸へと赴く。大きな門、整えられた庭、そして立派な建物。玄関前で車を降り、使用人らに出迎えられながら中を進む。

 まずはここの主であるアランに挨拶だ。お待ちかねの様子で再会に時間はかからない。


「遠路はるばるよく来たね。待っていたよ」


 会釈を交わし、レイが兄に集めた調書を渡す。

 それを受け取り軽く目を通した後で机にしまう。ひとまず眼前の客に意識を戻した。アランに伴い修練できる場へと移動する。別邸といえどかなり広い。


「さて、ゼノン君。貴殿の事は少しばかり調べさせて貰った。これに関しては謝罪しよう」

「いえ……」


 突然の告白に戸惑いはしたが相手は貴族だ。何ら不思議はない。

 むしろ安全性を確保するためにやむを得ずといったところか。別に知られて困る素性はないので堂々と胸をはった。

 その姿勢にアランは1つ頷き、指導内容を考慮するのに必要だった旨を明かす。


「では始めよう。レイも日頃の成果を見せてくれ」

「はい」

「よろしくお願いします!」


 ゼノンが礼儀をもった返事をしてから修練は開始された。

 基礎や相手の力量を確認した後に剣を交わす。さすが幼き頃より剣術と親しんできただけあって余裕のある動きだ。どんな攻撃をも軽くあしらわれてしまう。


「はぁ、はぁ……くそ」

(強えぇ。なんとか一撃をっ)


 本気には至っていないのに早速追い詰められる。


「姿勢を乱すな、狙われるぞ。焦っている時ほど視野を意識しろ」

「はい」


 何が役に立つかわからない。常に観察しろ、思考を回せと叱咤された。

 視界が狭まると隙を突かれ、味方の動きを見失う。集団戦で足並みが揃わなくなれば危険だ。アランの指導はなかなかにスパルタだった。

 騎士として必要な集団戦の指導から始まり、次第に個人戦、更に対人戦へと移っていく。特に対人戦に関しては入念に訓練される。


「よし、ゼノン君は一時休憩だ。レイ来なさい」

「お願いします」


 隅で休んでいる間、レイが兄と打ち合っていた。

 こちらは実力者通しの戦いだ。年季が違う。動きにそれが現れている。


(げげっ……こりゃ俺、レイにも負けるんじゃ)

「頑張んねーと」


 初めて見た年下の実力に危機感を覚えた。しかも彼は一般人。

 その後しばらく剣や体術の指導が続く。一朝一夕にはいかないが、武術方面はひとまず終了。続いて異能のほうを見てくれるという。


「いいんですか!?」

「むしろ君はこちらのほうが課題だろう」

「うっ……はい」


 図星を言われて心苦しくなるゼノン。

 アランのほうは懐中時計を取り出し時間を気にしていた。そこへ――。


「や~間に合った感じ?」

「エミル兄様、どうして」

「私が呼んだ。今日なら時間を作れると聞いたからな」

「うん。1時間だけね」

「それで日付指定を……」

「詳しくは後だ。エミル配置につけ」

「ラジャー」


 役者が揃うと同時に本題へ移る。あまり時間がない。

 顔を出して早々に退室していく。そして「実践形式だ」と説明が始まった。


「制限時間は1時間。それまでにあいつを捕まえろ。範囲は敷地内。手段は問わんが、被害は最小限に抑えるよう心掛けるように」

「屋内で異能を使ってもいいんですよね?」

「当然だ。向こうも遠慮なく使うので全力でかからねば逃げられるぞ」

「気をつけて下さい。エミル兄様は曲者ですから」


 さっさと行け、と送り出される。ルールは至って単純だ。

 市街地で逃走犯を追う。今回は別邸の敷地内だけとはいえ、想定する場面からそういう意味だと思われた。建物だけじゃなく広い庭があるし、一般家庭と違い使用人だっている。


(もし人のいる所で戦闘になったら――)

「けど犯人の思考的には人の多い所いそう。いや、でも異能次第か」

(あの人、どんな異能なんだ?)


 情報がないのが恐ろしい。何をしでかすか不明な怖さだ。

 様々な予想が思い浮かぶ。ゼノンは時計を確認しつつ捜索した。


「つーか出てってまだ時間経ってないのにどこ行った」

「お客様、どうなされましたか?」


 キョロキョロと不審な動きをしていた所為だろう。女性の声がかかる。

 見るからに使用人の風体で人当たりの良い表情をしていた。怪しい部分はない。


「今人を探してるんです。エミルさんなんだけど」

「エミル様ですか? 先程おいでになられたようですが……」


 どうやら修練場から出て行った後の所在は知らないようだ。

 実践と言うからには聞き込みはありの筈。早速エミルに関する情報を聞く。真っ先に気になったのは彼の異能についてであった。

 誤解を招かぬよう事情を話したら快く教えてくれる。霞幻影=幻覚系だという。


(隠れるのにうってつけ過ぎんだろ!)


 視界を欺く面倒な相手を探し捕まえるという難題。

 虱潰しにいくが、目につく場所や物を点検しても、誰と話しても見つからない。


「時間がない。何か手がかりは――」

(こういう時、刑事ものや推理ものじゃあ、出入りする人間を把握したり変装を暴くために顔を……。いやダメだ。後者は現実にやったらアウトだよな)

「くっそぉー。殺人事件とかなら第一発見者が怪しいって展開もあるんだけど」


 つい口から出た言葉に閃く。いや、思い出した。

 それは邸内の部屋を調べた際に見た一枚の写真。縁に入れ飾られていたソコに映っている2人の人物だ。1人はエミル、そしてもう1人は聞き込みで知った彼の妻。


(あの顔、最初の使用人!)

「なんですぐ気づかなかった」


 自分自身に文句を言いながら最初の使用人を探す。

 一緒に来たという可能性はゼロじゃない。でも貴族家の妻があんな恰好をする訳はなかった。少なくとも理由がある。しかし聞き込みから限りなく犯人自身だろう。

 あれは最大のヒントだったんじゃないのか。そう思わずにいられない。


(まさか犯人が自分から話しかけて来るなんて思わねーよ)

「他の何かが変わる前に絶対捕まえてやる!」


 足早に右へ左へ奔走した。捜索中にふと窓の外を見る。

 すると外に薄紫色の霧が立ち込めているではないか。異常な現象を目撃し、反射的に部屋を飛び出し外へと駆け出す。


「なんだコレ」


 呆然とそこにある景色に目を奪われた。庭が消えていたから。

 一歩外に出れば、場違いなほど可愛い異次元が広がっている。チェック柄の地面、ぬいぐるみやケーキの山、レースの川に金平糖の星が煌めく空。パステルカラーな雲は綿あめか。クッキーやチョコレート等で作られたオブジェなんかまである。見ているだけで甘い。

 一旦戻ろうと振り返れば、別邸が綺麗さっぱりなくなっていた。


「幻覚っていうよりもう世界創造じゃねーか」

「お客さんだクマー」

「いらっしゃいなんだよぅ」

「なんだ、こいつらッ」


 動物の形をしたぬいぐるみ達が歩み寄ってくる。

 ますます意味がわからない。ここの住民なのか。ゼノンは混乱した。

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