ep2‐1.望まぬ再会
騎士らとの一件から後、騒動の場を離れたゼノンは酷く困惑していた。
ポーカーフェイスできてるつもりで思考が迷走している。それもこれもアイツの所為だ。頭の中に割り込んできた存在感と先程の感覚。正直冗談じゃないと感じていた。
(アレが俗にいう運命の番って奴か!? くそ、頭から離れねえ)
本気で嫌な気分になる。心の片隅でときめいている感じなのが余計に癪だ。
運命の番、それは強く惹かれ合う存在。一度出会えば忘れられないという。必ずしも会った時に発情する訳じゃないようだが厄介な存在には違いない。
(まさか、このまま意識の中に居座るきじゃねーだろうな)
鳥肌が立つようで、背筋をヒヤリと寒気が走った。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。これはまやかし。絶対そうに決まっている。
絶対に認めない、したくない。ゼノンは必死に内に宿った炎を鎮めようとした。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
数日後が経つ。結局あれから2人はなかなか会えていない。
特別避けている風ではなかった。ただ広い行動範囲の中で偶然顔を合わせるのが難しいだけ。お互い忙しいから見事に行く先々ですれ違っている。
「はぁ~」
「なに1人で溜息ついてるんだい。悩みなら聞くよ?」
オフィスでの作業中、同僚に話しかけられた。
同時期にきた男だ。先天性αでお茶らけた雰囲気がある。手は止めず余力で応じた。
「お気になさらず。ちょっと幸せ成分が不足しているだけですから」
「幸せ成分ね。来て早々ストレスとは大変だ」
「ストレスなんでしょうか」
「違うの?」
どの程度まで踏み込んでいいのかわからない会話が続く。
親密な相談ができる間柄ではない。しかし現状把握の域を出ない質問ならいいだろう。彼の見解を聞く体で聞けば不自然じゃない筈だ。
「特区には同盟という組織があると聞きましたがどう思います?」
「あそこ、可愛い子いるよね。Ωも多いし後美人も多い」
「見てきたような言い方ですね」
「うん。外回りの時にちょろっと。別にそこまで遠くないし」
気になるなら教えるよ、と軽い調子で場所を教えてくれた。
同僚曰く、受付の子が好みな可愛さらしい。長々と魅力を語り出す。アズールには興味のない話だ。適度に話を流しつつ作業を終わらせ次の業務に移る。聞き役が多かった彼と違い、同僚の男は話しているほうが多くて注意を受けていた。
(時間を作って訪問してみましょう)
計画を考えるだけで心が躍る。楽しみで仕方がない。
初対面時はちょっと失敗して驚かせてしまったが次は。まだ始まったばかりだと会う前から張り切るのだった。
特区市街、昼、人気の殆どない河川敷・橋の下。
ここにも盛大に溜息を吐く人物がいた。どういう訳か、今、ゼノンは集団に囲まれている。
「あぁ~よもや白昼堂々つけ回されるとはなぁ」
「ふっふふ……自ら人の居ない場所へ来るとは愚かなものだね」
「こっちば前回の倍。仲間の助けがなけりゃ厳しいんじゃねーか?」
下衆と意地汚さの混じる笑みを浮かべるう男達。先日の報復に来たのだろう。
容易に想像がつく展開に呆れるしかない。前の時でさえ、途中で1人増えたが、1対多勢の状況で五分以下だった。一応口は出しても、自分から手を出さず迎撃に徹した筈だが……。
(手を出すべきじゃなかったか? 面倒くせぇ)
ちなみに現在の場所は選んだ結果だ。理由は人が殆どいない事と――。
「Ωの分際で盾突くとどうなるか。たーっぷりお灸を据えてやるからな!」
「ご主人様ぶるなって。そーいう仲じゃねえだろ、俺達」
「煩い。大口叩くな、知ってるんだよ。お前が漂流者で能力の劣るΩだって」
向かって来ながらほざく男。他の連中も次々と襲い掛かる。
今回も迎撃態勢で、見切れる攻撃は躱し、反撃の蹴りは必ず右足を軸に。
「どこ情報だよ」
(つーか他人の個人情報を。優秀なαが聞いて呆れるぜ)
漂流者という情報は隠すほどの事ではないが気分が悪い。
それよりもΩだから能力が劣る、と認識されている事のほうが癇に障った。
訓練の差か、的確に急所を狙い迎え撃つ。男達はプライドが傷ついた様子でついに異能を使い出す。炎に雷、光と確認しただけでも種類がある。攻撃性の高い力ばかりだ。
奴らの異能にゼノンは一瞬、僅かに表情をこわばらせた。でもすぐに挑戦的な笑顔を浮かべる。
笑顔が気に入らなかったらしい。怒り任せの火炎が飛んできた。
かなりの威力が期待される熱量が激突。大量の煙が噴き出し、今度こそ勝ったと男らは笑んだ。しかし次の瞬間には消える。煙の中から現れた渦巻く水の壁に。水の大半は傍の川から引き込んでいた。
水量に驚く連中へ壁を形成した水を放出。半数以上を押し流して昏倒させる。ただし繊細な制御のおかげで男らが川に落ちる事はなかった。
「こいつ水使いだったとは!?」
「知らなかったのか? 調べが甘いぞ」
これで雷使いは牽制できるだろう。仲間を巻き込む気がなければ。
「粋がるんじゃねえ。水が使えるのはお前だけじゃない。手本を見せてやる」
「広域制圧を抑制した程度で調子にならない事だ」
生み出した水で大蛇を造形して飛ばす者、圧縮した雷を矢の如く放つ者。
どちらも膨大な思念力だ。自らの思念だけで高威力の一撃を成しえる能力。天才肌の奴ららしい力押し。繊細さは欠けるが制御も悪くない。
むしろアレだけの力を生み出し、完全に扱いきれている能力は驚嘆だろう。
(ふー落ち着け。単純に力じゃ分が悪いのはわかり切ってただろ)
驚くべき力の圧だが対処できない訳じゃない。逆に好都合だ。
溜めと発射の時間差で水流のほうが先に到達する。ゼノンは動揺せず、全身全霊をもって思念の波長を読む。己の思念を乗せた手をかざし触れた瞬間――。
「なっ!?」
「バカなッ。あり得ない」
パラパラと砕ける氷の蛇が障壁となり雷は地面へ流れていく。
水を凍らせたのは、もちろんゼノンの異能だ。なに水使いなら何も珍しくない。
「はんっ、漂流者で、しかもΩの雑な精神集中力じゃ水を氷になんて不可能だと思ったか?」
水を氷に変えるのにはコツがいる。繊細な制御って奴が。
大抵の奴らは、Ωは精神力や集中力が雑だから弱い思念しか使えないと思っているんだろう。けれどゼノンはそう思っていない。思っていないどころか、精神力に限ればαより強いとさえ思っていた。
崩壊する氷の幾つかをつらら針に変えて飛ばす。氷の棘は放心気味の男達に些細な傷をつける。擦り切れて血が滲み、痛みで我を取り戻した連中が揃って動揺し叫んだ。
「い、痛てぇ」
「血が出て、ヒリヒリするっ」
「おいおい弱過ぎだろ。さてはお前ら相当なお坊ちゃんだな」
「お、覚えてろよ。次こそは絶対に――ッ」
「もう来んなって……」
慌てふためき、起き上がった仲間共々逃げ出す。気絶したままの連中は放置で。
「んあぁ~人の事言えねぇな俺も。つい手を出しちまった」
誰に聞かせるでもなく言う。騎士団に見つからなくてよかった。
部下には正当防衛までにしろ、迎撃が基本と教えているのにと渋面になる。
いや、誰かに目撃されている心配は残っていた。後々面倒な騒ぎにならない事を祈るばかりだ。今はともかく置き去りにされた数名をどうするか。腕時計を確認する。
「時間やべーかも」
(このまま放置でいいか?)
少し考えて止めておこうと決めた。一応の罪悪感はちょっぴりある。
運ぶ手段を思案して、悩んだ結果彼は異能で雪の蝶を作り空へ放つのであった。
同日の昼下がり。遅めの休憩時間に入ったアズールは同盟本部に来ていた。
町の東、南寄りの地点にそれはあり。外観はマンション風の洋館だが、右に診療所、左はジムが密接している。エントランスロビーに入ると両者が繋がっているのが見て取れた。前方へ進んだ先に受付と、その左右に奥へと続く通路がある。
(ここまで立派な施設だったなんて――)
まだ歴史の浅い組織と思えない充実ぶりだ。外から見た階層は5階と騎士団基地より多い。
(ん? あそこにいるのは確か)
ロビーの一角で談話している2人には見覚えがあった。
ちょうどいいと思って躊躇わず歩み寄っていく。気づいた彼らと目が合う。
「こんにちは。お話しても宜しいでしょうか?」
「ああ、いいよ。ちょうど暇してるしね」
声で応じたのはプラチナブロンドの髪をしたルカだ。レイは頷いて応じる。
改めて声を聞き、はっと気づく。男性にしては声が高い。それもその筈、ボーイッシュな身なりだがルカは女性なのだ。先天性Ωでありながら腰の丸みや大きさは控えめで胸が小さかった。
2人は首輪をしている。歳も近そうで、遠目に見たら間違えそうなくらい似ていた。両者を見比べつい口に出してしまう。
「お2人はご兄弟なんですか?」
しまったと気づいた時には遅かった。ルカがからからと笑う。
「違う違う、確かに歳はアタシのほうが上だけどさ。まっ顔も知らない兄貴よりかはレイが弟だと嬉しいけど」
「止めてください。オレには勿体なさ過ぎます」
「すみません」
「別に謝る事ないだろう。で、何が聞きたい?」
視線が再びアズールに向く。気楽な雰囲気に押されナチュラルに問いかける。
「ゼノンさんにお会いしたいのですが」
「リーダーに……」
「へぇ~」
名前を告げた途端に2人の表情が変わった。
ルカは勘ぐった様子で、レイは明確に敵意を向けてくる。
なぜ、これほどまでに睨まれるのか。心当たりは1つしかない。初対面時の行動だろう。直前にαとの騒動に出くわしてしまったのだ。あの一件が過剰な警戒心を生んでしまったに違いない。
(誤解は拗れる前に解かなければ!)
「あの時は失礼な態度をとってしまったかもしれません。ですが、私は本当に真摯な気持ちで――」
「別に……貴方の気持ちは聞きたくありませんよ。ただあの人に近づかないで」
レイは睨むのを止め、代わりに興味を失った風に視線を外す。
アズールはどうにか気持ちを伝えようとしたが響いている様子はない。誤解を今すぐ解くのは厳しいのだろうか。ならばもう1人に聞こう、と視線を横に移すが彼女は笑むだけで応えなかった。
すると窓から1匹の雪の蝶が飛来する。蝶はレイの前にあるテーブルに降り立ち弾けて模様を描く。模様を見た彼はスッと立ち上がり何も言わず外へ出て行ってしまう。
誤解を解き損ねたアズールは扉に向かっていた視線を戻す。
今のは異能の力だ。何かあったのかと残ったもう1人に問いかける。彼女は探るような眼でなんとはなしに答えた。