ep3.事件と少年
時の流れはめまぐるしく、懸命に日々挑み続ける日々。
未だコツを掴み切れず異能の精度は芳しくない。中途半端な手ごたえばかりで気持ち悪さを感じていたある日の事だ。騎士団に事件が舞い込む。
「ウォルツ侯爵家からの要請だ。今から現場に急行するための指示を出す」
本件は誘拐事件で、犯人の監視を警戒し変装で現場に急行する。
指示によりゼノンは実家が貴族だというα騎士=殿方役の婚約者という体で赴く。普段は目立たないように隠している首輪を、渋々晒して服装も相応しい物を借りた。つき人に扮したアレックスも同行。
(変装とはいえ、どうして俺がこんな……)
バース性認識のおかげで女装する必要がないのは救いだ。
表向きの設定だし、紳士淑女の対応が功を奏して身体の接触は抑えられる。この世界の貴族として、場を考えず過度にベタベタ密着するのは品位を損なう。
「そろそろ着くよ。大丈夫?」
「はい。もちろん」
車の中で気遣われ気持ちを切り替える。今は事件に集中だ。
ウォルツ邸に到着すると運転手が車扉を開く。先に殿方役が降りて手を差し伸べた。内心では拒絶したいが感情に蓋をして応じる。触れた瞬間、全身に怖気が走るのを感じた。
頭では理解しているつもりだ。訓練の時は気にならないのに……。
(我慢しろ。顔に出すな)
強く自分に言い聞かせ、エスコートされ邸宅に招かれていく。
表情を取り繕うのに必死で演技できている気がしなかった。だが何の問題もない。招かれた人のパートナーとして振舞っているだけでいいのだから。
「ようこそ、おいで下さいました。この場に来れない兄弟に変わりお礼を申し上げます」
待ちきれなかったのか。エントランスまで出迎えに来た青年に会釈する。
服装からして使用人ではないだろう。歳の頃は20代半ばくらいで、伸ばした髪は白金色をし碧眼。優男という雰囲気であった。
「お招き下さり感謝します。久しぶり、エミル君」
「いやぁ~本当に久しぶり。元気にしてた?」
――という風にご無沙汰していた友人を装う。ちょうど次男と同年代なのだ。
エミルと歓談しながら当主への挨拶に行く。ゼノンは道中静かについて歩き、時々相槌を打つ程度だった。全然話についていけない。会話は慣れた2人に任せ、今回の依頼者と対面を果たす。
当主=ウォルツ侯爵はダークグレーの髪に青紫色の瞳をしている。
「よく来てくれた。こちらの要望に応えてくれて嬉しいよ」
「いいえ。こちらとしては当然の配慮と心得ております」
(誘拐事件が起きた割に余裕だな。この人達は)
貴族達の感覚がまったく理解できなかった。口には出さないが疑問に思う。
「早速で悪いが本題を話そう」
「はい」
(いや、全然そんな事なかった)
ウォルツ侯爵の雰囲気が変わる。応じる者達を含めて。
他にも使用人や、邸宅を出入りするのに不自然のない変装をした騎士らの姿があった。各自で必要な作業をしている。周囲の状況を見て口を開いたようだ。
「誘拐されたのは我が家の末の子でね。名前はレイ」
「把握しております。確か3番目の御子息はΩでしたよね」
この言葉に重々しく頷く。我が子を想い渋面になる。
よりにもよってΩの子を攫った。他の兄弟が出ていた所為なのか、狙っての事か。
「おかげで妻は寝込んでしまい。私も気の休まらぬ日々を過ごしている」
「御心中をお察し致します」
「うむ。軍部を動かして捜索しても良いが、事を荒立ててはあの子の身が危うい。つい先日身代金の要求が送られてきた。貴殿らには極秘裏に息子を救出して欲しいのだ」
「懸命なご判断です。必ずや御子息を救出してみせましょう」
「頼んだぞ。君もな」
「はい! ……えっ?」
視線を向けて言われ返事をしたがゼノンは怪訝に思う。
頼れる人物が周囲に大勢いる中でなぜ準騎士1人に声を掛けたのか。謎だ。
「なんで侯爵は俺に声を掛けたんだろう?」
悲観している訳じゃないが気になってしまう。
「たぶん御子息の気持ちを考えての事じゃないかな」
「あ、そっか」
隣にいたアレックスが呟きの答えを投じた。
その見解に納得し、自分の考えが浅かったと反省する。事件に遭遇した経験があるのに、当事者の気持ちを失念していた事を腹立たしく思う。
「俺、頑張ります!」
「うん。頼りにしてるよ」
更に詳しい事情を聴取しつつ捜査が開始された。
進展するにつれ犯人が複数おり、貴族や裕福な家庭の子供を狙ったものだと判明。別件で調査していた事件が思わぬ形で繋がったのである。しかも攫われた子は10代の少女やΩばかり。
身代金の引き渡しから追跡を行い潜伏場所まで突き止めた。中心地から少し西に行った廃校舎だ。異能を用いて内部状況を分析。人質の場所に目星をつける。
「容疑者集団は1階の職員室。保護対象は2階以上の部屋と思われる」
「異能の詳細が判明しているのは2人。雷系と闇系だ」
順を追って情報を整理・再認識し作戦を練っていく。
基地での会議が終わるといよいよ犯人逮捕に動き出す。今回は準騎士の中から数人選抜があり、ゼノンもまた侯爵の希望で配置を言い渡された。
被害者の恐怖を和らげる要員程度の価値観だろうと関係ない。攫われた中にΩや年端も行かない少女がいる時点で俄然やる気が出る。
(弱い奴や下卑た思考でしか人を見れない連中に容赦しねえ)
「絶対許せねぇ。ぶっ飛ばしてやるぜ」
「意気込んでるが君は後方支援だよ。まだ準騎士なんだから」
意気込みを聞いていたらしい騎士の1人がつっこむ。
その傍らにいた者が口元を手で押え塞ぎ込んだ。気づいた者が近寄る。
「おい、どうした?」
「すみません。ちょっとフェロモンに当てられて」
「君は鼻が敏感だったな」
当然の如く案じていた男の視線がゼノンに向く。
「俺じゃない。薬は飲んでるし発情期はまだ……」
「違います。匂いは廃校舎から」
「――――ッ」
話を聞き終わる前にゼノンは駆け出した。他の者の静止を無視して。
最悪の事態が脳裏を過る。過去の記憶と共に、あの恐怖を誰かが感じようと。考えただけで鳥肌が立ちそうだ。
咄嗟に裏へ回り窓の外れた場所から侵入。全速力で階段を駆け上がった。音に気づいた犯人らの声が響く。騒ぎが広がるのは時間の問題だろう。
(どこだ。どの部屋にっ)
微かな声と音がする。すぐさま反応し足を踏み出す。
あの恐怖は経験した奴にしかわからない。早く、早くと気持ちが急く。
(あの部屋か)
ダンッと閉じられていた古い扉を蹴破り中へ。
一応の光源がある室内。視界に映ったのは倒れる少女の前に1人の少年。縛られて膝をつき、怯えながらも必死に背後を庇っていた。判然としない光景だが推測するには十分だ。
「下衆が!」
目にしたものにカッと頭に血が上る。余計な考えなど吹き飛ぶ。
ずかずかと行き、首根っこを掴んで殴り飛ばす。間髪入れずに蹴りを入れた。不意を突かれた男が蹲って呻く。
更に追撃しようとして声を聞き少年達のほうを見る。大丈夫かと声を掛けた直後、1人の少年の視線と気配で背後に迫る脅威に気づく。
振り向くが間に合わない。痛みを覚悟したが倒れたのは男のほうだった。
「まったく世話のかかる。軽率な行動は慎め」
「すみません。ありがとうございます」
助けたのは後から来た騎士だ。他にも何人か入って来て犯人を取り押さえる。
「詳しい話は後、君は奥の彼女を」
「了解」
指示に返答をして奥へと駆け寄って行く。
「もう大丈夫だ」
「はぁうぅ……」
「彼女、たぶん発情してると思います。その」
「ああ平気さ、俺もΩだから。そっちも良く頑張ったな」
「は、い」
少女を担ぐ前に、震える少年の身体を柔く抱き背をぽんぽんと叩く。
耳元で「怖かった」とか細く声を零した。涙を堪えるかの如く押し殺した嗚咽を聞いてやるせない気持ちになる。
「さあ、帰ろう。家族の待つ場所へ」
発情期が疑われる少女の保護を担当した。傍にいた少年も一緒に外に出る。
一区切りはついた頃、ゼノンは少し離れた場所に呼び出されてしまう。犯人達は既に他の騎士らによって移送済み。保護対象も順次然るべき施設へ行く手筈だ。
「ゼノン・ユイキ、君は自分が英雄にでもなったつもりか」
「――いいえ」
「君は準騎士でしかも異能や武術の技量が不安定だ。指示を無視したのも看過できない」
「はい」
「1人の軽率な行動が人質の身を危うくする可能性だってある。人質への乱暴を防いだ行為は評価するが、それとこれとは別の問題だよ」
「すみませんでした!」
口頭での叱りはここまで。後に処罰にすると告げられた。
貴重なΩ隊員をいつまでも拘束してられない。保護されて尚、警戒と怯みで対応が難儀している所に協力するよう指示する。これは侯爵の意向を汲んでの試みだ。
その現場でゼノンは1人の少年・レイと知り合う。先程少女を庇っていた子だ。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
「別に礼を入れるような事じゃないよ。これが仕事なんだから」
でも嬉しいと思った。やらかしはしたが無駄じゃないと感じられる。
委縮した様子のレイに寄り添いながら、話を聞き終えて無事送り届けた。事件の処理が終わった後、あ始末書と罰掃除を申しつけられる。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
休日、ゼノンは店で必要な物を買い揃えていた。商品を眺めて思う。
(やっぱり品揃えが悪い)
見ているのはΩ用品の棚だ。必要最低限という言葉がぴったりで、殆どが他のバース性と併用した物ばかりである。Ωだけが使う品といえば首輪くらいだろう。
異世界に来るまでは縁のなかった避妊薬や生理用品。下調べ気分で眺めた商品の種類の少なさが悩みの種になった。これから必要になるかと考えれば頭が痛い。
「この世界の人はこれで満足なのか?」
先の事件でも発情期というだけで皆苦労していたのを思い出す。
(まぁ、意外とこんなもんかもな)
袋を抱え店を出て歩ている時、横から声に呼ばれて振り向く。
路上脇の駐車場に停められた車の窓からレイが顔を出す。あれから2人は時々会う仲になっていた。親しげに話す彼の誘いを受けて車に乗る。
「ゼノンさんは初めてですよね。こちらは兄の……」
「アラン・フォン・ウォルツだ。貴方の話は父や弟から聞いている」
「初めまして。ゼノン・ユイキです」
そこには見知らぬ男性が同席していた。髪はアッシュグレーで瞳は紫で、顔立ちはウォルツ侯爵に一番に似ている。厳かな雰囲気が対峙する者の背筋を正す。
車窓の向こうに広がる景色が流れていく。アランはまず例の件について感謝を告げた。
「今日は休みを利用して帰ってきてくれたんですよ」
「大事な弟の無事をちゃんと確かめたくてね。元気そうで安心した」
「そうだったんですか。よかったです」
会話の内容は他愛もない。αは苦手だが仲良さげな様子は好感が持てる。
幾らか言葉を交わし兄弟で剣術に励んだ話や、アランが騎士団本部に勤めている事を知り、ゼノンの話題にも触れていった。レイがなんとはなしに聞く。
「ゼノンさんは車は乗られないんですか? 一般でも利用される人多いですが」
「レイ。問いかけは言葉をよく選びなさい」
「すみません。失礼な聞き方でした」
慌てて謝ってくる少年に両手を軽く振って言う。
「いいや、構いません。車は運転証持ってるけど、なるべく歩くようにしてるだけですから」
「なるほど。健康的で素敵な理由ですね」
「どうも。ちょっとでも身体を鍛えたいし歩くの結構好きなんだ」
ほう、とアランが興味ありげに呟く。一方の2人は気にせず話を続けた。
やがてハルトの家が近づき車を降りる。別れ際、躊躇っていた言葉を言う。
「不躾ですが、お時間があれば剣術のご指導をお願いします!」
気分を害してしまうだろうか。不安と恐怖が胸中を圧迫する。
「君は自分が何を言っているのか、わかっているのか」
「はい」
頭を下げたまま答えると短い沈黙が流れた。
もう言ってしまったのだから引き下がれない。緊張して返答を待つ。
「――わかった。後日、報せを出す」
「失礼しました」
車が発進する。これであっていたのかはわからない。
自室に戻った後、己の所業にどう気持ちの整理をつけたらいいのか苦悩するのであった。
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過去編の中でも1・2を争うくらい不安要素のある問題回になってしまったかも。
矛盾はしたくないけど、完全に取り除ける気がしません。でも絶対省けない部分だし。うまく書けない~って感じが強くてしっちゃかめっちゃかに――。
ああ、どうしてこうなった。下手に直そうとすると更なる矛盾と問題点を生みそうで、このまま強行突破するしかできない。
すみませんが、細かい所は気にしないで頂ければ……。




