ep1.準騎士ゼノン
時は遡り、あれは独学に行き詰まりを感じた頃だった。
異世界に来て、いろいろな所を短いなりに経験して。でも身につかないものがある。それは異能だ。身を護る術も故郷とは違うが……。
「ほら、新入り遅れてるぞ。ちゃんとやれ!」
「はいっ」
無理を承知で頼み込んで加入した騎士団。ここは特区基地である。
今は訓練の時間。屋外の修練場で基礎を叩き込まれていた。周囲にいる連中は皆、ゼノンよりも涼しい顔で任務をこなし訓練にも精を出す。鍛錬量も違う。
彼らの視線がなかなかに痛いと感じるのは気のせいなんかじゃない。
(まあ当然だよな。他の準騎士は養成所とやらで基礎を学んでるんだし)
「余計な事考えてると終わらんぞ」
「すみません!」
自棄ぎみに大声を出した。やってる事は運動部の活動を彷彿とさせる。
だが、こちらは命がかかっている分重みが違う。手を抜けば死にかねないのだ。本番で。鍛錬内容は大まかに走り込みや匍匐前進などの体力づくり、剣術や射撃練習。加えて座学と任務=通常業務。
ぜえぜえと呼吸を乱し、鍛錬が終われば準騎士の任務を言い渡された。できて当然の内容なので休憩なぞある訳がない。
「なんであんな奴が俺らと同列なんだ?」
「しかもΩなんだろ」
「アレでしょ。養成所は全寮制だし、設備とか狼の群れに兎は入れられない的な」
「絶対無理だろう。お世辞にも強いとは……」
「能力の低いΩを前線出すのは厳しいよ。危険過ぎる」
(あーあー言い返せねえ)
弱いのは事実で否定しようがない現実だ。同じ準騎士らと訓練で打ち合えば負け、小言や噂が絶えなかった。好奇の目というものだろう。
「どんな手を使ったんだ?」
「エロい裏事情あったりして」
(んだとコラッ。くそ、α連中に言いたい放題言われんのは癪だけど……我慢だ)
「うわ怖、調子に乗っちゃってさ。足引っ張ってる自覚ないのかな」
ゼノンは時々睨んでいる事に気づいていない。他の職場より騎士団はα人口が多いのだ。故に警戒心が勝って、ついピリピリしてしまう。その態度や反応が返って周囲を苛立たせた。
表立って衝突してくる奴はそういない。囁く声と含みのある笑み。やり辛い、面倒な連中ばかりだと感じる。こういう部分は異世界でも変わらないと思う。
「それ運び終わったら、ニューバート君と騎士のサポートついて」
「了解しました」
「急いでよ。時間厳守だから」
「はい」
場所と時間、騎士の名前を聞いて今の業務を終わらせに動く。
気分としては憂鬱だった。なぜなら同行者の名前が引っかかっていたから。
(よりにもよってアイツかよ)
荷運びの作業を終わらせて合流場所に向かう。
先に待っていた準騎士と目が合った。鼻につく態度で睨まれる。騎士のほうはまだ来ていない。そして挨拶代わりに言われた事は――。
「遅い到着だ。随分と余裕なことで」
「すみませんね。まだ慣れないもんで!」
「ふん。ズルをして入るからだよ」
(あぁ言えばこう言う)
まだ突っかかってくるだけマシだが気に食わない。
両者の間に激しい火花が迸る最中、今回行動を共にする騎士が姿を現す。
「やあ、待たせてすまないね。マルク君、ゼノン君であってる?」
「はい。よろしくお願いします」
口を揃えて返答をして顔を見合わせる。いい気はしない。
その日は騎士に同行して日々の業務や些細な案件を処理していった。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
ゼノンは空き時間、異能についての勉強に打ち込む。
身体を動かし覚えるのは大事だが、休憩の意味も兼ねて知識を頭に入れる。正しい理解で扱わねば危ないと教わったからであった。だいたい異能自体が専門用語みたいなものだ。
「まさか魔法みてぇな力があるんなんて、最初の頃は思いもしなかったぜ」
(今でも信じられねーけど)
でも紛れもない現実。その片鱗を既に経験していた。
どうやら自分は水の力を使えること。技量を上げれば氷まで操れるらしい。異能を使うには思念が必要で、それをイメージで現象に変化させる。
「思念、思念ね。意思の力ってところか」
(でも潜在能力? 限界値があるっぽい?)
思念の強弱で生み出せる炎や水の規模が変わるという。
精神力や集中力を使うから、当然異能は使うほど前者をまとめて気力を消耗する。持久戦向きじゃないな、なんて事を考えた。
(だからこそ武器や体術が必要なんだろ。本当ゲームみたいな……)
「けどゲームじゃない。マジで死ぬ」
それに護身術は何も異形や危険生物に限った話じゃない。
こちらに来て最初に経験したもの。むしろ現状で必要性を感じているのはそちらだ。あんな無様は2度と経験したくないと思う。とにかく力が欲しかった。
(問題は鍛えてどこまで扱えるか、だな)
「お前、何やってんの?」
(この声は)
「あぁん? 別に調べものだけど」
口に出してから後悔する。つい言葉遣いが悪く……。
「うーん。はっ、お前こんな初歩的なもの呼んでたのか」
「悪いか……じゃなくて、いけませんでしたかね」
「くふふっ。あぁ、いやごめん。Ωってのは大変だな」
(むかつくわ~)
明らかにバカにしていた。隠す気はないらしい。
本当にいろいろな反応で嫌味を晒してくるな、と腹が立つ。思わずぶん殴ってやろうかと立ち上がりかけた。でも堪える。仲間内で問題を起こせない。せいぜい言い返すのが限度だ。
皮肉を言い合うのは程々にして仕事に戻った。
一日の仕事を終えてゼノンは基地を退出する。
寮で生活する者はいるがΩであるため厳しい。特区には恩人のハルトが住んでおり、今現在は彼の家で一緒に暮らしていた。特区の南側にそれはある。この辺りは特にΩが多いのだ。
診療所を兼ねる家屋で白壁に緑屋根の洋風な外観。周囲の雰囲気ともあう。
「ただいま」
「おかえりなさい」
扉を開けて入ると美味しい匂いがして台所を除く。
声を掛けると相手が振り向き穏やかに出迎えた。家事は基本的に当番制だ。自室に荷物を置いてもう一度台所のほうに行き声を掛ける。
「ごめん。またちょっと出てくる」
「今から? あまり遅くなり過ぎないようにね」
「はーい」
体力の面でいえば正直くたくたに疲れていた。
でも家ではやりたくない。そう考え、扉を開けて再び外へ歩み出す。狙いはこの時間人が少ない公園か空き地。きちんと確認して、少しでも人気を感じたら場所を変える。
今日は誰にも使われてない野外舞台を選ぶ。周囲を緑に囲まれ、水飲み場もあった。いい場所を見つけたと思う。
目的は至極単純で異能の自主練だ。基地でもやるが足りない。ついていけないのが現状だった。できないから反感を買う。根に持ちたい訳じゃないが……。
「見てろよ。今に上達して吠え面でも拝んでやるぜ」
傍から見れば大差のない言葉を口走っていた。
「ふぅーさて、まずは精神統一からだ」
気持ちを切り替えて呼吸を整える。瞑想は基本。順に実践していく。
初めて異能が発現した時のことを思い出せ。得意分野は水だ。炎や雷と違って実際に触れ、質感を肌で知っていた。具体的に、鮮明に。どう動かしたいかまでを焦らず思い浮かべて。
自分がわかる形に変えて想像するのも1つのコツだ。特に思念に関しては。
(身近なもの……スマホ? いや、もっとふわっとした物がいいか)
水に変わるのだ。印象的に柔らかい、または弾力のある物が違和感は少ない。
(形は、球体でいいや。とりあえず)
最初はシンプルなほうがいいと本に書いてあった。
「この玉は俺の一部、意志、心。望めば何にでも変わる。水、水……」
今、己の手の中に水がある。シャボン玉の如く浮遊した水槽。
いろいろな、当て嵌まりそうな印象や物を想像に加えた。直接触れず操るのは、人形を糸で操るかのようだ。見えない糸で造形して好きな場所に移動させる。
繊細な思考というのは思いの他に疲れた。この感覚を長続きさせるのは根気が入りそう。
「あ……」
気を抜いたら崩れる、と思った矢先に形を失った。
「せっかく上手くいってたのに。出し損じゃねーか」
地面を濡らした水に愕然と肩の力が抜ける。
成果が跡形もなく崩れ去り、疲労だけが残った感覚に気持ちまで沈む。こんな事では自衛は愚か生活支援すら夢のまた夢だ。
(ハルトさんレベルに到達すんのも難しい)
教わる際に見せて貰った光のイリュージョンを思い出す。
本人は灯りを灯す程度が関の山だと言っていた。でも今のゼノンからすれば十分凄いものだと実感する。育った環境が違うから比べるのもおかしな話だけど……。
「最低でもあそこまでは早くいかねーと不味い。量も全然少ないし」
「ああ、いたいた。探しましたよ」
そう言ってハルトが歩いて来る。随分と遅くなっていたようだ。
夜間の独り歩きを心配されたのだろう。迎えに来てくれた以上、大人しく帰らざるを得ない。この日の自主練は打ち止めとなった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
今回のお話は過去編になり、大きな出来事を中心にざっくり繋げました。それでも結構長くなると思いますが引き続き読んで頂けると嬉しいです。
※メインの2人が出会う前の物語なので恋愛要素はない、完全なおまけです。
ジャンル的に描く意味があるのか疑問ですが、本編であまり掘り下げられなかった気がしたので……。




