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ep12‐4.救出

「探す手間が省けました。薬を渡して下さい」


 体調不良と疲労で、押せば倒れそうな酷い顔色でも凄まれると怖いらしい。

 危険生物や異形の存在も後押しして、男は先程までの威勢を失っていた。近づけば身を縮めて震え上がる。少々厳しく接しているだけなのに過剰反応だ。


「さあ早く!」

「わ、わかった。渡す。だから助けてくれ」


 弱々しい態度で差し出された解毒薬を受け取り飲む。一切躊躇わない。

 どの道切り抜けられねば死ぬのだ。まさにそんな心境であった。少しして酷い頭痛がアズールを襲う。すぐに記憶は戻らない。それでも構わず異能のほうを優先した。無事使える。


「ぐ、はぁ……まず薬草を」


 思念石を取り出して薬草を探し出す。危険生物の毒を直接吸い出すのは危険。

 必要な量を採取してすり潰し、水で洗浄した後傷口に塗り込む。手持ちの布を割いて幹部に巻いた。湧き水の浄化にも別の思念石が役立つ。


「ここは……」

「気がついたんですね。よかった」


 実は全然よくないが他に言葉が浮かばなかった。

 アズールは横穴の入口付近で、広間の様子を見ていたが動く気配に気づいて駆け寄る。ゼノンは苦し気に呼吸をし、傍に来た人影を認めて半ば倒れるように抱き着く。


「あ、あのっ」


 咄嗟に受け止めたが、一瞬戸惑い、それから傷に触らぬよう抱きしめた。


(この匂い。なんだろう、痛みが和らぐような……)


 すんっと鼻先を抱きとめた者の首筋に近づけて思う。以前感じのとどこか違う香り。αだし発情していないので、それは微かだが嗅ぐと身体が軽くなる気がした。


「ちょっと! どうしちゃったんですか。まさか痛みで錯乱して」

「ん? あ、悪い」


 抱きかかえる姿勢のまま遠慮がちに身を離され我に返る。

 騒ぐ元気はないが恥ずかくて爆発しそうだ。された側も心臓が煩いくらい脈打つ。苦痛が和らぐだけでだいぶ周囲を見る余裕が出てきた。視界に隅で丸まっている男の姿が入る。


「野郎。薬を――ッ」


 振りほどき詰め寄ろうとするゼノンを抱く腕が引き留めた。


「大丈夫、薬はもう貰いました」

「じゃあお前記憶が戻ったのか」

「いえ、まだ……」


 まだ完全ではない様子だ。考えてみればすぐ戻るものじゃないだろう。そう思い至り、顔色も幾分良くなったのを確かめて安堵する。

 じっくり確かめられてアズールのほうが逆に照れてしまった。だが状況故に短時間で気を引き締め直す。腕を解いて支えながら入口付近まで行き外を覗く。


大蛇(ヤツ)は見当たらねーな」

「はい。ですが近くにはいるでしょう」

「シンシアはどうした?」

「先に逃がしました。無事に外まで行けてればいいですが……」


 敵は持久戦のつもりでも、こちらはつき合っている余裕がない。

 しかし今の状態で縄張りに自ら飛び込むのは自殺行為だ。異形だってすべて倒したとは限らなかった。挟撃されれば更に不利となる。


「確認しとくけど、異能は戻ったんだよな?」

「ええ。体調はまだ万全ではありませんが戦えます」


 こういう時、身体の不調を隠さないでくれるのは有難い。


「じゃあ当初の予定通り敵をどうにかして脱出すっか」

「なら私が囮になりますよ」

「バカ言え。本調子じゃねー奴が強がんな」

「こっちの台詞です。貴方こそ走れないでしょう。歩くのだって」

「それだ。歩くのがやっとの奴が単独で行けると思うか?」

「うっ……ですが!」


 言い負かされて言葉に詰まった。反論したかったが二の句が告げられない。

 すると衝撃音が辺りに響き地面や壁が揺れる。ポロポロと小石や砂利が降り注ぐ。大蛇め、痺れを切らしたか。そう推察して2人は肝を冷やす。炙り出す気かもしれない。

 生き埋めの恐れがあるため脱出は急務だ。ただ同時にある考えが脳裏に浮かぶ。


「アズール、傍にいてくれ」

「えっ!?」

「気が触れたんじゃねーぜ。なんかさ、やれる気がするんだ。一緒だと」


 根拠はない。ただ先程感じた感覚を思い出す。


「俺、痛みには強ぇほうなんだ。けど、今回ばかりはお前が必要だ」

「貴方……」

「頼む」


 危ない目に合わせるが、今、この場でならたぶん自分が一番真価を発揮できる。

 広間は以前雨が降り続き敵は図体がデカい。異形の乱入があっても対処は可能な筈だ。真剣な面持ちでアズールに作戦を伝えた。


「2人で囮やって、2人一緒に生き延びようぜ」


 命を預けてくれと言外に告げられて(アズール)は――。


「共に戦います。死にません、そして死なせません」


 決まりだ、と覚悟を定めて彼らは互いを支え合い足を踏み出した。

 破壊された天井部から激しく降りしきる天雫のど真ん中。逃げる体力はない。一発勝負だ。背を預ける形で密着したまま精神統一する。どこかで巨体が動く、潜んでいた残党が蠢く気配。


(やっぱりだ。アズールの近くだと痛みに囚われず集中できる)


 感じろ、ここにあるすべての水を。ゼノンは全身全霊を込めた。

 アズールは背に感じるぬくもりを守るべく全神経を研ぎ澄ませる。幾つもの横穴から飛び出す影。偉業だ。雨で炎は扱い辛い。雷を軸に防衛と時間稼ぎをやり遂げると誓った。


「彼には指一本触れさせない!」


 激しく弾ける火花は稲妻の如く。できるだけ数を減らす。


「フシャアァァァーッ」


 来た、と心の中で応じ安定した所作で雷の矢を放つ。

 意識の範疇から外れた所で大気が震え、水が徐々に意思を持ち始める。

 威力が弱まると知りつつ炎を放射状に放ち足止めをした。勢いを殺せれば!


『γΦЯЛζθ゛ЁηΙ。ΙЫБ゛、Дθ∂、ξ∂‰!』


 異形は好機とみた様子で一斉に飛びかかる。

 さすがに限界が近い。大蛇のほうも炎をものともせず全身し続けた。一瞬、アズールは背後を顧みる。信じているのか。彼は微動だにせず集中している。


「…………」

「ゼノンさん、信じてます。絶対に諦めません!」


 残る力を振り絞って異能を振るう。逃げたりしない。

 波のように押し寄せる異形と目前まで迫った大蛇。もう終わりだ、と死を覚悟してしまう距離まで接近を許し、ついに――。


「シャッ……」

『Γ゛、Ж゛γ±――Φ±』


 言葉はなく静かに解き放たれた一撃。波紋の如く思念が弾けた。

 辺り一帯の水が敵を引き込み氷結。一面を銀世界に変えていく。悲鳴をそこそこに凍りついた大蛇と異形。大蛇は原型を留めたまま、異形は粉々に砕け散る。圧倒的な威力だった。


「へへ、やったぜ」


 疲労困憊の顔と声音で勝鬨を上げる。蛇はまだ生きてるかもだが勝利だろう。

 雨が降り止み空が明るくなった。2人が光に誘われて見上げれば美しい虹が架かっている。雲の合間から差し込む光で輝く氷塊と相まって幻想的な景色であった。


「なあ、あのさ。実は俺、お前のこと……」

「はい? 今何かってゼノンさん!」


 怪我と限界を超えた力を行使した反動で意識と共に力が抜ける。

 よく聞き取れなかった言葉を知ろうとして、倒れて行くゼノンをアズールは大慌てで抱きしめた。直後、出口へと続く道から数人の人影が駆けこんでくる。遅い救援だ。



 それはアズールの父が知り合い経由で動かした者達だった。

 運悪くタイミングを外し、捜索中のところをシンシアと接触して駆けつけた次第だ。大蛇は身体が変質しないのを見るに冷凍休眠状態だと推測される。

 現場から救助されたのは3人。今回の事件を起こした犯人の内1人は消息不明。もう1人は逮捕され、関与したシンシアも無論例外ではない。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 事件後日、諸々の怪我や検査で入院する羽目になった2人。

 アズールは一足先に退院したのだが、ゼノンは怪我が酷く未だ病院にいる。Ωという事もあり1人部屋を宛がわれ、そこにはハルトの姿があり話をしていた。話題はやがて事件時に感じた感覚の事になり――。


「つまり鎮痛フェロモンが出ていたという事ですね」

「あいつにそんな力が?」

「ええ。知ってますよね、フェロモンには感情に応じた効力を持つと」

「ああ。けど今まで一度も感じた事なかったぞ」

「当然です。条件を満たしたαにのみ確認された効能ですから」


 条件と言っても明確な証拠がある訳じゃない。目に見えるモノではないからだ。

 ただ番や恋人を相手に発揮される事例ばかり。故に恋情や真実の愛が関係していると思われた。Ωが心を整え支えるように、αもまた特別な人の痛みを和らげ守る。

 もちろん、すべてに発現しない辺り他にも理由がありそうだが……。


「本当にゼノン君が好きなんですね~」

「わ、わわっ。ハルトさん!」


 好きという言葉に過剰反応して赤面してしまう。ふふ、とハルトが笑った。


「発情時により強く鎮痛効果が発揮される事例があります。なのでゼノン君も、ゆくゆくは彼と番になれるかもしれないですよ」

「ちょっ……急に何言って」

「でも、恐怖心は消せないので性行為(あっち)は時間かかるかな?」

「や、うん。でもまだ……」

(俺、言えてねえんだよな。肝心なこと)


 絶好の機会を逃した感が否めない。肝心なところで力尽きてしまった。

 いろいろあって言える状況じゃなかったのもある。でも、それでも、と考え込む。悶々と悩んでいる様子を見守りながら、ハルトは誰かが来たのに気づいて席をたつ。


 ちょうどアズールが見舞いに来たのだ。

 邪魔するつもりはなく、少し外で話さないかと誘う。扉を閉めて言葉を交わす。


「身体はもう大丈夫なんですか?」

「はい。おかげさまで」

「いいえ。今回僕は何もしてませんよ」


 そんな挨拶から始まり、話題は今病室で頭を抱えている彼の事になる。


「いつもお見舞いありがとう」

「そんな、私は来たくてしてるんです」

「でも嬉しいんです。あの子の事、大切に思ってくれてるんだなぁって」

「もちろん。大好きですから」

「今の気持ち、忘れないで下さいね。この先もずっと」

「ん? はい」


 怪訝そうな顔をしたがすぐに力強く返事をする。

 返答を聞き、満足げに口元を緩めハルトは会釈してその場を立ち去った。

 入れ違いで部屋に足を踏み入れたアズールを緊張した面持ちで出迎える。元気そうな姿に安堵しつつ、単純な受け答えでさえ難しいと感じた。


「アズール!」

「はい」


 相手が応えるのと同時に、ゼノンは身体を近づけそっと頬にキスをする。

 触れた感触で相手が硬直するのが分かった。蒸発しそうな感覚を覚えながら身体を離す。そして晴れ晴れと、優しい微笑みを浮かべて言う。


「俺、お前のことが好きだ」


 窓から差し込む日の光を浴び、それは心から運命の君へと微笑んだ瞬間だった。




                               本編 ‐完‐ 

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました。

正直まともだったのは最初のほうだけで、シンシア登場辺りからは特に空中浮遊感が加速しておりました。当初は登場させる気なかったんですよね、彼女。執筆しながら「やっぱり恋愛は書けん」と何度思ったことか。力不足ですみません。

本当は大蛇を撃破後の絶景の中で、微笑んで告白させたかったけど無理でした!


本編はここで終了ですが、番外編(後日談とできたら過去編を予定)や謎言語の解読表など設定集を後日公開しようと考えています。興味のあれば是非ご覧下さい。

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