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ep12‐3.遭遇

 他所での微妙な変化など気づかず睨み合いは続く。

 噛みつく勢いで話すゼノンに、男らはよく考えろと言ってくる。それでも応じる気はない。どうにかして奴らを倒し薬を入手する方法を考えていた。


(俺は男娼じゃねえ。誘って奪うより喧嘩したほうがマシだ)


 強攻策ばかり頭に浮かぶのは、囚われた時の恐怖を知っているからだろう。あの状態で絡め手が行えるほど余裕を持てるとは限らないのだ。

 でも少しくらい迷いはある。故に全霊をもって余計な考えを思考から追い出す。


「威勢が良すぎるのも考えものだなぁ」

「悪ぃな。俺はお淑やかな姫様じゃないんで」

「いいよ。なら、こうしよう」

(来るか?)


 咄嗟に身構えた。男の目が怪しく輝いたのを感じ警戒が増す。

 仕掛けてくる。そう感じて目を離さぬようにしていたが、不意をつく形で足に痛みが走った。予期せぬ苦痛に負けて膝をつく。見れば足に風の杭が刺さっている。すぐに消えたが……。

 何が起きたんだと周囲に目を向けた。男の視線が一点を示す。


「シンシア、どうして彼を」

「え? あ、あぁ、私……」


 当初は茫然自失な表情をし、声を掛けられた直後から急に取り乱し始める。


「ご苦労様。お嬢さん」

「くそ、異能か」


 無系ではない筈。ハルトと同じ光系の異能を持っているのかと推測。

 ある意味光の異能でよかったと思う。もしも無系の洗脳や幻覚とかだったら、もっと酷い惨状になっていた可能性が高い。あまりの事にシンシアは泣き崩れていた。

 男達は満足げに笑みを深くしている。愉快とばかりにじりじりと歩み寄って来た。


 その時だ。ビリ、ゴゴゴッと不可思議な音と共に洞窟内が揺れる。

 体勢を崩しかけて手近な物に掴まる男達。歩みは止まった。揺れが収まる待つ心どもりでいたが状況は一変する。襲来した複数の影によって。


「はあぁ!?」

「フシャアァァァーッ」

『ΘΘ±、ΔΣφБ゛。Д∞%゛!』


 男らの絶叫と重なるように、尾羽の如き鬣を持つ大蛇と異形が鳴く。

 偶然の接触だったのだろう。両者は結託する様子を見せず闇雲に暴れた。目の前に最も優先すべき獲物がいるのを認め襲い掛かってくる。

 いや、大蛇のほうは住処を荒らされて怒り狂っているようにも見えた。


「危険生物と異形が同時にって、冗談だろ」

「ここは危険です。シンシア、貴方も早く!」


 アズールは言いながら思い出し駆け寄って肩を貸す。

 だがゼノンは彼の行為をやんわりと断り、呆然としているシンシアの腕を引く。


「しゃんとしろ。行くぞ」

「あ……」


 返事はまともな声にならず頷いた。襲われる状況に慣れていない者の反応だ。

 各々の判断で二手に逃げる獲物を異形が追う。大蛇も当然大人しくしてはくれない。怪我を押して、体調の優れない者と、緊迫した空気に委縮する者を連れて洞窟の奥へ進む。



 必死に走り続け、とりあえずの安全地点に滑り込んだ3人。

 今の状況と各々の状態を確認した。足の怪我は大した事ない。痛むが走れる。応急処置をしておく。

 現状で一番酷いのはアズールだ。異能が使えないばかりか以前顔色が悪いまま。シンシアはついて来るのがやっとで、未だ涙が収まらない様子。


(怪物の出現でマジもんのダンジョンになっちまった。どうすんだ、コレ)

「野郎を見失ったし、脱出を優先しようにも……」


 意識にないが、時々考えている内容を呟いてしまっていた。


「シンシア、アンタ戦えるか?」

「は、はははいっ」

(ダメだこりゃ。自己防衛ができんなら多少はと思ったけど)


 どの程度異能の扱いが上手いか不明なうえに、この調子では戦力外とみるのが妥当だ。更なる危険を呼び込み兼ねないからアテにできない。

 そうなると、やはり能力的にもアズールの解毒をしたほうが得策か。脱出時に接敵する事態を考えれば戦力が欲しかった。辛そうにしているのも見てられない。


(やっぱ一度大人しく従って薬を入手したほうがいいか?)


 プライドなんかに執着はないが自分にお色気作戦ができるか自信はない。

 大人しく従うだけにしたって、相手の出方によっては身動きが取れなくなる恐れがある。心配は他にもあった。予期せぬ副作用とやらでこれ以上に体調が悪化したら……。


(命に関わるなんて事――)

「いけません。貴方を狙っている連中に従っては。私なら大丈夫」

「けど、よ。このままじゃお前が」

「心配しないで。それに嫌なんです。なぜだかわからないけれど」


 苦し気にしながらも腕を掴んで意図を察して言う。

 その言葉に励まされ、深呼吸をして精神統一した。最優先は脱出だ。


(箱入り娘とデバフ盛り盛りの騎士を連れた脱出。ハードミッション過ぎるぜ)

「ゲームさながらに燃えてきた」


 奮い立たせるべく口に出して聞かせ呼吸を整える。

 RPGを久しくやってないが、こういう展開は嫌いじゃない。現実(リアル)でなければ……。


「2人ともいいか。ここもいつまで安全かわからない。移動するぞ」

「わかりました」

「は、はい」

「戦闘はなるだけ避けるが万一に備えてコレを渡しとく」


 アズールに護身用ナイフを差し出す。予想通り躊躇う素振りを見せた。

 でも異能が使えるからとごり押して受け取らせる。体調が悪い今の状態で、どこまで戦えるか測れないが武器を持っていないのは不味い。その後、もう1人のほうに向けて言う。


「アンタはとりあえず怪我を避けてついてこい。できる範囲で異能を使って自分を守れ」

「で、でも私、異能は全然得意じゃなくて……」

「無茶はしなくていい。壁でも何でも使える時に使うんだ」


 いいな、と念を押して応じるのを見届けてから進路へ目を向けた。

 敵影はなし。灯りの使用は最小限に留めて移動を開始する。気配を殺しながら慎重に歩みを進めて行く。頭の中ではそれぞれに接触した際の対処を模擬実験(シミュレーション)していた。


(地形がわからないのがネックだな)


 常に仲間の状態を意識するよう努めながら出口を目指す。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 洞窟内は想像以上に入り組んでいるようだった。

 詳しい時間は知らないが結構経過したろうか。出口に行くどころか、逆に奥へ進んでいる気さえして不安に感じる。加えて異形との戦闘だ。この場で最も数が多い連中から完全に目を盗んで進むのは難しい。


『ΨΦЁБ。Э÷ЖΠ∮ЯΔΦ±』

「こいつらまた弱い所を」


 予想外の所から現れるだけで厄介なのに非戦闘員を狙ってきた。

 動きの鈍いアズールと、見るからに動きが悪いシンシア。標的になりやすいのは後者のほうだ。手負いでも腕がたつのを察して警戒しているのか。敵のずる賢さにゼノンは舌打ちしてしまう。


「来ないでっ」


 震える声で叫び、異能で風の壁を作ろうとするがうまくできない。

 アズールが彼女を背に庇う位置に移動してナイフを構える。だが異形に通常の武器は効果が薄いのだ。


(この距離からじゃ付与はできねえ)

「風、刃に纏わせられますか?」


 あちらも考える事は同じみたいだ。シンシアは応えようと懸命に異能を使う。しかし時間がかかり、敵の接近を許してしまった。このままで先に攻撃されてしまう。

 ゼノンは別の個体と対峙しつつ、周辺を顧みて水がしみ出す壁を見つける。直接触れるか距離が近いほど操りやすい。可能な限り近寄って異能を行使した。


「凍てつけ!」


 水の状態で地を這わせ、接触した瞬間に荊の如く絡ませ氷結。

 気力の消耗と水量が少なく脆い。だが時間は十分に稼いだ。付与が完了した風のナイフで敵を切り裂く。凍って動かない的なら不調でも攻撃を命中させられた。


「危ない。後ろです」

「こんにゃろ」


 ほんの一瞬気を取られている隙に攻めてきた別個体も倒す。

 残りをどうにか倒し移動を再開、しようとして足をもつれさせふらつく。踏ん張って転ぶのは回避した。少し離れていた2人が早足で歩み寄ってくる。


「少し休みましょう」

「騒ぐな、平気だって。ここじゃまた襲われる」


 するとシンシアがびくりと身体を震わせた。どうしたと問うと……。


「今、向こうで音がした気がして」

「ほらな。行くぞ」

「はい」


 お互い強がりなのは承知だ。本音は休みたいし、休ませたい。

 皆疲労が蓄積して来ている。極限状態が続いて気力だってきつかった。出口を見失っているのが精神的に応えているのだろう。


 引かぬ痛みに時より足を止めながら歩いて更に数十分。

 ようやく見覚えのある場所まで戻ってきた。天然の牢が壁にある広い空間だ。前はなかった天井の大穴から雨が降り注ぐ。ここを横断して最初の道を辿れば外に出られる。


「あの道だ」

「行きましょう」


 指で示す道に向け歩き出す。雨に濡れ、広間の中央辺りに到達した時。

 雨音に紛れて何かが落下する音が聞こえた。音の正体は靴だ。ゼノンだけが気づき、なんとなく上を見上げる。雫が顔に当たって手で目を庇う。雨雲が垂れ込める中に影が――。


「逃げろ!」

「えっ」


 大声に振り向く驚いた顔。足が止まったアズールに頭上から迫る影。

 ゼノンは痛みを忘れて全力疾走した。覆い被さるように飛びかかり押し倒す。背中から衝撃を受け、牙が食い込み、力任せに放り飛ばされる。


「ぐっ……」


 地面に叩きつけられ呻き声が漏れた。激痛と全身を熱い痺れが駆けめぐる感覚。

 滑る地面の上を駆け寄ってきた彼がそっと抱きかかえる。震えているが、しっかりとしたぬくもりに包まれ妙に安心してしまった。そのまま意識が飛ぶ。


 一方でアズールは衝撃が冷めないまま大蛇と対峙していた。

 自分を庇い倒れた彼を抱き上げた手は地で濡れている。でも取り乱している場合じゃない。シンシアは先に通路のほうへ行かせた。どうにかあそこまで行かねばと思う。


「シャアァァァッ」


 丸飲みしそびれた、もしくは弱らせてから食らうつもりか。

 迫り来る大蛇から逃れるように走り適当な横穴へと滑り込む。穴の奥から微かな声がした。身体が大きくそれ以上進入できない敵が一旦退く。一難が去った事に安堵するが油断禁物だ。


「とにかく傷の手当をしなくては」


 使える物がないか持ち物と周辺を確認する。すぐにできる処置も。

 檻のないこの横穴は天然の畑みたいになっていた。湧き水と複数種の植物が群生している。


(危険生物の生息域には対応した耐性を持つ植物が生えやすい。この中に)


 培ってきた知識と照らし合わせて薬草である事を見抜く。

 ただ毒草も紛れている。手持ちの思念石を使えば必要な物を探し出せるのだが……。


(思念石を使うには異能を……でもっ)


 何度試したか。犯人らの言い分通り異能は使えない。

 焦るアズールの耳が物音を捉えた。そちらに視線を向けると1人の男がへたり込んでいる。解毒薬を見せびらかせていた人物だ。すっかり怯え腰で情けない恰好だった。

【修正のお報せ】

ちょっと思い至って「ep8‐1.すれ違う心」を少々加筆しました。

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