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ep12‐2.追跡

 留守中の事を仲間らに任せ、ゼノンは単身遠出の最中にある。

 目的地はアズールの実家があるという町。汽車で1日かかる距離で住所も調べた。道中は危険生物や異形の出没がない至って平穏なものだ。運が悪いとこれらで足止めを食らう。

 最寄り駅で下車して、とりあえず地図を確かめつつ彼の実家を目指す。


「こんな所まで来て何やってんだろ、俺」


 よく考えたら根拠のない不安でやって来たヤバい奴だ。

 杞憂で済めばいい。あと不審な行動をとっている気がしてならなかった。家族でもない、恋人でもない自分が……。友達としては干渉し過ぎか。


(今更引けるか。余計なことは考えんな)


 ネガティブな念を押しのけて歩く。間違わぬよう慎重に彼の家を探す。

 やがて目的の家を見つけた。青い屋根の大きな一軒家だ。緑の美しい庭があり品の良さを感じる。駅からそう時間はかからなかったが日は傾いていた。

 玄関扉まで行き呼び鈴を鳴らす。程なくして扉が開き、家政婦らしき女性が応対する。


「どちら様でしょう」

「突然の訪問すみません。特区でアズールさんと親しくしてる者です」


 名前と身分を明かして事情を説明してから用件を伝えた。

 家政婦は家主がいないのを告げ客人の意向を行く。できれば待たせて貰いたいが、空模様から本日の宿泊物件を確保しなければならない。

 なので後日伺うと伝えようとした時、偶然にも家主の男性が帰宅した。


「君は誰だね?」

「旦那様、お帰りなさいませ。こちらは――」


 女性から説明を受け会釈するゼノンに応じる。話を聞くと家の中へ招かれた。

 外観と同様に内装も非常に整えられ品の良さを感じる。手入れが行き届いた調度品や観葉植物が心地のいい空間を作り出していた。

 応接用の部屋に案内されて、ソファを薦められお茶が運ばれてくる。家政婦が部屋を出て行くのを見計らい話を促された。改めて事情を感じた事も含めて話す。


「なるほど、話はわかりました」

「はい」

「しかしおかしな話だ。息子は帰ってきてないよ」


 見ての通り家には主人と家政婦しかいない。子息がいるなら当然呼ぶだろう。

 それに騎士長から聞いた話だと、家族に何かあったのではないのか。ここにいる2人ではない誰かなら今彼はどこにいる?

 これ以上憶測で語る訳にはいかないと黙って思考をめぐらす。


「騎士をやってれば恨みくらい買うものだが……」


 主人は思案するように口を閉ざした。よくよく見ると確かに親子だと感じる。歳を重ねていてもかなりの美形だし、顔の造詣や所作が本当に似ていた。

 話を聞いている内に空はだいぶ暗くなってしまう。気づいた主人が「部屋を用意するから泊るといい」と提案してくる。ゼノンは遠慮するのだが主人は心配するような顔を向け。


「穏やかとはいえ事件に巻き込まれないとは限らない。君に何かあったら息子が悲しむよ」


 言葉の中に含まれた気遣いが伝わってきた。

 確かに特区の外で夜Ωの1人歩きは危険だし、宿泊施設の中にはΩの客を制限している所がある。理由はもちろん発情期があるからだ。番の同伴がないとまず厳しい。

 諸々の事情で断り切れなくなりゼノンはお言葉に甘えた。心から礼を言う。


「お部屋はこちらをお使いください。何かあれば今晩は私も泊まり込みますので」

「ありがとうございます」


 部屋の位置を伝えて家政婦は去っていく。ちなみに彼女はβだ。

 扉が閉まると同時に息を吐く。なんだか疲れた。荷物を置いて、ソファに座り項垂れる。どうして、こんな事になったのか。考えてもわからないままだ。

 もしもアズールに何かあったら。怪我や病気をしていたらと思うと辛い。何者か思惑にハマって窮地に立たされているとしたら――。


(どこ行っちまったんだよ)


 心配でたまらない気持ちとこれまでの行動を顧みて思う。


「はは……こんなの、もう」


 好きなんじゃん、と。我ながら笑える。矛盾だらけの自分に。

 ちゃんと断ったほうがいいと理解しつつ仲を保とうとしたり。顔を見ない日が続いて落ち着かなかったりして。姿を消して不安になる。

 認めたくなかった。だから抗っていただけだ。男とかαΩとか、事件とか運命だとか、いろいろと理由をつけて。でも……。


(いい加減腹くくらねーと)


 瞼を閉じて静かに己の感情と向き合い整理(ケリ)をつける。

 やっと吹っ切れて心が軽くなると、もう考える事は1つだけだった。真っ正直にぶつかっていくしかない。そのためにまず肝心の人を探す。


「とことんまで探してやろうじゃねぇか」


 項垂れていた顔を上げ拳を握る。決意と共に。

 少し時間が経った頃、扉をノックする音と食事の支度ができた声がかかった。有難く応じて食卓に並ぶ料理を頂く。時々口を開く主人の話につき合う。

 息子には寂しい思いをさせたや、騎士になると聞いた時は心配したなどの話だ。


「君のことは息子の手紙で知っていてね。運命の人と出会ったと嬉しそうだった」

「あいつらしいな」

「母親のことで口煩く言ってきたから、あの子はΩに対してかなり奥手になってしまって。出会ってもなかなか上手くいってないのではと心配していたんだ」


 父親の口から息子の事をどう思っているか、と問われる。

 ゼノンは少々間をおいてから「今になって好きだと気づいた」と素直に告げた。食後もしばし話を続けたが、ほどよい時間が経過した頃主人が席をたつ。


「さて、私はちょっと知り合いに会って来るよ」


 去り際、主人は家政婦に後を任せていく。そう遅くはならないと伝えていた。彼女も何かを察した様子で応じ見送るため奥へと消える。

 家主の見送りから帰ってくるの待ち、一言告げてから部屋に戻ることにした。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 翌日、朝から周辺調査をする。町内にいる可能性を考えて探すが簡単に見つかる筈もなく。瞬く間に時間が過ぎた昼下がり、通りの向こうからシンシアが駆け寄って来た。


「お願い助けて! アズール君がっ」


 随分と切羽詰まった様子で取り乱しながら縋りついてくる。


「アズールがどうした。つーか、あんた特区にいた筈じゃ……」

「私の事はいいの。それよりも彼を、彼を助けて!」


 かなり混乱しているようだ。彼女を落ち着かせながら事情を聞く。

 要約すると、男達に騙されてアズールを人質に取られてしまった。彼が隙をみて逃がしてくれて助けてくれる人を探していたという。

 場所を聞けば案内すると言ってきて、シンシアと共に彼を助けに行く事に――。



 雲行きが怪しい。人家が殆どない町の外れに如何にもな洞窟があった。

 ダンジョンを疑ってしまう大穴。つくづく細かな部分に、ファンタジーを感じさせる要素を散りばめた世界だと実感する。人々の暮らしぶりは元の世界と大して変わらないというのに。


「中までダンジョンとか勘弁してくれよ?」

「何の話してるの。ほら、早く早く」

「――ってあんたも来るのかよ。危ねえから待ってな」

「嫌ッ! アズール君が心配だもん」


 我が儘を言ってくる彼女に頭を悩ませた。だが悠長に迷っている暇はない。


「わかった。離れんなよ」

「うん」


 頷くところだけは殊勝だ。危険が潜む場所へ、体力や能力に不安を抱える人物を連れて行きたくない。しかし時間を惜しむあまり些細な思考は即消える。

 足場が悪く暗闇の深い内部を灯りで照らしながら進む。灯りは都合よくシンシアが持っていた。後になって、冷静になれば、これが無謀か無茶だと気づくだろう。でも疑問に思うよりも早く駆けつけたい一心で行く。


 導かれるまま歩き続け進行方向にうっすらと光が見える。

 別の出口にたどり着いたのか、それとも。ゼノンは歩調を速め光の差す方向を目指す。その先に広がっていた光景に肝を冷やした。


「アズール!」


 アズールは地形を利用した牢の中で縛られ転がされている。

 周囲に犯人らしき人影はなく今がチャンスなのは明白だ。急いで駆け寄り鍵穴を確かめると、異能で操った水を流し込み、次いで凍らせ即席の鍵を作って開けた。

 人質の身体を縛っている縄を解きつつ呼びかける。


(顔色が悪い。怪我はしてないようだが……)


 何かされたのは間違いない。考えられるのは薬か?


「う、ん……あれ? 君は」

「気がついた。アズール、自分が何されたかわかるか」

「どうして私の名前を。貴方は誰?」

「何言ってんだよ」


 本気で意味が分からないといった顔をする。これはまさか、と嫌な予感がした。


(記憶喪失ってヤツか)


 確認するために反応を見ながら幾つか質問してみる。

 予感は的中し、およそ1年の記憶がないと判明。綺麗に特区での出来事を忘れているからだ。シンシアの姿を見つけると酷く驚いていた。

 ひとまずこの場から脱出しようと簡単な説明をしようとした時――。


「無事に獲物が罠に引っかかったようだね」

「すっげぇ~運命の番って本当なんだ」

「テメェらが今回の首謀者か!」


 足音を響かせ近づいて来た気配。既視感を覚えつつ振り返り叫ぶ。


「おぉ、相変わらず威勢いい」

「やっぱ激レアはテンション上がるぜ」


 何が起きても対処できるようゼノンは起立して対峙した。

 双方の持つ灯りに照らされる顔。抑制の緩い、低俗で支配欲が駄々洩れなフェロモン。どんなに鈍い(Ω)でも連中が質の悪いαだとわかる。だが、それよりも……。


「まさか、3年前の――」

「思い出してくれた? 嬉しいな~」


 サッと血の気が引いて背筋を氷塊が滑り落ちたようだった。

 アズールは混乱しつつも、会話の流れと傍らに寄り添う者の反応をみて状況を察する。それと共に眼前の男達へ鋭い視線と敵意を向けた。


「状況はわかるよね。見ての通りそこの彼は正常じゃない」

「貴様ら」

「おっと勘違いするなよ。飲ませたのは隣にいる女だぜ」


 ゼノンは目を見開いて隣で黙ったままのシンシアに視線を向ける。


「バカだよなぁ。惚れ薬って言葉を間に受けてさ」

「そこで提案だ。ここに解毒剤がある、取引しないか?」

「取引だと」


 勝ち誇ったような口調と態度で男は言う。なおも口は止まらない。


「惚れ薬なんてのは真っ赤な嘘。効能は約1年間の記憶と異能・フェロモン感知の喪失。実験段階の薬だから、他にも予期しない副作用はあるかもしれないけどね」

「何の恨みがあってそんなもんを……」

「恨み? ある訳ねーだろ。話は最後まで聞けって」


 嘲笑交じりに告げられる言葉の数々に歯を食いしばった。

 男らは笑みさえ浮かべて余興を楽しんでいるかの如く。これがまた怒りを煽って抑えようがない。いったい何が連中を嬉々とさせているのか。


「実はね、知り合いが君をご所望なんだ。だから解毒剤を渡す代わりに一緒に来てくれないかな」

「後天性Ωの男なんて滅多にやれねえし。超気持ちよかったって言ったら興味持っちゃってさ」

「捕まれってか。ざけんな、こちとら力づくで奪いに行ってもいいんだぜ」


 大口を叩きながらも内心は焦っていた。かなり危うい状態だ。

 しかし捕まるなんて御免だった。その先に待っている展開と運命は容易に想像できる。捕まれば最後、ほぼ確実に命運は尽きるだろう。



 両者が対峙したまま睨み合う最中、洞窟内の空気が一層不穏さを帯びていく。

 前触れとでもいうのか。妙な静けさと外で降り始める雨。どんよりと曇った空は晴れる気配がない。昼間だというのに辺りは暗さを増していった。

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