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ep1‐2.それは運命の出会い

 人類に異能とバース性がある異世界。α・β・Ωの間には心理的な溝があった。

 どちらかを虐げるのではない。そう感じた人々が集まり生まれた都市がこの特区だ。西は山、東は海に挟まれた町。ここは生き辛さを感じるΩ達にとって、現状における楽園に等しかった。



 異世界漂流から3年後、騎士団の特区基地。複数ある騎士長室の1つ。

 現在同じ部屋に2人の男が向かい合って立っていた。1人は騎士長。そしてもう1人は、本日正式な騎士となり赴任してきた青年アズール・イノセントである。


 アズールの癖のないハニーブロンドの髪が窓から差す光に煌めく。深く澄んだ紺碧色の瞳はまっすぐ騎士長を見ていた。すらりと身長が高く白い肌と繊細な顔立ちで美しい。バース性は先天性αだ。

 コンコンと扉をノックする音が響く。騎士長の指示で1人の若者が入室する。


「失礼します。アレックス・ジルゼン、只今参りました」

「よく来たね。本日から君と組んで貰う後輩だ」

「本日着任したアズール・イノセントです。よろしくお願いします」


 紹介を受けて向き直り敬礼。彼もまた同様に応じる。

 アレックスはキャロットオレンジの短髪にブラウンの瞳をした先天性βの男性。26歳。階級は騎士長補佐だが、これは称号のようなものなので大して偉くない。


「では早速職務に向かってくれ。しっかり頼むよ」

「はい!」


 退室を指示されて2人揃って部屋を出る。先輩について歩く。

 早く馴染もうと支障が出ない範囲で雑談を交わす。アレックスは見た目の印象通り親しみやすかった。


「初めて見た時思ったけど、君背高いよね。幾つ?」

「はい、182です」

「わ~ボクなんて171だよ。羨ましい」


 一度オフィスと管理室に立ち寄り、装備・所持品の携帯と確認をして外に出る。

 最初に言っておくと騎士団という名に惑わされる事なかれ。この名称は民衆ウケを狙った呼び方だ。公務ではあるが、ファンタジーの如き輝かしいロイヤルな印象はない。

 いや、制服の意匠や秀麗なαの存在故にそう見る者もいなくはないが……。


 私語はできるだけ謹んでパトロールを行う。町の様子は平穏そのものだ。

 だからといって怠慢は許されない。今日から特区(ここ)が活動拠点となる。担当範囲の地理を把握しながら、時より人々と言葉を交わし必要な情報を得ていく。

 綺麗に整えられた街路樹や、整備された道路に建物、何気ない風景にも注意を払う。


(なんだろう。今何か……)


 人通りの多い街道でなんとも追いかけたくなる香りが鼻孔をくすぐった。

 香りが弱いのか、放っているものの正体はわからない。人の波が視覚的にも所在を惑わす。それに何かちょっと変だ。でも負えない事はなかった。微かなソレが消えてしまう前に確かめたいと思う。


「先に向こうのほうを見てきます」


 アズールは不自然がなく努めながら足早に民衆の中を突き進む。


(香りが弱い。邪魔されているような気も……早く)


 いつも以上に嗅覚が冴えているようだ。自分を導くつもりなのか?

 この気持ちは、感覚はなんだろう。何かが始まる予感にじっとしてられない。


「やる気か? いいぜ」

「今の声は」


 声音の様子からトラブルの可能性を感じ取る。様子を見に行くべきだろう。即座に判断を下し、声の聞こえた左手角の先を目指す。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 ほぼ同時刻、特区の人通りがある街角で2人組の女性が絡まれていた。

 周りを囲み声を掛けているのはαの男集団。通りかかる人々の殆どはβで、皆見て見ぬふりをし避けて通っている。


「ですからお誘いは遠慮します」

「そうよ。この子は嫌だって言ってるじゃない!」


 一方はチョーカーを着けていた。防衛だけでなく装飾にも拘った物だ。


「え~いいじゃん。一緒に楽しもうよ」

「βの君も可愛いし、お友達と一緒なら安心でしょ」

「安心な訳ないでしょ。絶対お断り!」

「行く所あるので通してください」


 無視して通り抜けたいのに、男達が逃げ道を塞いでいて逃げれない。

 身を寄せ合って嫌忌な態度を示す彼女達をニヤニヤと見ながら言い寄る。ついには大人しそうなΩ女性の腕を男の1人が掴む。きゃっと小さな悲鳴が零れた。


「釣れない振りしやがって。Ωなんてヤッてなんぼだろ」

「ちょっと――」

「テメェら調子に乗んのも大概にしろよ!」


 声高に現れたのはゼノン。背格好の似通った2人を両脇に連れている。

 ブルベの肌に赤の入った癖毛の黒髪とダークブラウンの瞳。身長は170ちょっと。首輪(チョーカー)を隠すようにハイネックのシャツとカジュアルなジャケットを着ていた。

 右側が銀髪に菫色の瞳、左側がプラチナブロンドの髪に青い瞳だ。

 腕を掴む男の手首を握って離させ、身体を軽く押して女性から距離をとらせる。眼光も鋭く集団を睨めつけた。苛立ち息巻く男達との間に火花を散らす。


「んだよ、邪魔すんなよ。誰だお前」

「いやオレ知ってるぜ。こいつ同盟(ギルド)のボスだ」

「はぁ? 同盟って1年くらい前に突然現れたアレか」


 リーダー気取りの男がゼノンを品定めかの如く見る。


「同盟って事はΩだよな。ふーん、後ろの2人含め結構可愛いじゃん」

「へん、男に可愛いたぁ腐ったαどもはいい趣味してんな」

「生意気な口利くんじゃねーよ。矮小な○○風情がッ」

「本性現したな。俺はテメェみたいな奴が一番嫌いなんだよ!」

「ほぉ、これは調教のし甲斐があるな」

「やる気か? いいぜ」

「おい、不味いって。同盟のボスと言えば騎士崩れだって噂が……」


 両者の間に流れる空気が剣呑としていく。

 ゼノンは対峙しながら随伴する2人に「隙を見て2人を逃がせ」と伝えた。

 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気がひしひしと感じられる。ほんの僅かな沈黙の後、先に手を出したのは連中のほうだった。迫る拳をいなす。

 反撃して注意を集めている内に仲間の2人が女性達を逃がした。邪魔をしてくる連中に仲間達も怯まない。うまく掻い潜っている。


「Ωがαに勝てる訳ねーんだよ」

「ほざけ。誰が決めたよ、んなこと」


 相手を舐めているのか男達は異能を使ってこない。

 迎撃のスタイルを基本に、あまり動き回らない姿は余裕を残している風に見えた。油断はしていないが数に分がある男達は連携をとる輩もいる。その不利は先に戻って来た銀髪の青年が援護した。


「はっ、1人戻って来たところで――」

「そこで何をしている。喧嘩は止めなさい!」

(……騎士様のお出ましか)


 姿が見える訳ではない。あくまで状況から判断したまでだ。

 連中の中の1人が姿を確認したらしく声を上げる。すると男達が次々とに出す。良くない状況だと感じたのだろう。何人かは捨て台詞まで吐いていく。


「ケッ、これに懲りて強引なナンパは止めるんだな」

(まぁあの本性じゃ無理だろうがな。たく、αって奴はどいつもこいつも)


 さてと、これからどうすっかな、なんて考える。

 騎士団相手にもめるのはさすがに不味い。だからといって逃げるのも違うだろう。正直に話すか、と決め少しばかり気が重くなった。ゆっくり顔を向ける。


 その時だった。駆け寄ってきた騎士が足を止める。

 鼓動が大きく、強く、脈打つようであった。胸の奥を掴まれたような感覚だ。魂が惹きつけられるとでもいうのだろうか。強烈な一目惚れともいえる、なんとも言い表せない心地。


 互いに目を見開き、見つめること数秒。ひくりと小さく鼻を鳴らしたアズールが一歩踏み出す。引き寄せられるように手を伸ばした。

 ゼノンは我に返る。僅かに肩が跳ね足が後ろに向かう。彼の反応に気づいてか、銀髪の青年が両者の間に割り込み庇った。警戒の視線を向けて。


「すみません。不躾でした」


 拒絶の意を感じてアズールは手を引っ込める。足を止め素直に謝罪した。


「レイ、もういい」

「はい」


 自分を庇う青年の肩を掴み下がらせる。レイと呼ばれた青年が大人しく従う。

 改めて顔を合わせ、そこに遠くから後輩を呼びながらアレックスが駆けて来た。うまく人を避けながら彼の隣までやってくる。


「勝手にスタスタ行くから驚いたよ。君、バディの意味わかってる?」

「申し訳ありません」

「まあ見習いじゃないしいいけどさ。……ってアレ!?」

「どうも、お騒がせしてます」


 驚く先輩騎士に丁寧な態度をとったのはゼノンだ。

 現場に流れる気まずい雰囲気を感じたアレックスが苦笑いを浮かべる。


「まさかウチの後輩が何かやっちゃった?」

「してません」

「まだ何も……」

「わかった。では事情を聞こうか」


 事情聴取を受けている間にもう1人の仲間が戻ってきた。

 全員の聴取が終わると暴れた事への軽い注意を受ける。これには素直に謝りその後の対応を彼ら騎士団に任せる事にした。


「じゃあ俺らはこれで。レイ、ルカ行くぞ」

「はい」

「あいよ」


 仲間を伴って去っていく。その後ろ姿をアズールは見つめる。彼の顔は心なしか紅潮しており、うっとりと呆け気味な表情だ。


「今の彼、ゼノンって人は……」

「ああ、同盟のリーダーだよ。Ωを中心とした組織さ」

「アレックスさん随分親しそうでしたね。よく会うんですか?」

「いや。彼は1年くらい準騎士だったから」

「そうなんです、か!?」


 どこか浮かれた心地で聞いていた所為だろう。かなり本気で驚いてしまう。

 準騎士……つまり見習い。基地で2年間の実地経験を積む期間であり、アズールも最近まで準騎士として他所の基地に準属していたのである。訓練生と違い給料だって出るのだ。経歴自体は珍しくない、がΩで騎士団に所属するのはなかなか難しい。というか珍しかった。


「ほら、ぼーとしてないで行くよ」

「はい」


 アレックスの指示に気持ちを切り替えて歩き出す。

 こうして2人は運命的な出会いをした。果たしてこれが不幸か、幸いか。

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