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ep12‐1.失踪

 奇妙で不穏な空気が漂う中に今、1人立っている。

 視界は全体的に暗く灰色に塗りつぶされた町並み。曇った日を思わせる景色が胸の内に負荷をかけ息苦しい。雨が降りそうだというだけで不安が募っていく。


「誰もいないのか」


 人の姿がなくて不気味だ。何度呼びかけても声は虚空へ消えるのみ。


「おじさん、だぁれ?」

「君は……」


 いつの間にか目の前に見知らぬ少女が立っていた。

 妙に不鮮明な容姿だが年の頃は10歳未満じゃなかろうか。こちらを見上げ首を傾げる。すると今度は背後から声がして気配が出現。若い男の声に寒気を感じた。

 ぬっと影の如き男の腕が伸びてくる。それが肩にかかり首元を捕えてきて身の毛がよだつ。


「触るな!」


 本能的に恐怖を感じて力任せに振り払う。腕から逃れ距離を取り――。


「――ッ」

「どうしたんですか」


 逃げた先で誰かとぶつかった。声にハッとなり顔を上げる。

 アズールに間違いない。渡りに船だと感じて懐に縋りつく。普段はこんな事しないが何か変だ。助けを求めようと口を開きかけた時、唐突に割り込んできた手に押し戻された。

 2人を引き離したのはシンシアだ。見せつけるように寄り添い笑う。


「ママ!」


 先程の少女が駆け寄っていく。並ぶ2人の傍ではしゃいでいた。

 発せられた言葉に衝撃を受ける。シンシアが「行きましょう」と促し、並んで背を向け歩き出す。


「待ってくれっ」


 忍び寄ってくる気配を背後に感じながら叫ぶ。

 足を止めたのはアズールだけで、他2人はそのまま闇の中へ消えた。腕を掴まれ動けない。だからもう一度呼んだ。しかし彼は歩み寄らず振り返って。


「もう疲れました。さようなら」

「行くな、アズール!!」


 最後の声を発してからはもう立ち止まらない。

 遠ざかっていく背中に叫び、自身の身体は後ろへと引きずり込まれて行く。灰色の世界が音を立てて崩れ行く中で、恐怖が全身を這うように伸びがんじがらめにしていった。



 夜も明けきらぬ刻限にゼノンは飛び起きる。全身冷や汗を掻いて。

 心臓は早鐘を打ち呼吸を乱して、寝具を強く握りしめていた。随分と鮮明な悪夢だ。目覚めて初めてそれが夢だと気づく。


「はぁ、はぁはぁ」


 夢だった事に安堵すればいいのか、不安になればいいのか。


(なんて夢を……)


 狙い過ぎたタイミングだ。偶然にしては出来過ぎている。

 こんな夢を見るのが、悪夢だと感じた自分も含めどうかしていると思う。何がとは言わないけど凄く嫌だった。


「俺、俺は」


 心の奥でせめぎ合う感情に胸が苦しくなる。

 起床するにはまだ早い。でも、とてもじゃないが寝直せる気がしなかった。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 早朝のランニング中、アズールは落ち着きがない。

 いつも公園(このへん)で会う人が今日は来なかった。ルートを変えた、それとも何かあったのだろうか。探すようにキョロキョロと首を動かせば別の人物を見つける。


「誰を探してるの?」

「貴方こそ、こんな朝早くにどうしたんですか」


 言うまでもなく待ち構えていたのはシンシアだ。

 すっかり行動パターンを読まれている。特区滞在中は行く先々で顔を見合わせた。しかも今はどこか機嫌が悪そうだ。


「ずっと気になってたけど。ゼノンって人、貴方に相応しいのかしら」

「いきなり何を言うんです」

「報われない恋ほど惨めなものはないと思うの」

「まだ決まった訳じゃない」

「本当にそう思う? 私は思わない。アズール君の気持ちを知ってて応える気がないんだわ」

「君にあの人の何がわかるっていうんだ」


 彼女の言葉にアズールは悲しくなった。

 大切な人を貶されるのが辛い。相手の言い分に疑問ばかりが浮かぶ。


「わかるわ、私がそうだもの。アズール君が好き。幼い頃から変わってない、ずっと愛してる」

「シンシア……」

「お願い、私を選んで! 絶対後悔させないから」


 私なら相手の好意を知りながら応えない選択肢はない、と告げる。

 一歩、また一歩と近づいて、胸に手を当て願うように告白された。しかし、それでも……。


「ごめん。君の気持ちには応えられない」

「そんな、どうして」

「好きだから。彼のことが」


 すぐに応えてくれなくても。心の中にいるの(ゼノン)だけだ。

 真摯に思いを伝えた。自分を好いてくれる相手に心苦しいが、この場は心を鬼にして傷つける覚悟を持って言い切る。

 みるみると彼女の顔が歪み頬を涙が伝った。ああ、なんて酷い男だろう。


「私は本気です。どんなに時間がかかっても諦めきれないんだ」


 相手の恋心にとどめを刺す。諦めさせるならここまでしたほうがいい。

 シンシアは我慢の限界を迎えたように背を向け走り出した。零れる涙が宙を舞う。その姿を見送り、雑念を振り払うようにアズールもまた別方向へと足を踏み出していく。



 全身全霊で告げた2度目の告白を断られ傷心していた。

 結局自分の本気が伝わらなかったのだと思うと悲しい。あんなふわふわした男に負けるなんて、と悔しくなる。


(お料理だって頑張って練習したのに……)


 正直に言うと超がつくくらい苦手だったのだ。失敗作を量産して。

 でも花嫁修業と思って頑張った。他にもいろいろ……。なのに、ポッと出しかない運命の番とやらに横取りされて。最初から出来レースだったというのか。


「Ωでちょっと美人だからってズルいわ」

「何かお困りかい。お嬢さん」


 小さく呟いた言葉に応える声があった。反射的に「誰」と問い返す。

 路地から人の良さそうな笑みと共に男の2人組が現れる。悩める子羊を救うべく現れた紳士の振舞いについ気を許してしまう。抗えない魅力に、初対面である事を忘れて今しがたの出来事を話した。

 心の傷にばかり意識が向いていたシンシアは、関係者の名前を告げた際に見せた、男らの意味深な反応に気づかない。


「それは辛かったね」

「お嬢さんみたいな可憐な人が可哀そうに」

「ええ。運命を呪いたくなります」


 自分がβである現実が憎らしいとつい口が滑る。

 αとΩの間だけにある絆が妬ましいと。次から次へと負の感情が沸き起こった。


「あ、ごめんなさい。私ったらはしたない事を……」

「いえいえ。お気になさらず」

「ならさ、こんなのはどう?」


 真剣に相談に乗ってくれ、警戒心が緩んだところにある物を薦められる。

 今の彼女に男達の言葉を疑うだけの余裕はない。良くも悪くもシンシアを育んだ環境が平穏だったからかもしれなかった。



      ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀  ☂  ☀



 近頃リーダーの様子がおかしいとルカは思う。

 些細な所作や態度だけど、浮かない顔で、空き時間には気がそぞろだったり、落ち着きがなかったり。昼時になると何かを探すような素振りまで見せて。でもすぐに溜息をつく。


「ねえ、レイ。最近のリーダーどう思う?」

「突然なんですか。――まあ、悩みでもあるんじゃ」

「やっぱり。明らかに情緒不安定だよね」

「質問の意味ありました?」


 意味のない問いかけに疑問を覚える。でも可愛い弟分は律儀に返答してくれた。

 噂をすれば彼らのリーダーが歩いていくのが見える。表面上は普通だ。作業中はちょっと効率が落ちている程度で問題になるほどじゃない。なんとなく原因はわかっていた。


(まーた騎士の兄ちゃんと溝ができたか)


 面倒くさいとは思いつつ、恋愛とはそういうモノだとも理解している。

 果たしてどう決着するのか。ルカは静かに見守ることに決め、何か言って来たら話くらいは聞いてやろうと考えるのであった。



 悪夢を見てからというもの気が休まらない日が続く。

 なぜかあの日からアズールに会えていない。都合が合わないだけなのか。むしろ望んでいた事だろう。数日はそんなものだと考えて気に留めないよう努めた。


(今日も、来てないか)


 昼時になるとついエントランスロビーを覗いて落胆するのだ。

 いつもなら嫌でも向こうから来る顔がない現実。拒むに拒めない状況からの解放は、本来喜ぶべきものの筈であった。しかし今は違う気がする。


「なんか調子狂う」

(けどいい。どうせ今日は)


 今後の話をするために騎士団に行く予定があるのだ。その時探せばいい。

 タイミング悪く見つからずとも情報くらいは得られる。己の不純な理由に適当な言い訳をつけて現地に出向いた。

 しかし基地での用事を済ませ、アズールの事を聞いてみたら……。


「え、休暇を取ってる?」

「うん。ご家族にご不幸があったという理由なんだが……」

「何か気になる事があるんですか」

「ああ、いや。詳しくは言えないが妙な感じがしてね」


 直接会って聞いた訳じゃなく伝書鳥による連絡だったようだ。

 その場を後にしてからも気になって仕方がない。ただの家の事情ではないのか。騎士長が感じたという違和感について考えた。あの人の勘はよく当たる。


(あいつ、事件に巻き込まれてんじゃないだろうな?)


 まさか自分がこんな気持ちになるなんて。

 急に不安を覚え、迷わず本部に帰って大急ぎで準備を始めた。

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