ep11.些細な喧嘩
バース性はあくまで理想、βだってαに恋していい筈だ。
夫婦になれない決まりはない。βに生まれて、女性として、何の不利があるというのか。
ある日、買い物の最中にゼノンは知った顔の2人連れを見かけた。
とても仲良さげに町中を歩くアズールとシンシア。お似合いと感じるくらい絵になる。楽しそうに過ごす彼らに胸の奥が疼く。この時はまだ自覚がなかった。
つい目で追ってしまったが、気を取り直して次の目的地へと向かう。
翌日の昼時は恒例になりつつある来訪があり一緒に食事へ行く。
最近見つけた美味しい料理、という誘い文句でアズールのすすめられ店を選ぶ。落ち着きのある店内でいい感じの窓際席に腰かけた。今では前ほど気を張った感覚がない。
「今更だけどさ、アズールは俺のどこが好きなの?」
なんとなく気になって聞いた。彼は目を丸くしたがすぐに相好を崩して言う。
「全部。これから知る貴方も愛せる自信があります」
(未来系ってマジで言ってる?)
規模の大きな発言に内心困惑する。嘘でも冗談でもなさそうだが……。
どこを取っても好きだと言い切る彼にどう返せばいいのか。ここまで言えない、とゼノンは思ってしまった。自分の気持ちさえ決まらないのに。
(運命って奴だから? どうしてそこまで……)
「運命とかなくても同じ言葉言えるんかな」
「ゼノンさん! 私の気持ち、疑ってるんですかっ」
「え、あっ今のは――」
「もういいです」
ムスッと不貞腐れるアズールに慌てて取り繕う。
「違う。悪かったって」
「知りません!」
普段温厚な彼でもさすがに起こった様子だ。1人出て行ってしまった。
無理もない。酷いことを言った自覚はある。言い過ぎた、配慮が足りなかったとゼノンは反省する。己の不甲斐なさを恥じながら遅れて後を追う。
(嘘だろ。どこ行った?)
まだ遠くへ行ってない筈なのに姿が見つからない。人通りの所為か。
(しくじったなぁ)
「貴方は確か、ゼノンさんでしたね。誰かお探しなのかしら」
ゼノンは振り向く。移動した視線がシンシアの姿を認めた。
偶然とは恐ろしくも、あまり出会いたくない相手と鉢合わせしてしまう。根拠のない感覚だが彼女に対し苦手意識を感じている。漠然とした気持ちを抱えながら相手と対峙した。
「ちょうど良かった。ちょっと来て」
「今は、後にしてくれ」
「ダメ。いいから早く」
こっちと有無を言わせない迫力で腕を掴み歩き出す。
強引に振り払っていいのかと戸惑っている内に、ずるずると連れて行かれてしまった。
「単刀直入に言うわ。貴方、アズール君とどういう関係なの」
「友達だけど」
「へぇ~そう?」
(この反応、信じてないな)
何度聞かれようと普通に友達だとしか答えられない。
しかし相手は何かを勘ぐった様子で信じようとしなかった。彼の事をどう思っているの、とまで聞いてきて本当に困ってしまう。こっちが知りたいくらいだ。
自分から聞いておいて、答えが気に食わないのか彼女はピシッと指を突きつけ――。
「何様のつもりなの。私聞いちゃったんだから!」
「聞いたって何をだよ」
「運命の番」
静かに告げられた言葉にギクッと動揺が走る。
「やっぱり真実なのね。――なら、宣戦布告するわ」
「お、おい。なんで……」
落ち着かせようと口を開くが言葉が思い浮かばない。
恋愛沙汰に口を挟めるほど場数、経験ともになさ過ぎた。ゼノンが言いあぐねている間にシンシアが畳みかけるように言う。
「なんで? 決まってるじゃない。貴方は彼のこと好きでも何でもないんでしょ?
それなら潔く諦めて。私は好き、心から愛してるの! 本気よ、彼の為ならすべてを捧げたっていい」
「だから俺は……」
最初から恋なんてしていない、と言おうとしてできなかった。
「はあ!? その反応はなに、サイテー。運命の番だからって何よ。Ωに生まれたからっていい気になってるんじゃないの」
「ちょっと待て。いい気ってなんだよ。Ωかどうかなんて関係ねえだろ!」
さすがに聞き捨てなれない一言を言われ声を荒げる。
「関係大ありよ。Ωだから運命になれて、彼の好意を独り占めできるんじゃない。それだけ強い繋がりなの。こっちはなりたくてもなれないのにズルいわッ」
「――ッ。なりたいって、本気で思ってるのか」
「当たり前じゃないの」
「本気でΩになりたいって……あんた、どうかしてるぜ」
例え運命のほうだとしても同じことだ。狂気の沙汰じゃないと思った。
脳裏に浮かぶ、焼きついた数々の記憶。聞いただけで寒気がする仲間達の過去。トラウマとも呼べるあの恐怖を知らない奴が軽々しく言うのか。
「ふざけるな。そっちこそ何様のつもりだ!」
気がつけば激情のままに叫んでいた。一瞬怯んだように身を縮こませるシンシア。でもすぐに強い輝きを宿した瞳で言い返す。
「愛されてるクセに意味わかんない。絶対、負けないんだから!!」
そう言い残して彼女は身を翻し走り去っていく。
遠ざかっていく後ろ姿を追う気なんて起きない。この問答で思い出した辛い記憶に、肩を抱き震えそうになる身体を堪えた。嫌な汗まで掻いている。きっと今、酷い顔色をしているだろう。
とてもアズールを探す気分になれず、その日は大人しく帰る事にするのだった。
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日を改めて基地まで行くと、バスケットを持ったシンシアの姿を見つける。
一気に気持ちが搔き乱され足が重くなった。顔を合わせたらまた喧嘩になりそうで。一度で直すかと考え始めた時、運悪く彼女がゼノンの姿に気づく。案の定、敵意を感じる。
更に受難は続き、アズールまでもがこの場にやって来てしまう。
「アズール君、そろそろ休憩よね。マフィン作って来たの。一緒に食べましょう」
最高に可愛らしい笑顔を浮かべて誘った。
さらっと「練習して上達したのよ」と言いアピール。そして――。
「せっかくだし貴方も一緒にどう? 大丈夫、たくさん作って来たから」
予想外ての展開だった。相手の意図が読めず居心地が悪い。
さりげなく想い人の傍に歩み寄り人懐っこく微笑む。逆にこれは近づき難さを感じる。
「い、いや、俺はいいよ」
咄嗟に遠慮して立ち去った。仲直りしに来た筈なのに……。
なんだか場違いに思えて居続けられなかったのだ。当初の目的を忘れるくらいに居たたまれなくて。先日の言葉が頭の中を駆け巡る。
好きでもないなら諦めろ、という言葉。正論過ぎて何も言い返せない。
(確かに、いつまでも応えられない俺が傍にいたって……)
本気の相手に失礼だし傷つけるだけだ。
好きだと言ってやれないのになぜ拘る必要があるのか。
どれだけこの世界に順応しようと、やはり男と女が隣り合う姿に納得してしまう。同時に不愉快という気持ちが心奥にわだかまる。女々しい思考に情けなくなるが感じた気持ちは偽れなかった。
今度こそ仲直りしようと時間を変え騎士寮まで足を運ぶ。
待つ間、いろいろと考える。このまま関係を続けるか。いっそ嫌われてしまったほうが楽ではないのか、と思う。おまけに自分の気持ちが未だ見えない苛立ち。グラグラと揺れて一向に決められないのが……。
「あれ、あそこにいるのは?」
(来た)
声だけで判断して振り向く。声の先にはアズールとシンシアがいた。
視界に入った姿に喉の奥がつまり、腹の底に重りが加わったような気分を覚える。昼間の再来にしか思えない状況に尻込みするがグッと堪えて言う。
「よう、仲良いんだな」
(違う。そうじゃないだろ)
変な挨拶をしてしまった。これじゃ嫉妬しているみたいな口ぶりだ。
「幼馴染ですから」
「当然よ。子供の頃から仲良しだったもの」
ギュッと彼女が殿方の腕を抱きかかえて答える。愛情表現に余念がない。
ゼノンは妙に意識してしまい必死に視線を留めた。言わなければ、と意思を強くして口を開く。
「そっか、聞くまでもないよな。――あの、さ、この前は変なこと言ってごめん!」
この言葉を絞り出すだけで相当な気力を使う。
強張り、息が乱れつつも言えて安堵する。頭の中は真っ白であった。
言われた当人はきょとんとして、それから許すつもりで口を言葉を告げようとしたのだが――。
「これだけ言いに来たんだ。じゃあな」
「ま、待って」
「アズール君ッ」
呼び止める声に応えずゼノンは駆け去る。
捕まえようとアズールは手を伸ばすが傍らの女性が腕を離さない。こんな時間にレディを1人残して行かないよね、と良心に釘を刺して。
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