ep10.嵐の乙女現る!
幼きあの日、大好きな彼に将来の告白をした。
――私ね、○○○〇君のこと大好きなの。だから、大きくなったら結婚して!
でも彼には憧れの存在がいたの。運命の番っていう。あの子はαだったから。
わかってる。子供心の憧れだって事くらい。女の子がお姫様に憧れるのと同じ。男の子が英雄に憧れる気持ちにとてもよく似ているのだと。
だからね、こうも言った。大好きな想い人に伝わりやすいと思って。
――もし運命の番が見つからなかったら、私が貴方だけの番になってあげるね。
そう運命の番は理想。簡単に見つかるものじゃない。
運命の出会いは普通の事じゃなくて、創作物でもなければ起きない奇蹟だ。子供だってわかる明確な事実なのに彼は……。
――結婚とか番とか、簡単に決めちゃダメだよ。約束はできない。
とても誠実な言葉だと思う。だけど、告白をちゃんと受け取って貰えなかった気がした。きっと本気にして貰えなかったんだ。子供心に本気で思ったの。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
ほとぼりが冷めてきた頃。また以前のように交流するようになった2人。
積極的なのは変わらずアズールで同盟本部によく足を運ぶ。ほんの僅かな時間でも顔を見せに来るのだ。騎士団の基地は用もなく訪れるのは憚られるので致し方ない。
今日はエントランスロビーに項垂れたルカの姿があった。
「元気がないですがどうしたんですか」
「元気? あるある」
「でも……」
とても平気そうには見えない。
体調の心配をするアズールに彼女は気だるげに答えた。
「薬が効くまでが怠いんだよ。毎度の事だから慣れたけど」
「それって体調が悪いと言っているようなものです。受診したほうが……」
「これは病気じゃなくて生理。アタシは頭痛とかいろいろ酷くてね」
「失礼、それは……困りました」
知識では知っていたが今のルカみたく表情でわかるとは限らない。
平常通りに見えるだけで、いったいどれだけの人が似た苦痛を感じているのだろう。どんな辛さなのかアズールには想像し難かった。
「本当困るよな。生理痛だけじゃなくて出費も地味に痛いから」
「そうなんですか?」
「うん。抑制剤はαも使うから理解できるだろ。アレもまあまあするけど、避妊薬のほうがね、結構高値なんだコレが。経血用のナプキンだって長期的な消耗品だし……」
「総合すると凄まじそう。考えてみたら首輪や香水も」
記憶にあるΩ用の首輪って結構なお値段だったような、と思い出す。
庶民が変える価格設定とはいえ決して安くはない。だがそれ以上に香水だ。同盟が開発&製造したこの品は首輪より安価でも消耗品である。使用は任意だが心配な人は使う。
「まあ生理用品はβでも使うし、あっちは月一だからどっちが辛いもないけどさ」
「…………」
「どした? 黙り込んで」
「私は考えが甘かったようです。大変勉強になりました」
素直に礼を言うアズールに、ルカは知っててくれる事が嬉しいと告げた。
別に何かして欲しくて教えた訳じゃない。ただ女性やΩにこんな苦労がある、と理解している事実が大切なのだ。理解が小さな配慮に繋がると思うから。
「今日も来たのか。相変わらずまめなこって」
話しているところにゼノンがやってきた。
アズールの表情が明るくなる。けれど、すぐに表情を改めて。
「つかぬことをお聞きしますが、生理の時の体調はどんな感じで。辛いんですか?」
「直球に突っ込んだ質問して来たな」
「すみません。もっとオブラートに包むべきでした。えーっと……」
「今更手遅れだしいいよ。俺はそんな酷くないぜ、生理ん時は」
気持ちは悪いけどな、とつけ足す。こればかりは慣れない。
元々ゼノンは異世界人でバース性のない日常から来た。初めてを経験した時は、教えられていてもパニックになったものだ。その後もドロッとした感触やムレで悩まされたり。
自分が感じた事をできるだけ噛み砕いて伝える。経験のない相手に伝えるのは難しいのだ。
「服が汚れんの場合によっちゃショックでよ。マジ潔癖症じゃなくてよかったぁ~と思った」
「ナプキンをしてても汚れるもの?」
「全然ある。寝てる時とか制御効かねーから何種類か使ってる奴もいるぞ」
「…………」
またもやアズールは絶句してしまう。内心は知らなかった事に驚いて。
朝起きたら出血、考えただけでぞっとする。知らなければ病気と疑うかもしれない。今後もつき合っていく上で知れてよかったと思えた。もっと隠したがると思ったが意外と聞いてみるものだ。
真剣な面持ちで沈黙している彼に、ゼノンは「なぜ俺らより深刻そうなんだ」と苦笑した。
別の日、ゼノンは休日を利用して図書館に来ていた。
町の西側に建つ芸術的な外観の大きな建物で蔵書数が多い。整然と並ぶ本棚、適度に配置された観葉植物。仕切りのある個人机と広々とした長机がある。
内装構造まで芸術点が高い。静かに考え事をするには絶好の場所だ。
「ねえ、あそこの彼イケメンじゃない?」
「ホント。絵になる~」
離れた所から声が囁く。話題にあがった彼は気づかない。
敢えて机を使わず、品のいい1人用ソファに足を組んで座り本を読む。いや目を落としているだけで、集中具合は半々といった感じだった。時々本の内容と関係のない事を考えてしまう。
(結局、俺はあいつの事をどう思ってるんだろ)
表情を崩さず頁をめくる。余計なことを考えているので読書効率は良くない。
(少なくとも嫌いじゃないよな)
でも好きかというと微妙だ。友人としてか、恋愛としてか。
個人として嫌いじゃないのは疑う余地がない。無視できない時点で気になっている。だけどコレが、動物的な習性じゃないのかと言われると……。
(逆にアズールのどこが、何が好きなんだ?)
顔か? 確かに綺麗だしいいとは思う。眩しいけど。
性格か? 交流してきた限りはいい奴だ。一時期気まずかったがまあ普通だろ。
特技やら趣味は五分だな。知らない事多いし。でも身体を動かすのはお互い好きらしい。
(――って、それは騎士なんだから当たり前じゃねえか)
運動が好きかどうか、というより必要だから日課になっているだけ。うん。
再び頁をめくる。同時にため息交じりの息が零れた。最近また足を運ぶようになって、出先で見かける事もあり、そこそこ観察の機会は増えたと思う。なのに解せない。
(恋愛系は読むのも見るのもあんまだったしなぁ)
あの頃、思春期の時でさえ縁がなかった。いいなと思う女子はいたが……。
正直にいうと音楽やゲームのほうが好きだったし喧嘩の殴り合いも少々。我ながら冷めた子供だったかもしれない。割とそんなもんか?
「案外自分じゃわかんないもんだなー」
無意識に思ったままを呟く。更に頁をめくり、ムッと唇をへの字にした。
実は今、人生初の恋愛小説を読んでいる。いやいや人生初は大げさだったか。覚えはないが授業でそっち系を呼んだ可能性はあるな。
こんな思考は不毛だと感じなくもない。少女思考が過ぎるか、いやいや!
(さすがにない。キラキラほわーんは俺にはない、断じてッ)
幾ら未読でも少女漫画がキラキラほわーんなのは知っていた。
偏見と捉えられるかもしれないが、浅い知識と印象はそんな感じなのだ。思考の流れから勢いで閉じてしまった本を眺める。
「コレに描かれてる通りになるか? 当てはまる?」
(例えば恋のライバルでも出たら意外と……)
「ま、まさかな」
飛躍し過ぎだ。絶対にそうに決まってると思う。
(だいたいアズールを誰かと取り合うのか? 俺が。構図的にヤバいだろ)
うっかり想像してしまい身震いした。笑えない。冗談でも。
なんだか自身が変態になった気がして気分が悪くなる。考えるのをやめた。これ以上は、本気で危険な思考だとゼノンは己を制する。
☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀ ☂ ☀
なかなか答えが出ないまま日数が過ぎて行く。
思い込みが過ぎてもいけないので、深く考え過ぎないように日常を送った。平常心を保ちながら交流を続けていた、そんなある日――。
「先日、散歩中にですね。実は……」
「久しぶり、アズール君」
私のこと覚えてる、と問いかけた女性。年齢は20歳前後だろう。
眩い金髪に薄いピンクの瞳をした愛らしい容姿の人だ。身長は平均より低いくらいか。明るく活発そうな雰囲気を纏っている。
「もちろん、幼馴染を忘れたりしません。シンシア」
(幼馴染)
この時のゼノンは大した関心がなく聞き流す。
むしろシンシアのほうが、親し気に話していた相手に興味を示した。
「そちらの方はどなた?」
「ご紹介します。彼は私の運命――」
「初めまして。ゼノン・ユイキって言うんだ。よろしく」
個人的な禁句ワードを遮るように自己紹介をする。
しかし気のせいか。彼女の表情が一瞬陰りを帯びたように見えた。彼女が自信ありげに、またちょっとばかり挑戦的な表情と所作で挨拶を返す。
「シンシア・ウォーカーです。お見知りおきを」
初対面への礼儀を済ませたと判断しアズールのほうに向き直る。
先程とはうって変わり溌剌とした態度で接し始めた。近況や他愛もない話に始まり、相手の都合や特区での事を流れるように紡いでいく。しれっと案内=お出かけの約束までしていた。
連射の如き速さで進んでいく会話は力強い。幼馴染というだけあって嫌な顔1つせず応対している。
(女子の会話力怖ッ。口を挟む隙ねぇな)
別段気にする事じゃないのだが迫力に圧倒されてしまう。
「ではまた後日。私、しばらく特区に滞在しますので」
いつでも遊びに来て、とアズールにのみ告げて去っていく。
果たしてこれは波乱の幕開けか否か。嵐の如き乙女の来訪に戸惑いを隠せない2人であった。
描写部分の修正点についてお知らせ。
以前登場させた受付嬢(金髪のほう)の外見を間違えていたので修正しました。




